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第101話「次兄メテウス-1」

 ライ・オドルとの闘技演習と言う名の決闘からおよそ二週間。

 初め以外は至極平穏だった五月も半ばを過ぎた頃にそれは突然やってきた。


 コンコンコン


「ん?」

「誰だ?」

「俺が……」

「あっしが出るでやんすよ。はいはい、どちら様でやんすかー」

 用務員小屋のドアがノックされ、俺が腰を浮かすよりも早く、丁度席を立っていたソウソーさんがドアへと向かう。

 ドアを開けたソウソーさんは、ソウソーさんにしては珍しく少し驚いた様子を見せていた。

 いったい誰が来たのだろうか?


「とりあえず中に入るっすよ」

「分かった」

 来客と思しき人の声が聞こえてくる。

 その声は……俺も良く知っている人の声だった。


「お客さんでやんすよ。ティタン」

「久しぶりだな。ティタン」

「メ……」

 やがて見えてきたのは、金色の髪に金色の目をした男性。

 と言うか……


「メテウス兄さん!?」

 俺の兄にしてボースミス伯爵家の二男、メテウス・ボースミスだった。


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「ほい、茶でやんす」

「おう、ありがとうな。ソウソー」

 メテウス兄さんの突然の来訪に、俺は微妙な居心地の悪さを感じていた。

 と言うのも、何故メテウス兄さんが今ここでやって来たのか、俺には全く見当がつかないのに、今現在俺とメテウス兄さんは机を挟む形で相対することになっていたからだ。

 いやうん、本当に何故メテウス兄さんは此処に来たのだろうか?

 メテウス兄さんの性格からして、用もなければ来たりはしないと思うのだが……。


「ずずっ……さて、ティタン。慣れない王都に、狩猟用務員として仕事、調子はどうだ?」

「えーと、概ね順調です。怪我とかも特にしてないですし」

「概ね……か。まあそうだろうな。フラッシュピーコックの金属性変異種の件に、闘技演習と言う名の決闘騒ぎ、色々と派手にやっていると聞いているが、怪我をしたという話は聞いていないからな」

「……」

 いったいどこから話が伝わったのだろうか?

 どうやら、メテウス兄さんは学園に来てから俺が巻き込まれた厄介な出来事について一通りは把握しているらしい。

 ただ、『破壊者(ブレイカー)』と言う単語や俺に妙な魔法がかかっているという話が出てこなかった辺り、全てを知っているわけではないようだが。

 いや、知らないふりをしているだけと言うのもあり得るか。


「何処から話を聞いたと言う顔だな」

「それは……まあ」

「王都にもボースミス伯爵家の屋敷ぐらいはある。それにこの学園には俺の親友が二人も務めているからな。片方は信頼できないが、もう片方は俺の事を気遣って弟の近況を知らせるぐらいはしてくれる」

「ああな……」

「きゅっきゅっきゅっ、いやー、信頼されているってのは嬉しいでやんすね」

「いや、お前は信頼できない方だからな。ソウソー」

「ちょ、ノータイムっすか。ヒドイっすね」

「……」

 どうやらメテウス兄さんの情報源は、学園の守衛を務めているリベーリオさんであるらしい。

 確かに俺が初めて学園に来た時にも会った、真面目そうなあの人ならば、メテウス兄さんの事を気遣って、俺の近況を知らせるぐらいの事はしそうである。

 ソウソーさんは……うん、教えた方が面白そうな事になるんだったら、伝えるんじゃないかな?


「まあ、この辺りの話はここらで置いておくとしてだ。今回学園に来たのは、お前に幾つか伝えないといけない事があるからだ」

「伝えないといけない事?」

 さて、情報源について分かったところで、本題に入るらしい。

 メテウス兄さんの顔が一気に真剣味を帯びる。


「ティタン、お前は『王侯会議』と言って分かるか?」

「えーと……」

「分かった。そこからだな」

 『王侯会議』?

 名称からして、王族に公爵、侯爵が関わる会議と言うのは分かるが、それ以上は分からない。


「『王侯会議』と言うのは、簡単に言ってしまえばオースティア王国全体に関わる事について話しあう会議の事だ」

「王族、公爵、侯爵、伯爵あるいはその代理人、それに王に許可された者でなければ、会議場に入る事も許されないと言うオースティア王国の政治の頂点っすね」

「そこで決定された事には公爵家の当主でも早々には逆らえないという重大な会議だ。だから、我がボースミス伯爵家も不利益を被らないように手を尽くさなければならない」

「ちなみに開催は七月から九月まででやんすが、事前の根回しなんかはこの時期から本格化するっすね」

「へー……」

 メテウス兄さんとソウソーさんの説明を受けても、俺には感心した声を上げ、頷く事しか出来ない。

 とりあえずすごく重要な会議だという事は分かったが。


「それでだ。『王侯会議』そのものについては、私が出るからお前は特に気にしなくてもいい。お前に政治関係の仕事をさせるのは無理があるしな」

「うんまあ、そうでやんすよね」

「……」

 うん、実際何かを言われても無理と答えるしかない。

 俺はずっと狩人として生きてきたのだし。


「だが、『王侯会議』に伴って開催される夜会……晩餐会に舞踏会、その他諸々の行事については、最低限で済ませるようにはするが、お前にも出てもらう事になる」

「へ?」

 俺の口から思わず妙な声が漏れてしまう。

 いや、でも、今俺が聞いたことが間違っていなければ……。


「18歳という年齢は少々遅めのデビューではあるが、これは今後の為に絶対に必要な事だ。だから、はっきりと言うぞ。ティタン、お前には社交界デビューを果たしてもらう」

「!?」

 全く未知の分野に踏み込まざるを得ないらしい。

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