天穿つは黄昏の一撃
剣を携えた晴人が、ジグザグに軌道を描いてこちらに突っ込んでくる。それと共にRTAとおぼしきキャラが晴人の後ろを追ってこちらに飛び込み、後ろに控えていたプレイヤー達も一斉に武器を構えた。
大隊長達に指示を送ることすら、こいつの前では避けたい。おふざけ無しで、最初から俺も全力でいかせてもらうぞ。
「『四重捕捉』『混乱』、『並列捕捉』『四重捕捉』『吸収』!」
状態異常を雨霰のようにぶちまける。後衛を狙って放った呪術はどうにか全部入ってくれたようだが、肝心の晴人とRTAに向けて放った状態異常は『抵抗』の文字と同時にシャットアウトされた。
……チッ、AGI型の二人が抵抗できるってことは、状態異常対策を装備かバフで積んでいるということだろう。
キラキラしたオーラとか、そういった類いのものは出ていないから、恐らく装備によるものか。
「残念っ、状態異常の対策は取らせてもらってる……ぜっ!」
蛇のようにしなる二本腕の先から、凄まじい速さの剣が放たれた。盾でいなして……いや、力が入っていない。ブラフか。となると狙いは武器を途中で捨ててのサブウェポンへの切り替えと攻撃。攻撃を横にそらすことをせずに、しっかりと盾で受け止める。
「ほー……」
「甘ぇよ、『ダークアロー』!」
「『マギアパニッシュ』……」
接近した状態からダークアローを撃ち込んでみたが、案の定スキルで綺麗に弾かれた。晴人の右手が機械のような精密さで剣を操り、暗黒の鏃を打ち砕く。高速で飛んでくる魔法の中核をノールックで貫くとか化け物じみているが、今に始まったことではない。
弾丸に弾丸を当てて軌道をそらすような奴だ。そう易々とその体を狙えるとは思っていない。
一瞬空いた俺達の空間に、弓矢が二本赤い尾を引く。狙われた先に居た晴人は、最低限の動きでそれをかわす。てんどんが情けない声を出すのが後ろから聞こえた。
お返しだと言わんばかりに、敵の後方から弓矢と魔法が俺に降り注ぐ。
「『ランパート』」
殆どが俺狙いだったので盾で受けても良かったが、無駄な隙を晒すのは勘弁だ。空中に現れたランパートに攻撃が吸われ、青白いガラスに大きくヒビが入る。流石の火力だな……月紅の時だってこんなに速くヒビが入ったのを見たことがない。
髙威力の魔法に顔を青くしていると、俺の隣を何か小柄な影が通り抜けた。同時に、俺の腰にダメージエフェクトが走る。
「っな!?」
「隙ありっ!」
隙を縫って放たれた晴人の突きをどうにか盾で受け止めて、押しのける。それと同時に俺の背後から地面を踏みしめる音が聞こえ、続いて何かを切り裂くような音が聞こえた。
カルナが心底楽しそうに笑う声が聞こえる。
「あのスピードを良くコントロール出来るわね。面白いわ」
「速さは私の全てなの」
真後ろで交わされる会話的にみて、俺の体を切り裂いたのはRTAか。振り返ることの出来ないこの状況が酷くもどかしいが、もし一瞬でも振り返れば、次の瞬間には確実に圧倒的な不利を叩き込まれるだろう。
晴人はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて、俺に剣を向けた。
「うちの最速の切れ味はどうだい?」
「……素直に凄い」
なんだあのスピード。見切るとか、そういった次元に無いぞ?シエラの高速移動を初めて見た時のような気分だ。見えないし、捉えられない。勝てるビジョンが見えない。
「さて、と……後ろの奴等がそろそろ暴れだしそうだし……勝手にやらせるか」
「出来れば観戦してて欲しいもんだけどな」
「はは、無理無理」
凄まじく清々しい笑顔にストレートを打ち込んでやりたいが、今はそれすら出来ない。晴人がゆっくりと右手を掲げ、俺たちに向けて突きつけた。
「リスポーンの味を教えてやるよ」
「あんまり縁が無いんでね、教えてくれると助かるよ」
晴人の合図に合わせて、後ろに控えていた連中が全員戦闘を開始した。あるものは俺に狙いを定め、あるものは大隊長に狙いを定める。勿論、大隊長達だって黙って突っ立っている訳ではない。プレイトゥースは勇ましく敵に突っ込み、クトゥルーはその後ろを跳ねながら追従し、三分料理がDOX共に戦線に躍り出る。
