祭りの後日は目まぐるしい
4章『不滅に捧ぐ』開幕です。
「……やっぱりダルい……頭が痛くないだけマシか。うぅ、今日は一段と寒いなぁ」
ヒュー、と吹き荒む強い風にマフラーを引っ張られながら呟いた。11月……つまる所冬が着々と迫っており、冷たい北風が俺の体から体温を奪っていった。
空は雲ひとつなく晴れているのに、気温は低いまま。お陰で外に出たくないという欲望が暴れている。ただでさえ寒さで外に出たくないというのに、昨日のイベントでギアを上げすぎて体と脳みそがダブルダウンしている。
脳みそも漸く激しい活動になれてきたのか、以前のような頭痛こそないが、体のだるさは健在だ。この怠さも勝利の勲章だと思うとなかなか気分がいいが、それと学校へ行くこととは別だ。
「……でも、まあ……晴人の悔し顔を拝めると思えば、行く気分にはなるかー」
本当に久し振りの勝利だった。今回は俺の方に圧倒的なアドバンテージがあったが、勝ちは勝ち。机にふんぞり返って奴を待ち構えていよう。よし、と小さく自分を鼓舞して、寒空の中をずんずんと歩いていく。
その間に脳裏に浮かんでいくのは、イベント終わりの一幕。強制移動がすんだ俺達を待ち構えていたのは、大量のモンスターだった。……イベントエリアに入った場所ががっつり敵対エリア内だったからしょうがないとはいえ、熊に猿、蜂にキツツキと、そうそうたる面子が疲れきった俺たちを出迎えてくれた。
今考えれば、一旦墓地にファストトラベルしてからイベントエリアに行けば良かったな……。だが、もうそれは終わったことだ。あまり考えないでおこう。
大隊長たちとの感動的な別れの数秒後に、多数のモンスターに囲まれた俺たちの叫び声が響くことになるとは露ほども思っていなかった。HPやMP、ステータスや防具、武器はイベント前の物に戻っていたので、穴の空いていない盾と鎧で問答無用の呪術祭りを開催し、全員丁重にお帰りいただいた。
その後はカルナが戦闘中に投げた自分の相棒を取り出して、感動の再会を果たし、ぐでーっと力を抜いて地面に寝そべるシエラにコスタが注意をしたり、と小さな出来事はあったが、結局はその場で全員ログアウトした。
床に寝るのは嫌、というカルナの要望に応えてしっかりと即席の家を作ったが、正直面倒だった。そうしないと危険というのは分かるが。
「久々に零時回ってゲームしたなぁ……」
本当に濃い三時間だった。その時間について色々と回想をしていると、あっという間に校門についた。内履きに履き替えて、教室に入る。……まあ、晴人は居ないか。座席について、いつも通り本を出す。だが、今回は開かない。
「……もしかしたら、この本が晴人を呼び寄せているのかもしれない……」
高校生特有の馬鹿みたいな予測で、本を机に置いてスタンバイする。しばらく待っても晴人は来ない。ゆっくりと本に手を触れて、直ぐに離した。……フェイントには反応しないか。
いつも通り本を手に持って、ページを捲る。えーと、確か222ページ……。
「おー……検証の価値があるな」
そのページを開いた瞬間に、どたばたとうるさい駆け足が聞こえて、丁寧に晴人が扉を開けた。……なんだこの意味の全く無い不思議現象は。この本魔導書だったりする?
いつも通りにこにことこちらに歩み寄りながら、晴人が片手を上げようとして――後ろに振り返った。視線の先には先程晴人が開けた教室の扉があったが、そこには誰もいない。
「やっぱ誰も居ないよなー……」
「どうした? 晴人」
「いやー、何でもない……おいっすー、シンジィ!」
「テンション高いな……昨日あんだけやりあったのにピンピンしてるとか」
こちらを見る晴人の表情は、何時にも増して清々しい笑顔。本当にどうしたんだ、こいつ。凄まじく高いテンションのまま、晴人は俺の座席の横にスタンバイする。その動きに淀みは見られず、明らかに怠さとは無縁そうだ。……晴人の場合下校してからずっとVRゲーしかしてないから、脳みそが慣れきっているということもあるのだろうが、疲労が全く無いというのは驚異的だ。
ニヤニヤといつもの笑みを張り付けた晴人が、ぐでーっとした俺を見て軽く笑った。
「ありゃー、シンジがダウンしてる」
「お前と違って鍛えてないからな……」
「へへん、俺は脳みそまでムキムキだぜぃ。文字通りの脳筋スターイル!」
「頭に弾丸撃ち込まれても、脳の筋肉で掴んで受け止めそう」
脳の筋肉とかいう頭の悪いワードを産み出してしまった……。知能指数の低そうな会話を晴人と続けていると、教室の隅っこからVRの話題が溢れ出ているのが聞こえた。
「魔物陣営えぐい強かった……」
「俺ライチとやりあったんだけど普通に石にされて死んだわ。威圧感が違いすぎる……」
