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帰り行く場所はきっと一つ

 放課後、冬が深まって随分と暗くなった正面玄関口で、晴人を待って立ち尽くす。立ち止まっていると体の先がかじかむので、体を軽く揺らしながら白い息を吐いた。まだ何人か部活帰りの生徒は居るが、残った生徒は疎らで寂しさを感じさせた。

 誰かを待つ時間は待たす時間よりも長く感じられる。当人からするとちょっとの時間でも、相手からすれば随分と待たされた気分になったりするやつだ。他人を待つ時間は暇で暇で、長く感じる。


「スマホ……充電切れだしなぁ」


 五限目を終えてからスマホを充電しようとして気がついた。愛用の充電器が充電されていない。大方昨日のイベントの達成感にかまけて充電せずに寝てしまったのだろう。自分の不始末に呆れが走るが、イベントの後の疲労は凄まじいものだった。しょうがないか。

 それから少し寒空の下で待っていると、遠くから駆け足でこちらに走ってくる晴人が見えた。


「本当に悪い!なんかよくわからんが粘られちまった」


「一目惚れに人はそこまで執着できるのか……まあ、いい。帰ろうぜ」


 パン、と手を合わせて謝ってきた晴人に対して怒る言葉は吐けない。軽く流して帰り道を歩き始めた。空が西から東に太陽の残り火を放っており、曇りに近い空を茜色にしていた。朝焼けみたいだなぁ、と突拍子も無いことを思った。

 ニコニコと俺の隣を機嫌良さそうに歩いている晴人が、こちらに笑顔を向けた。


「これから、シンジはどうする?イベントは終わったし、シンジの居る墓地も綺麗さっぱり片付いただろ?」


 どうするか……うーん。現在の所、身に迫るような目標は特にないな。敢えて言うなら墓地で息抜きをしたい……くらいだ。そこら辺をさ迷ってイベントクエストやゲリライベントを探して、カルナの武器や防具を探したり……後はダンジョンを探して攻略してみたりとかどうだろう。

 町の衛兵に喧嘩を売って、大隊長含めた魔物プレイヤー達と交流してみたり……蘇生ポーションの材料も集めてみよう。何分縛られるものが全く無いフリーの状態だ。MMOの醍醐味というか、VRも自由度を醍醐味にしている。


 君たちに委ねられた世界。俺達が好き勝手に歩き回る世界。何をしてもいいし、何を考えてもいい……あぁ、最高に楽しい状態じゃないか。


「何をするか……ああ、敢えて言うなら……そうだな――何でもするよ」


「はは、面白いなそれ。俺も真似するわ」


「五百円」


「金かかるんかよ」


 露骨に嫌そうな顔をした晴人に笑った。ああ、好き放題しよう。なにも考えず身を任せて馬鹿なことをしよう。その先で笑ったり泣いたり出来れば万々歳だ。でもまあ……最終的な目標は決めておかないと、到着点が見えなくなっちまうな。

 最終的な目標……最終的な目標……あー、忘れかけてたけど、このゲームの大本の目標があったな。


「『Variant rhetoric』見つけるとか……無理かなー」


「おー、大きく出たなぁ……」


 このゲームの最終目標。ワールドクエストともいっても過言ではない物――『variant rhetoric』の発見。メニューを開いて『現在受注しているクエスト』の欄を開くと、必ず一番上に薄く表示されているクエスト名。


