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死神の墓参り。或いは名もなき男の疾走

「『星の灯りに導かれ、我らは因果に結ばれる。辿り着くのは一本道……『墓守の丘(リ・エピティア)』」


 ロードの呪文に呼応して、扉が開く。埃を何重にも重ねた灰色の扉が、重低音を響かせた。毎度思うが呪文がカッコイイ。この空気感では、死んでも口に出せないが。


「真っ暗だな」


「ここから先が、ここの中心……『墓守が眠る場所(エピトゥラン)』最奥です。歴代の墓守と、その墓が並んでいます。墓守の怒りを買いたくなかったら、墓と遺品には手を出さないでくださいね」


「墓守が一番嫌うのは墓荒らしってか」


「んふふ、そういう事です」


 ロードが静かに扉の奥に進む。扉の先は真っ暗だ。深く深呼吸をして、先へ進む。扉を抜け、両足が完全に向こう側の土を踏んだ瞬間、システムの通知が入る。


【注意:フィールドボスエリアに侵入しました】


 それと同時に後ろの扉が大きな音を立てて閉まる。若干ビビったのは秘密だ。取り敢えず振り返って扉を押したり引いたりしてみるが、案の定動かない。


「ダメだな」


「まあ、そうなりますよね……」


 扉から視線を切って、扉の内側……『墓守の丘』を見てみる。といっても、中には特に何もない。上下左右真っ暗で、何故だか俺とロードの姿は見えている。いや、姿が見えてるってことは、真っ暗じゃないのか?


 くだらない疑問を殴り捨てて、ゆっくりと歩き出したロードの後ろをついて行く。落ち着いた様子のロードにつられて、こちらも落ち着いてきた。


「枯れ木か……でかい手だと思った」


「たしかに、こうしてみると似てますね……シワシワですけど」


 しばらく先に進むと、辺りに真っ黒な枯れ木が生えているのが分かるようになってきた。真っ暗なのに黒い木が見えるのはなんでだ?と聞かれるかもしれないが、俺にもよくわからん。枯れ木の輪郭だけがしっかりと見えている。が、特に影響もないので無視してまた歩き始めた。


「……っぉあ!?」


「ひぃ!……お、驚かさないでくださいよ」


「え、いや……だって……なあ?」


「あれは歴代の墓守の霊です。ほら、足元に墓があるでしょう?」


「あ、ほんとだ。あれは……花束?」


「遺品ですね。墓守が眠ると、次代の墓守が遺品をその墓に置くんです」


 俺の視線の先には白い布を被った白い靄……ロード曰く歴代の霊らしいものがいた。その足元には長方形の白い墓石と唯一色を持っている山茶花の束があった。

 墓地らしく整然と並ぶ墓と霊の間を進んでいると、ロードの足が止まった。見ればその目線は道から少し外れた墓に向いている。


「……ごめんなさい、ライチさん。ちょっとだけ寄り道をします」


「ん? あぁ、別に大丈夫だけど……あの墓がどうかしたのか」


 ロードは左に進路を変え、進み始めた。目線の先の白い墓石は……素人目だが、少し汚れているように見える。僅かにホコリを被っているような見た目だ。

 その墓の前に立つ墓守の霊も、心なしか元気が無さそうに見える。


「僕たち墓守の間では、墓石に死者の魂が宿る、という話が伝わっているんです。墓石が丁寧に整えられていれば、死者の魂は穏やかで、反対に汚れていれば死者の魂も汚れてしまう、と」


 そう言いながら、ロードはくすんだ墓石に近寄り、両手を擦り合わせる。祈るような仕草だが、どちらかというと手の汚れを払うような動作に近い。ロードは少し息を吸って……ぺち、と平手で墓石を叩いた。


「え?」


「ふぅ……すみません、これで大丈夫です」


 ロードの奇行に目を疑ったが、平手で叩かれた墓はキラリと一瞬輝き、表面に付いていた汚れは綺麗サッパリ消えていた。同時に墓守の霊の姿も一瞬輝き、ぼやけていた輪郭が少し鮮明になる。

 ……えぇ? そういう作法、なのか? 困惑する俺と対照的に、ロードはスッキリとした表情で元の順路を進む。不思議な墓守の作法に、何度か墓と霊の間で目線をうろつかせてから、ロードの背中を追う。


 先へ歩みを進めれば進めるほど、墓と霊、そして遺品が増えていく。そのどれもが、俺たちの行く先を囲むように円形に配置されている。


「……登り坂?」


「丘ですよ。もうそろそろです。もうそろそろ……」


 周りを見渡せば、大量の墓と、こちらをぼーっと見つめる霊たち。そのどれもが、ロードのようにフード付きの長いローブをつけていた。遺品は様々で、花、ペンダント、眼鏡、本……勿論、剣と盾もあったが、流石に手を出そうとは思えない。


