第36話「護衛任務-5」
本日は二話更新です。
こちらは一話目になります。
「はぁはぁ……」
「もう少し歩けば、森が開けますので、そこで一度休みましょう」
「はい」
拠点を出発して数時間。
オース山の森の中を、注意を払いつつ歩き続けた俺たちはだいぶ高い所まで上がって来ていた。
「これは凄い光景ですね……」
「綺麗……」
「何時の間にこんな高さにまで……」
俺の言葉通りに森が途切れると同時に、メルトレスたちの視界が一気に開ける。
そして、その光景を見たメルトレスたちは何故か一様に驚いた表情をしていた。
「随分と驚いておられますね」
そこは崖のような地形になっている上に、木々が丁度生えていない場所で、オース山の麓……つまり王都オースティアを一望できる天然の物見やぐらのようになっていた。
「あ、はい……こんな光景は初めて見た物で……」
この場所から見えるオースティアと学園は小さな模型のように見える。
距離があるために街中では常に聞こえてくるような、活気に溢れた声は聞こえない。
だが、それが本物であることを示すように、微かではあるが炊煙のようなものが上がっているのは見る事が出来る。
「そうですか。では、折角ですし、昼食はこの辺りでとりましょうか」
「昼食?」
「言われてみれば、確かに陽は真上近くにまで来てますね」
「では、崖から少し離れた場所で食べましょうか」
今の時刻はゲルドの言うとおり、太陽の位置から昼の少し前である。
昼食をとるには丁度いい時間だろう。
そして、昼食を食べ終えれば、山を下り始めるのに丁度いい時間になるだろう。
「モグモグ……昼食を食べ終えたら山を下り始めます。いいですか?」
「はい。私はそれで構いません。ゲルドとイニムもそれでいいですよね?」
「問題ありません」
「大丈夫です」
俺の提案に対してメルトレスたちは全員賛成を示してくれる。
実際のところ、このタイミングで降りなければ、陽が落ちるまでに学園に戻る事は出来ないので、賛成以外の答えは求めていないのだが。
「それにしても……随分と登ってきた気もしますが、まだまだ上があるんですね」
ゲルドが山頂の方に顔を向けつつ、そんな事を呟く。
「ティタン様。ここから山頂に向かうとしたら、どれぐらいかかるのですか?」
ゲルドの呟きに合わせる様にメルトレスが俺に質問をしてくる。
それに対して俺は少し悩んでから、答えを返す。
「安全を無視しても、丸一日はかかると思った方がいいですね」
「丸一日……ですか?」
「ええ、それぐらいはかかると思います」
俺はこの方が説明しやすいと思い、手近な場所にあった小枝を拾い、地面にオース山を横から見た様な簡単な図を描く。
「オース山は周囲に他の山が無い珍しいタイプの山ですが、基本的な形状は他の山と変わりません」
ゴーリ班長曰く、オース山のような山を独立峰と言い、俺が居たコンドラ山のように複数の山が連なった山とは環境が少々異なるらしい。
が、それでも俺がこれから語る点については変わりないはずである。
「俺たちが今居るのは、だいたいオース山を半分ほど登ったところです」
「半分……」
「なのに残り半分を登るのに丸一日?」
「どういう事だ?」
俺はオース山の中腹辺りをまるで囲う。
「理由は幾つかありまして、一つはこの先で急に勾配が厳しくなると言う点です。今までの倍かそれ以上に道が険しくなります」
「……」
メルトレスたちが改めて俺の描いた図を見る。
その図では、麓から山頂まで曲線で描かれていて、俺たちが今居る場所から急に曲線の上がり方が急になっている。
勿論この図は概略図なので、本当は此処まで一気に厳しくはならない。
が、似たような厳しさになるのは間違いないだろう。
「もう一つは、この先には道が本当の意味で無いから、ですね」
「道が……」
「無い?」
「ええ、俺たちが今居るこの場までは狩猟用務員も度々入るので、自然に出来上がった道があるんです。ですがこの先となると、狩猟用務員も滅多に入らないので、登ろうと思ったら、安全な道を探す事から始めなければならないんです」
「なるほど……」
「その上、山頂の周囲に至っては学園の敷地外と言う事で、ゴーリ班長ですら行った事が有りませんからね。狩猟用務員では誰もその辺りがどうなっているかは知らないんです」
俺は図の麓から山頂まで七割ほど登った辺りを枝で指しつつ、登るのが厳しい理由を話す。
なお、ゴーリ班長の話では、学園の敷地内とされているのは、オース山の七合目から下かつ、東側の一部だけとの事であるらしい。
なので本気でオース山を山頂まで登ろうとすれば……今日一日かけて七合目まで登り、翌日に一日かけて山頂まで登るのが正しい登り方ではないかと思う。
と、此処でふと思う。
「そう言えばメルトレスさんはオース山の山頂まで登った事は?」
メルトレスはこの国の王族であり、この国の王族であるならば、この山の頂上にある箒星の神を祀っている神殿にも祭祀の為に訪れた事が有るのではないかと。
「いえ、私はそこまで登った事はないです」
だがメルトレスから返ってきた答えは、俺の予想と反するものだった。
「登った事が無い?」
「王族は五年に一度、秋に入る少し前の頃にですが、祭儀の為にオース山に登ります。それは確かです。でも、それで登るのは成人した王族とその側近数名だけなんです」
「なるほど」
「でも、ティタン様の話で、どうして祭儀の為に父たちが一週間近く城を開ける必要が有るのかが良く分かりました。オース山はそれほどに厳しい山だったのですね」
「そうですね。道が十分に整備されていても、登頂には丸一日かけることになると思います」
俺とメルトレスが一緒に山頂の方へと顔を向ける。
ソウソーさんの話では、箒星の神が祀られている神殿は全てが黒曜石で造られた重厚な建物だと噂されているそうだが、この分だとメルトレスも実際はどうなっているのかを知らなさそうである。
「姫様。そろそろ」
「あ、はい。そうですね。早く昼食を食べて、山を下り始めましょうか」
「そうですね。下りは下りで、また別の危険があるので、それを学びながら降りる事にしましょう」
いつの間にか俺の方を向いてぼうっとしていたメルトレスをゲルドが注意し、俺もそこで自分が食事の手を休めていた事に気づく。
やれやれ、これでは俺もメルトレスの事を言えないな……気を付けないと。
なにせ、獲物を仕留めたと思った時が一番危険だと言う爺ちゃんの教えじゃないが、仕事が終わったと思った時こそが気の引き締めどころなのだから。