33聖
突然顔が燃えるなんてある?
あるんだな、これが。
身をもって実感した身としては、そう答えるしかない。
なんで燃えたか? 知らない。
座っていたはずの椅子が失われ、前のめりに倒れ込む。もう顔が痛いのか熱いのか痒いのか寒いのか、膝が痛いのか分からない。とりあえず全部痛い。
何がどうなっている? いま私はどうなっている? ここはどこで、誰がいて、何があって、私はいま、何ができる状態?
頭の中を疑問と思考がぐるぐる巡る。足は動く。手も動く。目は右は見えるが、燃えた左は分からない。息、大丈夫、息はできている。
回る思考を手当たり次第に掴まえて、意識と当てはめていく。顔は確かに痛い。だが耐えられないほどではない。というのも、段々感覚が無くなってきた。どうやら火は消えたようで、未だ焼け続けているわけではないようだ。自分の状態がどうなっているか分からないのは不安を誘うが、命に別状がなさそうなので後で考えよう。
流れる水の匂いがする。握りしめるように力を籠めていた手はそのままに、無事な右目で周囲を見回す。広い部屋。高い天井。見慣れた家具。見慣れた、聖女の私室。
霊峰から流れ出る川は、真っ先に神殿を通る。冷気を纏いつつもどこか甘い水の香りが懐かしく、余計に混乱した。
「な、に……」
とりあえず、反射で押さえてしまった左手を離していいのだろうか。皮がべりっといったらどうしよう。見慣れた部屋にうつ伏せになっている状態で、次の動作を迷った。視線だけは無意味に動き、部屋を見回す。私の荷物はなくなっている。残っているのは元々この部屋にあった家具と、歴代聖女について書かれた本だけだ。これも代々置かれている物なので、実質部屋の中は空になっている。
初めて屋根のある寝屋を得たのは、神殿だった。そうしてここは、一生屋根のある部屋で寝ていいのだと信じられた私の部屋。私が生きている間は、ずっと私の部屋だったはずの場所。
その床に、影が落ちた。
「うげ、本当に焼けてやがる。気持ちわりぃな」
私を覗き込む男達には見覚えがあった。警戒心を持ってやり過ごした相手だから、よく覚えているのだ。風呂に入っていない垢がこびりついた肌から覗く、やにがこびりついた歯。ちぐはぐな武器達。
「…………十四区画にいた方々が、聖女の私室へ何用でしょうか」
幸い悲鳴を上げる暇もなかったので、無事な喉から真っ当な声が出た。悲鳴を上げるために息を吸い込んでいたら顔を焼いた炎は喉をも焼いていたのだろう。
「へぇ? お嬢ちゃん、どうしてそれを知ってんだ?」
他の男達が場所を譲った様子を見るに、この男が頭のようだ。
「先日、あの辺りの宿に泊まっていましたから」
「はあ?」
「あなた方を、見かけましたので」
何故、この男達がここにいるのだ。何故私はここにいるのだ。蠢く虫のように身動ぎし、身を起こそうとしていた髪が掴まれた。顔が痛いのに頭皮まで痛くなった。踏んだり蹴ったりである。
「なんだよ、早く言ってくれよ。おれたちゃ、あんたを探してたのによ」
奇妙な言葉に、焼け残った眉を顰めた。私を探していた? ここから叩き出された後、追っ手もかからず放置されていた私を、今更?
