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交差する火炎

 目の前のプレイヤーに向かって、ひたすら無慈悲に呪術の雨を降らせる。プレイトゥースやその他の面子もしっかりと敵陣に切り込んでおり、特に沙羅と三分料理コンビの活躍がめざましい。

 背中合わせになった二人が一呼吸を置いてバラバラに敵に進み、沙羅は押し退けるような剛力で、三分料理は目にもとまらない高速の技巧で敵を打ち倒し、殆ど同時にまた背中合わせに戻る。

 敵陣ど真ん中でも乱れぬ呼吸とコンビネーションは、ただただ圧巻の一言だ。


「みんな頑張っているわね」


「なんか俺達が居なくても大丈夫そうだよな」


 先程全員がやられたのは、相手が悪かったのと初陣だった事があったのだろう。流石に初陣が最前線のトッププレイヤー達であるならば、同じく魔物のトップである大隊長でも戦うのは難しい。それに比べて今回は相手に威圧感は無く、むしろ穴が良く見える。大隊長が己の役割を完全にモノにした動きでプレイヤーを刈り取っていった。

 ……彼らは一応、魔物という逆境の中でアスファルトに咲く花のようにメキメキと生きてきたのだ。このくらいは当たり前にこなしてもおかしくないだろう。


「……ここからね」


「ああ。五十、六十……いや、もっと多くのプレイヤーがクランで纏まって来るのも、そう遠い先の話じゃない。……地獄が始まるぞ」


「……地獄は慣れているわ。何しろ経験済みだもの」


「一度死んでるからってか?」


 相変わらず反応のしづらいカルナの言葉に苦笑いして、この先の展望を描く。掲示板の報告によると、四階層が完全に飽和したらしい。そこを根城としていた魔物プレイヤー……中隊長達が殆ど狩り尽くされ、必死に助けを求めて上層に逃げるものが出始めたらしい。こちらに来ようとも地獄は変わらないからな……クランが態勢を整えている内に逃げた方がマシだ。

 四階層のレアエネミーも打ち倒され、僅かな魔物プレイヤーが相討ち覚悟で時間を稼いでくれているのが現状とのこと。


 残り一時間ということで、クラン単位でコアを追い詰めるつもりらしい。小隊長、中隊長共に数は初期に比べて激減しており、時折『イベント終了』という札を名前の前に付けたプレイヤーの励ましの言葉が書き込まれている。が、それに対して四階層を含め、残った魔物プレイヤーの絶望は計り知れない。

 残り一時間、敵がそこらじゅうにいるだだっ広いダンジョンの中を必死に駆けずり回るのだ。逃げ場など無い上、小隊長以上のものはポイント目当てに階層を跨いでも追いかけられる始末。


 彼らの取れる行動ははただひとつ。逃げることだけだ。野良の魔物も上位のプレイヤー相手には頼りにならない。かといって魔物同士で集まろうにも集まれる場所すらない。このダンジョンは、完全に人間の手によって落ちようとしているのだ。最終層手前で多くのクランが態勢を整え、士気を上げて対策を練っている。

 ……その状態で、あと一時間を十四人で持たせるのだ。MPもHPも、スタミナも足りない。休憩など一つもない。


 何千人来るかも分からないプレイヤーを、俺達だけで……。ごくり、と無い筈の唾を飲み干す音が俺から聞こえた気がした。


「一つだけ、聞きたいことがあるんだ。どうせ呑気に話せる機会なんて、もうないだろうから……聞いてもいいよな」


「……ええ、いいわよ」


「守りきれると思うか?」


 カルナの顔を見ずに言う。視線の先ではプレイヤー達を殆ど自力で壊滅させかけている大隊長達の姿があった。それぞれが瞳に昂る戦意と自信を燃やし、顔に楽しそうな笑顔を浮かべている。