「なんかめっちゃ燃えてる女居たよな……俺あれにワンパンされた」
「あれはエリアボス一人でやれますわ……強すぎ」
「三時間でコア半分しか削れないとかまじでえげつない強さだったわ」
「途中ドラゴンでてきて全滅したの知ってる?」
「フルメタさんとか、PPPさんとか、あっぱーらちゃさんがまとめて吹っ飛ばされたって聞いてるな」
「ライチとカルナ以外もかなりエグかったぞ……風神とか、ヒトデとか」
「気を抜いて頭掴まれて天井に持ってかれた可哀想な俺を慰めろ」
「俺なんて眉間に槍だぞ?」
楽しそうな会話だ。大隊長たちも俺の見えないところで名の知れたプレイヤーを倒していたようだ。……確かに、一度戦闘中に高速で動くモザイクが見えた気がしたな。Fさんが速攻で仕留めていた気がする。
取り敢えず、俺達の存在は広く知れ渡っただろう。圧倒的な不利をものともせず、この世界を不自由なく過ごしていた人間たちに対抗する『悪役』。ここはお前たちだけの世界ではない、と堂々と知らしめてやれたはずだ。
出来れば、イベントの話を聞いてこのゲームに復帰してくれるプレイヤーが居るといいと思う。この最高のゲームを、もう一度楽しんでみようと思ってくれれば何よりだ。
教室の言葉を聞いた晴人が、笑みを深めながら頷いていた。
「うむうむ……そうだ、もっとライチを褒めるのだ。奴は俺を真っ正面から打ち倒した男だからな。もっと褒められるべきだー」
「何を言ってるんだか……しかし、こうしてめっちゃ近くにいる連中から素直な言葉が聞こえると、長々こそばゆい……」
「俺はシンジが褒められてると、俺まで褒められてるみたいで嬉しいけどな」
「なんだその理論。実質体力二倍みたいな……」
共感性が高いとか、そういう感じなのか……? いつも通りの素直な笑顔を浮かべている晴人が居た。特に放っておいても俺に害がある訳では無いので、細かく触れなくてもいいか。
……あ、そういえば、人間側はイベントに負けて何がどう変わったのだろうか。俺たちはイベント後に直ぐ戻されてその顛末を確認できなかった。恐らく町周辺を根城としているプレイトゥースのようなプレイヤーならば見れたのだろうが、こちらは残念ながらその時森の中で猿や熊と戯れていた。
地上には騎士団が在中しているという話もあったし、近くには始まりの町がある。本当にどうなったのか疑問だ。それについて晴人に聞こうとした直前、教室の扉がよそよそしく開けられた。
開けたのは……内履きの色を見るに一年生の女子だ。うつむき、緊張した様子の女子は、震える声で言った。
「す、すみません…………日賀先輩、いますか……?」
あー……察した。晴人は冗談抜きで顔が良いからな。良くこういうことがある。今年になって何十回見たことか……。晴人が先程まで浮かべていた柔らかな笑みを強ばらせて、女子の方を向いた。
「ほい、何ボーッとしてんだ」
「いやー、正直行きたくないっつーか……まあ、行くんだけどさ」
「……」
行け、とは言わない。それはきっと晴人にとって気持ちのいい言葉じゃないから。相手だって勇気を出しているんだから、とか、告白されているだけ良いじゃないか、というのはされていない側の理屈だ。実際に時間を使うのは晴人だし、相手の勇気を断る勇気を振り絞るのも晴人だ。それに対してそんな言葉を述べるのは酷く間違っているだろう。
だから、俺が言える言葉はこれしかないはずだ。
「今日は一緒に帰ろうぜ」
「……良いのか?かなり遅れるっぽいけど」
「待っといてやるから大丈夫だ。積もる話もあるし、久しぶりにお前と帰りたい」
こいつは基本告白されてたり、補習で居残りになったりと、俺と一緒に帰る機会が殆ど無いからな。たまにはこうして待ってやってもいいだろう。イベントも終わったし、今は必死こいてレベルを上げなくても大丈夫な筈だからな。
俺の言葉に目を真ん丸にした晴人は、ありがとな、と俺に笑って、女子の方に歩いていった。
「……話は昼に聞くかー」
机の上に置いてあった本に手をかける。当たり前のように晴人は来ない。俺は久しぶりに、予鈴がなるまでにほんのちょっぴりだけ本を読むことができた。
――――――――
「嘘だろー? 被害者の双子の弟の妻の姉が犯人かよー……」
「複雑すぎる家系図じゃん」
時間は進んで昼。ほんのちょっぴりだけ読んだ本の犯人は被害者の双子の弟の妻の姉だった。トリックを見る時間は無かったから、犯人だけ知らされて困惑が強い。出来れば今にでも読んでみたいが、今は食事中だ。マナー的にも読むのは無理だな。
くっそー……だってあいつ目が見えないんだぞ?動機はあるかもしれないけど、同じような境遇の耳が聞こえない被害者をどうやって殺したんだ?