『Variant rhetoric』


 報酬も詳細も一切無記載。書いてあるのはたった一言。『variant rhetoricは何処にある?』


「あんまりにも訳が分からなすぎて、プロビデンスの奴らも困ってたなぁ……それは一体何なのか。そもそも『物』なのか。それが世界にどのような影響をもたらしているか」


「疑問ばっかりが膨らんで、何一つ答えが出ない奴だ……」


「そうだよな。ヒントの一つも無いんだから、そりゃあ袋小路の議論になるわ」


 うんうん、と頷く晴人に興味本意で聞いてみる。


「Variant rhetoricって何だと思う?」


「えー?……とんでもない財宝の山とか?もしくはそれを探すまでに築かれた仲間との絆?」


「少年漫画か」


 そんな陳腐な物だったらキレてゲームのレビューに悪口書き込んでやる。星は五つつけるけどな。晴人の答えを鼻で笑うと、唇を尖らせた晴人がシンジはどう思うんだよー、と聞いてきた。


「俺?」


「そう、YOU。君、汝、貴方ー」


「二人称並べてくな」  


 ふらふらと声を上げながら歩く晴人に危ないぞ、と注意を促して考えてみる。それは一体何なんだ?この世界で最も重要とされるものか?精神だったり、思考だったりするのか?

 分からない。高価……いや、価値がつけられる物なのか?このゲームの、この凄まじい世界の中で一つ……燦然と煌めくもの。掴んでいたいもの――


「場所、かなぁ……」


「……天竺的な?」


「急に別世界(インド)出すなよ、規模がでかすぎるだろ」


 えー、真面目に言ったのにー、と言った晴人が何かに気がついたように声を上げる。


「俺の家通り過ぎてね?」


「あ」


 久々の駄弁りながらの下校で、晴人の下校ルートについて気を配るだけの余裕が無かった。結果、晴人は自分の家を通り過ぎて全く来る必要の無い場所を歩いている。そんなに歩いたつもりは無かったが、楽しい時間はあっという間だ。


「悪い、気が抜けてた」


「別に気にしてないぜ!……このままシンジのうちに突撃するのもアリだなぁ?」


「突撃したお前を晩御飯にするぞ」


「突撃!おま――」


「ささ、早く帰った帰った」


 このままだと延々と中身の無い会話を続ける羽目になる。普段ならいいが、冬の下校中は中々にきつい。普通に暗いし。俺の言葉にちぇ、と声を発した晴人は気を取り直すように手を振った。


「んじゃ、ここら辺でばいならー」


「おう、じゃあなー」


 晴人に背を向けて歩き出す。俺の家に……久々の墓地に向けて。


 ――――


【Variant rhetoricにログインします】


【メニューより『イベントショップ』を開くことでイベントポイントを消費できます】


「おー、ショップか」


 ログインして、先程まで入っていた樹の中から身を抜け出す。大分木屑が鎧についていたので、叩いて落とした。今俺が居るのは『緑天の大淵林』。まあ、いつもの場所だ。長いことこの場所に居たせいで暗さや悪路の歩き方さえも慣れてきてしまった。

 慣れた手つきで鎧に何もないことを確認していると、後ろから声が掛けられた。


「ライチー、遅かったね」


「あぁ、シエラか。コスタも」


「なんか、ついでな感じがするんですが……」


「そんなことないよ。……カルナは?」


 たった一言でまあ、どうせ?とひねくれ始めたコスタをスルーして、カルナの姿を探すと丁度森の奥からカルナの姿が現れた。何かを両手に持っている……杖?いや――


「え、初期武器?直ってるじゃないか」


「ショップで千ポイント使うと『武器防具修復キット』が手にはいるわよ」


「あー、成る程……めっちゃ便利じゃないか」


「残念なことに完全に直せる代わりに一つの部位に対して使いきりだから、防具の修復には向かないわね……誰が革の鎧を直すのに五千ポイントも払うのかしら?」


 えー……完全に全身を新しくするには六千も掛かるのか……割りに合わないな。俺のポイントの半分じゃないか。鎧に穴が開いたとかになっていたら渋々そこを修復するが、そうでもないならわざわざそんなことはしないな。盾を直す事だけに使っておこう。

 俺の盾は幾度の激戦を経て、表面を完全に傷に覆い隠されていた。それでも殆ど歪みが無く、十分使えそうなのが素晴らしいことだが、これからまた強敵とあいまみえるかもしれない。直しておいて損はないだろう。


