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第25話「仄暗い-1」

「魔法とは意思と魔力を組み合わせることによって何かしらの現象を引き起こす行為であり、本来は紋章を必要とするものではない。が、現在ではただ魔法と言えば紋章魔法を指す事も多いため、魔獣と一部の人間が用いる紋章を使わない魔法の事を意思魔法と呼ぶ」

 始業式から三日後。

 今日は一日休みと言う事で、俺は用務員小屋で『紋章魔法学―基礎』の内容の一部を(そら)んじつつ、今日やる事の為に必要な物を集めていた。


「紋章魔法は箒星の神が我々に伝えた、修練さえ行えば、ほぼ全ての人間が何かしらの魔法を使う事が出来る手段である」

 三冊の本の内容をまとめたノート。

 乳鉢と乳棒を含む魔具作成用の道具。

 魔具の素材になる物質。

 血止め用の軟膏などの傷薬。

 うん、全て揃っている。


「現在確立されている属性は13種類。つまりは根源たる魔属性、混沌なる闇属性、整然たる光属性、変化の火属性、停滞の水属性、伝達の風属性、固定の地属性、一零なる雷属性、冷却の氷属性、生命の木属性、硬化の金属性、分解の天属性、曖昧なる妖属性である」

 なお、休みの日に紋章魔法の修行をする事についてゴーリ班長達に話したところ、無理だけはしないように、必ず人目がある場所でやるようにとだけ言われた。

 無理をして翌日以降の仕事に支障を来たしたら本末転倒であるし、人目が無い場所でやるのは何かしらの不測の事態が起きた時に対応が遅れることになる。

 そう考えたら、至極当然の注意事項である。

 と言うわけで、俺は用務員小屋の外、よく晴れた空の下で、この先の作業を行う事にする。


「えーと、闇属性を扱う者は、闇を恐れなければならない。闇を恐れぬものに闇の力を扱う資格はない。だったか」

 俺は『紋章魔法学―基礎』に比べると理解が足りない『闇属性基礎・汝、闇に飲まれることなかれ』の内容を諳んじながら、必要な道具と材料が揃っているかの最終チェックと、魔具が出来上がった後に紋章を書き込む予定の平たい石の状態を確かめる。


「闇の力は全てを呑み込む力。呑み込んだ物を溶かし込んで己の物とする力。真理を暴かんとする光より逃げるものを守護し、秘匿する力。黒き紋章より生み出されし力は、他の色の紋章を等しく侵し蝕む」

 なお、『闇属性基礎・汝、闇に飲まれることなかれ』の理解が難しいのは、本の中で使われている言葉がどうにも独特なもので、どう解釈すればいいか分からない言葉が多いからである。

 普通の辞書にも載っていないような言葉を使わないでほしい。

 ただ、クリムさん曰く、闇属性の本はどれもこれも似たような感じであるそうで、危険であるからこそ、学ぶ者を出来るだけ制限出来るように、わざとこのような言い回しにしているのではないかとの事だった。


「では、闇の力として最も基本の力は何か?それは槍の如き光を呑み込み、安寧をもたらす優しき闇の力である。だったか」

 俺は乳鉢の中に闇属性の紋章魔法の素材として一般的によく用いられているヤテンガイの枝を細かくしながら入れると、乳棒で粉状になるまで砕いていく。

 そうして、ヤテンガイの枝が十分に細かく砕けて、黒い粉と樹らしい色の粉が混ざり合った物が出来上がったところで、俺は自分の血と結合剤を一定の分量で乳鉢の中に入れる。

 で、乳鉢の中身をヘラを使って十分に掻き混ぜると、細長い棒状のケースの中へと乳鉢の中身を注ぎ込む。


「これはつまり闇属性の魔法で一番簡単に遮ったり飲み込んだりできるのが、魔法ではない普通の光って事だよな」

 俺は火を起こして、乳鉢の中身の入った棒状のケースを熱する。

 こうすることによって、結合剤が反応し、ヤテンガイの樹の枝の粉と俺の血が混ざった物がその形で固まるそうだ。

 この場合はチョークのような形になる。

 なお、加熱の際に魔法現象は使ってはいけないとの事。

 使ってしまうと、素材が駄目になってしまうそうだ。


「で、本来ならば飲み込んだものは自分の力にする事も出来るが、それは危険を伴う行為なので、十分な修練を積んでいないものはやってはいけない。ただ遮るだけ、その場に封じ込めるだけにしなさい。だったよな。俺の解釈が間違っていなければだけど」

 ケースが十分に冷えた所で、俺はケースの中から黒いチョークを取りだす。

 うん、握った程度で折れたりはしないが、石などにこすり付ければ黒い線が引ける程度には柔らかい。

 これならば魔具の作成は上手くいったと言っていいだろう。


「じゃっ、やりますか」

 俺は平たい石の上に、ソウソーさんたちから間違っていないと太鼓判を押してもらったノートの描き写しを参考に、闇属性の紋章魔法の中で最も基本的な紋章を描いていく。

 つまりは中に幾つかの文字を描いた円を描き、その外側に蜘蛛の巣のような物と、発動を補助するための各種記号を描いていく。

 そして描き上がったそれと、ノートの描き写しを見比べて、間違いが無い事、それぞれの記号に対する理解が十分にある事を確かめる。


「よし……『仄暗い(ディム)』」

 俺は描いた紋章に触れつつ、発動の意思を込めながら設定したキーワードを唱える。

 すると身体から何かが抜ける感覚と共に、紋章が黒い光を放って輝き出し……


 指先ほどの大きさを持つ黒い球体を吐き出し、吐き出された黒い球体は座っている俺の目の高さにまで上がったところで弾け、俺の頭ぐらいの大きさの薄暗い空間を作り出した。


「ふぅ……何とか成功」

 闇属性基礎紋章魔法、『仄暗い(ディム)』。

 光を一定の割合で遮る空間を作り出す魔法であり、この魔法自体にはそれほど活用法は存在しない。


「これでやっと二つ目の魔法かぁ」

 だが、今まで『発火(イグナイト)』しか使えなかった俺にとっては、新しい魔法が使えるようになったと言うのは大きな一歩だった。

13属性の詳細については追々解説することになると思います

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