人狼、朝焼け。呪術騎士の『カッコいい』
誰も居なくなった砂漠で、黒い城を見上げた。俺の手のひらに握られているのは、銀色の髪留め。擦りきれ、細工は削れていたが見れば一目で名作だとわかる。質素な銀の髪留めに刻まれていたのは、同じく地味な花の細工。とてもではないが目を引く、といった花ではない。至って地味な一輪の花だ。
現実世界で言うと……ああ、そうだな、山茶花が一番近い。見た感じは『不滅』だとか、そういった重々しい銘を受けるような花ではないように思える。けれど、俺達が歩いてきたこの砂漠でたった一輪、枯れることも折れることもせずに咲き続けていれば……それは確かに不滅と呼ばれてもおかしくはないだろう。
髪留めに付いた白い砂を丁重に振り払って、髪留めを俺のアイテムボックスに入れた。レアリティは優良。アイテム的にはそれほど価値がないのかもしれないが、リエゾンにとってはこの世のすべてに匹敵するアイテムであるはずだ。結局、物の価値は自分で決めるものなのだ。
「……さて、帰るか」
現在時刻は夜の2時。ここから帰るのは正直ダルすぎるが、目的を達成していると思うと足は軽い。砂漠は相変わらず理由も無しに沈黙しているし、砂嵐が吹くまでにささっと帰ろう。
ぼんやりとした脳みそと、分厚い疲労、眠気にのし掛かられながら、足を前に進めた。その瞬間に体がぐらつき、危うく倒れこむ所だったがなんとか持ちこたえた。
諦めないだとか、さんざん格好をつけた直後に倒れたりなんてしたら末代までの恥だ。……俺の代が末代かもしれないが。くだらない事を考えながら足を前に進めた。さて……はあ、進もう。
帰る頃には夜明けだ。少ししたら俺の起床時間になってしまうな。そういえば、明日……じゃなくて今日の朝はどうしようか。寝てたい所だが、朝食やらなんやらで俺の家は休日でも早く起きる。
別に遅く起きたって構わないのだろうが、約束を破って徹夜でゲームというのは、親からして中々に不安だろう。何しろ、俺はライトなゲーマーだ。晴人と違って徹夜でゲームとか、早起きしてメンテ明けにゲームとかそんなことはしたことがない。
というか徹夜自体が初めて……だと思う。俺の記憶ではこれが初夜更かしだ。めでてえな、と白い砂漠に呟いて気を紛らわせた。
風が無いお陰で足跡が消えない。その為に帰りは楽だ。捜索も何も考えず脳死で自分の歩いてきた道を進めばいい。足元を探ったり、わざわざ砂丘に上って立ち止まったりする必要がないので中々に早く移動できる。
「星が綺麗だな……あ、今のうちにリエゾンに掛ける言葉を考えておくか」
髪留めは見つけた。これを渡せば、彼はきっとたちまち元気になるだろう。だが、それは問題の根本的な解決にはならない。彼の中で止まった時間を進めることにはならないのだ。
所詮砕けた時計を元の形に戻すだけ。消えた彼女の思い出をもう一度手にした時計の針は当然のごとく止まったままで、進むことはない。
それでは、駄目なのだ。彼は……リエゾン・フラグメントは前に進めない。仮に全てが上手くいき、リアンの墓に北の不滅を供えた後……リエゾンはどうするのだろう。きっと答えは――何もしない、だ。彼女の墓の前に佇み、過去を見て笑い、全てを胸にしまいこんで終わりを待つだろう。下手をすれば、未練を解決して彼女の元へと進もうとするかもしれない。それではダメなのだ。
今に何も無くても、彼には生きてほしい。たとえそれが俺の甘い偽善であっても別にいい。自殺を考えている人間を止める、なんて行為は実際偽善だ。相手の事を考えず、相手にとって一番辛い『生きる』という行為を取らせようとしているから。
説得でどうにかなるものなら、自殺なんて考えない。どうしようもない感情の非常口、あるいは安楽への片道切符。
それをどうして、何も自分を知りもしない他人に渡せるものか。
けれど、俺はリエゾンを止めねばならない。俺は知っているからだ。彼が知らなかった言葉を。ロードから受け取っているからだ。彼女の言えなかった言葉を。
「そりゃあ、恥ずかしいよな……言えねえよな……ああ、そうだよ。けど、だから二人は寄り添えなかったんだ」
