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第3話「山を下りた狩人-2」

「ふむふむ」

 風の塔に入った俺は多少複雑な内部構造に迷いつつも、無事に最上階にある学園長室に辿り着くと、学園長であるジニアス・カレッジ様と対面した。


「なるほどのう……」

 学園長は片手の指で、口元に蓄えた立派な白ひげを弄りつつ、豪勢な机の向こうで立派な椅子に座り、俺と俺が持ってきた兄からの書類を交互に見ている。

 正直、これほど目上の人にまじまじと見つめられるのは、あまりいい気分がしない。

 凄く緊張する。


「よし、分かった」

 と、書類を読み終わったのか、学園長は書類を丸めると、紐で閉じ、脇に置く。


「ティタン・ボースミス君」

「は、はい!」

 緊張の為か、思わず声が上ずってしまう。


「君も知っての通り、王立オースティア魔紋学園は立派な魔法使いを育てる為の教育機関である。そして、我々が使う紋章魔法には、触媒となる物質が欠かせない」

 それぐらいは知っているので、俺は学園長の言葉に無言のまま頷く。


「幸いな事に我らの傍には実り豊かな霊峰オース山が在り、更に幸いな事として我々はオース山の一部を触媒を確保するための土地として、同時に修練を積むための土地として使う事を、オースティア王家より許されている」

 今度は相槌の形で俺は頷く。

 実際、オース山程の山ならば、大抵の魔獣や触媒になる様な植物は在ると思ったからだ。


「ただ、狩人である君ならば知っているかもしれないが、人の手が全く入っていない山という物は危険などという代物では済まず、修練と採取を行う場としては、とてもではないが適当とは言えない」

 こちらも昔、一人で別の山に入った時に死にかけた経験からよく知っている話なので、俺は静かに頷く。


「そこでじゃ……」

 しかし、学園長の話の意図が読めない。

 いったい何故このような話をするのだろうか?

 俺が内心でそう思った時だった。


「ティタン君。君、ウチで狩猟用務員として働いてみる気はないかね?」

「は?」

 学園長の唐突な話の転回に付いて行けず、俺は思わず間抜けな声を発してしまっていた。


「ふえっふえっふえっ、いやの、ウチには普通の用務員の他に、オース山の整備を専門的に行う部署として、狩猟用務員と言うのを置いているんじゃよ」

「は、はあ……?」

「じゃがの、最近はちょーっと人員不足でな。今はまだ大丈夫なんじゃが、将来の事を考えると、どうにかして若くて生きのいい、最低限の実力はある新人が欲しかったんじゃよ」

「えーと……」

「そんなわけで、儂は各地の卒業生に連絡を取って、腕が良く、若く、性格に問題のない狩人は居ないかと訪ねて回っていたんじゃ。で、今回君が引っかかったと言う訳じゃな」

「……」

 学園長の話がそこまで及んだ所で俺は兄たちの意図と書類の正体を理解する。

 そう、俺の兄たちが、学園長の頼みを受けて、俺を狩猟用務員にするべく、この場に送った事と、書類の正体が俺について記した推薦状である事を俺は理解したのだった。


「ウチは良いぞー。三食きっちり出るし、住居もきちんとした物じゃ、勿論給料も出るし、仕事に必要な道具ならば経費で落とせる。おまけに儂の縁があれば、大抵の出会いは世話できると思ってくれて構わんぞ」

 嵌められた、そう思わなくもない。

 だが冷静に考えれば、確かに俺は推薦する対象としては的確なのかもしれない。

 腕についてはともかくとして、歳は18歳で間違いなく若い。

 妻どころか意中の相手もいないので、身軽な存在である。

 家が家なので、身元もしっかりしているし、最低限の計算と読み書きは出来る。


「それにじゃ」

 それとだ。

 兄たちの性格からして、学園長と言う世話になった人の頼みを無碍に出来るとは思えない。

 なので、この推薦は俺に対して期待しているからこそだと思う。

 そして、そんな兄だからこそ俺は尊敬しているし、役に立てればと常々に思っていた。


「ここ、王立オースティア魔紋学園は、世界有数の教育機関じゃ」

 それに……ここで用務員として働くのは、俺にとって大きな利点があった。


「ここで働けば、数多の人と知識との出会いがあるはずじゃ。それは間違いなく君に変化を促す事になるはずじゃ」

 そう、ずっと気にはなっていたが、あの山に籠っていては得られない情報も、此処でなら得られるかもしれない。

 あの忌まわしい出来事を引き起こした元凶であるドラゴンは一体何者だったのか、何故あそこに居たのか、今は何処に行ってしまったのか、弱点が何か無いか、調べる事が出来るのではないだろうか。


「それが悪い方向に行きそうであれば、先達である儂らが全力で引き止めよう。良き方向であるならば、手助けをしよう。じゃから……」

 そう、それこそ……


「命がけじゃが、挑戦してみんかね?ティタン・ボースミス君」

 あのドラゴンを見つけ出し、爺ちゃんの仇を討つ事も出来るのではないだろうか。


「王立オースティア魔紋学園の狩猟用務員になるための試験に」

 もう迷う必要はなかった。

 俺自身の為にも、兄たちの為にも。


「挑戦……させていただきます」

「うむ、いい返事じゃ。男たるもの、こういうのは挑戦してなんぼじゃ」

 俺は全力でこれから行われる試験に挑戦することを決めた。

01/04誤字訂正

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