 暫くの沈黙を経て、カルナが静かに言った。


「分からないわ」


「……はは」


 勝てるとも、負けるとも言わない。なんともずるいカルナの回答に、咎めるようにその横顔を見る。それと同時に、俺は乾いた笑いを浮かべた。

 笑っていた。間違いなく、俺達に訪れた最大の危機を前にして尚も、カルナは笑っていた。それを見た途端に、体から余計な力が抜けた。けれどね、と彼女は優しく微笑んで、俺の目を正面から見つめる。


「一つだけ、わかることが……あるわ」


「……それは……何だ?」


「今日が……この日が、人生で最高の夜になるって事だけ……それだけよ。私に分かるのは」


 それ以外、何にも分からないわ、とカルナは楽しそうに笑った。それは、初めてパーティーに出る少女のような、大好きなゲームの新作をその手に初めて握りしめたような――そんな、無垢な笑顔だった。


「それだけで、十分だ。……他に、何も要らないよ」


 俺の言葉が言い終わるのと殆ど同時に、最後に残ったプレイヤーがFさんの風魔法に貫かれてリスポーンしていった。大隊長達が達成感に集まって抱き合う。俺の手助けがあったとはいえ、ほとんど自力で三十人規模のクランを倒せたのだ。それも、シエラやコスタを含めた即席の十二人だけで。十分な成果だ。感動に濡れる彼らに労いの言葉をかけようとした瞬間……扉が大きな音を立てて開く。そうだよな、休ませてなんてくれないよな。


「全員、戦闘準備だ! ……うわ……二つのクランか? 敵は大体五十人!」


「あら、私に出番がありそうね?」 


「むしろカルナさんが居ないと話にならないと言いますか……」


「私達も頑張るよー……」


「無理すんなよシエラ」


「シエラさん。気を付けてね?」


「ありがとね」


 俺の言葉に大隊長は表情を固くしたが、すぐにその顔に戦意を取り戻すと、戦闘の態勢を取る。オーワンに声を掛けられたシエラも地面から飛び起きて、コスタの後ろに浮いた。敗北後の初勝利を祝いたい気分ではあるが、ここは戦場。そこでのうのうと兵士に勲章の授与でもしていれば、背後から撃たれるのは当たり前だ。

 ここからノンストップで一時間……ガス欠せずに戦い尽くしてやる。


 覚悟を決めて盾を構えた俺に、ぞろぞろと部屋を狭く感じさせるほどのプレイヤーの中から一人、浅黒い肌をしたプレイヤーが列から現れた。

 両手は……素手か。白いセスタスを両腕に装着した背の低い少年が他の全員を代表して声を張る。


「僕達のギルド名は『すくらんぶる』。もう片方は『Fire』という。君達を倒すために……一時的に協定を結ぶことにしたよ」


 少年の口からこぼれる声は、明らかに壮年の男性の声だ。バリトンボイス……とでも言えばいいのか。低く耳馴染みの良い声が、見た目は少年のプレイヤーから出ているので違和感が凄い。

 バーの店長でもやってそうな渋い声の少年に気圧されないように、こちらも誠意を以て言葉を返す。


「丁寧な自己紹介ありがとう。俺の名前はライチ、大隊長だ」


「挨拶を返そう、ライチ君。僕の名前は『あっぱーらちゃ』という。今回はよろしく頼むよ」


 渋い。相対していて相手の内面が酷く掴みづらい。……カルナが隣で笑いを堪えるのに苦労しているな。踵で足先でも踏んでやろうか。そんなことをした時には間違いなく俺の鎧をスクラップにされるだろうが。

 目の前のプレイヤーたちに変化が訪れた。武器をゆっくりと構え始めたのだ。それに合わせてこちらも戦闘態勢を取り始める。てんどんは腕を後ろに回して弓矢を優しく掴み、オーワンはクモ糸を出した。ナメクジは頭の触覚を伸ばして相手を威嚇し、隣のヒトデはファイティングポーズをとっている。


 俺のすぐそばにいるカルナは全くの自然体だが、その顔には野生の動物を連想させる凄まじい笑顔が浮かんでいた。笑顔が元々威嚇のためにあった、という話を何処かで聞き齧った記憶があるが、それに間違いは無さそうだ。

