●ボツになった展開集 その5 後編
「僕は婚約破棄なんてしませんからね2」、二巻が本日発売です!
短期集中連載、後半をお届けします!
「なんで俺に事前に相談しないんだよ!」
夏休みに王子と王子の婚約者が領地に来る! そんな自分の知らないところで勝手に進んでいた話に、シルファに文句の一つも言いたくなる。
「だって頼まれたのは私ですし、ジャック様そんなの面倒だって断るだろうと思って」
「王子の頼みを断れるわけねえだろう!」
「あら、シン君もセレアさんもそんなこと全然気にしませんわ。頼まれてもいないのに口を出してきたのはジャック様でしょう」
「……」
ジャックは反論できなかった。
結局夏休みまで、シルファとよく相談し、互いの家と連絡して、出迎えの準備を整えてもらった。肩書は役人でも、本当は王子ということはさすがに伏せるわけには行かず、ジャックの実家でも驚かれたようすが手紙からもわかる。
入学以来、こんなにシルファとみっちり話し込むことになったのは久しぶりだった。話してみると、信じがたいことにシンとセレアはあれが素であり、本当に身分関係なしに自分たちのことは普通に友人だとしか考えない人たちなんだとシルファに教えられた。あれから昼食時でもクラスに居るときでも、シンにはしょっちゅう話しかけられる。乳牛農家はどれぐらいの戸数があるか、従事している人は何人ぐらいか、領内にセレア嬢と遊びに行けるようなところはあるか……。
「遊びって、デート気分かよ……。うちは田舎だから自慢できるのは自然ぐらいしか無いって」
すっかりシンにつられて、ジャックも言葉遣いが素になっていた。よく聞いてみると、たしかにシンはどのクラスメイトともそんな話し方をしているのだ。自分だけが特別じゃなかった。こいつはいつもこうなんだと実感した。
「夏休みなんだ、たまには息抜きもしなくっちゃ。僕ら公務でいつも忙しいし。一日や二日、ピクニックに出かけるぐらいいいじゃない」
そう言って笑う。こいつ、天然のタラシだな……。後でなにか弱みを握られたりしないように気をつけなきゃと、ジャックはかえって用心した。
「ねえ、ジャックくうん、夏休みの間さあ、またどっか一緒に行けないかなあ!」
「わりい、それどころじゃなくなった」
いつものように誘ってくる仲良くなったばかりのリンスにかまっている暇はなくなった。終業式と同時に大急ぎでシルファと一緒に領地に帰らなければならない。
「ふーんだ! いいもん! だったら他の男の子と遊んじゃうから!」
「そうしてくれや……」
毎日がシルファと相談、シルファと相談。赤点取って補習、「夏休みなし」なんてことになるわけにもいかず、勉強まで一緒にやった。すっかりリンスのことなんて忘れていたジャックだった。
終業式が終わるとともにすぐ学生寮に戻り、着替えて荷物をまとめ、シルファと一緒に予約していた乗合馬車に乗り込む。シンたちより先に領地に帰っていなければ出迎えができなくなる。
二人、並んで座って領地までの長い道のりを馬車に揺られていると、自然、今までよそよそしくろくに話したことも無かったシルファと、いろんなことを話すことになった。
シルファって、こんなに気さくだったっけと思う。なんか家庭教師をつけられてからは、やたらお嬢様ぶった気取った話し方になり、ジャックの言葉遣いにもいちいち文句を言っていたあのシルファがだ。
「シン君とセレアさんのやりとりを見ていたら、
確かに、学園の中でまで、あんな貴族ルールに縛られて言葉遣いにまで気を遣うなんてまっぴらごめんだと思った。シルファが変わったのは、あの二人のおかげかと思う。前よりずっと付き合いやすい。その点では、あの二人に感謝してもいいかもしれない。
宿場を泊まって進むような豪華な駅馬車の席は取れず、夜には馬車を円陣にし、御者、商人、他の旅行客や護衛ハンターたちと草原で寝泊まりする。
二人で火を焚いて簡単な料理を作ったりするのも子供の時以来だった。粗末なテントで寝袋で一緒に眠る。
「……ほんと、でっかいなあ……」
今まであんまり見てなかったシルファの胸の成長っぷりに、改めて驚き、近くに感じる上下するシルファの息遣いに、意識しすぎてなんだか寝不足になるジャックだった。
本当に護衛一人だけを連れてやってきたシンとセレアにジャックは驚愕した。
平民の服にリュックを背負って、普通の馬車を駅馬車の隊列に入れてもらって、護衛の近衛隊のシュバルツという男に御者をさせてここまで来たという。セレア嬢に至っては、自分のメイドさえ連れてきていない。
「いやーさすがに疲れた。とりあえず水飲ませてよ」
さすがに水っちゅうわけには……。というわけで親父とお袋のワイルズ子爵夫婦、それに屋敷に来ているシルファともども、歓迎の意を述べ、客用の部屋に通し、メイドにも手配して特製のヨーグルト味のジュースに、冬の間に
「これ商売になるよ!」と気に入ってもらえたようだ。