ちっとも解決の光が見えず疑問ばかりが降り積もる中、新たな疑問が重ねられた。
ようやく髪を離され、再び床と仲良くする私を、八人もの男達が囲んでいる。この人数がどうやって入り込んだというのだ。ここに来るまでには、王城、狭間の間、そして神殿に繋がる橋を渡らないと不可能である。それ以外の道は、霊峰から入り込まなければならないのだ。
「どうせなら焼く前によこしてくれりゃいいのによ。これじゃやる気も失せるだろ」
「ぜいたく言うなよ。こんな場所でおきれいなお嬢ちゃんにお相手願えるんだぞ」
「それも金もらってな。願ってもないだろ。半分焼けてるけどな!」
「ちがいねぇや!」
げらげら笑う声は、縮れ掠れ、耳障りなことこの上ない。
何の話かは知らないが、ろくでもない話なのは分かった。そして、誰かが男達に何かを依頼したことも。
これは好機だ。男達は私の顔が燃やされると知っていた。その上でろくでもないことを依頼された。何故厳重な警護を抜けた先であるここに男達がいるのかは知らないし、さっきまでいた場所から瞬き一つの間に人を移動させる術を何と呼ぶのかも知らない。それでも、これは好機だ。まったく尻尾を掴ませなかった相手が、ここに来て初めて影を見せた。
「おい、ばかども。こいつは殺すなって指示だ。あんま喋んな」
「へいへい、りょうかいですぜ」
わざわざここを現場にした理由は考えれば考えるほど分からないから、ひとまず置いておこう。それは後で拾うとして、今は男達を生け捕りにするほうが先決だ。
じくじくびりびり痛む顔を無視して、ゆっくり起き上がる。左目から見える視界は歪み、霞んでいた。
「いや、近寄らないで、いやぁ……」
動きに支障がないか、さりげなく確認する。痛みはないが、なんか手が震えていたのでまだ上げきっていないのをこれ幸いとし、噛んでおいた。あんまり痛くなかったが、気合いは入った。だが、声は震わせる。あーあーあー、本日は晴天なり。
「かわいそうになぁ。若い身空で、どんな恨み買ったらこんな依頼かけられるんだか。神殿に入る前につかまえられなかったのに、その後もおっかけられるたぁ、あんたも恨まれたもんだ」
依頼主がいる。そしてその依頼主は、恨みと思えるほどの悪意を持って私が傷つくであろう手段を依頼した。絶望を与えたいなんて依頼をする誰かであるのなら、一連の事件の犯人、もしくは関係者と判断していいだろう。私とこの男達を、厳重態勢の神殿に移動させた力を見てもその判断は間違っていないはずだ。
唯一間違っているとすれば、私は顔を焼かれても男達に襲われても、絶望はしない。怪我としての傷は負うが、お父さん達に忘れられた以外の傷は、総じてかすり傷として処理できる。
顔を上げれば、男達は何が楽しいのかにやにや笑っている。こういうのを下卑た笑いと言うのだろう。ゲス野郎だなぁと思う。弱いものを嬲るのが楽しいらしい。しかし、こんな場所で騒動を起こして無事に逃げられると思っているのだろうか。だとしたら、下卑た性根に加えておつむが軽い。人間として残念な出来映えである。
よっこいしょと立ち上がるも、男達は慌てた様子がない。私がこの場から逃げられると思っていないのだ。確かに逃げられないだろう。一対一ならまだ可能性はあったが、八人もいてはどうしようもない。その上、顔は痛いし片目は視界が不明瞭だ。逃げられる可能性は限りなく0に近い。
「おっと、大人しくしてたほうが痛い目見なくて楽だぜ」
「殺さないで……お願い、殺さないで……」
口元と目元を押さえたまま、よろめく。そっちにあるのは広い寝台だ。シーツなどは除かれているが、毎晩眠った寝台は変わらずそこに鎮座している。壁には丁寧に飾りつけられた赤と青の神玉が輝く。相変わらず綺麗な色だ。
「お願いします、何でもしますから、お願いします。殺さないで、お願い……」
震える声で懇願する。嘆けば嘆くほど、男達は嬉しそうに身体を揺らす。今日も元気にゲス野郎である。昨日の彼らも明日の彼らも知らないが、きっと変わらずゲス野郎なのだろう。
「じゃあ、何でもしてもらおうか」
「はい、はい! お相手致します。誠心誠意、ご奉仕させていただきます! ああ、ですからどうか、殺さないで……」
従順に、自分から服を脱ぎながら寝台に近づく。抵抗する意思もすべもありませんと表明する弱者に気をよくしても、警戒を続ける相手には見えないので効果は絶大だ。
私は何もできません、武器なんて持っていません……いや、本当に何もないな?
