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ガラクタの騎士


※視点変更があります。ご注意ください

 ロード・トラヴィスタナは激怒した。目の前の『それ』が自分の母親だということすら忘れて、『それ』の強さすら忘れて、激情に身を焦がした。


「――ぁぁぁあああ!!『墓守の呪詛(エピレート・ルイン)』!!」


 虚空から現れ出る悪魔の腕が『それ』を強かに殴り飛ばす。案山子のような体の『それ』は、大きく水平に殴り飛ばされ丘を転がり落ちた。

 ロードは許せなかった。自分と一緒に、ここを取り戻そうと言ってくれた彼を、こんな弱々しい自分を見捨てないでいてくれた彼を、命を賭して馬鹿馬鹿しいほど無理な願いを叶えようとしてくれた彼を傷つけた事が、何より許せなかった。


 (たが)を外して、ロードは吠えた。一発殴った程度で『それ』を許す気は、サラサラない。


「『墓守の一薙(エピティア・ディア)』!」


 不可視の一薙が、『それ』の体を一の字に切り結ぶ。『それ』は三本の手で構えた鎌をロードに向けて振り抜くが、その前にロードの一撃が『それ』を襲う。


「『墓守の一矢(エピレア・エア)!』」


 灰色の鋭い矢が、『それ』を貫く。


「『arqxals(飛来する猛撃)』」


「『墓守の一薙(エピティア・ディア)』」


 灰色の一薙が、灰色の一矢が、腕が、剣が、盾が、『それ』を傷つけていく。ロード自身、何故自分の知らない墓守の魔法が使えるのか、分からない。だが、そんなことを考えているよりも、目の前の『それ』を倒すことの方がよっぽど大事なことだと思っていた。


 十の魔法が繰り出されれば、十一の魔法を打って相殺し、ダメージを与える。側から見れば圧倒的に優勢な状況。怒りが生み出した、火事場的な力によるそれは激しく燃え上がる激情であり、そして、一時的なものであった。


「『khqayxul(殺戮する刻雷)』」


「っく! 『墓守の手甲(エピテレート・マルク)』!」


 燃え盛る火のような攻撃も、やがて静まり、逆にロードは追い詰められていた。呪文を唱えようとするも、体の奥が……心臓が激しく痛んでそれを拒もうとする。先程まで溢れるように湧いていた呪文も、今は枯れた泉のように何も出てこない。


 その原因について考えるより先に、『それ』の魔法がロードの肌を切り裂く。その痛みに呻きながら、必死に次の呪文を紡ぐが、防ぎきれず傷が増えていく。


「く……はぁ……はぁ」


 ついにロードはローブの至る所を切り裂かれ、傷口から痛々しいほどの血を流して膝をついた。魔法はもう、湧いて出てこない。

 それをいいことに、『それ』は悠々とロードの元に歩いてくる。三本の手で構えた鎌を水平に構えながら、さながら死神のように、処刑人のように、一切の感情を見せずに歩いてくる。

 逆さまの仮面に笑顔はない。


「はぁ……はぁ……ライチ、さん」


 こんな時になってまで脳裏に浮かぶのは彼の顔だ。ロードは荒い息を吐きながら、歩いてくる『それ』を睨んだ。しかし、死の床につく死人の枕元に立つように、『それ』はロードの目の前にたった。

 鎌の上を、滑らかに光が滑っていく。

 あぁ、駄目だ。とロードは呟いた。


「ごめんなさい……ライチさん。僕は何も、変われてなかったんだ……結局弱いままで、自分の願い一つ叶えられない、出来損ないなんだ」


 懺悔のような、悲観のような厭世が、ロードの口から滑るように飛び出る。あれだけ大見得を切ったのに、結果はこのザマだ。どうしようもない、情けない。取り戻したいと、そう本気で願っていたのに。かけらほどもその願いには手が届かない。

 鎌が、大きく引かれる。ロードの首を刎ねる気だ。

 なにもかも、どうしようもなくて、僕だけじゃどうにも出来ない。だからこそ、ロードは無意識に呟いた。


「助けて……ライチさん」


 鎌が迫ってくる。ロードはぎゅっと目を瞑ってその時を待った。次の瞬間に、自分の首は空に舞う。そう、覚悟を決めて閉じた瞳に、暗い世界に、声が聞こえた。訛りの強い精霊語。嘘みたいに軽い口調の癖に、どうしようもなく頼りがいのある、彼の声。