 全身から力を抜いているあっぱーらちゃが黒い髪を掻きあげながら、低く声を放った。


「さて、自己紹介も済んだことだし……本題に取り掛かろうか。……君達にここを引く気は……ふむ、無さそうだね」


「おあいにく様、後ろにお宝隠してるんでな。土足で入ってきた盗人にくれてやる訳にはいかないんだ」


「どうしても……引くつもりはない、と?」


 これが最後の忠告だぞ、と威圧を込めて少年が言う。途端に部屋を埋め尽くすプレイヤーの群れが一斉に敵意を剥き出しにした。……数の面では完全に負けているな。トリプルスコア以上を叩き出されてしまっている。一人で五人は相手しなくてはならない。……しかも、その間に他のクランが参入してきたら……地獄絵図だ。

 正直そこまでやられたら俺とカルナ、人外姉弟も含めて、他の大隊長が持つかどうか怪しい。


 だが、ここで日和る訳にはいかない。道を譲るわけにはいかないのだ。俺達はここに立っている。全ての魔物プレイヤーの頂点として、恥ずかしいが希望として、ここに立ち塞がっているのだ。ヒーローに道を譲る悪役なんて、あってたまるものか。

 勝てるかどうかとか、時間がどうだとかをすべて殴り捨てて、人間達に声を張る。


「勿論だ」


 たった五文字の宣戦布告で、戦いの火蓋は切られた。俺の言葉を皮切りに、部屋全体を魔法や飛び道具が暴れまわった。狼は吠えて敵陣に突き進み、剣は鬼と共に鮮やかに翻って戦地へと赴いた。

 魔法だけを確実に防ぐように盾を動かしつつ、後衛に魔法や弓矢が当たらないようにランパートを張って守る。火だの水だの雷だの風だのが入り交じる戦場で、それらを防ぐ盾の向こうから、こちらに走り込んでくる敵の姿が見えた。


 魔法を器用に避けて、てんどんから放たれた複数の矢を軽々と切り払っている。中々敵は上等なプレイヤーらしい。カルナが口笛を吹いて拳を構えた。さて、数は多いが……連携はどうだろうか。

 人数相当に多いであろうヒーラーを懸念材料に入れつつ、呪術を吐き散らす。俺がやられたら一番嫌であろう、最悪の呪術だ。


 何、階段を上っているときから偏差詠唱で暖めてきたのだ。十二人分の状態異常を、四桁のMPでもってしてぶちこんでやろう。


「『四重捕捉(クワトロロック)』『石化(ブロック)』、『並列捕捉(セカンドリンク)』『四重捕捉(クワトロロック)』『吸収(ドレイン)』……『偏差詠唱(スペースドロー)』『四重捕捉(クワトロロック)』『強酸(アシッド)』!」


 状態異常の耐性が薄そうなAGI型の軽戦士に石化を撃ち込んで足を止め、それらを解除するために長い詠唱を必要としている後衛に吸収を掛けてMPを枯らす。最後にタンクのど真ん中目掛けて酸の水弾を豪快に撃ち込み、戦場を泥沼化させた。


「うぉ!?足が石に……!」


「石化!?ちょっと待ってなさい……え?MPが」


「くっそ!鎧が腐る……!」


「あの黒いゴーストやべえぞ!早めに誰か光魔法……うぁぁあ!」


「槍!?」


 状態異常で混乱する戦線を大隊長が鮮やかに駆け巡る。特にプレイトゥースの活躍が凄まじい。敵のど真ん中で酸性の水溜まりをうまく利用して立ち回り、遠吠えをしてそこらじゅうに雷を撒き散らした。シエラが最高クラスの魔法を撃ち込み、混乱する後衛が魔法を唱えようとした瞬間に頭部に煌めく槍が突き刺さった。


 敵との最前線はカルナと俺で全員を押さえればなんとかなる。後衛は頼れる仲間達に任せよう。案外いけそうか?と冷静に戦場を分析しながら前に進むと、混迷する人間達の中から覇気を持った声が二つ響いた。


