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第5話「山を下りた狩人-4」

「うむ、アレがそうじゃ」

 風の塔の一階に着いた俺と学園長は、正門に繋がる扉とは真逆の位置にある扉に向かい、そこから外に出る。

 塔の外の光景でまず見えてきたのは天高くそびえるオース山と、オース山の山肌に広がる深い森だった。

 此処から見ただけでも分かるぐらい、あの森からは多くの動植物の生命力が感じられる。


「小屋?ですか」

「うむ、狩猟用務員用の小屋じゃ」

 次に俺は近くへと視線を転じる。

 するとまず見えてきたのはジャッジベリー、ミガワリーフ、ヘモティを栽培している畑で、どれもよく手入れされている。

 そして、畑と森の間には一軒の石造りの小屋が建っていた。

 物音と話し声のような物が聞こえているし、煙突から煙も上がっているので、中に誰かが居るのは間違いないだろう。


「儂じゃ。ゴーリ、居るかの?」

 学園長が小屋に近づき、木で出来た扉をノックする。

 すると、中で人が動く気配がした後、扉がゆっくりと開かれる。


「はいはい、居りますよ。学園長殿」

 中から出てきたのは日に焼けた肌を持つ、俺より大柄で筋骨隆々な禿頭に黒目の男性。

 歳は……よく分からない。

 髪の毛を完全に剃ってしまっている上に、男である俺が見ても惚れ惚れするぐらいに身体が鍛え上げられているので、かなり若く感じる。

 が、責任者のような雰囲気も漂わせているし、実際の歳は結構いっていると思う。


「っと、見慣れない顔と言う事は、候補ですかい?」

「うむ、その通りじゃ」

 男性……学園長にゴーリと呼ばれた人の視線が俺へと向けられる。

 その視線は明らかに俺の事を値踏みしている。

 が、どう見ても俺より実力が上の相手なので、不安に思っても不快には感じない。


「推薦状は……要らんか」

「一応、読ませてもらいますよ。名前と経歴が分からないと不便なんで」

「そうか」

 学園長がゴーリさんに俺が持ってきた書類を渡し、男性は書類を開く。

 そして軽く見た後、俺を手招きで呼び寄せる。


「ティタン・ボースミスだな」

「はい」

「両手を見せてみろ」

「分かりました」

 俺はゴーリさんに両手を見せる。

 どちらの手も綺麗とは言えない手であるが、狩りをする上でどうしても付いてしまう傷やタコは、俺にとっては勲章に近いものである。

 そんな俺の思いとは関係なしに、ゴーリさんは俺の手を表裏両方とも睨み付ける様に確認すると、やがて手を降ろすように言って来る。


「武器を見せてみろ」

「はい」

 次に俺は武器である弓矢と山刀を見せる。

 弓については先程下敷きにしてしまったが、ここに来るまでの間に問題が生じていない事は確かめてある。

 矢も自分で作ったものだが、一定の品質の物が、十分な数揃っている。

 山刀についても、量産品の何処にでもありそうな代物ではあるが、手入れは怠っていないので、今すぐ何かしらの獣を解体しろと言われても問題はない。


「なるほど。口だけの輩じゃなさそうだな。これなら試験を受けさせても問題はないな」

「人柄については気にせんのか?」

「この手と武器の状態を見れば、少なくともコイツが鍛錬や整備を怠る人間でない事は分かります。それさえ分かれば、俺としては問題はありませんよ。それに人柄は学園長が大丈夫と言うなら大丈夫でしょう」

「そう言うものかのー」

「そう言うものでしょう。と言うわけで、試験をやるぞ。いいな」

「はい」

 どうやら、試験は問題なく受けさせてもらえるらしい。

 それにしても手と武器を見れば分かる……か、やはりこの人は熟練の狩人なのだろう。

 俺ではここまで言い切る事は出来ない。

 王立オースティア魔紋学園と言うエリート校で狩猟用務員の長になっているのだから、このぐらいは当然なのかもしれないが。


「よし、ならまずは試験の内容の説明といこうか。クリム、ソウソー、三番の試験セットを持って来てくれ」

「分かった」

「アイアイサーでやんす」

 ゴーリさんが用務員小屋の中へと声をかける。

 すると、小屋の中で人が動く気配がした後、黒い髪に橙色の目をした割と細めの男性と、俺より頭一つ分は小さい金髪碧眼の男性。


「ソウソー、リストを」

「はいはい、受け取るでやんすよ」

「ありがとうございます」

 俺はソウソーと呼ばれた男性から一枚の羊皮紙を受け取る。

 そこには20種類ほどの動植物の名前と特徴、それに採取するべき部位の名称が書かれていた。

 この山ならばこの20種類は居て当然だし、俺でも回収は出来るだろう。

 なお、欄外に一種類だけだが、採取しても数にカウントしないと書かれているものもあった。

 まあ、これを回収して示されても実力は示せないからだろう。


「さて、試験内容だが、簡単に言ってしまえば、これからオース山の中に入り、三日後の昼に此処へ、紋章魔法の触媒として使える素材を五種類以上持ってくる。これだけだ」

 ゴーリさんが試験内容について語ってくれる。

 が、ゴーリさんの説明と、このリストの内容を合わせて考えた時、俺は違和感を感じずにはいられなかった。


「お、気づいたでやんすね」

「なら説明するべきだな」

「と言うと?」

 俺の反応に気づいたのか、ソウソーさんとクリムさんが小さく呟き、その呟きの内容に俺は首を捻る。


「そのリスト外の素材を持って来ても構わないって事だ。条件付きだがな」

「条件付き……」

「お前に渡したリストに書いてある素材なら、触媒として使える状態なら普通に持って来てくれて構わない。が、リスト外の素材については、お前の手で加工し、触媒として使えることを証明しなければならない。これが条件だ」

「ちなみに試験でやんすから、加工は一週間以内に終わらせないと駄目でやんすよ」

「なるほど」

「それと、触媒として使える事の証明にはお前自身が魔法を使う事。これも忘れるな」

「はい」

 なるほど、リスト外の物を持って来ても構わないが、その場合は俺が扱える物しかカウントしてもらえないと言う事か。


「さて、準備が必要なら待つがどうする?」

「いえ、今すぐ始めてもらって構わないです。食料は十分持っていますので」

 俺はオース山に広がる森を見る。

 元々携帯食料は十分な量を持っているが、あの大きさの森ならば、武器さえあれば生き抜くこと自体は問題ないだろう。


「よし、いい度胸だ。なら早速始めるとしよう。王立オースティア魔紋学園狩猟用務員採用試験、始めだ!」

 そしてゴーリさんの言葉と共に、俺の試験は始まった。

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