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「淳、昨日のバレンタインデート、どうだった? お目当てのチョコは貰えたの──って、その顔を見れば、一目瞭然か」
僕に尋ねてくるのは、友人の前川一樹だ。一樹は、僕の顔を見たあと、ふ、と鼻で笑った。
「で、もちろん進展したんだよね?」
「……進展?」
なんのことだろう。昨日は、楓から手作りだというチョコレートをもらい、ディナーを一緒にとった後、イルミネーションを二人で見て、本邸へ送りとどけた。充実したデートだった、と思う。
僕がそういうと、途端に一樹は顔をしかめた。
「なにもなしか」
「なにもなくは、ないだろう。幸せな時間だったよ」
いくら友人といえど、そんな風に言われるのは、心外だ。
「キスの一つもしたことないのに?」
「なっ……! なんで、そんなことが、」
「やっぱり、そうか」
やれやれと呆れたように言われるが、僕の言い分も聞いてほしい。
「楓はまだ高校生だ。僕は、楓を大切にしたいし、そういうのは、結婚してからでいい。第一、一樹だって、小百合さんとしてないだろ」
「……してるけど?」
「えっ!?」
思わぬ発言に驚いて、一樹を二度見してしまった。
「淳さ、婚約者の立場にあぐらをかいてると、楓ちゃんをもってかれるぞ」
「そんなつもりはないよ」
楓のことは、本当にちゃんと好きだし、だから大切にしたいと思っている。
「淳は知らなかったかもしれないけど、零次は楓ちゃんのこと、好きだよ。身内贔屓かもしれないけど、零次は見た目もいいし、頭だって悪くない」
……知っている。彼が、楓を好きだったこと。もし、僕が、彼の秘められた想いを楓に伝えていたら、きっと今頃、楓のとなりにいたのは僕じゃなかった。
「零次くんには、桃ちゃんがいるじゃないか」
道脇桃。楓の妹であり、零次くんの婚約者だ。
「そういう油断が命取りだっていってるんだよ」
「一樹が僕のことを思って言ってくれているのは、わかるけど、これは僕たちの問題だから」
それにしても、なんでそこまで、キスに拘るんだろう。
「心配じゃないの? 留学して離ればなれになっちゃうかもしれないのに」
「──留学?」
道脇家次期当主として行っている、叔父様の仕事の手伝いや、大学の講義で忙しい僕に留学する予定はない。となると、話の流れから……、
「楓が、留学するってこと?」
一樹は思わずといった様子で、手で口を押さえると、露骨に話題を変えた。
「それで、今日の講義のレジュメの五枚目のところなんだけど──」
「それについては、後で詳しく話そう。そんなことより、さっきの話、詳しく聞かせてよ」
■ □ ■
一樹は、零次くんから聞いたらしいけれど、楓はどうやら鳳海学園で行われている交換留学に興味をもっている、らしい。
けれど、僕はそんな話一つも聞いていなかった。
もやもやとしたものを抱えつつも、道脇家別邸に帰り、部屋に入ろうとすると、ドアがすでに開いていた。出る前に閉め忘れたのだろうか? と疑問に思いながらも、部屋に入ると──。
「あ、あああああ淳お兄様、お帰りなさい」
なぜか、楓が僕の部屋で途方にくれた、顔をしていた。