夜も更けてその後の夕食会では、親父を囲んで天然痘の予防、撲滅のために牛痘の免疫について調査をしたいので協力をお願いすると、シンとセレアが頭を下げるのにもジャックは驚いた。
王子に未来の王子妃なんだから、子爵程度の親父に威張って命令したっていいのである。でも、この二人はためらいなく頭も下げる。親父のほうがかえって恐縮しきりである。
次の日からは、王都からの衛生監察官の使いっ走りということで領の役人に案内させ、さっそく近隣の酪農家から聞き取り調査が始まった。
シンと護衛のシュバルツ、それっぽく白衣など羽織ってかばんにクリップボードに鉛筆とすっかり役人風である。
精力的に調査をするシンにジャックは驚いた。ジャックでも顔をしかめる牛糞だらけの臭い牛舎にも平気で入っていって、牛の世話をする農民に話を聞きに行く。
「お仕事ご苦労様です! ちょっとお話聞かせてもらっていいでしょうか! 今、牛の病気についてちょっと調べてまして!」
「おいおい、うちの牛は病気なんかじゃねーぞ! 健康そのものだ。失礼な奴だな!」
「そりゃあよかった。実は牛って天然痘にはかからないんですが、そのせいか牛飼いに従事する人も天然痘にかかる人は少ないんです。そこのところをちゃんと調べてみれば、天然痘を予防できるようになるのかもしれないと思って今調査してるんですが、お身内に天然痘にかかった方はいませんでしたか?」
「……言われてみりゃあ俺の家族にはそんなのいねえな。それ、本当にできるのかい?」
もう牛舎で働いている農夫はかたっぱしである。農家のばあさんなんかは、街に行った末の息子が天然痘で死んだ話を泣きながら長々するのを辛抱強く、慰めながら上手に聞き出している。疲れたそぶりも見せず次の農家、次の農家と、日が暮れるまで動き回った。
「王子って、ほんとバカじゃあ務まらねえな……」
ジャックは心底感心した。王侯貴族の仕事ってのは、こういうことなんだと見せつけられた気がした。
三日後には牛痘の牛を見つけて喜ぶ。
「これだああああ!」
喜ぶことかそれ? 牛の
「これ人間にも感染りますよね? 乳しぼりをする方の手が腫れたりしませんか?」とシンが酪農家の親父に聞いている。
「まあ同じように手が赤くなったり、風邪を引いたみたいになるし、たまに手に水膨れができたりするが、牛屋のかみさんなら何度かかかるもんでして別に珍しくもないわな」
「何度かかかる? 永続的な免疫じゃないのかもしれないなあ……」
王子の言うことはよくわからん。びっくりすることに翌日にはセレア嬢までやってきて、その牛痘の牛の
夜、夕食後に様子を見に客室を訪れると、部屋の中に聞き取り調査をした書面をテーブル一面に広げてシンとセレアがデータの集計をしていた。
「お前ら毎晩そんなことしてんの?!」
「毎晩じゃないけどね、一緒にいるときはそう」
セレア嬢は夜になるとシルファの屋敷に行って、そちらで寝泊まりしているが、こんな夜もある。
「町のほうのデータは親父さんが役人を使って集めてくれて助かってるよ。ジャックが話を付けてくれていてほんとよかった。ありがとね」
純粋にすげえと思った。
これが仕事ってやつかと感心した。俺はこんな領主になれるのだろうか。ジャックは改めてシンを尊敬するようになっていた。
二週間後、「十分にデータは取れました! ご協力ありがとうございました!」と、シンとセレアがジャックの親父であるワイルズ子爵に頭を下げる。
「いえいえ、お役に立てて何よりです」
親父も嬉しそうだ。
「あとは自分の家だと思って、ごゆるりと過ごしていただければ幸いですな」
「お言葉に甘えたいと思います。ありがとうございます」
翌日、ジャックとシルファ、シンとセレアでピクニックに出かけることになった。かねてからの約束である、領の自慢の美しい湖のほとりまでやってきた。
「お前、泳げんのかよ?」
意地悪く笑って見せる。王子なんて立場だとこうして川や湖で泳いだ経験なんてないだろうとジャックは思ったのだが、シンは水着のパンツになってさっさと湖に飛び込み、すいすい泳いでみせるのでこれにも驚かされた。
「練兵所に水練場があって、そこでやらされたからね」
「お前そんなことまでやってんの?!」
「十歳からずっとだよ。僕らこれ軽鎧着たままやるんだよ?」
「げえ」
「それにしてもきれいな水だね! こんな暑い日には最高だよ!」
セレア嬢とシルファがやってきた。セレア嬢は黒のワンピースの体にぴったりした水着。ほっそりとして体つきまで上品だ。
それに比べてシルファときたら……ツーピースの水着がむっちりした体にちょっと食い込んで、胸なんてもう完全に布が足りてねえ感じで動くたびにたぷたぷ揺れて……。なぜか目が離せない。
シンはセレア嬢の手を引いて、水に漬かり、「セレアにも泳ぎを教えてあげるよ」とか言いながら手取り足取り腰取り胸取りと、ずっと密着しっぱなしである。
ええええええ、大丈夫なのソレ?
