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嘯け世界、翼を縮めて何故に泣く

 瞳が開いた。まず目に入ったのは巨大な青い扉。四メートル近い青銅でできたような二枚の扉が視界にあった。周りを見渡せばここはひとつの広い通路のようになっているらしい。通路と言っても、ここの広さは体育館程もある。車が横に何台も並んで通れるほどの広さの通路だ。

 左右の壁には大きな松明が掛けてあり、そこに煌々と燃える炎はファンタジックな青い炎。全体的に青と紫を基調とした寒色の空間が目の前に広がっていた。


 足元を見てみれば紫の魔方陣のようなものがあった。ここから出てきたって設定か。頭上には青い炎を灯すシャンデリアがある。全体的に薄暗いが、先程までいた場所が森の中だったせいでそこそこの明るさに感じられる。

 後ろに振り返ってみると、そこには前方と同じく大きな青銅の扉と沢山の種族……恐らくそれぞれが大隊長であろうプレイヤーがいた。


 ゾンビに狼、スライム、カタツムリ、妖精っぽいの、イタチ、ハーピー、アラクネ、空飛ぶ剣、オーガ、ヒトデ……まったくもって統一感のない面子だ。メニューを開くと、大隊長の名前と生存している魔物プレイヤーの数が記載されている。


「7502人か……」


 事前に発表されていた数より二千人近く少ない。何かの事情があって棄権したか、諦めて棄権したか、それとももう引退しているかの三つだろう。人間プレイヤーが大体7万人くらいとのことなので、戦力は十倍の差があることになる。防衛は砦などがあれば攻撃側の三分の一で守りきれるというのを何処かで聞いたことがあるが、流石にこの数は無理だろう。


 いくらレベルが加算されており時間制限があるとはいえ、これは酷い。が、この程度の戦力差は予想済みだ。というより、魔物プレイヤーは逆境の中でも無理やり生きてる奴が殆どだ。ここに立っているということは、このくらいの戦力差でも覚悟を決めているだろう。


「こんにちは、魔物の皆さん。俺は大隊長のライチです」


 状況を確認する為に周りを見渡すプレイヤー達に向かって騎士の一礼をする。しん、と静まり返った空気のなかで、呑気にカルナがスレッジハンマーを肩に掛けて俺の元に歩いてきた。

 俺のすぐそばまで来ると、カルナはくるりと振り返った。


「私はカルナ。同じく大隊長ね。礼儀作法とかは吐き気がするから基本的に好きにしてもらって構わないわ」


「あ、俺も同じく畏まられても困るから、よろしくな」


 一応の挨拶をすませると、狼のプレイヤーが一歩前に踏み出した。


「ウォン、ウゥオン。ウーオン、ウォン」


 ……え? 何て言った? ヤバい、全く意志疎通が出来ない。狼の人もやっぱりか、といった様子で落胆してる。狼の人に続いて、スライムやかたつむり、空飛ぶ剣にイタチ、ヒトデが意志疎通を図ろうとするが、何言ってるのかさっぱりだ。

 ……これ、やばくね? 同じ派閥の同じ役職の相手とすら会話が成立しないんだが。唯一発声器官のあるハーピーとアラクネ、オーガの人がいたたまれない空気の中で自己紹介をした。


「えーと……俺はてんどんモンスターと言います。基本は遠距離で弓を撃ってるので、後衛は任せてください」


「掲示板に出てた111111……あー、オーワンです。アラクネをやってて……ええと、弱っちいけど頑張ります」


「……オーガの沙羅(しゃら)です。……和風好きなので、鬼目指してます……よろしく」


 えーと、ハーピーがてんどんさんで、アラクネがオーワンさん。オーガの人は沙羅さんというらしい。三人とも微妙な表情をしているが、この状況では仕方があるまい。

 取り敢えず鑑定を使って他の面子の名前を確認する。


「えーと? 狼が『プレイトゥース』さんで、スライムが『上からクトゥルー』さん。かたつむりが『かたつむりです』さん、イタチが『飛び出す板イタチ』さん。妖精っぽいのが『F』さんで、剣が三分料理さん。ヒトデが……どう読むんだ『☆≡=−』って」


 それぞれの名前を確認すると、あってるぞー、とばかりに各々が反応をした。ヒトデの人だけ悲しそうに二本の腕? を下ろしたけど。……かなり良くない状況だな。これでは連携もなにもあったものではない。それぞれがそれぞれの長所を語ることも出来ない。


 やりやがったな、運営。これじゃ防衛どころじゃねえぞ。それぞれが気まずそうにそれぞれを見つめて会釈をしている。どうにか意思疎通が出来ないものか、と必死に頭を回すが、いくら考えようといい案は思い浮かばない。考え込む俺の肩に、カルナがゆっくりと手を置いた。


「正直この状況じゃどうしようもないわ。時間が惜しいと思うから、今は準備を優先したほうがいいんじゃないかしら?」


「あ、私もそう思います」


 カルナの言葉にオーワンが相槌を打った。プレイトゥースもうんうん、と頷いている。まさか防衛以前の問題があったとは……あまりにも防衛の難易度が高すぎて足元が留守になっていた。全くって灯台もと暗しだ。


