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第48話「新しい弓-3」

「そう言えばティタン様。ティタン様はどのようなご趣味をお持ちなのですか?」

 俺とメルトレスの会話はまだ続いている。

 昼食後のそれぞれの行動を考えると、あと十分ぐらいで否が応にでも終わるはずだが、逆に言えばあと十分は食事の進み具合とは関係なしに終わらない可能性があった。


「趣味……ですか?」

「はい、貴族の中には狩りを嗜む者が多く居ますが、ティタン様の場合にとって狩猟は生業ですし、普段は何を為さっているのかと思いまして」

「なるほど」

 さて、今の話題は趣味についてである。

 俺の趣味か……正直に言うと、学園に来てからは空き時間……狩猟用務員としてオース山に入ったり、装備を整えたり、書類仕事をしたりと言ったと仕事の時間以外は、全て紋章魔法の修得に回している。

 が、これは趣味ではないだろう。

 なにせ俺が魔法を学んでいるのは、狩猟用務員として活動する上でも、何時か闇天竜を探し出して狩る為にも必要だと判断したからだ。


「そうですね……俺の場合は骨細工でしょうか?」

「骨細工?」

 では俺の趣味は何かと問われれば……思いつくのはコンドラ山で時々やっていたとある作業だ。


「ええ、簡単な物ですけど、狩った魔獣の骨や牙に穴を開けて、紐を通し、首飾りにしたりするんです」

 それはちょっとした骨細工。

 狩った魔獣の牙や適度な大きさの骨を削ったり、穴を開けたりして、装飾品を作るのである。

 手の込んだものだと気分に合わせて表面に紋様を彫り込んだりもするし、特に上手くいったものだと行商人が買い取ってくれる事もある。

 尤も、値の方は素人仕事なので、たかが知れているが。


「それは今は……」

「今は無いですね。コンドラ山にある俺の家に全部置いて来てしまいましたし、学園の狩猟用務員として働き始めてからは作る暇も無かったですから」

「そうですか……」

 俺の言葉にメルトレスは何処か残念そうにしている。

 本当に素人の作品なので、間違っても王侯貴族に見せられるようなものではないのだが……。


「「「……」」」

 と、そんな俺の思いとは関係なく、メルトレスが残念そうにするのと同時に、周囲から放たれている俺の事を非難するような視線が強まる。

 まあ、別に気にしなくてもいいだろう。

 俺個人に対して向けられている物であるし、大部分は狩猟用務員の仕事に支障を来たすようなものでもないからだ。


「ボソッ(ちっ、忌々しい。狩人風情が)」

「ボソッ(『鋼鉄姫』様とあんなに仲良さそうに……)」

「ボソッ(今に見ていろ。何時か大恥をかかせてやる)」

 尤も、一部からは油断するべきでない気配が漂ってきているが。

 会話中と言う事もあって、気配の主の姿は確認できないが、今後は少し気をつけた方がいいかもしれない。

 なお、これらの気配の存在にはゲルドたちも気づいているようで、時折ではあるが、それらの気配の方へと目をやっていた。


「その、ティタン様。もしよろしければ、一度どのような物か見せて頂けませんか?私、興味がありますので」

「えーと、俺としては別に構いませんが……本当に素人のそれで、職人が作った物とは比べるのも馬鹿らしいようなものですよ?」

「それでも構いません。私が見てみたいだけなのです。お願いできますか?ティタン様」

 と、そんな中、俺の骨細工を見てみたいと言う言葉と共にメルトレスの笑顔が俺に向けられる。

 それは見る者全てを惹きつけるような笑顔で、俺としてもとてもドキリとするような物だった。


「え、えーと……材料の入手と作業する時間が出来たら作りたいと思います」

「ありがとうございます。ティタン様」

 しかし何故メルトレスは此処まで俺の骨細工を見てみたいと言っているのだろうか?

 笑顔の件もそうだが、分からない事ばかりである。


「では、出来上がったその時は、ご連絡お願いしますね。一等級の茶葉を持ってお伺い……」

「あ……」

 そうして何となくやってしまった感がある約束が俺とメルトレスの間で交わされようとした時だった。

 午後の授業が迫りつつある事を知らせる鐘の音が外から鳴り響いてくる。


「姫様、時間です」

「メルトレス様。皿を片付けてきますね」

「で、ではティタン様。その時はよろしくお願いしますね」

「あ、はい。その時はよろしくお願いします」

 鐘の音に合わせて、食堂に集まっていた生徒と教職員たちが移動を始める。

 そして、メルトレスたちも俺に一度頭を下げた後、食堂を後にする。

 完全に鐘の音が鳴りやんだ後、食堂に残っているのは俺とソウソーさんを含めた一部の人間だけだった。


「ふぅ……」

 なんにしても、無事に乗り切ったらしい。

 そんなわけで俺は思わず息を深く吐き出す。


「いやぁ、王族に贈り物の約束とは中々やるでやんすんねぇ。ティタン」

「会話の内容までしっかりと把握してるなら、助けてくださいよ。ソウソーさん」

 席に着いたままの俺へとにやけ顔のソウソーさんが話しかけてくる。


「あ、一応言っておくでやんすが、王族に贈り物をする場合、どんなに粗雑な品物でも、事前の検査は必須でやんすよ」

「言われなくても分かっていますって」

 メルトレスからは理由の分からない好意を向けられ、更には手作りの骨細工を贈ると言う約束までする事になってしまい、正直に言って今日はこのまま用務員小屋で休みたいくらいに俺の精神は疲れている。


「じゃっ、出かけるでやんすか」

「はい」

 だが、明日以降の為にもこの後の用事は欠かせない。

 なので俺は精神の状態を持ち直すと、席を立ち、まずは昼食の盆を食堂の返却口に向かう。

 そして、ソウソーさんと一緒に風の塔一階、正門側の出口から外に出たのだった。

ボウボーンも扱います

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