奪われたモノ、手にしたモノ

作者: 城河 ゆう

「あれが“例の”島か?」


 船のデッキで双眼鏡を覗きながら、隣にに立っている、動きやすさ重視の改造修道服を着た老婆に声をかける。

 視線の先には白く霧がかかった島がうっすらと見えていた。


「近くの街からの距離的に、まず間違いないだろうね」

「なら、あそこに“魔神が棲む遺跡”があるって訳か……」



 もう、一年くらい前になる――



 とある街の酒場で、いつものように地域に伝わる伝説やらの聞き込みをしていた時の事だ。


「あんた、化け物退治を手伝わないかい?」


 そう言って声をかけてきたのが、今隣にいる婆さん――ヴェロニカだった。


 海賊団などと名乗らず、一人で気ままにやってた頃に比べ仲間も増えたが、やってる事は変わらない。


 気に入らない悪党をぶっ潰してお宝を頂き、近くの街に還元する。

 そのついでに、俺は都市伝説や、地域伝承なんかを調べたり解明したりしていた。


 それもあって、最初はあまり気乗りしなかったが、話を聞く内に、興味が湧いてくる。



 なんせ、行き先が――



 “行ったが最後、誰一人戻って来なかった”と伝えられている島だったからだ。













 島に上陸した俺達は、部下達にキャンプの設営を任せ、遺跡へと乗り込んでいた。

 メンバーは、俺と婆さん、そして配下のゴンザの三人……だったのだが――



 仕掛けられた罠に、ゴンザが引っかかってしまった。

 それも、よりによって巨大な岩が転がって来るもの。



「ゴンザ、逃げるぞ! 婆さんも呆けてんじゃねぇ」

「ひゃぁ!」


 咄嗟に横抱きに抱えた婆さんの、生娘みたいな悲鳴を聞きながら、全力で走る。


「ピンチにお姫様抱っこだなんて、惚れちゃいそうね」

「ババァが何色気付いてんだ! 余計な事言ってる暇があったら、得意の魔法で何とか――」





 ━━ドゴォォォン━━





「終わったわよ」

「お、おう……助かったぜ」


 のんきにくだらない事言うな、と青筋浮かべた直後に響く爆音。

 そして、うざいくらいドヤ顔の婆さん。


 何にせよ、お陰でミンチにならずに――


「――ん? ゴンザは?」

「え? あ……」


 俺の言葉を聞いて、爆心地の方に眼を凝らした後、何かに気付いてツイッと視線をそらす。


 俺達は魔法の爆発によってできた深いクレーターに近づき、婆さんが魔法で明かりを点けると、穴の底でゴンザがピクピクしているのが見えた。


「……いや、ごめん。 巻き込むつもりはなかったんだけど――」

「――まぁ死んじゃいねぇみたいだし……おい、ゴンザ! 動けるかぁ!?」


 ゆっくりと右腕が上がり、力無く左右に振られる。

 うん、無理か。


「なら暫くそこで休んでろ! 後で引き上げてやる!」


 今度は上げていた右手でサムズアップ。


「よし、とりあえず、先を確認するぞ」

「……アタシが言うのもナンだけど、放っといていいの?」


 流石に罪悪感があるのか、穴の底のゴンザと、俺の顔を交互に見ながら婆さんが言ってくるが……。


「大丈夫さ、アイツの頑丈さは折り紙つきだ」

「そう……なら、それはいいんだけど――」


 きっぱりと言い切った俺に、一応の納得はしたらしい。

 ため息混じりに言ったあと、しかしどこか気まずそうに言い淀み――


「――出来れば、その……そろそろ下ろしてくれると…… (たすかる)


 耳まで赤くしながら、か細く言われた言葉。

 そういえば、逃げる最中に抱き抱えたままだった、と今更ながらに思い出し、慌てて下ろす羽目になったのだった。














「ここが終点か?」

「恐らくそうでしょうね。 あからさまに、それっぽいし」

「……おい、そんな喋り方だったか?」


 さっきの一件以来、婆さんの口調が変わった気がする。

 声に色が帯びて、心なしか艶っぽく……って、阿呆か俺は、相手ババァだぞ。


 そんな俺に「別にいいじゃない」と笑う婆さん。


 何か急にやりにくくなった気がしないでもないが。


 今はそれよりも――


 目の前にある、婆さんの言葉通り“それっぽい”装飾が施された、禍々しい大扉だ。


 定石で言えば、一旦戻って人数を用意するのが確実だろうが、さすがに罠が多すぎる。


 人数を確保したまま辿り着ける保証がない以上、相手を確認してから、最悪撤退すれば良い。


 そのためにも――


「――婆さん、突入前に確認しておきたい事がある」

「……何?」

「最初に聞かされた、ここに来たかった理由は、たしか『奪われたモノを取り戻したい』だった。 ――つまり、一度来た事があって、その時は、戦いからの離脱は出来たって事でいいな?」


