第79話「問題児たち-4」
「学園長大変です!」
学園長室に一人の事務員が飛び込んでくる。
「ど、どうしたんじゃいったい。そんなに慌てて」
事務員は見るからに焦った様子で、息も切らしていた。
そしてその手には、二組の書類が握られており、彼が慌てている理由がその書類にあるのは誰の目にも明らかだった。
「まずは落ち着くのじゃ。ほれ、お茶じゃ」
「は、はい、ありがとうございます」
学園長は事務員を落ち着かせるために温めのお茶を淹れ、それを飲ませる。
なお、事務員に茶を飲ませている横で、学園長は先程まで仕事終わりの楽しみとして食べていた秘蔵の菓子を口に頬張って無かった事にしているのだが、慌てている事務員がその事に気づく事は無かった。
「それで何があったんじゃ?」
菓子を食べ終わった学園長が、幾らか平静を取り戻した事務員に向けて質問をする。
「は、はい。つい先ほどの事ですが、闘技演習場を用いた決闘が一週間後の日付で二戦分申請されました」
「ふむ。それで?」
学園長の行動によって落ち着いた事務員は、本来の口調で状況の説明を始める。
「まず立会人が問題です。立会人として記入したのは三名。四年生、メルトレス・エレメー・オースティア。四年生、ゲルド・ゴルデン。四年生、イニム・エスケーです。王族が立会人になるだなんて、普通は無い事です」
「む、メルトレス君か……(と言う事は、また彼が巻き込まれているんじゃろうなぁ……)」
事務員の口からメルトレスの名前が出た時点で、学園長は決闘に参加する人間の名前を一つ察していた。
それと同時に、その人物の性格と立場から、今回の決闘は確かに問題になるかもしれないと理解する。
なお、メルトレスが立会人になることに関しては、学園長は別に気にしていない。
ただ少し珍しいなと思っただけである。
「それで、決闘をするのは?」
「はい、まずは一戦目として、二対二の演習申請が出されています」
「ほう、二対二。戦うのは誰じゃ?」
二対二で決闘を行うこと自体はそれほど珍しい事ではない。
魔法使いの中には、戦術の関係上、一人で戦うよりもペアを組んだ方が強い魔法使いと言うのが少なからず居るからである。
「まず一年生ハーアルター・ターンドと……」
「ふむ(ハーアルター君か。彼もまたよく問題に関わるのう。今度ターンド伯爵に胃薬でも贈るべきかもしれん。ただでさえ西の国境沿いの領地で胃が痛そうな立場じゃし。ハーアルター君自身の実力は……未知数じゃな。火・風・魔属性への適性と入学前にターンド家で施されたであろう教育から予想は出来るが)」
「三年生セーレ・クラムがペアを組みます」
「ほう、一年と三年が組むとは珍しい(セーレ君か。彼女はビルハーバ伯爵領ウオバ出身の平民で、どちらかと言えば勝気な子じゃったな。適性は水・氷・風、それとアレもあったの。となれば中々に面白いものが見れそうじゃな)」
学園長は事務員の言葉を聞きつつ、今回の決闘に参加するハーアルターとセーレの二人についての情報を自分の中から引き出すと、魔法使いの性として二人が協力した場合にどのような戦術を立てて来るかを自然に想像して、頬を緩ませてしまう。
「その二人に対するのは四年生ウィド・フォートレーと四年生ブラウラト・デザートのペアです」
「ふむ、その二人か(二人ともライ君の友人……いや、部下じゃな。ウィド君は木と地属性の使い手で、ブラウラト君は地と風属性の使い手じゃったな)」
「はっきり言って無茶です。こんなのは一方的な決闘にしかなりません」
事務員が学園長に向けて一組の書類を差し出す。
それは演習闘技場を使う事に許可を出すかどうかの書類であり、これに学園長がサインしなければ、当人たちがどれほど望んでも演習闘技場は使う事は出来ないという物だった。
つまり、ここで学園長がサインをしなければ、そのまま今回の決闘騒ぎは終わりである。
そんな書類に対して学園長は……
「ふむ、それは分からんぞ?」
「なっ!?学園長!?」
躊躇いなくサインを入れる。
「い、いいんですか?こんな決闘……」
「この四人の実力差ぐらいなら、問題なしじゃ。それよりも申請はもう一組あるんじゃろ?それについて早く説明せんか」
「は、はい……」
動揺する事務員を制して、学園長は次の決闘についての説明を促す。
「二戦目の申請についてですが、四年生ライ・オドルと狩猟用務員ティタン・ボースミスです。それも生徒と教職員と言う間柄での申請ではなく、本気の決闘を望む形での申請です」
「ほう……本気の決闘(やはりライ君か。しかし彼にも困ったものじゃのう……いい加減理解できてもおかしくないはずなんじゃが……)」
学園長は事務員の言葉に対して特に動揺する事もなく普通に聞き流す。
メルトレスが立会人と言う時点でティタンが関わっている事は幾らか予想できたし、ウィドとブラウラトの二人が出てきた時点で、ライが関わっている事も十中八九間違いないからである。
「学園の狩猟用務員と生徒が私的に決闘だなんて……前代未聞ですよ」
「そうじゃなー(それにしても四年間魔法を学んだライ君とまだ一月ちょっとしか魔法を学んでいないティタン君の組み合わせか。普通に戦うならティタン君に勝ち目はないが……ティタン君もティタン君な上に、今の狩猟用務員の面子がアレじゃしなぁ……勝負にはなるの)」
再び事務員から学園長に向けて書類が出される。
学園長は両者に勝ちの目があるかを冷静に頭の中で考えつつ、申請を受理しなかった場合にどうなるか、ティタンが勝った場合にどうなるか、ライが勝った場合にどうなるかを一つ一つ予想していく。
そうして、一通り考え終ったところで学園長は書類を受け取り……
「ま、本人たちがそれだけやる気なら、儂らは公正公平な決闘が行えるように尽力することだけを考えるべきじゃな」
「本気ですか……」
書類にサインをした。
「本気じゃとも。さ、一週間後を楽しみにするとしようか」
「はい……」
そして、学園長のサインが施された二組の書類を持って、事務員は何処か気落ちした様子で学園長室を出て行ったのだった。
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