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「もっとも、初代聖女は死体を動かして見せたことはないから憶測になるがな」

「そりゃ、禁忌って定めたの初代聖女ですからね」


 どうしたものかなと、がりがり頭を掻く。そんな私を、エーレは苦々しげに見つめた。


「聖女の力は、本当に使えなくなったのか」


 そんな顔をさせる何かをやらかしたかなと思っていたが、どうやら違ったらしい。私のやらかしではなく私の現状について苦々しく思っていたようだ。


「あ、そうですね。血の分しか無理みたいです。いやぁ、相手の力強い強い」

「お前は軽い軽い」


 半眼で告げてくるエーレに笑うしかない。えへへと笑うと、指がこめかみ掘削拳の形を取り始め、慌てて咳払いをする。


「でも、方向性が分かったのは収穫です」

「方向性?」


 掘削拳の構えが解かれた。安堵のまま、自分の胸を親指で指す。


「はい! 敵の目的はただ私を殺すことじゃなくて、酷く絶望させて殺したいみたいです!」

「嬉しそうに言う馬鹿があるか!」

「だって全く意味が分からなかった攻撃の方向性が分かったら嬉しいじゃないですか! それに、敵の得意分野が分かったんです。これは収穫でしょう」


 推定ではあるが、催眠術と傀儡術が得意なようだ。なかなかに厄介な能力を得意とするようだが、手の内がまったく分からないよりやりようはあった。

 幸い、参加者達はともかく神官達なら普段の様子を知っている。催眠や、考えたくはないが傀儡術で普段の彼らを再現できるとは到底思えない。私のことを忘却していても、彼らは彼らのままだった。それは、とてつもない安堵を齎した。

 エーレは深い溜息と共に、後ろに両手をついて天井を見上げた。


「他の能力にも長けていたらどうするんだ」

「そんなに何種類も得意分野がある術者、います?」


 神力で扱える能力にはいくつかの分類がある。簡単に分ければ五大要素と呼ばれる分け方になるのだが、この五大要素、国や時代によって違うので微妙にややこしい。

 アデウス国では、火、水、空、木、金が五大要素とされている。基本的に、火が攻撃、水が癒術を含めた補助的要素、空が防衛、木が身体強化、金がそれ以外に長けている場合を指す。要素が火だからといって火を扱う術に長けているとは限らず、水に長けている場合もある。金が一番変則的な力が多く、異質ともいえた。

 エーレは圧倒的な火型だ。幼い頃は神童と呼ばれたほど莫大な神力を強力に使ってみせる。しかしそんなエーレでも、金型に分類される催眠や傀儡術といった類いはかろうじてできるかどうからしい。

 誰だって、得意分野以外は極小な神力所持者と同じほどにしかできないと聞く。数学で博士号を取った人間が、料理が得意とは限らない。そんな感じらしい。どういう分け方だと思うが、そういうものらしいのだ。私は神力を使えないので、いまいち分からない感覚である。


「この敵をそんな普通の概念に当てはめていいものか、悩んでいる」

「だったら大勢の術者がいるって考えたほうがいいですかね。個人でできる範囲は易々と超えてますし」

「それはそれで頭が痛いぞ……それに、この規模の術者を何人も抱えた集団は、それこそ一人を抱えるより目立つだろう」


 エーレは背を丸め、立てた膝の上に肘と顎を乗せた。


「そもそも、聖女の力を閉ざした能力は何に分類されるんだ」

「あー……封印、ですかね? そんな能力今までに確認されてましたっけ」

「…………結界系を応用し、封じに使った例はある。しかし聖女から聖女の力を閉ざすなど、神官長ほどの術者であっても可能とは思えん。そもそもその神官長を覆える術を人間が扱えきれるなど信じたくはない」


 信じたくはなくとも現に起こっているのだから受け入れるしかない。それはエーレも分かっているのだろう。だからこれは、現実を否定しているのではなくただの愚痴である。


「閉ざされたと言ったな。力が引き抜かれる感覚ではなかったんだな?」


 聖女の力が閉ざされた時の感覚を思い出す。戯曲が閉幕するように、次から次へと幕が下りていくようだった。閉ざされ、隔てられ、塞がれる。だが、力が失われた感覚はない。確かにここにあるのに、届かない。自分の部屋に鍵をかけられ、中に入れなくなった感覚に近い。迷惑千万、即時開錠を要求する。


