第40話「護衛任務-9」
「クケアッ!」
獣が嘶くと同時に、ピーコックは動き出していた。
広げた飾り羽から強烈な閃光を発すると同時に、両方の翼から先の尖った金属片を獣に向けて撃ち出したのだ。
「コココココ……」
閃光の中、獣に向かって真っ直ぐに金属片は突き進んでいく。
視界を完全に奪った上で、十分な硬さと鋭さを持った金属片を無数に撃ち込むこの戦術は、ピーコックにとっては必殺の攻撃と言ってよかった。
現に、普通の獣どころか、並の魔獣ではこの攻撃に対して逃げ回る事は出来ても、それ以上の対応は出来ず、この手法によってピーコックは生まれた土地から遠く離れた異国の地でも、今まで難なく腹を満たしていたのだった。
「クケエェコココ!」
故にピーコックは今回も自分の金属片が敵の命を奪う事を信じて疑わなかった。
「……」
「クケッ!?」
自らの撃ち出した金属片が毛の一本すら断ち切れずに弾かれた上に、閃光の影響など一切無いと言わんばかりに、獣の両の瞳が真っ直ぐに自らを穿っているのを見るまでは。
「ーーーーーーー!!」
「!?」
獣が前方に向かって角を突き出した姿勢で、地面を大量の土を巻き上げる勢いで蹴り、ピーコックに向かって咆哮しつつ、突進を行う。
それを見たピーコックは咄嗟に横に向かって跳ぶ。
直後。
「コ、コケアッ!?」
直前までピーコックが居た場所に獣が突っ込み、激しい振動と音が周囲一帯に響き渡り、その音に相応しい量の土砂が巻き上がる。
「クケエェアアァァ!!」
こんな化け物と戦えるか。
そう言わんばかりに、ピーコックは横に跳んだ勢いを生かして、そのまま空を飛んで逃げ始める。
そして、逃げると同時にピーコックは本能でこうも判断していた。
獣の背には翼がある。
だが、あの翼の大きさではその身を温める事は出来ても飛ぶことは出来ない。
仮に飛べたとしても、自分よりも速く飛ぶことは出来ないはずだと。
それは……
「……」
とても甘い考えだった。
「ーーーーーーーーー!!」
獣は咆哮を上げると、空を飛んでこの場から逃げ出そうとしたピーコックを追いかけ始める。
異なる四肢を駆ってオース山の斜面を駆けるその動きは、獣の巨体には間違ってもそぐわない程に軽やかな動きであり、その身に存在するべきである重さという物を何処かに置いて来たかのような動きだった。
「……」
獣は駆ける。
大地を馬の脚で蹴り飛ばし、木々の間を蛇のように身体をくねらせてすり抜け、虎と猿の腕で木の幹と枝を弾いて加速して。
その動きは明らかに凡百の獣とは比較にならないだろう。
そして、もしもその動きを傍から見る者が居れば、その者にはきっと、黒い巨大な影があらゆる障害物を無視してピーコックを追いかけている様に見えた事だろう。
それほどまでに獣の動きは尋常ならざるものだった。
「ーーーーーーーーー!!」
やがて獣は一本の樹を大きくしならせると、その樹が元の位置に戻る反動を利用して、一本の矢のように空中へと飛び出す。
何処か安心した様子で空を飛んでいるピーコックに向けて。
「ク、クケア……」
「……」
そうして、ピーコックは聞いてしまった。
獣の右腕……猿のような腕が、まるでコリをほぐすかのように不穏な音を奏でているのを。
同時に見てしまった。
獣の狼のような頭が、牙の生え揃った口を半開きにして、笑みのような物を浮かべている姿を。
猿のような右腕が自分の首に向かって伸ばされてきているのを。
「……」
「グゲッ!?」
その事実に驚くピーコックが抵抗する暇もなく、獣の右手がピーコックの首を掴む。
「ーーーーーーーーーーーー!!」
そして、獣の翼が動くと同時に獣の身体が宙で高速回転を始め……獣の羊と鼠を混ぜ合わせた様な不穏な声による咆哮と共に、ピーコックは地面に向かって矢のような速度で投げられる。
「……」
一瞬間を置いて、再び轟音と震動が周囲に鳴り響き、それからさらに少し間を置いて、先程の物よりも更に多くの土砂が巻き上がる。
ピーコックに聞かせても幸いと言う答えが返ってくるかは分からないが、投げられた時点でピーコックは既に死んでいた。
だが、獣はピーコックが死んでいるとは思っていなかった。
「……」
獣の翼が再び動く。
すると、一瞬周囲の地面がぼやけ、遠くから見れば獣の足元にまで地面がある様な状態になる。
その一瞬でもって獣は仮初の大地を蹴り飛ばすと、ピーコックの死体がある場所に向かって真っ直ぐに跳ぶ。
「ーーーーーーー!!」
そして叫び声を上げながら、虎のような左手の爪を容赦なくピーコックに叩きつけ、その死体を容赦なく砕き散らす。
それこそ飛び散る前に何処に在った物なのかも分からないような勢いで、骨も肉も等しく破片となるような強さで。
「スゥ……ーーーーーーーーーー!!」
そうしてピーコックの死を確信した獣は勝鬨のように叫び声を上げると、次の獲物を見つけるべく周囲へと視線を巡らせ、固定する。
ピーコックから逃れるべく、オース山を全力で下山し始めるも、途中でとある事情から足を止め、今は目の前の状況に呆然としているメルトレスたち三人に向けて。