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第24話「始業式-5」

「また、やっちゃった……」

 晩餐会が終わり、光の塔の最上階に用意された私室のベッドに潜り込んだ私が最初に思ったのがそれだった。


「もう三度目……」

 一度目は教師からの急な呼び出しに焦ったせいで『加速(アクセル)』の魔法の制御を誤り、彼とぶつかってしまった。

 二度目は図書館で遭遇して、その場がどんなところかを忘れて、思わず大きな声を上げてしまった。

 そして三度目は今日の始業式後の晩餐会。

 彼の事を小汚いと言われ、頭に血が上り、気が付けば弓の腕前を見てみたいなどと言ってしまっていた。

 その発言によって彼に大きな迷惑がかかるとも思わずに。


「……」

 彼……ティタン・ボースミスが近くに居ると、私はどうにもおかしくなってしまう。

 普段は得意とする魔法と、表情を笑顔から決して変えない事から『鋼鉄姫』と呼ばれている私だけれど、初めて会った時……彼に抱きしめられた時から、彼が近くにいると顔が赤くなり、心臓の鼓動が早まり、落ち着きがなくなってしまう。


「どうして……なのかしら……」

 私は考える。

 どうしてこんな事になってしまうのだろうかと。


「……」

 私が彼に抱いているのは嫌悪感ではない。

 それは間違いない。

 彼と一緒に居ると心臓の鼓動は早くなるけれど、それは不快なものではなく、どことなく安心を感じるようなものであるからだ。

 けれど、私が彼に対して抱いている感情は、私が知っている好意の種類のどれにも当てはまらないようなものだった。


「友情、親愛、敬意……一体何なのかしら……」

 分からない。

 けれど……もしも……もしもこれが愛情であるならば……抑えなければならない、秘めなければならない。

 私は王族だ。

 王族が自分の意思だけで勝手に恋をする相手を、結婚する相手を決めていいはずがない。

 それ以前に私は学園の生徒で、彼は学園の用務員だ。

 生徒である私が学園の用務員である彼に向けて恋愛感情なんて抱き、ましてやそれを表に出したりすれば……彼に対して大きな迷惑をかける事はあっても、良い方に状況が転ぶことはないだろう。

 今日だってそれで大きな迷惑をかけてしまったのだから。


「……」

 そもそもどうして私は彼にこれほどの好意を抱いているのだろうか……。

 初めて会った時に抱きしめられる形で助けられたから?

 いや、それだけでこれほどの好意を抱くとは思えない。

 見た目以上に逞しい体に触れたから?

 いや、彼よりも逞しい人物なら、王族を守る近衛兵に何人も居る。

 彼が紳士的に対応してくれているから?

 いや、彼も紳士的であるけれど、彼よりも紳士的に対応してくれる人は沢山居た。


「どうしてかしら……」

 分からない、何故これほどまでに私は彼の事が気になっているのだろう。


「分からないと言えば……」

 分からないと言えば、晩餐会で的を射る時の彼の動きにも分からない所がある。

 弓を射る時、彼の気配は不思議な状態になっていた。

 そこに居るのに居ない。

 矢をつがえ、弓を引き、的に狙いを付けているのに、そうだと認識できない。

 普通の人が弓を引いて狙いを付ける時には、それ相応の殺意や害意、そうでなくとも意思のような物があるはずなのに、彼からはそれがまるで感じられなかった。

 だから、観衆の大半は的に矢が刺さってから、彼が矢を放った事に気づき、反応が一瞬遅れることになっていた。


「意思魔法?」

 彼は紋章魔法をほとんど扱えない。

 それは図書館で会った時に、彼が『紋章魔法学―基礎』を含めた基本的な本ばかり持っていた事をゲルドが確認しているから間違いない。

 紋章なしに魔法を発動させる方法自体は、私の知識にもある。

 けれど、彼がどのような魔法を発動させたのか、その点についてはまるで分らなかった。

 自分の動作を認識させない魔法……いや、自分を脅威だと認識させない魔法。

 そんな魔法があるだなんて、私は今日まで知らなかった。


「……」

 ティタン・ボースミス。

 イニムが調べてくれた情報によれば、彼はボースミス伯爵の三男である。

 けれど、他の兄弟とは母親が違い、伯爵が彼の存在を本妻に隠そうとしたために、小さい頃は狩人の祖父に育てられていたらしい。

 祖父の死後は四年ほど伯爵の下で育ち、その後は兄の勧めで学園の狩猟用務員になるまでの六年間、コンドラ山で狩人をしていた。

 家族仲は父親以外とは良好。


「……」

 もしかしたらアレは魔法などではなく、狩人の祖父に教えられた純粋な技術なのかもしれない。

 もしそうならば……正に学園長が新入生の彼に言ったまだ知らぬ事、信じがたい事、認めがたい事であるのかもしれない……。


「分からないなぁ……」

 分からないことだらけだった。

 彼についても、彼の技についても、私が彼に抱いてる好意の種類についても。


「分からないけれど……」

 けれど、私は私が彼に対して抱いている好意を大切にしたい。

 それだけは確かな想いだった。


 オース山の上に綺麗な月が浮かんでいる。

 月の感じからして、明日もきっとよく晴れるだろう。

 よく晴れるのであれば、彼もまた元気に狩りをするに違いない。

 彼が元気に狩りをするならば……。


 そうやって彼の事を考えている内に、いつの間にか私は眠ってしまっていた。

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