「あるはあるんですよね。鍵かけられちゃった感じで届きませんけど。エーレ、確認できませんか?」

「俺の神力は破壊に長けているが?」

「やめましょうか」


 敵にやられる前に、唯一の味方の手で肉片になる未来が見えた。それか黒焦げ。


「そもそも、抜き取られたんなら血も使用不可になると思うんですが、普通に使えました」

「それは最初から使用不可で、他言厳禁だろうが! そもそも、あの場で使ったことも許してはいないぞ! 全部終わったら、神官長交えて説教だ!」

「だって仕方ないじゃないですかぁ――! あ、はい、すみません。鋭意努力致します」


 すっと上げられた拳に、即座に努力宣言する。ただし努力義務である。


「力を引き抜く能力って、そんな奇抜な力ありましたっけ? あ、石版確認どうしましょう」

「……石版は持ち出しが難しくなったため、ひとまず置いておく。それに、他者から集めた神力を己がものとして扱える能力なら先代聖女が持っていたが、あれはあくまで燃料としての力を引き抜く能力だったはずだ。それに、聖女の力を神力と同等に考えていいものか悩むぞ。……何にせよ傀儡術や催眠に限らず、聖女に発現した力は、他でも発現が確認され始める。厄介だが、他者の神力を引き抜く能力も今後増える可能性はある」

「じゃあ、癒やしと浄化も今後増えるんですか?」

「その二つは数は少なくとも最初からあるものだから確定はしていないが、可能性はある」

「それは、いいですね」


 それはいい。とても、いい。

 医療に金が関与しなくなったら、どれだけの人生が削られずに済むだろう。怪我で命を落とし、病で命を削り、薬代のために身を削る人が、どれだけ減るのだろう。どれだけの明日が、間に合うのだろう。

 そんな単純な話ではないと分かっていても、そう思うのは人の性だ。

 この世で国民が医療と教育を無償で受けられる国ができあがるとしたら、最早腹を抱えて笑うしかないほどの醜悪な暴虐をやり尽くした後だろうが。



「それにしても、私、歴代聖女のことあんまり知らないんですよねぇ」

「歴代聖女の勉強を、お前さぼったからな。とことんさぼったからな。何をおいてもさぼったからな」


 恨みがましい目で見られて、へらりと笑う。


「さぼれる最たるものだと思ったので!」


 ごろりと床に転がると、流石に眉を顰められた。勢いよく伸びてきた手がスカートの裾を引っ張り足を覆う。見えてはいないはずだが、念のため股の間にスカートを挟んでおいた。


「聖女の代替わりが狙いなら、私を殺したら終わりなんですよね。なんでわざわざ手間暇かけて絶望させたいんでしょう。ただ代替わりを狙っている集団なら先代聖女派ですが……そういえば、先代の神官長はいまどうされているんですか?」


 本来聖女の代替わりで入れ替わる神官長だが、この前神官長、ばっちりしっかり先代聖女派であった。ゆえに、代替わりを猛烈に嫌がった。神官長が神殿の掟を破らないでほしい。

 しかし、聖女選定の基準を神に委ねるのではなく、先代聖女に追従する形で選ぼうとするのはどう妥協してもまずい一択である。現神官長達は物凄く頑張ったと聞く。私はまだ神官長に出会っていなかったのでその時代を知らないが、それはもう大変だったらしい。詳しくは誰も教えてくれなかったので、彼らも思い出したくない騒動だったのだろう。

 何気なしに聞いてみたが、一拍、妙な間が空いた気がした。エーレを見上げれば、特に変わった様子はない。


「神官長に叩き出された後は、めっきり老け込まれ隠居されていた」

「責任折半しないで大丈夫な内容ならあえては聞きませんが」


 そこんとこどうでしょう。一応聞いてみれば、ぐっと呻かれた後、忌々しげに睨まれた。これ、私の罪ですか!?