――混戦だ。
泥沼の戦闘は別に良いが、こちらに利点は一つもない。ヒーラーの数が違うし、タンクの数も違う。全体的なDPSなど、比べ物にならないだろう。常に二対一を強いられ、挙げ句の果てにはそれぞれにヒーラーが視線を通している。
完全に難易度がハードコアとかナイトメアになっているが、それは元から同じだ。何とか時間を稼いでくれ、と小さな希望を胸に抱いて、晴人を見つめた。
背中合わせになったカルナと俺の周りに、獲物を狙う獅子のようにギラついた瞳を晒す二人がゆっくりと歩き始め、俺達を囲む戦場は人と魔物の交錯する混戦……まるでファンタジー映画のワンシーンのようなシチュエーションが繰り広げられていた。
「『ダークアロー』」
「『マギアパニッシュ』」
今度は先んじてこちらから魔法を撃ち込んでみるも、児戯も同然といった様子で砕かれた。すぅ、と息を吸って前に出る。それと共に背後のカルナが普段は聞かない昂った笑い声を上げながらRTAに飛びかかった。
「剣士のくせに斬りかかってこないってことは、MAG振りしてんのか?」
「言ってくれるじゃんか……『ファストブロウ』」
安い挑発に笑みを釣り上げた晴人がスキルを発動させ、一直線にこちらに突っ込んできた。こっから先は瞬き厳禁の対人戦だ。ギリリ、と音がなるほど盾を握りしめた。
第一撃は斜め上からの斬りかかり。盾の側面を使っていなす。二撃はそれに繋げるもう片手の切り上げ。籠手を剣に上手く当ててダメージを軽減する。赤いダメージエフェクトが火花と共に宙を舞った。
こちらからの攻撃は全て無駄だと思った方が良さげか。防御に意識を傾けよう。
「チッ……『ディフェンススタンス』」
「へえ……自動回復で耐えるタイプのタンクか」
戦場外から飛んできた弓矢をそのまま受ける。肩の鎧の隙間に弓矢が突き刺さるが、属性魔法でもない限り俺の自動回復を無視したダメージを負わせるのは不可能だ。それは目の前の晴人も同じ。格好をつけて言うならば、『矛と盾』のぶつかり合いだ。
無限に回復する盾か、何者をも切り捨てる矛……この場合は剣か。
どちらにせよ、この程度のダメージならば死の危険は薄いはず。再び切りかかって来た晴人の斬撃を盾で防ごうとしたが、その直前に姿が掻き消える。慌てずシールドバッシュで先程まで晴人が居た正面に移動すると、死角から襲いかかっていた晴人が空振りした奇襲にあれま、と声をあげた。
「ファストブロウ」
「……ッ!?」
「へへ、引っ掛かったなー!」
こいつ……! スキルを使わずに声だけで言ってタイミングをずらしやがった。体が硬直した隙を晴人の黒剣が雷のように通り抜け、胴体に十字の傷が走る。
「『クロスファイヤ』……物理は効かない感じか」
余裕綽々にいい放つ晴人にダークボールを撃ち込んでやりたいが、どうせ魔法を破壊されるのでMPの無駄だ。状態異常に頼みの綱を賭けたいが、耐性をしっかりと積んでいる様子。ならば、俺の十八番をぶちこんでやる。
「『四重捕捉』『吸収』」
「うぉ……マジか。それは掛かるのね」
やはり吸収は頼りになる。準備されていた耐性を正面から撃ち抜いてくれたようだ。ついでとばかりに周りにも吸収を撒き散らしたが、魔法職以外はきちんと掛かってくれている。……が、やはり即座に解除されているな。ヒーラー全員に沈黙をぶちこんでやらねば――
「『ペネレイト』! 余所見厳禁だぜ」
「ぐぅ……」
すばやい刺突が俺の胴体に吸い込まれるようにヒットした。晴人は引かずにそのまま連撃に繋げる気か。お得意の超接近戦に持ち込む気だな。
……いいぜ。その勝負、真っ正面から受けて立ってやる。
袈裟斬り、フェイントからの突き……に見せかけた足払い。剣を投げるような仕草をしながらの縦斬り、盾を蹴ってずらし、胴体を狙ったペネレイト。
どれも俺の動きと思考を覗き込んだかのような最善手だ。重心が左にいけば右に攻撃をすると見せ掛けて左に攻撃が飛び、こちらがフェイントを掛けようと『甘い』の一言で無視をする。
場外から降り注ぐ魔法や弓矢にも苦しめられた。魔法に関してはランパートで防ぎ、弓矢は素のVITで受け止めた。降り注ぐ攻撃に一瞬でも思考を揺らせばそこを穿たれる。