あとで、何かあからさまではない武器を構えておきたいところだ。刃物は所持がばれると私のほうが怪しまれるからそれ以外がいいなぁ。何かあったかな。私の私物が回収できればいろいろあるのに。さて、どうしたものか。
歩く私を、男達は掌で、拳で突き飛ばす。叩いているのか、殴っているのか。強く殴られればたたらを踏む。倒れ込まないよう足に力を入れ、寝台を目指す。もたつきながらそろそろと服を脱ぐ私の後を、ぞろぞろと男達がついてくる。小突かれ、服を剥ぎ取られ、よろめいているのか歩いているのか分からなくなってきた。
指先が慣れぬ物に当たる。さあ、これはどうすべきか。隠し切れても死んでは意味がないので、すべてを守ろうとは考えないでおく。最後の抵抗として、脅えるように胸元に合わせた手で隠すだけにする。
足がもつれ、ようやく辿り着いた寝台に倒れ込む。わざとだと言いたいが、普通にもつれて転んだ。せっかく転んだので、寝台の上をずりずりと移動する。あー、顔痛い。震えながら、少しでも男達から逃げているように見えればいいのだが。
「おいおい、誠意が見えねぇなぁ。まさか、逃げてるんじゃねぇよなぁ?」
「まさか、ああ、まさかそんな……ああ、助けて、助けてください……誰か、いやぁ……」
まだ寝台に乗っていない男達から最大限距離を取って、壁に張りつく。縋るように張りつき、そっと指を這わせていく。指先に触れた冷たいそれをなぞり、拳を握りしめる。
「では」
「あぁ?」
「殺すのなら、十秒以内でお願いしますね!」
拳を叩きつける先は赤い石。神力が計測できない私のためにココが作り、設置してくれた神具。青は平時の呼び出しに。そして赤は。
今だせる渾身の力で拳を叩き込んだ瞬間、けたたましい鐘の音が神殿中に響き渡った。
「な、なんだぁ!?」
動揺に三秒。事態の把握に三秒。原因である私を見るのに一秒。
「てめぇ、何しやがった!」
怒りの発露に二秒。
「お疲れ様でした」
返事で、一秒。
鐘の音を打ち消す破壊音と共に、扉が吹き飛んだ。星落としをしていた部屋に、音の意味を知っているエーレと、普通は走っても十分以上かかるこの部屋まで十秒かからないサヴァスが揃っていたのが運の尽きだ。
飛び込んできたサヴァスの背からエーレが飛びおりる。部屋の中を素早く見回した二人の目が、ほぼ素っ裸の私で一瞬止まり、すぐに逸れた。その一瞬でサヴァスは痛ましげな光を瞳に浮かべ、エーレは光を消した。
「てめぇら動くな!」
「てめぇら、ずらかれ!」
賊とサヴァスの怒鳴り声の内容はほぼ同じであり、真逆だ。サヴァスの怒声を受けた賊の内、三名は素早かった。恐らくサヴァスと同じく身体強化系の神力に長けているのだろう。
窓を破って逃げていく背を躊躇わず追いかけるサヴァスの背を、静かな声が追った。
「一人は残せ」
「お前も全部やるなよ!」
「一人、残す」
サヴァスが窓から飛び出すと同時に、窓を塞ぐように凄まじい勢いで炎が湧き上がる。逃げようとしていた男達は、逃げ場を失い部屋の中央に固まった。私を囲った炎の檻など子どもの遊戯のような熱さに、檻の外にいる私の髪さえ焦げそうだ。しかし部屋には焦げあと一つつかない。だってここは聖女の部屋だ。神力による防壁は健在である。なのに何故、この男達はここにいて、私も瞬き一つでここへ移動していたのだ。
直接炙られているわけではない男達の髪が縮れていく。その熱を生み出した当事者は、炎を通って囲いの中へと進んだ。
「神兵ならともかく、こっちは女みてぇな面した神官一人だ! さっさとやれ!」
頭の怒鳴り声に、二人の男がいきり立った。錆びた鉈のような刃物と、装飾品としての意味合いが大きな剣が抜かれる。同時に、紫がかった青の瞳が見開かれた。