「……そういえば、ロードは先代……お母さんの墓に、何を(そな)えたんだ?」


「それは……」


 何やら地雷を踏み抜いた気が……。動揺からか、一瞬足の止まったロードに、そんな気持ちがわいてきた。


「いや、すまん。言いたくないとかなら、無理に言わなくても――」


「これです……この、杖です」


「……ってことは、ロードはまだ」


「ええ、そうなんです。僕はまだ、正当な墓守ではないんです。だから、こんなに弱っちくて、死者に言うことを聞かせることも、眠りにつかせることもできないんです。……だから、僕は――」


 母の、墓参りをしなくてはいけないんです。ロードは霞んだ銀の杖をぎゅっ、と握りしめていった。……事の全容は見えた。ならば、先に行くまでだ。


 傾斜のきつい丘の周りには、目の回るような数の墓。黒い枯れ木に、白い霊。入り乱れて、されど静かにこちらを見るだけだ。

 それらに目もくれず、静かに俺たちは丘を登った。


「ここが……丘の天辺です」


「……墓が、あるな」


「僕のお母さんのです」


 そう呟くロードの顔は、後ろ姿からでは想像できない。丘の頂上には、一つの墓と、一際大きな枯れ木。ただそれのみだった。しかし、違う点が一つある。墓の色が、どす黒く変色している点だ。


「来ます」


「……誰が?」


 余りにも筋書き通りのセリフで、言うのも(はばか)られたが、それでもその言葉はさらりと口からすべり出た。


「歴代最高の墓守――」


 ロードが杖を構えた。その瞬間、黒い墓石の裏から、何かがぬらりと顔を出した。それを言葉で形容するなら、そう……それは、『悪霊』の一言に尽きた。


「メルエス・トラヴィスタナ……僕の、お母さんです」


 墓石の影が、悪霊が、その体を歪に歪ませながら、笑うように肉体を変形させる。肉を裂くような、骨を砕くような……そして、僅かばかりの笑いと泣き声を混ぜ合わせて、それは真の姿を現した。おいおい……絶対状態異常効かない手合いだろ……。


 四メートル近い、黒いローブをまとったナニカ。その顔には笑みを浮かべた仮面が被せられており、体は起伏が薄く棒のようだ。ロードの母親……先代墓守メルエスは遥かに見上げる体躯をベキバキと、謎の音を鳴らしながら、体を折り曲げてロードと目線を合わせた。


「お母さん……僕は、貴方の墓参りをしに来ました」


「……」


 返事はない……と思った瞬間、墓守の首が百八十度曲がった。笑顔の仮面が、一瞬でその意味を失う。その余りの歪さに、母の名を騙る化け物に恐怖して、ロードが後ろに下がった。途端に、メルエスのローブの奥で光がちらついた。


「ッ!?」


「うわっ!?」


 完全に勘だった。ロードの体を思いっきり後ろに引っ張った瞬間、リィン、と甲高い鉄の音を響かせて……黒色の枯れ木が幹から切り倒された。音だけ残して、埃の一つも舞わずに木が地面に叩きつけられる。

 メルエスの黒いローブからは、青白い死者の腕が地面と水平に伸びており、伸びきった右手の先にはギラつく鎌があった。


「自分の子供に対して一切躊躇なしか。本職の死神かよ……」


「ひ、ひぃ……」


 俺の慄いたような声に反応したのか、メルエスの左手が、鎌の柄を掴む。そして、三番目の手がローブから生え、鎌を掴み、四本目の手が宙に魔法陣を浮かべながら伸びた。


【フィールドボスとの戦闘を開始します】


「……言うなら三分の一刀流プラス魔法ってとこか?」


「や、やるしか……ないっ!」


 システムメッセージとともに戦闘の開始が宣言された。BGMも、壮大なエフェクトも、何もない。墓場に相応しい静けさで、メルエスは鎌を振り上げる。俺にそれを防ぐ手段はなく、そもそも装備も何もない手負いの俺では足枷にしかならないと分かっている。だが、やはり敵を前にして何もできないというのは、随分と心にくる。