重なる疑問を飲み込んで、晴人に朝の件を聞いてみる。
「やっぱり朝の奴って、あれか?」
「あれだよ。放課後、体育館裏にカモーンとの事だぜ。……あー、いっそ体育館裏とか校舎裏無くならないかなぁ……無駄なスペース減らしちまおう」
「それはまあ……災難だったな」
「だって、俺あの子と喋ったこと無いんだぜー? 一目惚れとか、良くわからないわ」
今回はきっちりと食べ物を飲み込んでから話し出した晴人は、小声で愚痴を吐いた。一目惚れか……これで彼は何十件目だろうか。最近は特に1年生からのアプローチが鬼のように多く、若干辟易しているようだ。ため息と共に晴人が言葉を発する。
「百歩譲ってRTAさんなら許せる」
「成る程……ん?……ん!?」
いや、ちょっと待て。初めてのケースだ。全くもって異性に興味が無さそうだった晴人が「セーフ」と認めた異性だと? ……いや、でも彼女ならありそうだな。
このゲームで一番レベルが高いらしいということは、ゲームに情熱を注いでいるということ。カルナとタイマンを張り合う技量も間違いなくトッププレイヤーの領域だ。おまけにカルナと戦っている途中に手助けを要求するようなことは無かったから、性格も良さそうだ。
「なんだー? その反応。シンジだって彼女の一人も作ろうとしてない癖にー」
「いや、珍しくてな……」
「いやー、あの人可愛いぞー? ちょっとイジるだけで顔赤くして毒吐くからさー。ツンデレって言うんだっけ? その癖ログインが遅いと機嫌悪くなるし……可愛いわー」
「成る程」
Variant rhetoricでは基本的にネカマやネナベは出来ないことはない。しかし、性別が変更されるのは体だけだ。声や、もちろん仕草などは補正してくれない。あっぱーらちゃも幼い少年の姿で渋い声を出していたしな。
一度声を聞いた限りでは女っぽいから、中身が男ということは無いだろう。
いやぁ、中々……というかめちゃくちゃ珍しい。今日は天気予報『槍時々スイートコーン』とかじゃないよな。レアな事件に目を丸くしながら、話を変えるために晴人に向けて口を開く。
「イベント終わってから、人間側でなんか変化あったか?」
「変化……変化ねぇ。ありまくりだよ。騎士団はダンジョンから飛び出した魔物にやられるし、始まりの町攻防戦がいきなり始まったからな」
「はぁ……? マジか」
「意外に鎮圧簡単だったけどな。驚くべきはそれだけじゃないんだぜ? なんと、ダンジョンから定期的に経験値もアイテムも落とさないモンスターが現れるようになっちまった。幸いレベルは高くないし、数が多いだけで元々経験値にもならなそうだから良いものの、町の住民と王都からの信頼はがた落ちー。町近郊の草原でレベル上げする初心者が困っちまうなぁ……」
人間側からしたら大痛手だ。なにせ経験値が貰えなければ、アイテムも貰えないモンスターとか、邪魔なだけだからな。高いレベルの衛兵が居るから大丈夫だろうが、下手をすれば町ごと魔物にやられるかもしれない。
魔物の勝利が人間にもたらしたのは、巨大な災害。しかも、人の多い町の隣に現れている。
「なんとか出来ないもんなのか?」
「お、心配してくれるのかぃ? ……うーん、最奥のコアを破壊すれば良いってプロビデンスから聞いたけど、多分難しそうだよなぁ……まず、強いプレイヤーは王都だのエルフの里にいっちまうし、旨味が一切無いから人が集まるかどうか……。俺はやるけどな」
「頑張れよ……ってのは、ちょっとおかしいか。うーん……苦労しろよ」
「なんか親戚のおじさんから言われた事と同じなんだが……『人生、苦労しろよ』って」
災害を産み出した俺たち魔物にとって、人間側の疲労は喜ぶべきことであるが……今一喜べないな。十字架泥棒みたいなプレイヤーだったら素直に喜べたのかもしれないが、罪の無いNPCまで巻き込まれてしまわないか心配だ。とはいえ、俺達は魔物。手助けをするつもりはない。
だから、精々遠くから見物させてもらおう。人間たちの苦労する姿を。
「……そういえばもう正午過ぎてるし、ランキングとか色々と発表されてるよな」
晴人の言葉に、今さらランキングのことを思い出した。……人間と違って、こっちは仲間内で争ってる暇はどうにも無かったもので……。まあでも、貰えるものがあるならば貰っておこうか。
食べ終わった飯に手を合わせてから、スマホを開く。
さてさて、俺は一体どうなってるかな?