王子、もしかして童貞じゃねえんじゃねえの? と、そんなことまで疑った。
「二人、本当に仲がいいですねえ」
たぷん、そんな感じでシルファがジャックの隣に座る。
「そうだな……。でも婚約者なら仲いいのも普通なんじゃね?」
「そうでもないです。学園に入ってわかったんですけど、『どうせ婚約者が決まっちゃってるんだから、学生のうちぐらい好きに恋して遊びたい』って人もけっこういて、婚約者を放っておく人もべつに珍しくもないみたい。実際に婚約者同士で仲がいいって、私はあんまり見たことないです」
そうなのか、と、恋愛に疎いジャックは驚いた。
なぜかリンスのことが頭に浮かぶ。今の俺がまさにそうじゃねえのと。
でも今は横にいる成長したシルファにドキドキする。慌てて話をそらしてみる。
「シルファは泳げるんだっけ?」
「子供の頃、一緒に泳いだでしょう?」
そういや暑い日は悪ガキたちと一緒に泳いでいた。
「ジャック様には、ちん〇んがついてないってバカにされて」
なんつーセクハラ発言だよ! 子供のころとはいえ、言っていいことと悪いことがあるわとジャックは猛烈に反省した。
「悪い、いやマジですまん。このとおりだ。ほんっとーに悪かった!」
あの時は、誰も恥ずかしいことなんか気にもせず、素っ裸になって泳いだものである。子供だった……。
「俺もシルファも、もういいかげん大人になったからさ、もう言わないよ」
「なりましたねえ、あはははは!」
そう言って笑うと、シルファの胸が揺れる。
「……ほんとでっかくなったなあ」
ジャックがしげしげとシルファの胸を見ると、シルファも赤くなって前かがみになる。柔らかそうな胸が膝に触れて押しつぶされる。
「……だってご領主様に嫁入りするんですもの。小さかったら恥をかかせることになるかと思って」
大きくしようとしてなるもんなの? それ、どーやってやんの?
乳業が盛んなジャックの領地では、女は胸が大きいほうがいいと言われている。「牛と女房は元気で巨乳が良い」だ。ただの縁起かつぎなのだが、それで女はみんな牛乳をしこたま飲んで領の女はけっこう大きい。しかしシルファのソレは十五歳という年を考えれば驚異的である。シルファもいっぱい牛乳を飲んだりしてたんだろうかとジャックは思う。
嫁入りか。俺、こいつと結婚するんだ。結婚したら俺のものになるんだ。結婚したら毎晩毎晩……。いや、何考えてんだと思う。そんな想像しちゃうと、なんだかむっちりしたシルファのことが、急に色っぽく見えてくる。
「だからね」
「ん?」
「こーんなこと、しちゃっても、いいんじゃないかって、思って!」
そう言うとシルファは、ジャックの後ろに回って、抱き着いた。
たぷんとしたものがジャックの背中に押し当てられ、ぷっくりとした突起がジャックをくすぐった。
しばらくして突然立ち上がったジャックは、そのまま湖に飛び込むしかなかった。
夏休みが終わり、学園に戻ったら、「あ――――! ジャックくぅうううん!」とすぐにリンスに見つかって、話しかけられてしまった。
「夏休みどうだった? 楽しかった?」ってとびっきりの笑顔でジャックの顔を覗き込む。
「ん? ずーっと婚約者と一緒に遊んでたよ」
「えええええええ――――!」
これにはリンスが驚愕の顔になる。キャラが崩壊してるぞとジャックはにやけた。
「ジャック君、婚約者がいるなんて言ってなかったじゃない!」
「言ってねえよ」
なんだかジャックは笑えてきた。
「じゃ、そういうことで」
「なにがそういうことなのよ――――!」
シンは、自分の婚約者のことを、愛して、大切にして、そして敬意を払っていた。単純にカッコよかった。あれが男だと思った。
婚約者一人幸せにして、笑顔にしてやれないでなにが男か。一番大切にすべきものは、一番近くにいたじゃないか。
ゲームのプレイヤーが一番見たかった、「ツンからデレに変わる瞬間のジャック」がそこにいた。
「シン」
教室に入ると、いつものようにシンがいた。ジャックはシンに歩み寄って声をかける。
「ん?」
「お前とは、もっと早く出会いたかったな」
そう言うと、シンは嬉しそうに笑うのだった。
―ボツになった展開集、その5 END―
二巻、ついに全攻略対象が出そろって、学園編が始まります。
成長したシンやセレア、スパルーツさんにジェーンさんとジャックとシルファだけでなく、おバカ担当ピカールに、脳筋担当パウエル、インテリ担当ハーティス君に、クール担当フリードといった初登場キャラも、みーんなイラスト付きで載りますよ!
コイツはクール担当フリード・ブラックですな。シンも相手するのは大変な一人です。
ちなみに作者が描いた、ジャックとシルファのキャラ設定はこんなんでした。
ゼロサムオンライン様でのコミカライズもよろしくお願いいたします。
作画はオオトリ様です!