「ああ、分かった。任せろ」


 続いて響く金属音。引き裂くような、擦れ合わせるような、歪な音。釣られるようにロードが目を開けると、そこにはボロボロの騎士がいた。足は片方捻じ曲がっていたし、左腕は肘から先がなかった。腰当ては割れていて、腰に挿してある剣はまるで置物みたいだ。穴だらけの胴体と、歪んだ兜の騎士。

 そんな満身創痍の騎士の背中が、ロードの目には、御伽噺の勇者のような輝きを背負っているように見えた。



 ――――――



「ライチ……さん」


「……おう、よく頑張ったな」


 本当に、ギリギリだった。今も現在進行形でギリギリなんだが、さっきのは一瞬でも遅れていたら確実にロードは死んでいた。

 ギリギリと音を鳴らしながら今もこの『盾』に鎌を押し付けてくるメルエスを、そっと見つめる。

 逆さの仮面には無機質な殺意だけが透けて見えた。


 ギギギ、と盾に押し付けられた鎌が軋む音がする。この盾には、本当に助けられた。というより、先代の墓守の寛容さに、というべきか。


「本当に頭が上がらねえ、なっ!」


 俺が装備しているのは、銀色の盾。一目見ただけでそれがどれだけ素晴らしい盾なのか、観察眼の無い俺にでも分かる。銀の盾には鎌を咥えた獅子の細工がされており、初めて握った筈なのに、どうしてか恐ろしいほどに馴染む。

 溶けかけの籠手に力を込めて、メルエスの鎌を上手くそらした。盾術のレベルが上がっているおかげか、中々様になっていると思う。


 仕切り直しとばかりに一歩下がったメルエスに、俺は数分前の自分を思い出す。

 走っても走っても、丘どころか墓が見えない。どうしようもない。完全に詰んでいる。もしこの状況を覆せるとしたら、盾があった場合だ。


 どうすれば盾を得られるか。ドロップアイテムで作るか。いや、もうどうしようも――


 そんな俺の視界に映った、白い亡霊。ロード曰く、先代の墓守だという。彼らは自らの墓の側に立ち尽くしており、その足元には彼らへの供え物があった。花、兜、甲冑に杖、剣……そして、盾。

 それは、彼らにとって己の存在意義であり、この世に自分がいた事の証明でもある。それを借り受けるというのは、彼らにとってどれほどのことなのだろう。


 だが、その考えのためにロードを犠牲にするというのは、どうしても無理だった。だから俺は、息を切らしながら、ぼうっと立ち尽くす墓守の足元に跪いた。

 そのまま両手を地面について、地べたに頭を擦り付ける。深く深く土下座して、腹の底から叫んだ。


「墓守殿! 失礼を承知で、どうか俺の願いを聞いてください! 俺には、今、盾が要るんです! 守らなきゃいけない人が居るんです! 必ず、必ず返します!ですからお願いです。この盾を俺に貸してはいただけないでしょうか?」


 少しの無言の後に布擦れの音が聞こえて、耳元に小さな声で囁かれた。


『貴方を信じます。必ず返してくださいね』


 それからは無我夢中で走った。スタミナを見つつ全力疾走、クールタイムが上がったらシールドバッシュ、次に前方の墓守の亡霊に対してカバーを発動。それが終わったら走り始め、スタミナが切れたら徒歩で進む。そのときには大体また

 クールタイムが上がっているので、シールドバッシュ、カバー。それらが終わるとスタミナが少し回復しているのでまた走る。


 それを繰り返してやっと、ギリギリの所にこぎ着けた。


「本当に、ギリギリだったな」


 正直、目の前で鎌をロードに向けられた瞬間は死ぬほど肝が冷えた。あと少しでも、どこかで迷っていたり悩んでいれば……いや、暗い想像はここまでだ。

 深く息を吸って、吐く。続けて、背後のロードに声を掛けた。


「さて、ロード……一緒にやろうか」


「は、はい……!」


「俺が守るから、お前が撃て。……前は俺が、なんとかする」


 ボロボロの体に鞭打って、しっかりと盾を構える。


「『azrlghoa(狂い惑う茨鞭)』」


「『ディフェンススタンス』!」


「眠れ、『墓守の歌(エピテレート・レイ)』!」


 ロード狙いのどす黒い鞭を、俺が盾で受けて、ロードが後ろから打つ。ダメージがかなり痛い上、体が悲鳴を上げているが……いける。『生存本能』の回復と、HP自動回復:中の回復量が凄まじい。何よりこの盾、魔法のカット率がとんでもない。もしかしたら、特殊なエンチャントが付与されているのかもしれないが、それを悠長に確認している暇はない。

