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第52話「新しい弓-7」

「では、まずは一通り並べるのである」

 コルテさんは幾つもの箱をカウンターに並べていき、並べた箱の蓋を一つずつ外していく。


「ほうほう……」

「……」

「ふふふふふ……」

 箱の中から現れたのは、俺が知っているものとは少し形が違う弓。

 どの弓にも筒を取り付けられる部位や、円盤状の物を填め込める空間が付けられている。

 だが、その形の違いは奇を(てら)った物でもなければ、何の役にも立たない装飾でもなく、弓と魔具の機能を合わせ持つために必要な形の違いであり、これらの弓が魔具店に置かれるのにふさわしい品物である事を示していた。


「この弓、手に取って見ても?」

「勿論構わないのである。傷つけなければ、少し引くのも許可するである」

 俺は全部で二十張りほど用意された弓の中から、アイアーの樹から作られたと思しき弓を手に取り、少し引く。


「……」

 鋼のような色合いの弓は少し硬めだった。

 使えない事はない。

 だが、一時の相棒としてではあっても、自分の命を預ける相手としては少々硬すぎて、咄嗟に弓を引く事が難しいと感じた。

 なので俺はこの弓を箱の中に戻す。


「ボソッ(随分と沢山の種類があるっすね。人気何すか?)」

「ボソッ(狩人上がりの魔法使いってのは意外と多いのである。だから、作る職人も多いのである。あ、品質は保証するのである)」

 次に俺はイチイの木で出来た弓を手に取り、少し引く。

 悪くはないが、どうにもしっくりこない。


 ヤテンガイの木の弓。

 手に馴染む感じがするが、作った職人の腕が良くないのか、射る時に魔具としての機能が矢を邪魔する感じがある。


 栗の木の弓。

 製作者の影響なのか、何か捻くれている感じがする。


「ボソッ(悩んでるっすねぇ。どれも良いものだから悩んでいるっすか?)」

「ボソッ(いや、あの悩み方は違うのである。あの悩み方はヤバいのである)」

 パジサカキの木の弓。

 性格的な意味で、根本的に反りが合わない感じがする。


 複数の木材を組み合わせて、魔獣の膠で補強した複合弓。

 出来は悪くないが、それぞれの材料の性質が填まり切っていない感じがする。


 名称は分からないが、赤い弓。

 触った感じからして強度が低く、俺が勢いよく引いたら、そのまま折れてしまいそうな感じがする。


「ボソッ(ああもうやっぱりであるか!これだから一流の連中は困るのである!吾輩の作った複合弓で満足しないとか、どうなっているのである!?)」

「ボソッ(ああなるほど、腕が良すぎて僅かなミスが気になってしまうんでやんすね。これは厄介っすねぇ……)」

 もう一本名称不明の赤と黒の弓。

 どうにも硬くて、扱いづらい感じがする。


 エレレパインの木の弓。

 そう言う木だから当然なのだが、持つと一瞬ピリッと来る感じがして、俺には合わない。


 ウィンシザーの木の弓。

 軽すぎて、前の弓との差から狙いがぶれそうな感じがある。


「……」

「ボソッ(動きを止めたでやんすね。これはどういう事っすか?)」

「ボソッ(妥協だったら、それはそれで悔しいである。何か負けた気分である)」

 その後も俺は一つ一つ弓を手に取り、軽く引いて、感触を確かめていく。

 そして、だいたいの弓を引き終わったところで腕を組み……悩む。

 何と言うか、とても困った状況である。

 どの弓も致命的に悪い点は存在しない。

 そこの棚に置かれている量産品であろう弓と比べて明らかに出来は良いし、どれを持って行っても使い物になるのは間違いない。

 だが、どれも俺が使う弓と言う感じがしない。

 うーん……前の弓に慣れ過ぎてしまった結果として、新しい弓に適合する能力が失われてしまったのだろうか?

 だとしたらそれはそれで問題である。


「……」

「ボソッ(お願いだから、妥協ではなくきちんと選んでほしいのである。自分の目利きを信じて仕入れた吾輩も、作った職人も報われないのである)」

「ボソッ(とは言え、ティタン自身も自分で弓を作る人間っすからねぇ……出来次第じゃ自分が作った方がマシと言う結論を持ち出してきかねないっすよ)」

 買わないと言う選択肢は無いだろう。

 明日以降の業務に差支えが生じる。

 昨日今日と実質的に仕事を休んでしまっている俺としては、それだけは許せない。

 なので買うしかないのだが……ふうむ。


「残りの弓をまず見てみるか」

 俺は残りの弓へと視線を向ける。

 ただなんと言えばいいのだろうか?

 残りの弓からは俺の事を恐れているような気配が伝わってくるのだ。

 これでは間違いなく使い物にならないだろう。


「ん?」

 と、そこで俺の目に一本の弓が目に留まる。

 その弓は黒っぽい紫色をした弓で、長さは俺が前に使っていた弓とほぼ変わらない。

 俺の事を恐れている気配もない。


「……」

「ボソッ(あの弓は何なんっすか?)」

「ボソッ(確かこの前仕入れた弓で……ベグブレッサーの樹から作られた弓だったはずである)」

「ボソッ(また、妙な木材を弓にする奴が居る者でやんすねぇ)」

「ボソッ(酔狂な人間が作った弓であるが、出来は確かなのである)」

 俺はその弓を手に取り、軽く引いてみる。

 感触は悪くない。

 俺の全力にも、早撃ちにも対応してくれるだろう。

 前の弓との差は当然あるが……誤差の範疇であり、俺の腕なら元々ぶれる程度の誤差で済むだろう。

 持ち手の上下に円盤を取り付けられる部分も付いているので、魔具弓としても当然使えるようになっている。

 うん、これならよさそうである。

 少なくとも、代えの弓を自分で作るまでの間は確実にもってくれるだろう。


「コルテさん。これが気に入りました」

 俺はコルテさんに対して、弓を示しながら、購入する意思を伝える。


「そ、そうであるか。なら、持って行くといいのである。請求書は学園の総務課に渡すのである」

「ボソッ(ちなみに値段は?)」

「ボソッ(無銘の上に材料が材料であるから、此処に持ってきた弓の中では安い方なのである)」

「ボソッ(ならよかったでやんす)」

 コルテさんとソウソーさんが先程から何かコソコソと話し合っているのは……まあいいか。


「では、大切にするである」

「はい、ありがとうございます」

 そして俺はこのどんな木材を使ったのかも分からない不思議な弓を購入したのだった。

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