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永久の墓守

 ログインと共に網膜に映った景色は、いつも通り荒れ果てた墓地。歪んだ鎧の体をぐっと伸ばして息を吐いた。今日もアンデットがわらわらと居るな。


 さて、今日の目標はここからの脱出だ。そのためにとりあえず一方向に絞って出口を目指すことにする。取り敢えず剣士方面は論外。十字墓石も魔法が怖いから嫌。残るは獣か骨か……


 骨だな。弱そうだし。ガーゴイルの石像が転がる墓地を、テクテクと歩き始める。たまにすれ違うスケルトンを鑑定すると、レベルは6から8で、意外に高かった。


 三十分ほど歩くと、遠くに塀らしきものが見えてきた。塀の上は鉄柵が返しのようについており、スケルトンやゾンビがよじ登った程度では、到底塀の向こうへ行くことはできないだろう。

 ……ずいぶん厳重だけど、そもそもここって墓地だよな?


 これじゃあ何かを閉じ込めているみたいじゃ……うん?


「何だアレ」


 視線の先には、4体のスケルトン……とそれに囲まれてリンチされている、白いローブ? を着た何者かが居た。イベントか?


「取り敢えず急ぐか」


 足元に注意しながら、ローブの人物の下まで走る。その過程で、遠くに見えていた塀の中に、鉄の大扉があるのが見えた。場所はちょうどローブの人物のいる近く。

 白いローブで墓場にいて、死者と戦っている。つまり、墓守的な……?


 目覚め、狂い、暴れる不死者を宥め、元の眠りに返す墓守……にしては、レベルが低いスケルトン4体にボコボコにされているが。

 低いAGIに苦心しながら、何とか目的の場所にたどり着く。


 やはり、ローブはスケルトン四体に殴られ、蹴られの暴行を加えられていた。しかし、ただ一方的に殴られるだけでなく、ローブの方も手に持つくすんだ銀杖で反撃を加えているが……。

 全くダメージになって無いな……俺と同じ匂いがするぞ。


 魔法特化って感じか? にしては妙にしぶとい。取り敢えず遠巻きに見ているのもアレなのでスケルトンの一体にダークアローを打って吹っ飛ばす。


「『ダークアロー』」


 漆黒の鏃が、確かに標的の頭蓋骨を打ち抜き、その双眸に灯された蒼い炎を蹴散らした。一瞬、場に静寂が満ちる……が、スケルトンはその一瞬で見えない合図を交わしたのか、新しく現れた標的である俺に一斉に飛びかかった。


「『シールドバッシュ』、『混乱』」


 凹んだ盾でまとめて攻撃を受けて仕舞えば、たとえレベルが並んだ今でも無視できないダメージが入る。なので一旦後ろにシールドバッシュで移動して、対集団魔法である『混乱』を飛ばした。


「おお、凄い。一気に二対二か」


 青色の煙に素早く身を巻かれたスケルトンは、その目の炎を緑に変化させ、次の攻撃に移らんとしていたスケルトンのうちの一体の頭を思い切り叩いた。

 混戦になった時にめちゃくちゃ強そうだな。呪術理解で対象を複数にできたら地獄絵図どころでは済まなそうだ。


 ローブの子は……驚きで固まってる? まあ、俺の格好はボロボロで、完全にアンデッドナイトって感じだからな。実は種族的に不死者アンデッドと一ミリも関係ないのは内緒だ。取り敢えずスケルトンが暴れてるうちにローブを鑑定してみるか。『鑑定』――


「……は?」


『名前:《ロード・トラヴィスタナ》 

 種族:永久(とこしえ)の死神 種族レベル4 

 職業:悠久の墓守  職業レベル2

 闇、光、即死、状態異常に対する完全耐性あり

 物理攻撃に対する強力な耐性あり』


 いや、ツッコミどころが多すぎる。墓守だか死神だか知らんが、イベントの匂いしかしねえ。あ、スケルトンがやられた。経験値は入らないのね。

 まあ、当たり前といえば当たり前か。


「『シールドバッシュ』……『ダークボール』」


 スキルのリキャストの終わったシールドバッシュでロード・トラヴィスタナ……長いからロードの真ん前まで移動して、真後ろにダークボールを放つ。少し勿体無い気がしなくもないが、大盤振る舞いとでも言っておこう。スケルトンエリアは上位種が少ないし、MPを温存しなくても大丈夫……だろう。