 俺の質問の意図を汲み取ろうとしたのだろうか。

 数瞬の沈黙の後、婆さんはゆっくりと口を開く。


「……離脱は出来たわね。 結局追い付かれて、次に目が覚めたら知らない場所だったけど。 それに、当時は今のような遺跡ではなくて、祭壇を備えた祠の様な場所だったわ」

「なるほど……“何かを奪われた”以上、来た事があるはずなのに、内部の事を知らなかったのは、そう言う事か」


 それにしても、わずか数年で、この罠だらけの遺跡が出来上がったって事になるが……いったいどれ程の魔法の使い手なら、そんな事が出来るのか。


 とにかく、突っ立ってても仕方ない。


 「行くぞ」と声をかけ、大扉を押し開く。

 扉の向こうでは、黒い全身鎧を身に纏ったナニかが、玉座のような椅子に腰かけ、兜の隙間から覗く真っ赤な目でこちらを見ていた。


 あれが、魔神か。


『人間が何をしに来た?』

「……アンタに奪われたモノを、取り戻しに来たのよ!」


 魔神の問いかけに、婆さんは懐から魔導書の様な分厚い本を取り出して、半身に構える。


他人(ひと)の棲み家を土足で踏み荒らしておきながら、その言いぐさ…… (これだから人間は)。 早々に失せよ。 さもなくば――』


 そこで言葉を切った魔神は、ゆっくり立ち上がり、複数の魔方陣を展開し――


『――私がこの場から消し去ってやろう!』


 ――放たれた幾つもの炎弾が、戦いの合図となった。













「……このままじゃジリ貧だぞ」

「出入り口も閉ざされたしね」


 戦闘開始からしばらく経っても、状況はギリギリ均衡が保たれていた。


 俺の剣は鎧に、婆さんの魔法は魔法障壁に阻まれ届かない。

 一方で、敵が絶えず放ってくる炎弾も、今はまだ回避に余裕があった。


 “消し去る”等と言った割に、こちらの消耗を待っているような不気味さがある。


 それに、さっきからどうにも、何かが引っ掛かってる感じがしていた。


「なぁ……婆さん、広範囲魔法使えるか?」

「はぁ? 使えるけど、相手が一人じゃ意味無いんじゃない?」


 たしかに、攻撃方法としては不適切だろう。

 だが、この違和感が攻略の糸口になる気がするのだ。


「いいから、断続的に、いろんな場所に撃ってみてくれ」

「……まぁ、いいわ。 あんたの観察眼は信用してるし。 そーらっ!」


 ため息混じりにそう言って、婆さんは注文通り、あっちこっちに炎を放つ。


 玉座に向かって左側……異常無し。


 玉座付近……異常無し。


 右側も異常無――……っ!?


「そこかっ!」

「えっ? うひゃあ!」


 迸る炎が不自然に遮られていた一角に、懐から取り出したナイフを投擲すると、慌てたような悲鳴が上がった。


「……」

「……」


 婆さんと無言で頷き合い、再度炎を放って貰い、その隙に接近。

 剣を引き、悲鳴を上げた()に突き立てる――



 ――直前。



「ひぃっ! ま、待って待って!」

「なっ!?」


 突然、岩が少女の姿に変わった。


「まったく……そんなとんがったモノを他人に向けるなんて、これだから野蛮な人間は嫌いなのよ」


 ブツブツ言いながら立ち上がったのは、薄緑の服を纏った、18才くらいに見える少女の様なナニか。


 と言うのも、存在感はあるのに、気配が希薄なのだ。


「まさか、精霊?」

「へぇ、私の事がわかる奴もいるのね」


 婆さんの呟きに、そいつが応える。

 フィアセレスと名乗ったその精霊は、欲にまみれる人間に嫌気が差し、人が寄り付かないこの地に隠れ棲むようになったらしい。


 魔神だと思っていた鎧も、彼女が魔法で操るもので、弱った所を転移魔法で放り出すつもりだったのだとか。


「最近、人間が来る事が増えて、逐一転移させるのも面倒だから、辿り着かないように罠一杯仕掛けたの」

「そんな事より、アタシから奪ったもの返しなさい!」


 突破されたけど……と不機嫌そうな精霊に、婆さんが掴みかかる。


「わかったわよ。 あんたからどれくらい取ったか分かんないから適当に……ほいっ」


 精霊が手を翳すと、白い光の粒が婆さんに集まって行き、数瞬。


 ピカッと強く光ったかと思ったら、その場には、婆さんと同じ服を纏った、少女が立っていた。


「んなっ? 婆さん……なのか?」

「そうよ。 まぁ、元より若返っちゃったけど、ヴェロニカ改め、スレイ・ロメッツよ。 名前くらいは知ってるでしょ?」


 確かに、ロメッツの名は有名だ。


「生け贄にされた聖女……」

「実際は、魔神に喰われたんじゃなくて、精霊にライフドレインで生命力を吸われて転移させられてたって訳ね」

「誰が人間など喰うか! 人がせっかく大人しく暮らしてるのに、家を荒らし回ってくれちゃうから、慰謝料代わりに生命力を貰って、人間の住んでそうな所に、転移で放り出してるだけよ。 とにかく、用が済んだならとっとと帰って」


 確かに、ここに来た目的は達したし、とどまる理由もない。


「そうだな、家を荒らしてすまなかった」

「ねぇ、精霊なら、アタシ達を入口まで送れない?」


 罠だらけの中を帰るのが面倒なのか、婆さ――スレイがそう言うと、精霊は困った様に顔を歪めて言った。


「穴の下の奴、置いて行くつもりなの? いらないからちゃんと持って帰って」

「「あ……」」







 その後、ゴンザを回収して、仲間達の元に戻った俺達だったが、どいつもこいつもスレイを見て、ババァが若返った事よりも、「カシラが遂に嫁連れてきた」ってお祭り騒ぎしやがる。


 当のスレイが、満更でもない態度を取るものだから、尚更収拾が付かなくなった。


 結局――


「世間的には死んだ事になってるし、アンタの事気に入ったから」


 ――と言って、付いて来る事に。


「ねぇゼアン、アタシの事、ハニーって呼んでも良いのよ?」

「だ、誰が呼ぶか!」



 ロリコン夫婦(めおと)海賊などと呼ばれるようになるまで、後3年……

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


慣れない恋愛小説企画第3段です。

恋愛、してますかね?(汗)


何はともあれ、お楽しみいただけたなら幸いです。