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第59話「黒煙-3」

『黒煙の紋章魔法とは、深遠なる闇の魔の中においては浅層に位置する魔法である』

(訳:『黒煙(ブラクスモーク)』の紋章魔法とは、闇属性の紋章魔法の中では簡単な部類に入ります)


『黒煙の力は至極単純であり、忌々しき光の力が及ばぬ領域を煙の形にして造り上げるものである。つまり、基礎たる安寧の闇をもたらす力の発展形に過ぎない。だがその単純さ故に使い手の思考、志向、嗜好がよく現れる』

(訳:『黒煙』の効果は単純です。闇属性基礎紋章魔法である『仄暗い(ディム)』を強化して煙状にしただけものなのですから。しかし、単純であるがゆえに、術者の考え方が良く出る魔法でもあります)


『極めし者が用いるならば、ただ焼き尽くすしか能が無き煉獄の魔よりも多くの者を死に追いやり、限られた者を救う事しか出来ぬ盾の魔よりも多くの者を災いから離す事も出来る。森羅併呑し混沌に帰す闇の魔の究極が一よりも強き力ともなり得るだろう』

(訳:『黒煙』の魔法は極めた者が使うのであれば、如何なる攻撃魔法よりも戦果を上げられますし、如何なる防御魔法よりも多くの人を守る事が出来ます。使い方次第では、闇属性上位紋章魔法よりも強力な力となるでしょう)


『全ては汝が考え次第であり、正しく場を見定めて使うならば一の黒煙は十の魔、百の剣、千の矛、万の矢など比べるも烏滸(おこ)がましい程に強き力なのだ』

(訳:そう、使い方次第なのです。状況を見定めて正しく使うのであれば、どんな魔法も武器も比較にならない力なのです)


『故に考えよ。考えぬ者に黒煙の魔を扱えぬ、考える者だけが黒煙の魔を使う資格を得る。考える者だけが黒煙の魔の極みを見る事が出来るのだから』

(訳:だからこそ考えなければなりません。考えて使わなければ、『黒煙』の魔法は十分な効果を発揮しません。考えなければ、『黒煙』の魔法は扱えないのです)


『我が記せし魔導書が汝の助けになる事を望もう。だが忘れるな。闇の魔を手にする者こそが闇を恐れるべきなのだ。闇への畏れを忘れた者は闇に呑まれ、消え去るだけである』

(訳:私が書いた本が貴方の助けになる事を望みます。ですが忘れてはいけません。闇属性を扱う者は、闇を恐れなければならない。闇を恐れぬものに闇の力を扱う資格はないと言う事を)



■■■■■



「相変わらず難解な文章だ……」

 学園長による検査が行われた翌日の昼休み。

 俺は図書館で借りてきた『黒き煙の書・闇の狼煙は万象を覆い隠す』を読んでいた。

 が、闇属性について書いた本特有の独特な言い回しに早速苦戦を強いられていた。

 いやでも、うん、図書館で少しページをめくって読もうとした他の『黒煙』について書いてあった本に比べれば、まだ多少は読みやすい感じがする。

 著者も前に借りた『闇属性基礎・汝、闇に飲まれることなかれ』と同じであるし……うん、今後も闇属性の本について書かれた本を読むときは、この人の本を読もう。


「えーと……」

 さて、この本に依れば、『黒煙』の魔法は煙の形をした力場を作る事によって、光が及ばない空間を生み出す魔法であるらしい。

 そのため、見た目は火事などの際に上がる黒煙とよく似ているが、魔法の『黒煙』と火事の黒煙は全くの別物であるそうだ。

 具体的に言えば、火事の黒煙は熱と毒を含み、幾らかの光を通す物である。

 が、魔法の『黒煙』は熱を持たず、毒も含まないため、肺いっぱいに吸い込んでも無害であるし、煙の中……魔法の効果範囲内は、術者の力量次第では完全な暗闇になるそうだ。


「……」

 俺はページをめくり続ける。

 そして、『黒煙』の紋章魔法の基本形を見つけると、そのページの内容……『黒煙』の紋章魔法に使われている補助記号の内容や、描く際の注意点、その他諸々の豆知識を丸々別の羊皮紙に書き写す。

 これに基づいて紋章を描けば、『黒煙』の紋章魔法を発動させること自体は問題なく出来るだろう。

 で、次のページに移ったところで……固まる。


「あー……うん、なるほど……使いこなすってのはそう言う事か……」

 そのページには『黒煙』の紋章魔法を使いこなす為に必要な情報が項目ごとに分けられ、言葉遣いを除けば非常に分かり易い形で書かれていた。

 それはいい。

 それはいいのだ。

 問題は……


「でもそうだよなぁ……考えてみればそうなんだよなぁ……」

 圧倒的な物量である。

 『黒煙』の魔法は序文に書いてあった通り、『仄暗い』の範囲を広げただけの単純な魔法である。

 だがそうして範囲を広げた結果として、魔法の効果を安定化させるために幾つもの項目を紋章の時点で規定する必要が生じた。

 主な部分を言えば、効果範囲、効果時間、展開速度、遮光率である。

 問題はこの四項目をどれか一ヶ所でも変えれば、他の三ヶ所もそれに合わせて補助記号を調節する必要が有り、つまりは同じ『黒煙』の紋章魔法とは思えない程に紋章の形が変わってしまうと言う点だ。

 これは……うん、舐めてた。

 『黒煙』の紋章魔法だけで一冊の本が書けるほどの分量がある時点でおかしいと思うべきだった。


「……」

 だが何よりも恐ろしいのは……この四項目を自由に弄れるようになっても『黒煙』の紋章魔法を使えるようになっただけであり、これでも本全体で言えばまだ四分の一ほどしか進んでいないと言う点である。


「えーと、目次は……」

 俺は改めて目次をみる。

 目次を見た限りでは、『黒煙』の紋章魔法を使いこなそうと思ったら、細かい煙の形状や色まで変えられるようにならなければならないらしい。

 また、どのような状況でどのように使うべきかと言う話も載せられているようだった。

 加えて『黒煙』を発動する基点の位置を変えるための方法も書かれているようだった。

 それに『黒煙』の紋章魔法に向いている素材についても記載されているようだった。


「うん、気長に頑張ろう」

 俺は若干頬を引き攣らせつつも、地道にゆっくりと進める事を決意した。

 するしかなかった。

『黒き煙の書・闇の狼煙は万象を覆い隠す』の本文がどんなものなのかをちょっと書いてみました。

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