「残すのは一人だと言ったはずだ」
熱の風がエーレから吹き出し、向かっていた二人の絶叫が響き渡る。炎は濡れた布のように二人の身体に纏わりつき、暴れもがこうが外れはしない。そのうち、歪な音を発しながら崩れ落ち、動かなくなった。
「どうやって侵入した」
抑揚のない声と共に、光が消えた瞳が熱だけを灯し、男達を見る。
「答えろ」
一人の男の服に火が燃え移る。金切り声を上げて服をはたき、脱ごうとするが火の周りが早い。あっという間に命を飲みこまんと蠢く。
「右腕」
賊であっても仲間を助けようとするらしい。周りの男達も、脱いだ上着で必死に燃える男の腕をはたくが、火は消えるどころか揺れもしない。
「左腕」
絶叫は燃える男が上げているのか、周りの男達が上げているのか。
「右足」
絶叫は止まらないし、エーレも止まらない。
「左足」
最初に止まったのは、燃えた男の命だった。
聖女の部屋がどんどん事故物件になっていく。
神兵は直接的な戦闘に長けた人が集まっているが、神官が戦闘に向いていないとは誰も言っていない。ましてエーレは一級神官だ。他国であれば、国が傾くほどの予算を投入しても欲しがる戦力となり得る相手を嘗めてかからないほうがいい。
あっという間に三人が黒くなった。残された二人は、焦げた上着を握りしめたままへたりと座り込む。逃げ場のない女を八人で囲むのはあんなに楽しそうだったのに、自分達が逃げられなくなると元気が無くなるらしい。
「事故であれば、全員殺したところで支障はない」
答えない男達に業を煮やしたように、静かな声と同時に炎の囲いが縮まっていく。つい先程まで楽しげに私を嬲っていたこの部屋にいる男達は、あっという間に残り二人になっている。頭と呼ばれた男と、もう一人だけだ。
「か、かしらぁ」
情けない声を出した部下の視線に、頭は噛みしめた唇を離した。
「知らねぇんだよ! おれたちゃあ、言われた場所に立ってただけだ! そうしたら瞬き一つの間にここにいたんだよ!」
「誰に言われた」
「知らねぇ!」
頭の怒声とも悲鳴ともつかぬ声と同時に、部下がぎゃあと悲鳴を上げた。彼の右足が燃え始めた。
「誰に言われた」
「ほ、ほんとに知らねぇんだ! おれたちゃ、金さえもらえればなんだってする! 依頼主の名前なんか気にもしねぇよ!」
髪は縮れ、肌も色を変え始めている。この状態で嘘を突き通すほどの忠義がある類いの人間には見えない。ならば本当に知らないのか。
「名も顔も声も、何一つ知らない相手からの依頼を受けたのですか?」
すっかり私の存在を忘れていたらしい男二人が、弾かれたように私を見る。同時にエーレが動き、私と男達の間に位置を変えた。男達には背を向け、私からは視線を外し、寝台の傍まで歩いてくる。渡されたエーレの外套は、外された視線のため若干私から方向がずれていたがつっこまず有り難く受け取った。
「ありがとうございます、神官様」
先程全員殺すと臭わせる発言していたが、流石に一人は残すはずだ。エーレはいつだって神殿に有利となるよう事を運ぶすべに長けている。当代聖女は命に関わる怪我を負っていない。ならば、激情する理由もない。そして男を一人残した場合、事情聴取をエーレがするとは限らないのだ。そのとき、私とエーレに繋がりがあると知られないほうがいいだろう。
外套を得たことで、自由に歩き回っても後ほど脳天かち割り拳を頂く危険性がなくなった。いつの間にか靴が脱げていた足で寝台から下り、裸足の足に体重をかける。
そのつもりだったのに、ぺたりと床に座り込んでしまった。足に力を入れそびれた。身体を支えるための手にも力が入らない。なんとも情けない話だ。