「落ち着くんだ!冷静に自分の役割を思い出せ!」


「連携を意識だ!敵をしっかりと分析しろ!」


 一つは渋い男の声。もう一つは若い女の声だった。両クランのマスターか。その二人が声をかけた瞬間に、人間達の目に冷静さが取り戻された。ヒーラーはサポートに徹し、前衛、中衛、後衛を意識したパーティープレイが取り戻された。

 ……せっかく敵を混乱させたと思ったら、リーダーの声かけで全てパーだ。それだけカリスマのある二人なのだろう。少なくとも、荒れた戦場でその言葉を頼りにするくらいは。


「厄介だな……良いリーダーに率いられた群れは単機で無双する群れに勝る」


「その理論でいくと、こっちも貴方という良きリーダーが居るから実質イーブンね」


「……」


 一緒に前線に上がるカルナが、聞くだけで恥ずかしくなる言葉を紡いだ。謙遜とか、そういった気持ちより先に出てきたのは感謝と喜びだけだった。俺をそんな風に思ってくれてたのか、とか、ありがとう、とか色々な言葉が言えたが、それらは結局全部照れ隠しになってしまいそうで、俺は無言で前を向いた。

 だがやはり仕草だけでも伝わるものがあるのか、カルナはニコニコとあまり見ない笑みを浮かべていた。


「さて……行くわよ!」


「……スタミナ管理はしっかりな」


「勿論。私はひたすらに暴れるわ。だからいつもみたいに、頼むわね?」


「任せろ」


 カルナの言葉に辛うじて言葉を返すと、敵はもう目の前に迫っていた。……二十二人か。多くね? 敵は大体六十人で、前衛と後衛に別れて居るから……前衛の六割以上が俺達の所に来ていることになる。他はどうでもいいとして、俺達を数で攻め落とすつもりか。俺たちさえどうにかなればいいと……そういうことか。ならば、それならば――


「その選択、絶対に後悔させてやるぜ」


 いつしか骸骨の竜にそうしたように、俺は迫る人の群れに大きく吠えた。直後に、カルナが大きく前に出た。大きく地面を踏みしめ、最高に凶悪な笑みをちらつかせながら豪腕を振るう。ただのフルスイング、ただの殴り。それだけで相手のタンクの盾が一撃で破損し、内側からめくれあがってスクラップになった。

 殴られたタンクが面白いように宙を舞い、一気に後衛側に送り返された。……どうやらギリギリ死んでは居ないようだ。打ち所がとても良かったのだろう。カルナも今のは60点ね、と呟いている。


 動きの止まったカルナに近接の武器が迫るが、それらがカルナを傷つける前にカバーを使って間に差し込み、それら全てを盾と俺の体で受け止める。


「……痛ぇ」


「そう言ってる間に回復してるじゃない、の!」


 石化の治療を優先して吸収がまだ解除されていないため、物理ダメージ程度なら食らっても一秒あれば全回復だ。本来は俺相手に雨霰と降り注ぐ予定だったようだが、シエラとコスタの二人……と、恐らくFさんがそれを押さえ込んでいる。

 カルナがまたもや大きく腕を振るい、蹴りを繰り出した。近くに居る俺は中々体が強張るが、恐らく本気モードのカルナでもない限りワンパンで沈みはしない筈なので大丈夫だ、と自分に言い聞かせた。


「くそっ!どうすれば……」


「後衛!援護!」


「数で攻めるんだから囲むのが定石だろ」


「……またこのパターンかしら。なんだか飽き飽きしてきたわ」


「そう言うな。これからも多いぞ」


 ぎらついた刃物を構えた人間達に包囲される。後衛の支援を期待しているようだが、それはこっちの後衛がきっちりと押さえ込んでいる。代わりにこちらに対する支援も殆んど期待できないが。ふぅ、と息を吐いて、深く盾を構え直した。

 選択肢を飽和させるつもりなのか、敵がバラバラのタイミングで攻撃を仕掛けてきた。一人の隙を一人がカバーするような、そんなチームでの連携を見て、これは中々に手が掛かりそうだ、とカルナに合わせて辟易へきえきした。

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