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第43話「報告-1」

 一点の光すらも無い空間の中、俺は何処かに向かって落ち続けていた。

 そして落ちて行けばいくほど、自分と言う存在が……いや、理性である自分が薄まっていくのを感じた。

 このまま落ち続ければ、やがて(理性)は消えてなくなり、俺は『破壊者(ブレイカー)』が言うように獣に堕ちるだろう。

 だが、抗う事は出来なかった。

 手足を動かそうとも、口を開こうとも、戻ることを念じようとも、俺の落ちる速さは全く緩まなかった。


「あ……」

 そうしてどこまでも落ち続けていた時だった。

 不意に俺に向けて一条の光が差し込む。

 その光はとても暖かで、俺は何となくその光がやってきた方に行きたいと思った。

 そう思った瞬間……俺の意識は光が有る方に向けて勢いよく昇り始めた。



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「ここは……」

 目を覚ますと、そこは用務員小屋の屋根裏部屋と言う名の寝室だった。

 ただし、本来ならば木材そのものの色である屋根裏の色は褪せていて、周囲の音も一切聞こえず、俺の身体は目と口以外動かしたくても動かせないようだった。

 どうやら……来ているらしい。


『いやはや、人間という物には全くもって驚かされる。だが、素晴らしき破壊だった。ふふふふふ、これだから人間の運命に介入することは止められないのだ』

 そうして俺が視線を巡らせると、あの女性……『破壊者』が片手に見慣れない様式と材質の本を持って、宙に座っていた。


「何の……用だ……?」

『何、ちょっとしたアドバイスをしに来ただけだ』

「アドバイス?」

『戻ってきた時の感覚を忘れるな。それが糸口だ』

 『破壊者』は金色のドラゴンのような瞳を俺に向けると、口角を大きく釣り上げて、期待に満ちた声でそう言った。

 戻ってきた感覚と言うと……今の夢の事か。

 時間を止めているとしか思えない現象を起こせる時点で『破壊者』の事は超常の存在としか思えなかったが、他人の夢を覗き見る事も出来るらしい。


『では、今後も期待させてもらうぞ』

 そう言うと『破壊者』の姿は掻き消え、それと同時に周囲の空間に色と音が戻ってくる。

 どうやら、『破壊者』はこの場を去ったらしい。


「よっ……うぐっ!?」

 体が動かせるようになった俺は、ベッドから起き上がろうとする。

 が、身体を起こした瞬間、全身に痛みが走り、思わず口から痛みを堪えるような声が漏れてしまう。


「い、痛い……」

 俺は痛みを堪えつつ、自分の身体を見回す。

 ピーコックに貫かれたはずの場所に傷は無かった。

 回復魔法を使われたのか、それとも傷が塞がるだけの時間が経ったのかは分からないが、とにかくこの身体の痛みはピーコックから受けた傷が原因では無さそうだった。

 打ち身や骨折と言った感じでも無かった。

 となると後考えられるのは、筋肉痛ではないかと思うのだが……筋肉痛なんて数年ぶりである。

 いったい俺が獣に堕ちかけた状態の間に何が有ったのだろうか?

 状況の確認は……急務だった。


「とりあえず一階に降りるか……」

 俺は『破壊者』に何かをされてから、今日目覚めるまでの間に何が有ったのかを確かめるべく、複数の人が居て、何か話をしている音がする用務員小屋の一階へと降りようとする。

 全身筋肉痛でただ歩くのもきついぐらいだが、そんな事は言ってられなかった。

 少しでも早く確かめなければならない事が有ったからだ。


「お、起きて来たでやんすね」

「無事に目覚めて何よりだ」

「身体の方は大丈夫か?」

「とりあえず、こっちに来るとよい」

「はい……」

 一階に降りると、そこにはソウソーさん、クリムさん、ゴーリ班長、それに学園長が居て、机を囲んで真剣な表情で何かを話し合っているようだった。

 そんな話に俺が横から割り込んでもいいかと思ったが、学園長に招かれたので、俺は空いている椅子にまで歩いて行き、ゆっくりと腰かける。


「ツラそうだな。まだ寝ていた方がいいんじゃないか?」

「いえ、大丈夫です。どうにも全身が筋肉痛になっているみたいですけど、それだけですから」

 クリムさんが出してくれたお茶を飲みながら、俺はゴーリ班長に自分の状態を素直に伝える。


「それでその……」

「学園長」

「うむ、当人が来たならば、そちらから直接訊くべきじゃな。じゃが、その前にティタン君に伝えておくべき事が幾つかある。よいかの?」

「はい」

 俺は学園長の言葉に小さく頷く。


「まず第一に、今日は君がメルトレス君たちを連れてオース山に入った翌日じゃ」

「翌日……」

「そして、メルトレス君たち三人は大した怪我もなく、無事に保護され下山した。流石に今日は休ませておるが、学業には直ぐに復帰できることじゃろう」

「そう……ですか……」

 学園長のメルトレスたちが無事であることを伝える言葉に、俺は安堵の溜め息を吐く。

 あの時俺はメルトレスたちが生き残れる確率を上げるために逃がしたが、それが失敗に終わっていたらと思うと、気が気でなかったのである。


「それと、今回の件は危険な外来種……フラッシュピーコックの金属性変異種などと言う、この場に居てはならない魔獣が居た為に起きた事件であるとして、ティタン君、君に責が及ぶことはない。むしろ君はよく頑張った方じゃな」

「ありがとうございます」

 俺は少し躊躇いがちに学園長に向けて頭を下げる。

 学園長は俺に責は無いと言うが、俺がもっと強ければ……少なくとも防御用の魔法の一つでも使えたならば、メルトレスたちをあれほどの危険に晒す事は無かったと思う。

 そう思うと、学園長の言葉は素直に受け入れがたかった。


「では、ここからが本題じゃ。ティタン君、君がフラッシュピーコックに出会ってから、一体何が有ったのじゃ?包み隠さず、今ここで全部話してもらいたい」

「それは……」

 学園長の言葉に俺は少し迷う。

 『破壊者』の事を話したとして、果たして信じてもらえるのだろうかと。

 あんな超常の存在があの場に居たなどと言う、世迷言にしか聞こえない言葉を。


「……」

 だが俺は学園長、そしてゴーリ班長たちの真剣な、俺が何を言っても疑わないと言うような目を見て、『破壊者』の事についても話す事を決めた。


「分かりました。信じてもらえるかは分かりませんが、話します」

 そして俺はピーコックに遭遇してから気絶するまでの間について、それと『破壊者』に十年前にも会っている事、その他今回の件について俺が覚えている事全てを話した。

02/07誤字訂正

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