「そんな顔しても可愛いだけだぞいったぁ!」


 茶化した瞬間、脳天かち割られた。しかし、茶化した内容自体はただの事実だ。



「前神官長は隠居先の邸宅から行方を眩ませている」


 脳天を押さえ、床をごろごろ転がる私を冷たい目で見下ろしたエーレは、さっきまでの葛藤はどこかに投げ捨てたらしい。どうでもよさそうに吐き捨てた。だったら脳天かち割り拳を繰り出す前に投げ捨ててほしい。


「うわ怪しい。そして私の頭無事ですか? かち割れてません?」

「行き先は探っている。確証がなければ口に出すことは憚られる場所なため、確証ができてから報告する。そしてお前の頭はかち割れていようがいまいがどうでもいい」

「自分で割っておきながら!?」


 私の懐刀はあまりに無情である。その無情さ、敵に向ければ頼りになることこの上ないが、何故か聖女に向く。本当に何故?

 痛みに悶えごろんごろん転がった後、両手両足を広げてべたりと動きを止める。無言で脱がれたエーレの上着が私の足に叩きつけられた。スカートは長いので見えてはいないはずだが、猥褻物でどうもすみません。


「それにしても、こんなに面倒くさい恨みどこで買ったかな……」

「知らん」

「回りくどさで言えば王城が鉄板ですが、どうでしょう」

「王城は……今は探りがたい。新たな聖女が先代聖女のように動く人間であれば、それこそ決まる前に殺したいと思っているだろうからな」


 決まってから聖女を遠ざけようとすれば、国に災いが降る可能性が高い。不在の間も降るには降るが、聖女が任につけない状態で降るものより頻度は少なく、規模も小さい。だったら、決まる前に処分したほうがマシだ。分かりやすい思考である。

 私がすんなり聖女になれたのは、聡明さの欠片も見つけられない様子から、まかり間違っても先代聖女のような業績をたたき出せないと判断されたからだ。正常な判断である。

 そして、そう判断された出来映えだからこそ、先代聖女派は絶対許さない、ゆえに絶対殺すになったわけだ。あっちを立てればこっちが立たず。こっちが立てばあっちが殺しにくる。


「あ、じゃあ私、明日王子に会いにいくんでついでに聞いてみますよ」

「は?」


 何気なく時計に目をやり、あっと声を出す。


「しまった。そろそろカグマが見回りに来るんでした! 私帰ります! 明日王子から呼び出されるかもしれないので、エーレはそのつもりでお願いします!」


 いけないいけない。体調確認という名目の、ちゃんと部屋にいるかこの野郎点呼まで十分を切っている。急いで戻らなければ。……この点呼、聖女候補全員にやってますよね? 私だけじゃないよね?

 素朴な疑問を胸に、窓へ向けて駆け出す。その背に、やけに切羽詰まったエーレの声がかけられる。


「色んな意味で待て! それとお前、明日の試練についてちゃんと考えてるんだろうな!」

「考えてます考えてます!」


 明日の試練って何やるんだろう。まあ明日になれば分かるだろう。

 窓を開け、窓枠に飛び乗る。そして狙いをつけ、勢いよく飛び出した。屋根の端を掴まえ、足をかけながら上がっていく。ようやく追いついてきたエーレは、足を掴もうかどうか悩んでいたようだが、どうやら諦めたらしい。足を引っ張られると落ちるし、落ちた私をエーレが支えられるとは思わないので諦めてくれて嬉しい。

 屋根に登り切ってから、そういえば挨拶をしていなかったと気づく。逆さまで窓を覗き込むと、エーレは片手で両目を塞いだまま顔を逸らし、深い溜息を吐いていた。


「どうしました? それとおやすみなさい」

「…………色々、色々言いたいことはある、が」

「はい?」


 おやすみだけに集約してくれていいんですよ?


「その格好で大股開きで屋根によじ登るな!」

「お見苦しいもの、見えはしてないと思うんですが」

「ぎりぎりだ!」

「スカート系しか用意されていなかったのが敗因です。じゃあおやすみなさーい」

「――さっさと寝ろ! おやすみマリヴェル!」

「エーレもよい夢を!」


 よっこいしょと頭を上げ、通り慣れた夜の屋根へと繰り出す。しかし、そのまま部屋に戻ろうと思った足を一度止めた。

 少し冷気を纏った夜風は心地よく、空は澄み、星も月も水面の雫のように輝いている。少女が眠りにつくには、上々の夜だ。


「おやすみなさい、サラ・マリーン」


 あなたはこれから、両親の嘆きを受けるだろう。怪我の心配ではなく、本来受けるべきだった弔いを、悼みを受ける。

 その眠りに、もう恐怖がなければいいと思う。







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