微妙な視線を向けてくるエーレにいっと歯を見せて笑い、気合いを入れ直して立ち上がる。焼けた頬が引き攣ると同時に、エーレの頬も引き攣った。どうやらわりと酷い状態らしい。
また聖融布を使うのは勿体ないなと思いながら、ぺたぺた炎へ歩み寄る。焼け爛れた顔の左半分が痛みの記憶に引き攣った気がしたが、実際に肌が引き攣っているのでほっとくことにした。
傷による恐怖も、現実とならなかった不幸も、自覚する前にさっさと散ってくれればいちいち乗り越えず済むのに。人間の身体は痛みを覚えるし、心に刻む。生き残るために、生きる手段に杭を打ち込むのだ。かすり傷はすぐに治るが、怪我したばかりだと触れればちりっと痛む。その程度の傷で、いちいちへたりこんではいられない。
「依頼主についての情報を何も持っていないのですか? 男か、女か」
「女だ!」
藁にも縋る声というのはこういう音量と速度で紡がれるのだろう。即座に食らいついてきた頭の男に、焼けた顔を向ける。うっと怯んだが、その怯んだ顔をしている女を嬲ろうとしていたのはどこのどいつだろう。
「どのような女でしたか? 私より年上? 年下? 髪の色は? 瞳の色は? 容姿に何か特徴的な箇所はありませんでしたか?」
考える隙を与えず、矢継ぎ早に繰り出す質問の嵐に、男の目は炎とエーレの間を何度も行き来する。私が何者でもなくなっている現状、神官を御せる立場の存在だと思わないだろう。制御者がおらず、既に三人焼き殺し、いつ自分も燃やしてくるか分からない神官と、同じ部屋にずっといたいはずがない。
「き、金だ。薄い金髪の、黄みがかった赤色の瞳をした、あ、あんたと同じほどの娘だった。あとは……あご、そうだ、あごに黒子があった!」
いくつかの条件はベルナディアに当てはまる。だが、彼女の瞳は緑だった。顎に黒子もなかった。その二つは後から付け足すこともできる要素なので違うとも言い切れないが、もしも依頼者が彼女だとして、彼女が自分で依頼に来るだろうか。手下にやらせるのが定番だ。
「一人で依頼に来たのですか?」
「ああ、人目をさけて……本当だ! やめろ! 殺さないでくれっ!」
突如上がった金切り声に、何事かと振り向けばエーレが移動していたのだ。脅えきった男達にはちらりとも視線を向けず、真っ直ぐに進んだ先には数冊の本があった。私の私物が撤去された後も残っている、最初からこの部屋にあった物の一つだ。アデウス国の成り立ちを記した歴史書に、神殿の歴史書。エーレが手に取ったのは、歴代聖女について書かれた本だった。手慣れた様子で迷わず頁を開いたエーレは、その面を男達へと向けた。
「それは、この娘か」
男の目が丸くなり、次いでもげるのではと思う勢いで振り落とされる。いくどもいくども振り落とされる首の向こうに見える絵に、言葉を失う。そもそも、その本が示す相手などそうはいない。
「そいつだ! そいつに間違いねぇ!」
「そうだ! そいつが頭の元に来て、そいつ、そいつじゃなくてこっちのそいつ、その娘をやれって! なあ、頭!」
「あ、ああ! 顔が燃えた女がくるから、そいつが死にたくなるような目に合わせればすげぇ金をくれるって!」
「なあ助けてくれ! ぜんぶ話しただろ!」
「たのむよ! この通りだ!」
頭を床に擦りつけた男達を挟み、私とエーレは視線を合わせた。表情に出すまいと努力している様が見て取れる。私も同じ顔をしているだろう。いや、きっと私は、彼よりずっと呆けている。
だって。
「先代、聖女」
先代聖女エイネ・ロイアー。
どうして十一年も前に死んだ老女が、就任当時の姿で現れ、私に絶望を与えよと命じたのだ。