「ロード!」


「は、はい。鎮まれ、『墓守の鎌(エピテ・シュナルド)』」


 ロードの放つ魔法が見事にメルエスにヒットするが、その直後に発生したメッセージは『抵抗(レジスト)』の二文字。

 攻撃魔法ではなく、死者を鎮める魔法だったのか? だとしたら、その選択は中々にまずいものと言える。身震い一つなく、メルエスは鎌を振り下ろした。目的は勿論ロードだ。


「くっ! 避けろ!」


「あわ、あわわ」


 ダメだ、ロードは思いっきり横に飛ぶことで辛うじて鎌の一撃を避けたが、ロード自身の心が竦んでしまっている。

 確かに、自分の母親に刃を向けるというのは、途轍もなく難しいことだ。だが、子供に対して躊躇いなく凶刃を振りかぶるあれを、母と呼べるのだろうか。


「ロード! 心苦しいだろうが、手加減して生き残れるような相手じゃない! 墓地を取り戻すんだろう?」


「わかってますよ! ……分かってるんです……そんなことは」


 お母さん。ロードはゆっくりと立ち上がりながら、杖を構えた。その目には涙が浮かんでいる。息も荒く、頼もしさに欠けることこの上ない。

 だが今、この瞬間、理性を失ったメルエスを打ち倒せるのは、ロードしかいなかった。そして、ロードにも、それが分かっている。


「……これが僕にできる、最後の親孝行です。眠れ、『墓守の歌(エピテレート・レイ)』」


 灰色の光がメルエスを撃ち抜く。が、HPを示すバーは僅かに減って止まった。


「あの火力で一割行かないって……HPどうなってんだ?」


「う、嘘……」


 メルエスは軽く体を揺らすと、手に持つ魔法陣を煌めかせた。あれはまずい、と俺の中の全本能が言っている。

 レベル差とか、魔法型のロードの母の打つ魔法だとか、理由はいくらでもあるが、あれを打たれた瞬間、無差別に全滅する、という不確かな確信があった。


arcst(太古の綺)――」


「『ダークピラー』!」


 呪詛にも似たその詠唱に被せてダークピラーを打ち込む。全くダメージにならない上、あと少し反応が遅れていたら間に合わないどころでは済まなかった。

 ダークピラーの筒状の闇に包まれれば、多少視界を遮ることが出来るだろうと思って詠唱したが……。


 おいおい……勘弁してくれってマジで。1ミリ、いや1ドット減らしただけ?


 魔法のキャンセル自体には成功したようだが、割に合わなすぎるだろ。微塵もダメージを出せなかった。流石に酷い。闇属性耐性が極まりすぎて無効一歩手前まで行ってるんじゃなかろうか。

 俺のダークピラーを受けたメルエスは、その仮面の向く先を俺に定めた。つまり、タゲを取ったという事だ。


「せめて盾を――」


arlquept(排斥する無色の槌)


「っがぁぁ!!」


「ライチさん!」


 空気が揺れて、一瞬凶悪な鎚が見えた。それは問答無用で俺の胸に叩き込まれ、強烈極まりない一撃に、若干意識が飛ぶ。衝撃、浮遊感、圧迫感、衝撃のコンボで、脳みその全部をかき乱されたかのような気分になる。HPを確認すると、軽く八割吹っ飛んでいる。これが割れた腰当てから打たれたりしたら、『魔法耐性脆弱:致命』よろしくでワンパンだろう。大盤振る舞いにダークピラーを打ち込んでしまったからMPもほぼない。


「うぐ……ぁ……」


 天地が逆になったかのような感覚に耐えつつ、どうにか立ち上がると、周囲に何もない。真っ暗だ。ロードも、墓も、勿論メルエスも居ない。そもそも傾斜すら存在しない。ついに、本格的に頭までおかしくなったか?


 ボロボロの兜をさすりながら周りを見渡して……絶望が、襲いくる。振り返った先、俺がぶつかったそれは、懐かしいと言えるほど昔に見たわけじゃない、墓守の丘(ここ)への入り口……石で出来た扉が、堂々とそこにあった。


「しょ、初期地点……!?」


 不味いまずいマズイ、つまりロードは、今この瞬間あいつと一騎打ちしてるのか!?


「無理だろ!?」


 しかも俺も俺で、ここからロードの所まで走って行かねばならない。カバーも、シールドバッシュも、盾がないから使えない。走って行けば確実に間に合わない。どうすればいい。どうすればいい。


「あいつを助けるにはどうすれば……スキル、無理だ、走る……無理だ!」


 ――詰み。


 燦然とその言葉が脳に浮かぶ。たとえ今盾を持っていて、どうにかシールドバッシュの連打でロードの所にたどり着いても、あいつが生きてる保証は――


「ぁあああ!!! しゃらくせえ! 悲観してねえで考えろ俺!」


 取り敢えず吹き飛ばされたと思わしき方面に走る。時々足を縺れさせながら、なんとかならないか、必死に考える。

 あいつは取り戻したいと言った。俺はその想いに手を差し出した。やってやろうぜと大見得を切って、啖呵を吐いて、今こうしてどうしようもなく走っている。


 ドロップアイテム……クソッ! ゴミしかねえ!


 ダメージに喘ぎながら、全力疾走する。左右不均等な足を回して、肘から先のない左手を振って。


 魔法でなんとか……いや、できない!


 斜めに打ち込んだダークピラーを自分に当てて、弾頭のように発射してみるという考えがよぎったが、間違いなく死ぬ。


 SPもねえからスキルは取れねえ……クソッ。


 考えろ考えろ考えろ考えろ――


「はぁ、はぁ、はぁっ、はあっ」


 考えても考えても考えても考えても――


「はぁっ、はぁっ……ふざけんなァァ!!!」


 ――無理だ。

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