それさえ知っていれば、きっと二人は……いや、この話はよそう。幻想に思いを馳せるのはまだしも、希望を託すのは話が違う。身勝手というものだ。
彼は、知るべきなのだ。知るべき時に、それを理解すべきなのだ。それまでは絶対に……折れたままで倒れさせるわけにはいかない。絶対に……バッドエンドだなんて言わせない。
砂漠を踏みしめて前に進む。東の空が、少し明るんで来たように思われる。夜明けが近いのか。それとともに、地面の砂漠も波打つようなさざめきを鳴らし始めていた。もしかしたら、もうすぐ砂嵐を発生させるのか?だが、今頃俺の目の前に立ち塞がっても、もう遅い。
「大分……墓地も近くなってきたからな……!」
現在時刻は午前5時。結局三時間も歩いてやがる。だが、これでも最短ルートで来ているのだ。俺のAGIが低いのはしょうがないが、この砂漠も大概だと思う。だが、あと一時間も歩けばきっと墓地にたどり着く。そうすれば俺の役割は終わりだ。厳密には終わりどころか、これからが出番な訳だが……まあ、そこを気にしたら負けだろう。
「リエゾン・フラグメント……俺の言葉がお前の心に届くかはわからない。わからないが……それでも、俺はお前に全力を尽くすよ」
お前は仲間だから。笑っていて欲しいから。ああ、そうだ。いい加減幸せになりやがれ。重い体に煮えたぎる意思を押し込んで、俺は墓地への道を砂丘の上から見つめた。
――――
墓地にたどり着くと、真っ先にロードたちが出迎えてくれた。メルトリアスが浄化ポーション片手に俺の姿を見て、驚愕している。疲れているので細かい説明は出来ないが、メルトリアスに向けて制止するように手のひらを向けておいた。
「大丈夫だ……運よく砂嵐が止まっててくれてな。砂粒一つ貰わなかったよ」
「そ、そうか……砂嵐が止まっていた……? それはつまり、『破滅』の力が弱って……いや、それならばどうして砂漠が拡大して――」
『メルトリアス、考察は後にして、今はライチを出迎えてあげなよ』
「す、すまん……癖で」
「いや、いいんだ……俺も疲れてるし、やることもあるから労いはいらない。気持ちだけ受け取っとくよ。……リエゾンは何処だ?」
俺の言葉に全員が固まった。やっぱそうだよなぁ……まさか見つけるとは思わないよな。失礼とかそういったこと抜きに、この髪留めを見つけられる確率は一桁を軽く割ってゼロをいくつか生やしていた筈だ。文字通り砂漠の中で色の違う砂粒を見つける確率と殆ど同じ……さすがにそれよりは高いか。
とにかく、見つかることはそうそうあり得ることではないのだ。驚いた顔のロードがその驚きのまま質問をしようとして固まり、それをゆっくりと嚥下して口を開き直した。
「お疲れ様です、ライチさん。……リエゾンさんは、向こう側の木陰に居ます。様子はあまり変わってません。一睡もしないでボーッとしてます」
ロードが指差した先の林檎の樹。その根本に、リエゾンはもたれかかっていた。墓地特有の銀色の粒子の光で照らされた顔は間違いなく死人の相だった。ごくり、と無意識に唾を飲み込んだ。ロードたちに一言ずつ労いを貰って、リエゾンの元へと進んだ。
近くで見たリエゾンは尚更無気力で、最初に狂気を感じさせるほどだった赤い瞳も曇っているように見える。だらりと両腕を地面に垂らしたリエゾンは、もはや廃人と形容してもいいほどだった。そんな彼に近寄って、小さく声を掛ける。
「リエゾン……」
「……ああ、ライチか……もう、放っておいてくれないか?……疲れたんだ……全部」
リエゾンは小さく自嘲するように笑って、俺から顔を背けた。あれだけ意気込んでいたのに、いざ彼を前にしてしまうとその闇に身がすくんでしまう。いっそ今のうちに髪留めを……なんて柔な考えが浮かんでしまうのだ。ああ、やっぱり俺は馬鹿だ、と自分を強く戒めて、リエゾンが逸らした視線の前に立つ。
「そんなこと言って、俺が放っておくと思うか?」
「……思わない。……でも、もう本当にいいんだ。疲れたし、目が覚めた気分だ」
「……お前」