「取り敢えず掲示板を使って階段に細工させるなり、各自の状況を確認するなりしないといけないか……」


「そうだな、俺も呼び掛けとかしてみるよ」


 てんどんモンスターの言葉に頷いて、ゲーム内メニューから掲示板を開く。何気にゲームの中で掲示板を開くのは初めてな気がするが、この状況ではそれを祝ってなどいられない。


612名前:『中隊長』フレキシ

初めて他の魔物の人と会えると思ったけど……野良の魔物と区別がつかないなぁ


613名前:『小隊長』お前の後ろだ

私は三階層に居るんですが、無名の友人が二階層に居るらしいので、多分役職の違いでスポーンする場所が変わるようですね。無名が二階層、小隊長が三階層、中隊長が四階層、大隊長の方々は最下層、といった形だと思われます。


614名前:ピープル?

強そうな野良の魔物に喧嘩売って分かったんですが、リスポーンまでにかかる時間は一分っぽいです。


615名前:『大隊長』プレイトゥース

わざわざ自殺まがいの事までして貰ってすまねえな。後ろさんの言ってることは、その通りで間違いないと思うぜ。俺たちは最下層に居るみてえだ。……でも、大隊長同士の意志疎通が全くとれねえ。


616名前:『中隊長』キッカス

DOXちゃんと一緒に周り探索しとったら階段見つけたんで、降りてみたらでかい扉があったわ。今も扉の前で待機してんやけど、この先が大隊長のおるゾーンなんかな?


617名前:『大隊長』飛び出す板イタチ

多分それで間違いないな。触ったりしてみたら入ってこれるんじゃないか?


618名前:『大隊長』ライチ

取り敢えず皆さんは階段を見つけたら魔法で細工をするなり、罠を置くなり、もしくは近くで構えるなりしてもらってから下の階層に避難して頂いた方がいいと思います。

上の階ほど人間が多く押し寄せますし、下は狭いとはいえレベルの高い魔物が集まってますし、人数が集まればそれだけで生存率が上がると思うので。あと、ステータスの振り分けを忘れないように、お願いします。


619名前:コスタ

了解です


620名前:『小隊長』†あっとまーく†

頑張って下目指します。ステ振り忠告ありがとうございます。


621名前:『中隊長』ケミカル納言

四階層ヤバいねぇ……さっきレベル25の巨人みたいのが居たよ……イエティかなぁ?


622名前:『中隊長』オキシダント

あー、それ見ましたよ。『風雪巨人(ブロウジャイアント)』って言うらしいです。近く通ると寒くて寒くて……。


 どうやらコスタにもちゃんと指示が伝わったようだし、掲示板を見るのもほどほどにして自分のステータスを確認しようとしたとき、遠くに見えていた青い扉が鈍い音を立てて開き始めた。咄嗟に盾を構えてカルナの前に立つが、よく考えれば今はリアクションフェーズ。人間はまだ外でイベントを楽しみに待っているはずだ。ゆっくりと盾を下ろして扉の方角を見つめると、そこには栗色の毛をした馬と、羽の生えた小人……ファンタジーの代表格、妖精が居た。


 二人はおどおどとしながらこちらに近づいてくる。恐らくキッカスさんとDOXさんだろう。


「どうもー!キッカスやー!攻撃せんといてな!」


「もちろん攻撃はしないですよ」


「いい毛並みの馬ね……あら失礼、プレイヤーさんだったわ」


 妖精は青い布を体に巻いており、髪型から察するに恐らく中の人は男性だろう。魔物プレイヤーは見た目じゃ性別すら分からない場合が多すぎるので、分かりやすい人型種族はありがたい。

 確か掲示板で「ちゃん」が付いていたので、DOXさんは女性の方だろう。


「ふぃー……ここはボス部屋感満載やな」


「どうも、キッカスさん。てんどんモンスターです。確か南の渦潮の辺りでお会いしましたよね?」


「あー! あそこか! あん時はほんまに助かったわ。あとちょいであの腹立つ砂浜に戻されるところやったからな」


 どうやらてんどんモンスターさんとは顔見知りらしい。彼に俺達の紹介を任せると、俺の紹介をしたときにキッカスが口を開いた。


「えーと、この鎧の人が――」


「ライチさんか。……ライチさん、失礼かもしれんが、あんた妖精系統なんか?」


「やっぱり精霊語ってやつ喋ってるからか、分かる人には分かるんだなぁ……妖精系統ではないけど、それに近いかな。進化重ねすぎて種族が混沌としてるけど」


「なんかライチさんの言葉だけ透き通って聞こえるんや。すまんな、わざわざ答えにくい質問して」


 敵対するつもりとかはないから、そういう質問をされても普通に答えられるぞ。……正直説明はダルいが。精神体系列でユニークです、と言えば簡単に済むが、そこに世界の真理だの輪廻の理だのが混ざって禁忌がセットで付いてきている。しっかりと説明するなら、かなりめんどくさいことになるに違いない。