「すまん、ちょっとショップ開かせてくれ」


「オッケー!」


「大丈夫ですよ」


「別に急いでないもの、ゆっくりしてもいいのよ」


 それぞれに許可を受け取ってから、メニューからショップを開いてみた。様々なアイテムがそこでは売られていた。


 HP回復ポーション、修復キット、暗所用のランプ、料理キット、錬金術キット、曲芸士の小道具?、MP回復ポーション、作物の種、油、マッチ、ワイン?……赤か白で選べるのか。


 VR特有の多すぎる職業に比例して、配られるアイテムの量も尋常ではない。他の職業からすれば不要な物や意味が分からないものが多すぎる。一つ一つの内容に驚き、値段を知って驚きの二段構えな驚きを何度も体験した。

 たまに俺が漏らす声が愉快なのか、カルナが上品に笑った。いや、お前だって絶対通った道だろ?


 取り敢えず全部目を通してみたが、八割は要らないものだった。漸く魔物たちの使えそうなポーション類と修復キットだけ買ってあとは保留かな、と思ったが、俺にとって見逃せないアイテムがあった。


 (まじな)い士用キット。


 読み方が若干異なる気がするが、多分呪術士用のアイテムだと思う。お値段は一つ二千ポイント……ぐぬぬ、使いきりの通貨であるイベントポイントを使うのはなんだか迷ってしまう。

 修復キットと合わせればかなりのお値段だ。……しかし、使わない訳にもいかないだろう。俺は出し惜しみをして強力なアイテムがラスボス戦まで貯まりに貯まってしまい、いざラスボス、と突っ込んでみると丁寧なレベリングが効果を発揮し苦戦せず倒せてしまうタイプの人間だ。


 意味もないのに貯めてしまう。貯めた数を見ると安心する。減るとよく分からない不安というか不快感がある。それを晴人に言ったら『それ、A型だからじゃね?』とか返してきた。もちろん俺の逆恨みチョップが炸裂し、軽く止められたのは言うまでもない。今時血液型で性格判断するとか、朝の星座占い真剣に見てるのと変わらないぞ……いや、あいつたまに今日は運がいいとか言ってた気が……この話はよそう。全くもって生産性と意義に欠ける。


「取り敢えずHPとMPポーション十本ずつと、修復、呪いキット……五千ポイント……逆に考えよう、まだ半分残っていると」


 水の半分入ったコップを見て半分しか入っていないと考えるか、半分も入っていると考えるか……俺は個人的にいつもコップに入れてる水の量で答えが変わってるんじゃ、なんてひねくれたことを考えている。 

 とりとめの無い考えを振り切って、カルナたちに向き直った。


「みんな、俺はもう大丈夫だ」


「わかったわ……これからどうするのかしら?」


 帰り道に晴人に聞かれたようなことをもう一度聞かれた。ほんのちょっぴりだけ考えて、答えた。俺が今一番したいことを、最前列の目標を。


「……取り敢えず、墓地に帰ってから考えようか。森の中はあんまり好きじゃない」


「えー、私好きだけどなぁ」


「最初に転んで不機嫌になってたじゃん」


「あれは……ノーカウント」


「私はそもそも外に出ないから、何処に居ても新鮮ね」


 カルナから発されたまさかの引きこもり宣言に目を白黒させつつ、話を纏めた。今はとにかくやることがないので、各々楽しみつつ、面白いものを見つけていくということだ。


「さーて、戻ろう。メラルテンバルに遅いってキレられそうだな……」


「また砂糖を吐く準備をしないと……」


「みんなと仲良くなりたいなぁ……」


「うぅ、緊張する……」


 それぞれがそれぞれの思いを抱えながら、俺たちは久々に俺達の始まりの場所……遍く死者の憩う園に舞い戻った。

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