「馬鹿だよな、オレ……本当に、何してたんだろ。結局、何の意味も無いことに、こんだけ時間使って……最後は自滅って、惨め過ぎるな」
「……止めろ、リエゾン」
「もういっそ……このまま死んじまえたら――」
交わす言葉の節々から、リエゾンの折れた心が覗いていた。もしかすれば、折れた、ではなく砕けたと形容した方が正しいのかもしれない。そんな思考が過る位には、リエゾンの様子は暗澹としていた。
一秒後には死を選びそうな、ゆらりと自壊していくような雰囲気がある。俺はそれに少しだけ体が強張って……けれど、俺自身が決めた覚悟が、それを押し破った。
「そんなこと、言うなよ。俺はお前を惨めだなんて思わない。お前がどう思っても、絶対に思わない。お前は……お前は凄いよ。凄い奴だ」
リエゾンはピクリと片方の獣耳を動かして、退廃的な声と表情を返してきた。
「……あぁ? ……そんなの、どうでも良いんだよ。オレがどうとか、もう下らないんだ。頭に入ってこないんだよ」
「……俺には、お前みたいなことは出来る自信が無い。何年も何年も大切に誰かを想って、本気で死ぬまで想い続けて――」
「もう、黙れ。聞きたくない」
リエゾンが静かに制止を口にした。いや、制止というには若干生易しいか。それはまさしく拒絶で、こめかみには憤りを示すような青筋があった。
俺は途切れた言葉の先を考えて……堂々と制止を無視した。ここがきっと、リエゾンの先を分ける分水嶺だ。
「――だから、俺はお前に……諦めてほしくないと思う。勝手なエゴでも、自己満足に浸った押し付けでも偽善でも無く、ただ本気でお前の力になりたい」
「黙れ」
「お前が腐っていって、壊れていって……お前が抱えてた大切な物まで捨てるのを、俺は見てられないんだ」
「大切な、物……?」
何かを踏んだ気がした。小枝のようなそれは、まさしく虎の尾であり、形を変えた龍の逆鱗でもあった。リエゾンの激情が弾けて、雰囲気が一気に燃え上がる。同時にリエゾンはゆらりと立ち上がった。
こちらを見る深紅の瞳には激情が巡っており、牙を剥く形相は憤怒の一言に尽きる。
「……そんなもの、オレにはもう何も残ってない。何も、何も……何もかもだ! リアンも居ない! 明るい未来も無い! 希望も、髪留めも……彼女の温もりだって、もうオレには無いんだよ!!」
――けれども、俺が揺るがなかった。小心者な心臓に鞭を打って怖がりな性根を蹴飛ばす。
「……ある。少なくとも、俺はそれを見た」
「黙れッ! もうどうでもいいんだよ! お前が何を言ったって、オレにはもう何も無い! 惨めな負け犬だ! どんなに足掻いて、もがいても何も変わらない! 彼女は笑わない! ならいっそ、もう死んじまって彼女の所に行った方がマシだ!」
「……それは、逃げてるってやつじゃないのか?」
リエゾンが俺の鎧兜の奥底を強く睨んだ。深紅のそれには怪物じみた憎悪と殺意が宿っており、感情の動きのせいか、虚空を握る手が獣の物へと変貌していっている。爪は黒く長く伸び、剥かれた牙は全て鋭い。
だが、怯むわけにはいかなかった。リエゾンを睨み返して言う。
「リエゾン。お前が本当に凄いのは、逃げないことだ。現実を知って、独りぼっちになって、それでも挫けずに愛を貫こうとしてるところだ。お前は、リアンさんが大切なんだろ?」
「当たり前だ! 彼女がオレの全てなんだ! バカにするんじゃねえよ!」
「だったら……あるじゃないか。何も無いとか言って、お前にはあるだろ。その気持ちが――」
「――リアンはもう、居ないんだッ!!」
リエゾンは朝焼けの滲む墓地の空を真っ二つに切り裂くような大声を出した。泣きそうな、苦しそうな顔をしたリエゾンが、張り裂けるような胸の内を吐き出す。それはきっと長い間、彼が目を逸らし続けていた現実。ナイフのように鋭い……絶望の本質だった。
「リアンはもうこの世界には居ない! 俺はもうリアンを抱き締められない! 話し掛けられない! 彼女を笑顔に……させてやれないんだよ!!」
吠えるリエゾンはおぞましい様相と反比例して、とても哀れに映った。激しい感情の爆発は尾を引いて、しりすぼみに掠れていく。
