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第71話「プレート作成-1」

「……」

 俺は羊皮紙をセットしたベグブレッサーの弓に矢をつがえ、無言でゆっくりと弓を引く。

 無言である以上、当然キーワードは唱えられていない。

 だが弓を引くのに合わせて、つがえられた矢は確かにその輪郭をぼやけさせていく。


「しっ!」

 俺の元から輪郭がぼやけたまま矢が放たれ、真っ直ぐに飛んでいき、目標とした樹に突き刺さる。

 そして、樹に突き刺さったところで矢の輪郭は元通りになる。


「よし……」

 俺は小さく握り拳を作り、頷く。

 魔具連動版『ぼやける(ヘイズィー)』、無事成功である。


「次は……っと」

 俺は矢を回収し、弓を脇に置くと、その場に腰掛けて羊皮紙に手際よく黒いインクで紋章を描く。

 この一週間ちょっと描き続けた紋章は、既に俺の手にしっかりと染み付いている。

 尤も、染み付いているのはアレンジを一切加えていない基本形に限った話だが。


「『黒煙(ブラクスモーク)』」

 俺は描き上がった紋章の端に触れ、発動の為のキーワードを唱える。

 すると闇属性の魔力が俺の中から抜け出し、紋章に注ぎ込まれ、紋章がその属性の象徴(シンボリック)(カラー)である黒色の光を放ち始める。


「……」

 紋章から黒い煙のような物が噴き出し始め、俺の周囲の空間を満たし始める。

 だがこれは煙のように見えるだけで煙ではない。

 闇の力によって光を遮る力を得た空間である。

 現に、普通の煙ならばむせ返って大変になるところだが、俺はこの中で普通に呼吸する事が出来ている。

 やがて煙によって俺が居る場所に注ぐ光は、そのほぼ全てが遮断され、新月の夜よりも更に暗い空間を作り出す。

 仮にもしも今この空間を魔法の範囲外から見れば、黒い煙が空に向かって昇る事なく、その場で不自然に渦巻いている姿が見える事だろう。

 闇属性下位紋章魔法『黒煙』、無事に発動成功である。


「ちょっと確認するか」

 俺は『黒煙』の範囲外に出て、『黒煙』の様子を観察する。


「……」

 『黒煙』によって生み出された黒い煙のようにも見える光を遮る空間は、発動の起点となった羊皮紙を中心に半径2mの半球を作り出していた。

 中の様子は一切窺えない。

 これならば、中で何をしていても目で確認する事は出来ないだろう。


「時間通り……かな?」

 そうして観察を続けていると、黒い煙が宙に溶け込むような形で消え始め、やがて黒い煙は跡形もなくなり、羊皮紙も黒い光を放つのを止め、本来の状態で芝生の上に広がっている。

 紋章発動からおおよそ三分、『黒煙』の紋章に予め記していた通りの効果時間である。

 これならば『黒煙』の基本形は無事に発動できたと言っていいだろう。


「じゃ、これはプレート型を作るために残しておくとしてだ」

 俺は『黒煙』の羊皮紙を丸めて回収する。

 『黒煙』の紋章魔法は無事に発動できた。

 が、『黒煙』の紋章魔法は極めて高い応用性を持つ魔法であり、これは『黒煙』と言う紋章魔法において入り口でしかない。

 狩猟用務員として、狩人として『黒煙』の魔法を使うのであれば、本番はこれからである。

 具体的には……魔具連動技術と合わせて、『黒煙』の起点を矢の形にして射出出来るようにしたい。

 そして、この射出にしても、矢が刺さった場所で煙を広げると言う形、矢の軌道上に煙を撒きながら飛んでいく形の二種類用意したいと思っている。


「先は……長いなぁ……」

 つまり、まだまだ先は長いと言う事である。

 ただ、長くはあるが、どうすればいいのかと言う見通しは既に立っているので、いずれは何とかなるはずであるが。


「さて、そろそろ行かないとな」

 俺は『ぼやける』と『黒煙』の練習の為に用意した道具類を片付けると、この後に必要なための道具を集め、紐でひとまとめにする。


「ゴーリ班長、クリムさん、ソウソーさん、後はよろしくお願いします」

「おう、しっかり学んで来い」

「お前の器用さなら、きちんと話を聞けば、一回で物に出来るはずだ」

「頑張ってくるっすよー」

 不要な心配だとは思いつつも、荷物をまとめた所で俺は用務員小屋の中に居る三人に、俺が居ない間の事をよろしく頼むと、火の塔に向かった。

 そう、今日はセイゾー先生の下でプレート型魔具の作り方について教わる日なのである。



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 火の塔三階、302実験室。

 きちんと掃除がされ、汚れらしい汚れはまるで見当たらず、実験に必要になるであろう機器が壁や棚の中に幾つも置かれたその部屋が、今日セイゾー先生が授業を行う場所である。

 で、セイゾー先生が教職員であり、俺が便乗させてもらう形なのだから当然と言えば当然なのだが、302実験室の中には既に生徒たちが何人も集まっていた。


「えーと、俺の席は……」

 生徒たちの目が本来なら居ないはずの人物である俺に向けられる中、俺は事前に通達された俺の席だと言う場所を探す。


「あ……」

「ん?」

 そうして見つけ出した俺の席の隣には、既に一人の生徒がやって来ていて、何かしらの予習をしていた。

 その人物は……俺も良く知っている人物だった。

 つまり……


「……。なんでお前が居るんだ。用務員」

「……」

 ハーアルター・ターンドがそこに居た。

そりゃあ一年生ですし、居ますとも

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