 大事なのは、しっかりとこの盾で防げば、ダメージと回復が拮抗するということだけだ。


「かかるかわからねえが……『吸収(ドレイン)』 うぉ、掛かった!」


「眠れ、『墓守の歌(エピテレート・レイ)』っ!」


「『aktennho(暗澹たる一掃)』」


「『カバー』! ……いってぇ」


 空中で拡散する黒色のレーザーの先に、カバーで割り込んだは良いものの、ダメージが中々痛い。ちらっと横目で見たHPは100を割って60にまで落ち込んでいた。でも、ドレインが効いてるから、中々回復しているな。


 メルエスからしたらカスのようなHPの減りだろうが、俺からしたらかなりの回復量だ。HPが一秒経つごとにぐんぐんと増えていく。気持ち悪いぐらいのゾンビプレイだ。


「『混乱』『毒』……流石に効かないか」


「ライチさん!」


「任せろ! 『カバー』『ディフェンススタンス』」


「……」


 混乱や毒、盲目などを余裕の出来たMPで魔法を打ってみるが、残念ながらかからない。ロードの声に合わせてカバーで移動して、ぶれる程のスピードの鎌を盾で受ける。大きく盾が歪むがまだいける。ロードの放つ光線が、またもやメルエスのHPを削り切り、もうそろそろ半分を割ろうとしていた。


「『arcstihlr(太古の綺羅星)』」


「眠れ! 『墓守の歌(エピテレート・レイ)』っ!」


「うぉっ!? 特殊演出か?」


 俺のすぐ脇を、極大の赤い光線と、灰色の光線が拮抗する。間に立ったらコンマ一秒も持たずにリスポーンだろう。その拮抗は、激しい衝撃波を呼び、しっかりと踏ん張っても、後ろにズズズと押し出される。

 流石にレベル差が辛いか、とロードの方を見たが、杖を構えるロードの顔は、今までにない気迫に満ちていた。


「ォォォォォォ……!」


「でぁぁぁぁあああ!!!」


 一瞬、ロードの光線が拮抗を破る。そのまま、前に、前に、前に……灰色の歌が、墓守の意思が、たしかに悪霊を追い詰めていた。


「行けぇ!! ロード!」


 レベル差を物ともしない……いや、()()()()()()()

 ロードの一撃が、メルエスの体を撃ち抜いた、その瞬間体力バーが一気に二割吹き飛んだことで、俺の中に違和感が生まれた。メルエスのHPは残り三割。ここまでレベル十ちょいのロードだけでHPを削ったのか……?

 小さな疑問を端に寄せて、ロードの一撃を褒め称える。


「おおおおお!!! ナイス! 何だそのダメージ!?」


「あ、ありがとうございます!」


 恥ずかしげにそういうロードの姿は、よく見てみればあちこちが破れたローブ姿で、中々に破廉恥だ。傷口から流れた血が色気を消してるが。


「……あと三割か……ギミック変化来るな」


 ここまで魔法を惜しげもなく乱射しまくり、超高火力の魔法に一割を削られず、音を置き去りにする必殺の鎌を持っているが、きっとこのあと、新しいギミックが……いや、よく考えたらやばすぎるな。


 光線の後に立っていたメルエスの体には、大きく穴が空いており、仮面にはヒビが入っていた。見るからに「追い詰められた」といった様子だ。


「なっ……」


第二形態(ラウンド2)だな……」


「ァァァ!オォオオォ!」


 自分の体を掻き毟るように咆哮をあげるメルエス。割れた仮面から妖しい緑の光が溢れ出し、その体が奇妙に痙攣しながら、宙に浮いていく。背中からは黒い煙が翼のように生えて、いよいよ光は手で顔を覆うほどになってきた。