「オレは全部がリアンで、リアンはもう、居ない……から……オレ、は」
「……なら、どうしてお前は北の不滅を探してたんだ?」
「……」
リエゾンが黙った。俺から目を背ける彼に一歩踏み込んで、その視線をもう一度奪った。そして、それがまた逃げない内に、畳み掛けるような質問を放つ。
「答えは、ずっとそこにあったんだよ。お前にとってお前が『無』だとして、空っぽだとして……それじゃあ空っぽのお前は、どうして前へ進めるんだ?」
「…………残ってるんだ」
リエゾンの声は、とても小さかった。小さいまま、言葉が続く。
「まだ、残ってるんだよ。彼女の体温が、声が……消えないんだ。オレの目の奥で、笑ってるのが見える。本当に都合が良くて、綺麗で……ガラスの欠片みたいな笑顔が、忘れられないんだ」
言葉の進みに応じて、リエゾンの手や瞳が、人を取り戻していった。俺はそこにリエゾンの人間性を見て、少しだけ息を飲んだ。
「それが消えないから、オレは……その欠片が、彼女の好きな花で一つに纏まるような気がして、そうしたらリアンが帰ってきてくれると思ったんだ」
「……」
「でも……そんなことは、無い。そんな御伽噺みたいなことがあるわけ――」
「ある」
即答にリエゾンがふらついて、揺れる瞳で俺を見た。ワインレッドの瞳が俺を写していて、リエゾンは怯えるように一歩後ずさった。リエゾンを逃がすつもりは毛頭無く、俺はリエゾンへ一歩進んだ。するとリエゾンはまた後ろに引く。
「なんの……根拠があんだよ」
「それは……言えないな。――けどさ、確かなことが一つあるんだ」
リエゾンが引いて、俺が押して……そしてリエゾンが止まった。変わらず俺は一歩を踏んで、リエゾンへと近づいた。
「お前はまだ、歩ける」
「……無理だ」
「無理じゃないさ。理由は、お前が自分で言っただろ?」
「……ぁ」
頼りない掠れ声は、図星に近い色を持っていた。リエゾンは質問の答えを知っていた。口に出してさえいた。ハッとした表情の唇が動いて、言葉になる。
「オレは……」
「お前は、リアンさんのことが忘れられないんだ。ずっと心に破片が刺さったままで、それが痛くて前に進んでるんだ。……なら、まだ歩けるさ。少なくとも、その声が消えない内は」
「…………歩ける気が、全然しないんだ。心が苦しくて、息が苦しい」
「……それでも、歩くしかないだろ。立ち止まって、目を閉じて……それでリアンさんの声が聞こえなくなるまで腐ってるのは――カッコ悪い」
「……」
リエゾンは目を見開いて俺を見た。俺は変わらず進んで、息が触れるような距離で立ち止まった。分かってるよ。今更格好の良し悪しなんて口に出すのは唐突だ。けれど、今は俺の言葉を聞いてくれ。拙い言葉でも全力で、お前に伝えてみせるから。
リエゾンは黙って俺を見上げ、俺はなるべく穏やかにリエゾンを見下ろした。
「格好の問題じゃないってのは通らないぜ。もしかしたら、『誰か』がお前を見てるかもしれない。……それなら、カッコ悪い背中なんて、見せられないだろ?」
「……」
黙るリエゾンに、俺は柔らかく笑った。鎧の奥で不定形な影が揺れる。伝わるだろうか。伝わらないだろうか。ああ、どうだろう。俺は少しだけそれを思って――そこに、薄い朝焼けの光が差し込んだ。未だ顔を出さない太陽の片鱗が、柔らかくリエゾンの横顔を照らす。
呆然とするその肩に優しく触れて、俺は言った。
「……だから、歩こう。一人で辛いなら、俺が肩を貸すから。転びそうになったら、俺達が手を引くから……一緒に、歩こう」
「……」
「そんでもってさ……歩いて歩いて、その先で『何も無い』って言ったお前の『何か』を見つけてみようぜ?」
少しだけ茶化してそう言うと、リエゾンは下を向いた。逃げたのではない。触れた肩から振動が伝わって、俺は口を閉ざした。少しの間、お互い沈黙があって……太陽が銀色の光を遠方から運んできた。それは文字通りの光速で俺達を照らして、リエゾンがゆっくりと顔を上げる。
大きな瞳には――確かな涙があった。
「……オレには、何も無いんだ」
「……どうだかな」