 大丈夫だよな? とMPを確認すると、まだ400近く残っていたので、取り敢えず大丈夫そうだ。戦闘終了のログを流し見しながら、ロードの方へしっかりと向き直る。

 ロードは腰を抜かしている……のか? 種族が物騒すぎて色々とアレだったが、もしかしたらレベル通りひよっこなのかもしれない。


「あ、あの……ありがとうございました。えっと、僕は……墓守、の様なものです」


 あわあわといった様子で言われても、完全に鑑定結果が『ヤバイ奴』であると証明している。だが、こちとらスタートとリスポーンがこんな悪夢みたいな所だった訳だし、話の通じそうな相手ができたことは素直に嬉しい。


「ああ、俺はライチ。呪術騎士っぽいことをしている」


「……? あぁ、精霊語ですか? ……ごめんなさい、もう一回言ってくれませんか?あまり精霊の言葉には明るくなくて……ごめんなさい」


「……マジか」


 ものすっごい格好付けて言ったんだが、ロードは上手く聞き取れないというか、俺が今までこぼしてきた言葉全部精霊語? という奴なのか。そもそも口がなかったし、喋れてること自体おかしな事か。


「俺は、ライチ。よろしく頼む」


「……ライチ、さん? であってますよね?」


 口には出さずに首を縦に振る。どうやら多少の言葉は通じる様だ。ロードは改めて礼を言ってさっきから被っていたローブと一体のフードを外す。


「……おぉう」


「……? どうかしましたか?」


「いや、何でもない。忘れてくれ」


 そうでしたか、とロードは、小さく肩にかかる銀髪を揺らした。肌は小麦っていうか……褐色? 髪の色と逆で、目の色は見惚れそうになるくらい綺麗な金眼だ。……てっきり骸骨が出てくるもんだと思っていたから、なかなか驚いた。


「それで、ロー……ゴホン、君はどうしてここに?」


「僕ですか? 僕は……」


 ロードは迷う様な仕草をした。危うく言ってもいない名前を言って不信感を与えてしまうところだった。


「僕は……実は、死神なんです。死神で、墓守。先代……つまり、僕のお母さんが治めていたこの場所を……お母さんの仕事を受け継ぎに来たんです」


「……そうか、それは……あぁ、成る程、合点がいった」


 まずい、インパクトが強すぎてまともな反応ができない。何、死神って世襲制? あと鎌、鎌は? ……それにしても、お母さんが治めていた、か。この場所を見る限り、まともに治められているようには見えない。明らかにレベルの低い次代死神、荒れ果てた墓……大方の全容はわかりそうなものだ。


「反応薄すぎません……? まあ、そういう訳なんです。……でも、僕、急に今日から墓守だ、死神だってみんなに言われて、でもどんなに頑張っても、僕じゃお母さんみたいな墓守になれないんです……」


「……それで」


「この場所がこんなに邪悪になってしまったのは……全部、僕のせいなんです」


 僕が、もっと上手く出来れば。とロードは俯く。その大きな瞳には僅かに涙が覗いているように見える。頭上を仰ぎ見、振り返って地を舐め見れば、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が好き放題に跋扈(ばっこ)する、修羅そのものが広がっていた。

 どこからか、何かの咆哮が聞こえた。


「元々は、沢山お花があって、林檎の木と、噴水と、沢山の蝶が飛んでいたのに……雨の日は紫陽花あじさいが綺麗で、晴れた後の虹も、とっても綺麗だったのに。僕は、本当に……なんて馬鹿なんだ」