 そして、一際光が極まった時、メルエスは絶叫を上げ、空に緑色の何かが打ち込まれる。緑の信号弾のようなそれは、花火のように空に吸い込まれていき……そして、弾けた。


「ぇ……は? 待て、それは……容赦なさ過ぎるだろ。制作陣は何を考えてんだ」


「お、お母さん……そんな……そんな」


【史上最高の墓守だったそれは、魂すら燃やして咆哮をあげる】


【ユニーククエストが最終段階に進行しました】


【『堕落』の片鱗をその身に宿し……彼女はあなた達に鎌を向けた】


【ユニークボス『墓守のメルエス:堕落(フォーレン)』との決戦を開始します】


 システムメッセージに合わせて、『墓守の丘』がその姿を一変させた。空には緑色の魂のようなものが、ぐるぐると丘を中心に台風のように渦巻き、メルエスは三つの手に三つの鎌を持ち、左手に閃光を漏らす魔法陣を持っていた。片目は緑に輝き、もう片目は青色に輝いている。

 背中には三つの黒い翼。仮面の隙間から黒い蒸気を吐き出しながら、此方を睥睨する様は、まさしく死の権化。いや、もはやあれは死そのものと言ってもおかしくない。


 更に、メルエスの変化に留まらず、この場にいた歴代の墓守達の様子まで変化し始める。白かった墓が真っ黒に変色し、それぞれ絶叫を上げながらその体を黒に窶し、黒い刃のような翼を一つ生やして、空へ舞っていく。


 緑の空、黒い墓、比翼の死神の群れが空を舞い、死が此方をじっと見つめている。


「これは……リスポーン地点に置くクエストか?」


「…………やるしか、無いんですね」


「……まあ、そうだな」


 とてもでは無いが「逃げる」と「セーブ」は選択肢の中にありそうに無い。おもむろに杖を構えたロードに倣って、とりあえず俺も盾を構える。が、あの状態のメルエス相手に、どれだけ持つというのか……HPを確認すると、半分の300残っている。


「絶対宙に浮いてるやつら攻撃してくるな……どうする、ロード……って何それ」


「これ、ですか? 僕にもちょっと分からないんですけど、力が湧いてくるんですよね」


 渋い顔をしながらロードの方を見ると、ロードは金色のオーラを纏い、神々しく輝いていた。ステータスを見てみると、『墓守の意思』状態だそうだ。効果は俺の鑑定レベルじゃ見えない。さっとメルエスの方にも鑑定を飛ばしてみるが、判定がないらしく何も起きない。

 なんか二人とも凄い本気モードって感じだけど、俺の場違い感よ。


 そんな俺を置いて、ロードはすぅ、と息を吸った。


「お母さん……僕は、あなたが大好きで、大嫌いでした」


 母と呼べるのか怪しいそれに、ロードは語りかける。反応は勿論ない。空を舞う元墓守たちが、笑うように羽をばたつかせた。


「いつも、お母さんを超えることを期待されて、あなたの背中ばかり見て……それでも、その背中がびっくりするぐらい暖かかったから、お母さんの笑顔が……大好きだったから……僕は、甘えてしまっていたんです」


 此方を睥睨する死そのものに、されどロードは視線を逸らさない。逃げない、萎えない、恐れない。確固たる意思が、次代墓守、ロード・トラヴィスタナが、そこにはいた。


「だから、僕は今日、お母さんを超えてみせます。あなたを救ってみせます。あなたが安心して、僕の大好きな笑顔を浮かべて眠れるよう、僕が……ロード・トラヴィスタナこそが、次代墓守であると証明してみせます!」


 最初の面影など、とうになかった。ロードの様子に俺は目を見開いて……微かに笑った。あぁ、楽しい。面白い。自分の置かれた状況が、ロードの言葉一つで、どうしようもなく楽しく思えてしまう。


「ロード、背中は俺に任せて、胸を張ってこう。お母さんに、カッコいいところ見せちゃおうぜ?」


 肩越しにロードへウィンクする。えへへ、と笑顔を浮かべたロードに、軽く頷いて、メルエスに向き直った。


 ――後継を決めるための、先代と次代墓守の戦いが……始まる。

もし、二人が正攻法でメルエスと戦っていた場合、ライチは割とさっくり死にます。そもそもメルエスはプレイヤーが耐えきれるギリギリの魔法を連射しているので。

それでも死なないのには色々と訳がありますが……ここで話すことではありません。

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