「オレは惨めで、どうしようもない狼なんだ」
「……俺は、そうは思わない」
二つの答えに涙が揺れて、光を巡らせる。リエゾンは肩に触れている俺の手の手首を掴んで、少しだけ荒い呼吸をした。そして、不安そうに俺を見上げると、こう聞いた。
「…………なんで、オレをそんなに助けようとするんだよ」
「……」
「オレはお前を突き放した。酷い言葉を使って、投げやりに押し退けた。なのに、どうしてなんだ……?」
……なんで、か。理由を求められれば、少しだけ思うところがある。まず、脳裏に過ったのはロードだった。第一にリエゾンを救おうとしたロードが映って、その言葉が反芻される。
『困っているからです。一人で困って……困って、苦しんでいるからです。目を見れば分かります。……ずっと前の僕と、同じでしたから』
助けたいという思いが、ロードにはあった。俺にもあるにはあったが、それはロードに触発されてのものだ。そんな薄いものであったら、俺はリエゾンにここまで手を伸ばさなかっただろう。
どうしてだ、と自問自答した。また脳裏に過るものがあった。墓所の出入り口にて、傷だらけで倒れていたリエゾンの姿。過去を語るリエゾンの寂しそうな瞳。ひたむきなその愛の形と、メラルテンバルの背で死にかけた俺を固く繋ぎ止めた手のひらの感覚。
――ああ、と思った。答えが分かった。俺らしい回答に思わず小さな笑いが込み上げて、リエゾンがそれに唖然とした顔をした。似合わない顔と向き合って、俺はその鼻っ柱に回答を突きつける。
「……お前が――カッコいいから」
リエゾンは、カッコいいんだ。その在り方が、俺にとって好ましい。誠実で、一生懸命で、努力家で、冷たくて皮肉家な癖に本当は熱血漢で、どんなに現実を知っても折れること無く、ひたすらに前に進もうとする。
それがあまりにもカッコ良くて、なのにどこか不器用だから……俺は、お前を助けたいと思ったんだよ。
俺の回答にリエゾンはおかしいとでも言うように首を振って、その揺れでほろりと涙が溢れる。大粒の涙は朝日を吸って、ダイアモンドのような煌めきを持っていた。
「なんだよ……それ」
「おかしいか?」
「……お前」
見る目、ねえよ。リエゾンは、今度こそ泣いた。堰を切ったようにリエゾンは涙を流して、くしゃりとその顔が歪む。前のめりになったリエゾンの呼吸はひきつっていて、それはまさしく嗚咽だった。
朝日を受けて泣きじゃくるリエゾンは、どうしてか美しかった。俺はそれにはにかんで……そして、ゆらりとボックスから小さなアイテムを取り出す。
そして涙を拭うリエゾンの手を止めると、俺はそこにリアンさんの髪留めを握らせた。リエゾンは初め、不思議そうな顔をして、続けてその感触に涙が止まった。
「そいつはどうかな」
「……はっ? お、お前――」
「案外、お前が思ってる以上に『見る目』はあるのかもしれないぜ?」
物を見つける方の目、だけどな、と笑ってみせると、リエゾンの中の感情がオーバーフローしていくのが実に簡単に見て取れた。俺はそれが面白くて、同時に少しだけ恥ずかしいと思った。善行を重ねて、そしてそれが本人に露呈すると、得体の知れない羞恥心が湧いてくる。
過呼吸一歩手前のリエゾンの俺は小さく笑うと、リエゾンがハッとして俺を見上げ、しかし何かを言う前に俺が言葉を挟んだ。
「お前は、何も無かったとしてもカッコいいんだ。なら、なんか持ったら最強だろ?」
「――」
感情の爆発一手前のリエゾンは実に面白く、俺はそれを目に焼き付けて、くるりとリエゾンに背を向けた。そうして、静かに歩き出す。「あ、あぁ……」と前触れのようなリエゾンの掠れ声が聞こえて、俺は振り返らずに言った。
「貸りは、返したぜ」
不滅の元から帰る時に、メラルテンバルの背中で借りた貸しだ。それが伝わっているか伝わっていないのか、確認するまでもなくさらりとログアウトする。背後でリエゾンの泣き声が聞こえた。
「お前っ、本当に――」
【ログアウトします】
【……お疲れ様でした】
最後に聞こえた言葉の途切れに、ああ……もうちょっと遅く落ちればな、と小さな笑いが漏れた。