第81話「決闘準備-2」
「……」
翌朝。
俺はオース山に一人で入り、黙々と目的の植物……ヤテンガイとカウンタモを探していた。
ヤテンガイは黒い樹皮が特徴的な樹で、闇属性紋章魔法の素材になる。
カウンタモは少し紫がかった枝葉が特徴的な樹で、妖属性紋章魔法の素材になる。
で、この二つの植物を回収するのは、勿論ライ・オドルとの決闘で使う紋章魔法に使う素材だからだ。
「見つけた」
やがて俺は一本のヤテンガイの樹を見つけ出し、まずは周囲に樹自身が落とした枝葉が無いかを探す。
そちらの方が樹に負担をかける事もないし、生きている樹から枝を切って得た素材よりも紋章魔法そのものは発動しやすいからだ。
尤も、最大出力や使用回数と言う面を見るならば、生きている樹から取るべきであるらしいが。
「よし、いい感じだな」
今回は幸いにもヤテンガイを切る必要はなかった。
周囲に自然に落としたのであろう小ぶりの枝が三本ほど転がっていたからだ。
少なそうに見えるが、全部まとめて磨り潰せば、それなりの量が得られるはずである。
「……」
俺は枝と枝の隙間から空を見上げる。
そして、決闘までに俺自身がやるべき事を思い出していた。
『まず第一に、ティタンが決闘に持ち込むべき紋章魔法はたったの二種類だけでやんす』
『二種類?』
『一応は攻撃に使える『ぼやける』と、視界制限から防御にも使える『黒煙』でやんす。と言っても『黒煙』についてはその場で煙を発生させるタイプに加えて、矢の形にして射るタイプもこの一週間の間に修得して、持ち込んでもらうっすけどね』
まず決闘に使う紋章魔法は『ぼやける』と『黒煙』のたったの二つ。
二つだけで大丈夫なのかと俺は思ったが、ソウソーさん曰くこの二つさえ使えれば後は戦術次第で十分戦えるとの事だった。
と言うか、『ぼやける』については、闘技演習場では魔法を用いない武器による攻撃が禁止と言うルールがあるので、そのルールを抜けて矢で攻撃するためだけに用いるのであり、実質的に決闘に使う紋章魔法は『黒煙』だけである。
そして、その為にヤテンガイとカウンタモを回収しに来たのである。
なお、新しい魔法を習得した方がいいのではないかと言う俺の思い付きについては。
『は?紋章魔法舐めてんすか?たった一週間で実戦的な攻撃魔法とか使えるようになるはずがないっすから。例え使えても、ティタンの場合、そんな付け焼刃よりも『ぼやける』をかけた矢の方がよっぽど使えるっすから』
『それに例え使い物になるレベルで修得できたとしても、狩猟用務員の普段の仕事では使い道が無い。そんな紋章魔法を覚えている暇があるなら、今後の為にも今ある技を磨く方が有意義だ』
『決闘で攻撃用の紋章魔法を使おうと思うなら、単発なら中位以上、下位なら複数用意しないと意味が無いしな。ま、慣れない事はするなって事だ』
と、三者三様の言葉でもって、見事に全否定された。
いやまあ、よくよく考えてみればその通りなので、反論などする気もないのだが。
「でも、アレについては調べる努力をしてみてもいい……だったか」
俺はそうして否定された後にソウソーさんに言われた言葉を思い出す。
『ああでも、例の魔獣化関係の魔法。アレについては探れる範囲で探ってみていいでやんすよ。もしも決闘までに一つでも制御できるようになれば……まあ、あっしの勘でやんすが、ティタンにとっては切り札になるはずでやんす』
例の魔獣化関係の魔法、つまりは『破壊者』が俺にかけ、こうしている今も俺の魔力を使って発動し続けているほぼ正体不明の魔法。
分かっている事と言えば妖属性を含んでいる事と……ああそうだ、完全に魔獣になっている間は、俺の意識は一点の光も無い空間を落ち続けていたと言う事だ。
「あの時俺は光の射す方向に進もうと思ったんだよな……そして、その方向に進んだら、実際に戻って来れた」
そうだ、『破壊者』もあの時の感覚を忘れるなと言っていた。
だから俺はあの時の事を思い出し、そして考える。
考えた結論として出てきたのは、あの光のない空間は魔獣の領域であり、あそこに俺が沈むことによって魔獣化が起きるのではないかと言う考えだった。
この考えが正しいのであれば……今俺の意識があるのは、俺が光の領域に居るからであり、あの光のない空間に俺の意識が再び足を踏み入れれば、あの魔獣としての力が使えるのではないかと言う事になる。
となると問題はどうやって俺の意識を保ったまま、あの魔獣としての力を使うかだが……うーん……どうにもうまく考えがまとまらない。
ああいや、今の時点でも一つだけ言えることがあったか。
「闇を恐れなければならない。闇を恐れぬものに闇の力を扱う資格はない」
この魔獣化の力に関わっているのは妖属性だが、強大で未知な力を使うなら、自分自身こそがその力を一番に畏れるべきだと言う考えは間違っていないはずだ。
そうしてそこまで考えが及んだ時だった。
「っつ!?」
俺は山頂側から突然気配を感じ、そちらに向けて弓を構える。
気配の主の正体はこうして弓を向けてもまるで分からない。
だが、一筋縄でいかない事だけは確かだ。
今も位置を掴めず、人なのか魔獣なのかも判別できないからだ。
「……」
何処から来る。
そう思いつつ、俺が最大限に警戒心を高めつつも、少しずつ弓の向きと自分の位置を変えようとした時だった。
「!?」
体が動かない。
いや、俺の身体が動かないどころか、周囲の生物全ての動きが停まっていた。
こんな現象を起こせるのは……
『やっと、自分の力について考え始めたか。まったく、待たせてくれる』
俺の背後にいつの間にか立っている『破壊者』以外に居るはずがなかった。