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第56話「検査-2」

本日は二話更新です。

こちらは二話目でございます。

「っつ……!?」

 爆発は熱や強烈な風は伴っていなかった。

 だが、何処からともなく埃が舞い上がり、物理的な力を伴わない圧力に俺は襲われた。


「ゲホゲホゲホッ……いったい何が……」

 やがて観客席に居た教職員の誰かが風の魔法でも使ったのだろう、何処かからか強力な風が吹いて、煙が晴れていく。


「あいたたた……いやはや、これはこれで想定外の事態じゃのう」

「学園長」

 煙の向こうから腰のあたりを軽く叩いている学園長が現れる。

 その周囲には既に多数の教職員達が集まっていた。

 そして、彼らのうちの何人かは俺の事を警戒するように、俺に対して得物を向けていた。

 状況が分からない。

 だから原因である可能性が高い俺を学園長に近づけないようにすると言う事なのだろう。

 なので、俺も彼らの判断が正しいと判断して、それ以上今居る場所から学園長に近づく事を止める。


「学園長、今の爆発は何が原因ですか?」

 教職員の一人が、俺の事を睨み付けつつ、学園長に何が起きたのかを尋ねる。


「原因か……推測でなら色々と言えるがのう……まあ、一つ確かなのは、ティタン君自身には原因は無いと言う事じゃな」

「ティタン自身には問題はない?」

「うむ、どうにも儂の『魔紋発動(スペルブート)履歴探査(ヒストリー)・改』がティタンにかけられている魔法に触れた瞬間に、その魔法がこちらの対術式破壊紋章の守りを上回る破壊力によって紋章を破壊。行き場を失った魔力が吹き荒れた結果が先程の爆発だったようじゃ」

「「「……」」」

 学園長は周りの教職員の助けを借りつつ、その場に腰掛ける。


「しかし学園長。学園長の推測通りならば……」

 再び教職員の目が俺に向けられる。

 ただ、その視線に含まれている感情は警戒ではなく、疑念のようだった。

 だが知識のない俺には、その疑念の内容までは理解できなかった。

 しかしそんな俺でも、次の学園長の言葉は理解出来た。

 理解できたが故に衝撃的な物だった。

 何故ならば……


「うむ、今もティタン君に対しては何かしらの魔法が発動している。恐らくはあの獣の姿に関わるような魔法がじゃ」

「……!?」

 こうしている今も、俺があの獣の姿になって暴れ狂う可能性が存在すると言う事なのだから。


「学園長!」

「命令を……」

「……」

 教職員たちが学園長を守るように立ちつつ、俺に対して何時でも紋章魔法を放てるように構える。

 俺が彼らから感じる気配は、狩猟者が獲物を襲う時に見せるものによく似ていた。

 故に俺も、思わず身構えてしまう。


「「「……」」」

 場の空気が張り詰める。

 誰かが不用意な行動をとれば、それだけで戦い……いや、半ば一方的な狩りが始まる事が誰にでも分かる程に。

 だが、狩りが始まる事は無かった。


「全員落ち着け。戦闘態勢を解除しろ」

 低い、とても冷たい学園長の言葉が闘技場に響く。


「しか……」

 学園長の言葉に教職員の誰かが反論しようとする。

 しかしその言葉が最後まで言われる事は無かった。


「解除しろと儂は言っている」

「「「っつ!?」」」

 最早物理的な圧力すら伴っているような、とても重い響きと威圧感で学園長の言葉が発せられたために。

 この一言で俺も理解する。

 この場において最も強い人物が誰かと言う事を、そしてその人物の実力が俺の本能の部分でも危険だと認識できるほどのものであると言う事を。


「「「……」」」

「うむ、よろしい」

 警戒体制こそ崩さないものの、教職員達がゆっくりと得物を降ろし、それに合わせて俺も全身の力を抜く。

 そして、俺たちの様子を見て満足したのか、威圧感を消した学園長は鷹揚に頷く。


「まあ、心配はせんでも、今この場でティタン君に今もかかっている魔法が効果を表すような事はないじゃろう。なにせ、どんな魔法が発動しているのかを調べると言う直接的で暴力的な行為に対するカウンターが、調査のための魔法を破壊すると言うだけなんじゃからな」

 俺は改めて闘技場の床に描かれた複雑な紋章の残骸を見る。

 紋章はバラバラとしか言いようのない形で破壊されていて、元の形がどのような物だったのか絶対に分からないと言い切れるほどの状態になっていた。

 だが、紋章がそんな状態にあるにも関わらず、学園長自身は多少疲れた様子を見せているだけだった。

 これは確かにおかしなことなのかもしれない。


「恐らく魔法発動のトリガーになっているのは、ティタン君の命に危機が及ぶだとか、著しいストレスに襲われるだとか、そんな所なのじゃろう。つまり、日常生活を送っている分には何の問題も無いと言う事じゃな」

 学園長の推測が正しいかどうかは俺にも分からない。

 ただ、可能性として十分に有り得そうであると俺は感じた。


「さて、そう言う訳じゃからティタン君」

「は、はい!」

 学園長に突然名指しされ、俺は思わず背筋を正す。


「今後君が市井で平穏に生きようと思うのであれば、君にかけられている魔法が何かをする事はないじゃろう。が、君が今後も狩人として、狩猟用務員として、君自身が内に秘めている目標の為に生きようと思うのであれば、儂は君に二つほど課題を出さなければならん。君自身の為にも、学園で生活する者の為にもじゃ」

「はい……」

 学園長は真剣な表情で俺に対して告げる。


「一つ目の課題は、君自身の戦闘能力の向上。フラッシュピーコック如きに遅れをとっているようでは困るのじゃ。最終的には……そうじゃな、最低で、他の狩猟用務員と真正面から戦える程度には強くなって貰わなければならん」

「はい」

 あのゴーリ班長、クリムさん、ソウソーさんに並ぶほどに強くなれ。

 最終的な目標である事は分かるが、それでもとんでもない目標である。


「二つ目の課題は、例の獣化について何かしらの制御方法を見つけ出す事」

「制御方法?そんなもの……」

「必ずある。アレは確かに君にかけられた魔法であるが、同時に君自身の力でもある。儂の魔法による解析を許さぬほどに高位の魔法であるが……必ず何か有るはずじゃ」

「……」

 だが二つ目の目標は一つ目の目標よりも遥かに厳しい目標だった。

 あの力を……一瞬で俺の理性を呑み込んだあの力を制御しろと言うのだから。


「頑張らせて……いただきます」

「うむ」

 だがそれでもやる他なかった。

 俺には他の道は無かった。

 何故ならば、俺の生きる道は狩人の道以外にないのだから。

02/19誤字訂正

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