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第44話「報告-2」

「以上です」

「「「……」」」

 俺の話を聞いた学園長たちは唸り声を上げつつ俯いていた。

 その反応に俺は不安になる。

 十年前、あの忌まわしい出来事の後、ボースミス家に保護され、生まれて初めて会った父に話した時も似たような反応だったからだ。

 だが当然の反応でもある。

 俺の話を信じるのであれば、『破壊者(ブレイカー)』と言う超常の存在を認める事になるのだから。


「『破壊者』……か。なるほどのう……」

 だが、学園長たちが発した言葉は、俺にとって想像外の物だった。


「時間すら止められるような超常の存在ならば、全ての事柄に説明が付くのう」

「しかし何者でやんすかねぇ……それだけの実力者なら、何処かで聞いた事が有ると思うんでやんすが」

「逆かもしれないな。余りにも実力が違い過ぎて、誰もその存在を信じられないのかもしれない」

「そもそも、やっている事からして英雄譚どころか神話の領域に入りそうな話だしな。クリムの言う通りかもしれねえな」

 それは、俺の言葉を全面的に信用し、『破壊者』がこの世に確かに存在することを認めるような言葉だった。

 嘘を吐いていたり、内心では違うと思っていたりと言う気配もない。

 本当に心の底から俺の言葉を信じているような表情だった。


「えーと……俺が言うのも何なんですけど……信じてもらえるんですか?」

「君の中に君自身も知らぬ魔法の才能があって、その魔法の才能が生命の危機に瀕したことによって突然目覚め、超強力な意思魔法を発動させた。などと言うとても都合の良い話よりはよほど有り得ると思うがのう」

 俺の疑問に対して、学園長は茶を啜りながらさも当然のように答えて見せる。


「そんな都合のいい話があるのなら、学園の存在価値なんて無くなりますよ。学園長」

「まあ、ティタンの経歴を調べた際に、闇天竜(あんてんりゅう)ディンプルドラゴンからどうやって生き延びたのか、と言う点については大きな疑問だったでやんすしね」

「しかしそうなると、学園の方で取り寄せた当時の資料、アレを書いた人間には釘を刺すべきだな。どんな結果であっても包み隠さず書いてこそ、資料の価値があるのだから。と、話が逸れたな」

 ゴーリ班長たちも、俺の言葉に対して疑問は抱いていても、真偽は疑っていないようだった。

 後、やはり学園は俺の過去について一通り調べてあるらしい。

 当然の話なので、驚く事でもなんでもないが。


「それにじゃ、『破壊者』と言う名前はともかく、超常の存在が居た方が話の通りがいい証拠も出て来ておるんじゃよ」

「証拠?」

「うむ」

 そう言うと、学園長は二枚の絵が描かれた紙を俺に見せる。

 絵の片方は……幾つかの突起物が付いた黒い毛玉だ。

 うん、何かしらの生物なのは分かるけど、子供の落書きにしか見えない。

 もう片方は、全身が黒い毛に覆われた魔獣だ。

 ただ、様々な動物が混ざっていて、俺の知識の何処にも存在しない奇異な姿をしていた。


「この魔獣がフラッシュピーコックを殺した。加えて、メルトレス君たちも危うく襲われるところじゃった」

「っつ!?」

 学園長の言葉に俺は思わず息を詰まらせる。

 事前にメルトレスたちが無事だと言う話を聞いていなければ、学園長に掴みかかっていたかもしれない程に衝撃的な話だった。

 けれど本当に衝撃的な話はこの後に控えていた。


「そして、メルトレス君がこの魔獣に呼びかけたところ、魔獣の姿は消え、代わりにティタン君、君の姿が現れたそうじゃ」

「なっ!?」

 それは、この絵に描かれた黒い魔獣の姿。

 この姿こそが俺が獣に堕ちかけた結果であり、この姿になった俺がメルトレスたちを襲いかけたと言う話だった。


「……」

 俺は呆然として、どう言葉を発していいかも分からず、口を開閉する事以外に何も出来なくなっていた。

 それほどまでに衝撃的で……それ以上に俺自身の事を許しがたい話だった。


「ティタン・ボースミス」

「はい」

 そんな俺の心境を知ってか知らずか、学園長は真剣な顔つきで俺に語りかける。


「先ほども言った通り、今回の件で君に責が及ぶことはない。故に今後も君は狩猟用務員としてこの学園で働いてもらう。が、君とメルトレス君の話を合わせて考えた結果として、君を要観察対象にする事は避けられん。それはいいな」

「はい」

 正直に俺の内心を吐露させてもらうのであれば、今すぐに俺の事をクビにして、実験動物扱いにした方がいいのではないかとも思う。

 けれど、学園長にその気は無いようだった。


「その上でじゃ。ティタン君、君にはこの魔獣の力を制御できるようになって貰おうと思っている」

「え?」

「力は力でしかない。確かにこの魔獣の力は暴走すればとても危険な物じゃ。じゃが、制御する事が出来れば、間違いなく君の力になってくれる事じゃろう」

「……」

 それどころか、学園長は俺にこの魔獣の力を御させるつもりであるようだった。


「じゃから……何としてでも、この力を制御できるようになるのじゃ。良いな」

「はい」

 俺は学園長の言葉に小さく返事をする。

 俺に学園長の好意を無碍にすることは出来なかった。

 そもそも、力を付ける事は俺の目的を達するためにも、もう二度と昨日のような出来事が起きないようにするためにも絶対に必要な事だった。


「では、今後も精進するように」

「はいっ!」

 だから俺は改めて大きな声で学園長に返事をしたのだった。



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「あ、そうそう……」

 で、此処で終われば単に良い話だったのだが……用務員小屋を出ようとした学園長が俺に向けて一言発した。


「魔獣化の影響かの?ティタン君、君の髭が凄い事になっとるから、剃った方がいいぞい」

「え?うわっ、何だこの髭!?」

 今まで気が付かなかったが、俺の髭は学園に入る前と同じくらいの長さにまで伸びていたのである。

 もしかしなくても獣に堕ちかけた事が原因だろう。

 いや、もしかしたら、魔獣の力を使うだけでこうなるのかもしれない。


「なんかオチが付いたでやんすね」

「良い話だったんだがなぁ……」

「学園長。台無しなんですが」

「ふぇっふぇっふぇっ、じゃあのー」

「すみません、今すぐ剃って来ます!」

 こうして、今までの張りつめた空気が嘘のように、どうにも絞まらない空気になってしまったのだった。

アチラの姿になると、人の姿になった時にもれなくモサァとなります。

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