第92話「第二決闘-2」
「……」
舞台の上に上がった俺は、自分の装備を改めて確認する。
手に持つ弓はベグブレッサーの魔具弓、矢は自作の物が十五本。
魔具弓には使用回数おおよそ二十回の『ぼやける』のプレートと、使用回数十回ほどの『黒煙』のプレートがセットされており、どちらも魔具連動技術を使ったものになっている。
そして腰には普通にキーワードを唱えるタイプの『黒煙』のプレートが一枚に、闇属性用のチョークが三本、妖属性用のチョークが二本、火属性用のチョークが一本、と。
一応切り札もあるとは言えるが……基本的にはこれでどうにかするべきだろう。
アレは生徒に使う物ではないだろうし。
「ふんっ……」
続けて俺は舞台の反対側に立つライ・オドルの様子を観察する。
ライ・オドルはヨコトメの紹介通り、右手に剣を持ち、左手にはウィドが使っていたのと同じような筒型の魔具が握られている。
そして腰のベルトには複数枚のプレートが提げられている。
プレートの色は……ソウソーさんに聞いていた通り、地属性の象徴色である緑色と金属性の象徴色である鉄色の物ばかりだな。
で、その表情はあからさまに機嫌が悪い……と。
『さて、ライ・オドル対ティタン・ボースミスの闘技演習ですが、両者合意の下、舞台の上と外の間に『遮音結界』を展開、中の音は外に聞こえず、外の音も中に聞こえる事はないと言う状態で行われる事になります。これはどういう事でしょうか?ソウソーさん』
『んー……ライについては、あっしがティタンに対して有利になる解説をする事を警戒したんだと思うでやんす。ま、警戒して当然でやんすね。あっしとティタンは狩猟用務員の同僚でやんすし』
『ほうほう』
『ティタンは……よく分からないでやんす。歓声とかが苦手なだけかもしれないっすね』
『なるほど。解説ありがとうございます』
観客席の様子は……かなり騒々しい。
これだけ騒々しいとどんな魔獣でも疎むのは間違いないだろうし、俺個人としても少々集中しづらい。
そう言うわけで、ライの提案した風属性中位紋章魔法『遮音結界』の展開は、俺にとっても都合のいい提案だと言えた。
「では、改めて説明するが、このボールが光を発したら、闘技演習開始だ」
「はい」
「ふんっ」
主審であるヨークシー先生が複数のプレートが填め込まれたボールを俺たちに見せる。
何でも、あのボールは舞台に触れると同時に幾らかの光を発して試合開始の合図を行い、それと同時に風で自身を場外に飛ばすように作られているらしい。
闘技演習以外でも色々と使えそうな物である。
「……。それでは『遮音結界』を展開する」
ライの態度に眉を顰めつつも、ヨークシー先生は何も言わずに舞台の外に出ていく。
そして、ヨークシー先生が外に出るのと同時に目には見えないがそこに何か有ると感じるもの……恐らくは『遮音結界』の効果である音を遮る領域が展開されていき、それに合わせて煩わしい程に大きかった観客席からの歓声が聞こえなくなっていく。
その際に貴賓席にいたメルトレスたちとも目が合ったが……メルトレスはただ微笑むだけであり、俺のことを心配している様子はなかった。
「ふん、愚図が。ようやく結界を展開したか」
「……」
さて、闘技場の外を気にするのはここまでにしておこう。
そして、此処から先はライ・オドルだけを見て、どう倒すかだけを考えるべきだ。
「何か言いたそうだな。穢れた平民混じりの用務員、貴族の恥さらしの分際で」
ライが俺の事を嘲笑する。
正直に言って、ライの言葉はかなり頭に来るものではあるが、ここで怒っても百害あって一利なしなので、俺は努めて冷静であるように振る舞い、言葉を返す。
「そうだな。言いたい事は色々とある」
「ほう……」
「ライ・オドル。お前はこの学園の生徒だろう。なのに何故師である先生たちを敬わず、他の生徒たちに対して横暴な振る舞いをする?」
「はぁ?」
俺の言葉が理解しがたいものだったのか、ライは本当に訳が分からないと言う表情をする。
「貴族が平民を傷つけて何の問題がある。平民なんざぁ、俺たち貴族の為に一生働いて惨めに死ぬためだけに居るような存在だろうが。そんなのがどうなろうが俺の気にした事じゃねえよ」
「……」
「そんでだ、俺はこの学園が歴史あるもので、この学園を出なければ評価されないって言うクソッタレなシステムがあるから通っているだけで、平民に魔法を使わせようだなんて考えてるイカレ爺どもなんざ敬えるわけがねえだろうが」
「……」
「と言うか、こんな学園に意味はねえんだよ。この学園に価値があるとするなら、一部の貴族との縁つなぎと図書館に置かれてる昔の素晴らしい魔法使いの本ぐらいだっての。理解できたか?頭足らずのクソ狩人」
「ああそうだな」
さて、此処まで酷いと幾らかは俺を挑発するためである気もしないが、ライの語っている通りなら、もはや更生の余地はないのではないかと思う。
ただまあ、更生の余地が無いからと言って野に放つわけにもいかなさそうな感じであるが。
となるとだ。
この場で徹底的に打ちのめす必要があるだろう。
心を入れ替えざるを得ないか、何も出来なくなるほどに。
「そこまで言うのなら、お前の魔法の実力は確かなんだろうな。ライ・オドル」
「はっ!テメエみたいな三下如きにこの俺が負ける訳ねえだろうが」
俺が心の中でそう決めていると、舞台の外からヨークシー先生のボールが舞台上へとゆっくりと飛んでくる。
それに合わせて俺は弓に矢を軽くつがえ、ライは左手に持った筒型の魔具を俺に対して向けてくる。
「そうか、なら見せてみろ」
「観客が楽しめるようによく踊れよぉ!クソ狩人!!」
そうしてヨークシー先生の放ったボールが舞台に着き、光が発せられると同時に、俺とライ・オドルは動き始めた。