何度も、何度も、何度も。必死で剣を見切る。スキルの補正があっても無駄だと言わんばかりの巧みな技巧で体に傷跡が刻まれ、血潮のようにエフェクトが散る。
「さあ、どうした? 魔物の希望がそんなもんか!」
「くっ、は……『ダークボール』」
「甘いって。『マギアパニッシュ』、『クレセントムーン』」
安い挑発に合わせて撃ち込んだダークボールは正確にその中央を撃ち抜かれて消失した。お返しと言わんばかりに、晴人が左右から同時に斬撃を放った。歯を食い縛ってそれを受け止めようとしたが、斬撃は盾に当たる直前に消失した。晴人の姿も同時に掻き消え、思わず周りを見渡したが何処にも居ない。
何処へ行っ――
「ここだよ」
声の先を見上げれば、シャンデリアの青い炎を背負って影を持った晴人が大上段に二本の剣を振り上げていた。影になっているはずの顔で、唯一口元だけが白い三日月を描く。
――強い。
それを認識した瞬間、勝てないと実感した。どれだけ時間を積み上げようと、どれだけ意匠を凝らそうと、天才はその上を行く。ユニークも何も全部を切り捨てて、物語の主人公みたいに悪役を倒していく。
空から振り下ろされた二本の剣が俺の頭の先から爪先までを深々となぞり、衝撃で俺は吹き飛ばされた。HPが一気に半分を持っていかれる。
何とか盾職の意地で倒れ込むことはしなかったが、こいつに勝てるビジョンが見えない。どうしたらいいんだ。度重なる攻防に息を荒らげながら晴人を見つめると、彼は肩を揺らすことなく額の汗を拭いているのみであった。
晴人はいつもの笑顔を浮かべながら、口を開いた。
「ライチ、周りを見てみろよ」
言葉を発する気力もなく周りを見渡すと、そこにはより深い絶望が身を横たえていた。大隊長が、仕留められていく。
プレイトゥースは体に何本もの弓矢を受けて消えていった。
クトゥルーは魔法に体を包まれて塵も残さず消滅した。
沙羅は全身の傷から出血し、ついに膝をついて消えた。
オーワンは成す術もなく切り捨てられてその姿を消した。
DOXは全身を切り刻まれ、地面に体を横たえて消失した。
三分料理は僧侶の光魔法に抗えず消えていった。
ヒトデも、イタチも、カタツムリも、それぞれ斬撃に揉まれて消えた。
俺を除いて残っているのはキッカス、F、てんどん、カルナのみだ。F以外の三人は身体中にダメージを受け、カルナに至ってはどうして生きているのか不思議になるほどズタボロだ。
激しい混戦の結果が、そこにはあった。
始めから地力で勝てるとは思っていなかった。どちらにせよ、こうなるだろうとは覚悟していた。けれどその上で、この景色は俺の心を揺らすには十分だった。
「さて、どうするかな? 魔物の希望さん?」
「……」
俺達の頑張りは無駄だったのか?抵抗は抵抗でしかなく、足掻きは足掻きでしかないのか?
そんな悪感情とひ弱な精神が入り交じって、捻れて……そして俺は、ゆっくりと佇まいを正した。盾を両手で握りしめて、真っ直ぐ前を向く。呼吸が一瞬止まって、穏やかな吐息になった。あまり、と俺は口にした。
「あまり俺を、舐めるなよ」
重心を落とし、唸るように低い声でにやついた顔の晴人に言い放つ。お前が天才だったとして、あるいは圧倒的なPSの差があったとしても……それは俺が諦める理由にはならないし、俺が積み重ねてきたものが崩れるなんてことはない。
俺は墓守の騎士として、何度も心を折られて、何度だって打ち倒された。
だが、それでも俺はここに居る。折れることなく立っている。死神を超えて、竜を超えて、紅い月を超えてきた。だから、同じように……今から俺は、お前を超える。
俺の心の中で紅い夜を越えた炎が揺らめいて、獰猛な笑みになる
「どうするか? ……決まってんだろ」
俺の声を聞いた何人かが、表情を固くして手に力を込める。それを見て、俺は確かにこう言った。
「――お前ら全員、ぶっ飛ばしてやるよ」
晴人は俺の言葉に大きく笑って、ゆっくりと剣先を向けてくる。
「いいねぇ……ギアが上がってきたって所か。ヒリヒリしてワクワクが止まらねえな」
「そうかよ。その馬鹿げた鼓動、止めてやるから楽しみにしとけ」
体の中で龍のように昂る意志を持って、俺はゆっくりと息を吐いた。