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第18話「捕獲仕事-2」

「ディル!?」

 ブランチディールの足元に俺が放った矢が突き刺さり、音と共に微かな量の土が舞う。

 するとその事に驚いたブランチディールは、小さく鳴き声を上げつつ、俺から離れる方向で駆け出す。


「よくやった。ティタン!」

「!?」

 ブランチディールが駆け出した先に飛び出てくるのは?

 当然ゴーリ班長だ。

 捕獲なので、背中に担いだ斧と盾は抜いていない。

 が、何かしらの魔法を使っているらしく、その背中からは若草色の光と赤色の光が漏れ出ており、茂みから飛び出る時の速さは明らかに普段の何倍も速かった。

 あれならば、ブランチディールの速さにも対抗できるだろう。


「ディ!」

 そしてゴーリ班長を目の前にしたブランチディールも同じ事を思ったのだろう。

 ゴーリ班長を排除するべく、頭に生えた枝のような角を魔法によって尖らせつつ、ゴーリ班長に向けると、そのまま勢いよく突っ込んで行く。


「ははっ、いい度胸だ!」

 俺ならば間違いなく咄嗟に横に跳んで、逃げる場面である。

 だがゴーリ班長は、こんな状況何でもないと言わんばかりに、獰猛な笑みを浮かべる。


「……」

 ゴーリ班長とブランチディールが真正面からぶつかり合い、周囲に大きな音が鳴り響く。

 ゴーリ班長の実力を知らない人物が見たら、間違いなくゴーリ班長が致命傷を負ったと考える場面だった。

 魔法によって自己強化を行えるタイプの魔獣に対して、真正面から人間が挑んで勝てるはずがないのだから。


「ディ……!?」

「いい度胸だが……俺には通用しないな」

 だが、ゴーリ班長はかすり傷の一つどころか、一歩分の後ずさりもなくブランチディールの突進を受け止めていた。

 それも凶器と化した角を素手で掴むことによって。


「ふんっ!」

 慌てて逃げ出そうとするブランチディールの側面に素早く回り込んだゴーリ班長は、片方の手で角を抑えたまま、空いている方の腕でその首を押さえつけ、足を払う事によってその場に押し倒す。

 剛力、正にそう称すほかのない力だった。


「ソウソー!」

「あいよっす!」

「ディ!?」

 だが押し倒されてもブランチディールはまだ逃げ出す事を諦めていないらしい。

 激しく暴れている。

 そんな中で、ゴーリ班長がソウソーさんの名前を叫ぶ。

 それと同時に弩が放たれる音がして、ブランチディールの後ろ脚にソウソーさんが使っている短い矢が突き刺さる。


「『気絶(スタン)』」

「!?」

 矢から金色の光が一瞬だけ発せられると同時に、稲妻のようなものが走る。

 するとブランチディールは唐突に背筋を反り返し、急に大人しくなる。

 口から泡を吹いている姿から察するに気絶しているらしい。


「よし、捕獲完了だ。後処理をするぞ。二人とも来い」

「分かったでやんす」

「はい」

 俺は気絶しているブランチディールに近づくと、手早くブランチディールの両足を縄で縛り、逃げられないようにする。

 そして、俺が作業をしている横で、ゴーリ班長がブランチディールの脚に刺さった矢を抜くと同時に、回復魔法によってブランチディールの傷を塞ぐと共に、ソウソーさんがとても細かい紋章が書かれた羊皮紙をブランチディールの額に貼り付けて、何かを呟く。

 ソウソーさんが使ったのは……たぶん、気絶している状態を延長するような魔法だろう。


「これで半日は気絶したままの筈っすよ」

「分かった。それじゃあもう一頭は任せたぞ。ソウソー、ティタン」

「分かったでやんす」

「はい」

 気絶したブランチディールをゴーリ班長は片腕で軽々と持ち上げると、俺とソウソーさんを残して山を下り始める。

 気絶したブランチディールをこの場に置いておいたら、他の獣に食われてしまうのが目に見えているので、用務員小屋に用意してある檻へと運ぶためだ。



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「じゃっ、あっしたちも行くでやんすよ」

「はい」

 ソウソーさんの先導で、俺は移動を始める。

 目標はブランチディールと戦う前に反応のあったアースボアだ。

 今度は生きたまま捕まえる必要はないので、俺もソウソーさんも最初から仕留めるつもりで動く事になる。


「それにしても凄いですね」

「ゴーリ班長の魔法でやんすか?それなら凄くて当然っすよ。なにせキオーガ家秘伝の紋章魔法らしいっすから」

 ただ、仕留められる場所に着くまで、少し時間がかかる。

 そう言うわけで、俺は先程のブランチディールを仕留める時の二人の動きと魔法を思い出していた。


「いえ、そっちもですけど、ソウソーさんの魔法もです」

「あー……もしかして『気絶(スタン)』でやんすか?」

 ゴーリ班長の圧倒的な強化魔法と、ソウソーさんの使った数々の魔法。

 どちらも今の俺にはどういう原理なのかも分からない魔法であるが、あれほど容易く魔獣を捕獲して見せたのだから、俺としては凄い魔法と言う他なかった。


「それもですね」

 だがその中でも特に『気絶』と言う名称の紋章魔法は、強力で、しかも便利そうだった。

 と言うか、狩人にとっては喉から手が出る程度には欲しい魔法だと思う。

 なにせ決まれば、その時点で狩猟の成功が約束されるような魔法なのだから。


「いやぁ、正直に言って、あっしが使った『気絶』の魔法は大したことが無いでやんすよ。アレ、分類で言えば下位紋章魔法でやんすし、雷属性の紋章魔法を修めようと思ったら、必ず修めるような魔法でやんすから」

「そうなんですか?」

「そうでやんすよ。まあ、捕獲用の紋章魔法が便利って気持ちは分かるでやんすけどね。興味があるなら……あー、ティタンなら闇属性の捕獲魔法を目指すと良いっすね。アレも結構便利だった筈っすよ。まあ、先は長そうでやんすけど」

「えと……頑張ります」

 俺はソウソーさんに向けて軽く頭を下げる。

 なお、一週間ちょっと暇を見ては学んではいるが、俺はまだ闇属性の紋章魔法を一切扱えない。

 そしてこれは後に聞いた話であるが、火属性の捕獲魔法は炎の熱を制御する関係で、中位相当との事だった。

 どうやら、俺が捕獲用の紋章魔法を使えるのは、もうしばらく先の事になりそうである。

先輩三人は普通に実力者です(今回クリムは出てませんが)

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