 取り敢えず状況を見つつステータスを確認しよう。他人には見えないから大丈夫だろう。


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ライチ 男 【死神の親愛】

ルーン・ライヴズ 種族Lv31 上級呪術騎士 職業Lv33


HP 855/855 MP 1025/1025


STR 1

VIT 450

AGI 1

DEX 10

MAG 420

MAGD 400


ステータスポイント100

【スキル】 SP7


「上級盾術1」「上級呪術1」「心眼3」「持久11」「詠唱加速5」「詠唱保持-」「不動2」「鑑定4」「呪術理解8」「状態異常効果上昇:大」『生存本能』「瞑想2」「魔術理解3」「耐久強化4」「魔力強化5」


【固有スキル】【種族特性】


「物理半無効」「魔法耐性脆弱:大」「詠唱成功率最高」「魔法威力上昇:中」「MP回復速度上昇:大」「HP自動回復:極大」「中級闇魔法7」「変形」「精神体」「禁忌魔法5」「硬化」「吸収の一手」「円環の主」


【装備】

左手 墓守の盾(両手持ち)

右手

頭 墓守の兜

胴 墓守の鎧

腕 墓守の籠手

指 白磁の指輪

腰 墓守の腰当て

足 墓守の足甲

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 かなりSPが余っている。取り敢えずステータスポイントは……よし、MAGに全振りしよう。どうせイベントの間だけのステータスだ。殺意全開で行こう。SPは……MP回復速度と状態異常効果上昇をどちらとも極大にしておこう。三ポイントずつ消費で、残り一ポイント……取っておくか。困ったときにでも使おう。

 ステータスの調整が済んで安心していると、カルナが言いづらそうに俺に向けて言葉を紡いだ。


「ライチの指示、意外に難しいらしいわよ。なんでも階段の前の壁は元々期待してなかったけれど違和感満載で、罠を仕掛けたら野良の魔物が踏んで敵対……というより、階段がそもそも見つからない人が多いらしいわ」


「あー、下の階層ほど階段の数がえげつなく減るからなぁ……ぶっちゃけ俺らがここに来れたんも、めっちゃ運がええからなんや」


「マジか……シエラとコスタ大丈夫かな」


 お話によると、ダンジョンは下に行くに連れて『降りにくくなっている』らしい。普通は探索面積が減れば下に降りやすくなるが、このダンジョンは減る探索面積に対して階段の減る割合の方が多く、四階層から五階層の階段は数えるほどだという。

 そんな状況ではシエラとコスタがここに来れるかが非常に心配だ。人間側も同じく降りにくい筈だが、あいつらには数と連携という恐ろしい武器がある。


 掲示板を使って本格的に『攻略』されたら、間違いなく一時間程度でここへのルートは割れるだろう。小隊長や無名の魔物プレイヤーから、上の階層はえげつない広さだ、と伺っているが、人間の数もえげつない。下手をすれば開始三十分で誰か来かねない。

 出ない筈の嫌な汗が額に滲み出るのを感じた。リアクションフェーズの残り時間を確認すると……残り三十分。


 周辺確認と準備だけで半分も使ってしまった……。今もここを目指して迷宮をさまよう魔物たちもきっと居る。だから、唯一ゆとりのある時間を持った俺ら――大隊長はきちんと準備を済ませなければならない。

 俺達のところに人間が来た時点で殆ど不味い状況ではあるが、来ること自体は避けられない。後半は何十人もセットでここを攻めてきて、俺らの後ろにある扉の向こうのコアを目指して進んでくるだろう。それだけは駄目だ。絶対に手前で呪い殺さなければならない。


「……」


「あら、雰囲気が変わったわね。私、そっちのあなたの方も好きよ」


「ひぇー、怖いなライチさん」


「……威圧感が、ある。……頼もしい」


「俺も頑張らなきゃなぁ……」


「私も頑張って糸を貼ります!」


 プレイトゥースやクトゥルーなど、言葉をしゃべれない連中も吠えたり跳び跳ねたりしてやる気をアピールしている。さて、まずは立ち位置の確認からだ。メインタンク、ディーラー、サポーターの役割をはっきりさせて、それぞれの長所を生かそう……。


 言葉の通じない話し合いは難航を極め、全く会話に参加しないFなど不安材料も多かったが、最終的にはこの十四人のパーティーが完成した。少し前衛過多なパーティーな気がするが、そこは後衛の魔物に頑張ってもらうしかない。

 役割確認を終えて一呼吸を入れた時には、残り時間は二分を切っていた。深呼吸を一つして、即席なパーティーのメンバーの顔を一人ずつ見つめる。……あのときの啖呵を本物にしてやろう。『魔物』を見せつけてやるんだ。……せめて、魔物にプレイヤーが混じってること位意識させてみせる。


「……ここは何としてでも守り抜く」


「私は近づいてきた人間の頭蓋骨を砕くだけね」


「えげつないネーチャンやな……」


 何だか一人ベクトルの違う覚悟が決まっているが、それを突っ込んではいられない。代わりにキッカスが突っ込んでくれたし、俺は集中させていただこう。

 何度も繰り返した深呼吸の果てで、相変わらず明晰な俺の瞳が残り時間を捉えた。


 残り時間――0分00秒


 戦いが始まる。

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