第22話「始業式-3」
「はぁ……」
どうしてこうなった。
俺は内心でそう思いつつも、ソウソーさんが用務員小屋から持って来てくれた愛用の弓と矢の調子を確かめる。
先程、見届け人として名乗り出た複数の貴族、商人、教職員達に妙な仕掛けは無いかとベタベタ触られたので、少々不安があったのだが、俺自身が調べる限りでは特に異常は見られない。
これならば、弓と矢はいつも通りに働いてくれるだろう。
「目標作成」
「ふむ、良い的だな。硬さも大きさも的確だ」
「仕掛けの類も無し、これなら公正間違いなしな的ですな」
俺は緊張している状態を紛らわせるべく、周囲の人々の様子を観察してみる。
まず、ゴーリ班長。
ゴーリ班長は恐らく木属性の魔法によって作られたと思しき、表面に同心円状に複数の円が描かれた木の板の近くで、周りの人々と何かを話しあっていた。
どうやら公正に的当てが出来る様に尽力してくれているらしい。
「切り分け方ですが、どうしますかね?」
「あの様子だと当てた時には大量に客が来るだろうな」
「となると、それを前提として……」
クリムさんは俺の代わりに受け持ってくれたアースボアの丸焼きの前で、料理人と何かを話しあっているようだった。
俺がこんな事になってしまったばかりに、クリムさんが対応をする事になってしまったのだから、俺としてはただひたすらに頭を下げる他なかった。
「さぁさぁ、張ったでやんすよー。参加料10シルで一口100シル。正解した方で山分け、当たるか当たらないかの二択でやんす」
「当たる方に10口」
「外れる方に15口」
ソウソーさんは……俺の目がおかしくなっていないなら、一部の貴族、教職員、商人を相手に、賭けをしているようだった。
正直に言って、勝手に人を賭けの対象をしないでほしい。
今の俺が居る位置からでは、何も言う事は出来ないが。
「ふぉっふぉっふぉっ、いやぁー、楽しくなってきたのう。こういう突発的な催しがあるからこそ、祭りと言うのは楽しいんじゃ」
「はぁ……ティタン君が聞いたら泣きそうな事を言っているな。この耄碌爺は」
「ふぇっふぇっふぇっ、そう言うスキープはどっちに賭けたんじゃ?」
「賭け事は好まない。まあ……」
学園長は渋面なスキープ先生に対して、楽しげに話しかけている。
あの様子だと、スキープ先生が何かをしてくれる可能性はあっても、学園長がこの事態を止める可能性はゼロだろう。
とりあえず今後、祭りになりそうな可能性を含む重大事に遭遇した際には、まずゴーリ班長、クリムさん、スキープ先生のいずれかに相談する事にしよう。
「……」
俺は最後に今の状況のある意味元凶ともいえる少女……メルトレスの方を向く。
俺の視線に気づいたメルトレスは、俺に対して期待するような視線を向けつつも、何処か申し訳なさそうにしている。
どうやら、自分の行動が俺を面倒な状況に追い込んでいる事はきちんと自覚しているらしい。
そして、そんなメルトレスの心境を表すように、彼女の後ろに控える二人の少女、ゲルドとイニムも俺に対して謝るように小さく頭を下げる。
表情こそは新入生の彼に話しかけた時と同じく、笑顔の仮面を張り付けたままだが……まあ、反省をしているのであれば、俺から何かを言う必要はないだろう。
「おうし、準備完了したぞ。何時でもいいぞ!」
ゴーリ班長が準備が整った事を告げつつ、的の傍から離れていく。
「すぅ……」
俺は息を大きく吸い込む。
実際のところ、この的当てで俺が60m先に用意されたアースボアと同程度の大きさで造られた的に矢を当てた所で、俺が得られる物は殆ど無い。
新入生の彼……ハーアルター・ターンドから怨まれる可能性すらあるぐらいである。
「はぁ……」
俺は息を大きく吐き出す。
だが、矢を外せば俺は多くのものを失う事になる。
ゴーリ班長や学園長からの信用もそうであるし、メルトレスの心を傷つける事にもなるだろう。
この場にボースミス家の名は出していないが、累が及ばないとも限らない。
勿論、これらのものは失わない可能性も十分にある。
しかし、少なくとも、俺に狩人としての技を教えてくれた爺ちゃんの名が傷つく事だけは……間違いなかった。
「……」
俺は自分が観衆から多大な注目を集めている事を理解した上で、彼らから俺に与えられる雑音を排除するべく、自らの気配を潜め、消し切れない気配を周囲の空気に紛れ込ませていく。
そうして十分に集中した所で弓に矢をつがえ、的を獲物として認識しつつ弓を引く。
「……」
木の板は当然の事だが、動く事はない。
ただ何故か、普段狙っている獣たちよりも数段狙いづらいと感じる。
だから俺はとにかく的の事を獲物……つい先日狩ったばかりのアースボアとして考え、ごく自然に、山の中で狩りをするように狙いを付ける。
「……」
弓から矢が放たれる。
夜の冷たい空気を切り裂いて、観衆の前を通り抜けていく。
そして俺が放った矢は……
トンッ
と言う軽い音を立てて、木製の的の中心から少し離れた場所に突き刺さった。
「ふぅ……」
「「「……」」」
俺が弓を降ろしても、暫くの間はざわつき一つ無かった。
だが少しずつ観衆がざわめき始め……
「素晴らしい!誠に素晴らしい一射じゃったぞ!ティタン君!」
拍手と共に学園長が発した言葉によって、一気に湧き立った。
中心に百発百中とか無理です