「……」


「僕はずっと、何も出来ないままで……全部出来なきゃいけないのに、貴方に助けて貰わなかったら、また泣きながら外に逃げるだけでした」


 ごめんなさい、とロードは誰かに謝った。その相手が俺ではないこと、そして複数人に深く謝っていることは鈍感な俺にでも分かった。強い卑下と劣等感、後悔を綯交(ないま)ぜにしたその表情は捨てられた子犬のようで、浅く絶望が見えた。

 俺はその様子を見て、無意識に「俺は」と呟いた。


「俺には、お前の事情が分からない。どれだけ苦しんだかを理解できない。正直、お前は今ここで初めて会った他人だし、そんなもんだ」


「……そう、ですよね。僕……ごめんなさい。変な――」


「でもな、二つだけ、分かってることがあるんだ」


 無理をして笑い、嫌な台詞を吐こうとするロードを押し退けて、俺は小さく笑った。続けて、ピースでもするように二本の指を立てる。


「一つ。お前が凄く困ってて、多分助けてって台詞も言えないこと。二つ。……俺は見ず知らずの他人でも、誰かが泣いてたら放っとけない馬鹿野郎って事だ」


 ロードは俺の言葉に驚いて、はっと顔を上げる。キラリと濡れる金色の瞳と寸分の狂いも無く目が合って、俺はそれを見つめ返した。琥珀のような、蜂蜜のような、そしてそのどちらとも異なる金色に、俺は「ロード」と名前を呼んだ。


「な、何で僕の名前を……?」


「あ……まぁ、細かいことは気にするな。それで、ロード。この場所、取り返してみたくないか?」


「……無理ですよ」


「無理かどうか、を聞いてるんじゃないぜ。取り返したくないか、取り返したいか、を聞いてるんだ」


「それは――」


 一言一言、どうやら俺の言葉はロードに伝わりにくいらしいので、はっきりと喋る。真摯に伝える。答えの分かりきった質問にロードは苛立つような、けれども不安げな顔をした。その二つはいくらか激しい戦いをした後に、どっち付かずで曖昧な顔になる。

 そんな顔で、ロードはぼそりと呟いた。


「……取り戻したいですよ。そりゃあ、当たり前ですよ。……取り戻したいですよ」


「それじゃあ、取り戻そう」


「そんな無責任で、無茶な事、簡単に――」


 ロードの苛立ちが優勢に立って、しかし俺の顔を見てその矛が止まる。俺は笑って、任せろと言った。取り返したいなら、取り返そう。


「俺はへなちょこだ。ちょっとミスしたらすぐに死ぬと思う。だけどな……心まで腑抜けさせるつもりはないぜ。無茶無理不可能は上等も上等。何度死んでも、それでもやってやるさ」


「な、なんで……僕のことは、貴方に関係無いじゃないですかっ!」


「だから、言っただろ。俺は誰かが泣いてたら放っとけない馬鹿野郎だって。俺はへなちょこで人間じゃないし、見た目だけの騎士だけどさ……そんな俺の手で良ければ、貸すから」


 だから、乗ってみないか? と手のひらを出す。我ながら(つたな)い台詞だ。よくもこんな言葉がスラスラと繋がるもんだ、と自分でもびっくりだが、出てきた言葉は引っ込んではくれない。

 ロードは、なんで、と小さく呟いて顔を伏せ、幾らか固まって、そして最後に手を取った。


 瞬間、空気を読まないシステムが問答無用で通知を出す。


【通知:クエストを受注します】


【クエスト:死神のエスコート 

 推奨レベル26 

 報酬:EXP、スキル習得『鎮魂歌レクイエム』、ハイポーション五個】


【一定条件を満たした為、クエストを変更します】


【通知:ユニーククエストを受注します】


【ユニーククエスト:丘に響くは墓守の鎮魂歌

 推奨レベル――

 報酬――】


「っ…………」


「……?」


 拙い言葉を紡いだ先で、今日一番のビックバンが、朝一から堂々と弾け飛んだ。

精霊語はロードからすると訛りのキツイ方言みたいな感じです。

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