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始まるのは如何なる物語か

誤字脱字報告、本当にありがとうございます。

 最悪のエンカウントだ。涙を拭きながら笑い続けるカルナを放置して、目の前の二人に意識を集中させる。

 脅威となりえそうな男の方をよく見てみると、騎士の鎧を着けているはずなのに盾がない。それと、腰に指してある剣はうろ覚えだが初期のものとは少し異なっているように見える。鉄でできているだろう鞘が少し錆びているのだ。

 女の方は特に変わったところは無い。普通にゴーストかレイスだろう。上位の種族であるスペクターにはなっていなさそうだ。あいつらは目が爛々と輝いていたし、なんなら黒い霞のようなものを纏っていた。目の前で慌てる霊体には、とてもではないが邪悪さは感じない。


 落ち着いて、言葉を選びながら口を開く。ついでにゆっくりと装備をきちんと正す。このままでは威厳もなにもあったものではない。


「俺はライチ。こっちの笑ってるのがカルナだ。敵対の意思は全く無いし、騙し討ちもしないと誓おう」


「えーと……俺はコスタといいます。こっちの透けてるのは姉のシエラです」


「あわわ、ゆ……コスタ、あの人がこの墓地を変えた例の人だよ」


「ちょ、本名で呼びかけないでよ。勿論分かってるさ」


 俺の簡潔な自己紹介に、シエラは目に見えて慌てていた。コスタも若干体が強張っていたが、シエラに比べれば冷静だった。

 どうやら少しの間ゲームを離れていたであろうこの姉弟にも、俺の名前は伝わっているようだ。学校の帰り道でちらっとスレを覗いたら俺のスレが恐ろしく伸びていた事をちらりと思い出す。流石にエリアボス三体撃破とフィールドボス単体撃破なんて偉業中の偉業をやらかせばこうなるだろう。


 プレイヤー陣営が第二ステージに進出しはじめ、その桁違いの強さに絶望している状況でのボス単体撃破はよほど彼らにとって異常に映ったらしい。どれもロードやオルゲスがいてこその出来事ではあるが。

 どうにか俺の所業を知っていたのであろう二人が、警戒を解いた。それどころか、借りてきた猫のように大人しくなっている。取り敢えず対話は望めそうか、とひと安心した頃に、カルナはようやく笑いのツボから脱出した。腹の立つ澄まし顔をしている。


「ふぅ……私はマッドネスのカルナよ。私も戦う気は特にないわ。よろしくお願いするわね」


「よ、よろしくお願いします」


「お願いします……」


 さっきまでお前戦う気満々だったじゃねえか。堂々と言葉を吐いたカルナに呆れながら、何処か萎縮した様子の二人に声をかける。


「俺達のことは多分知ってるだろうから、君たちの身の上を聞かせてくれないか? あと、結局は対等な人間な訳だし、敬語とか変に敬うとかは別に大丈夫だ」


「……わかりました。変にうやまうとかはしません。……でも、流石に敬語はつけさせてください」


 軽く鎧を鳴らしながら、コスタはゆっくりと語りだした。


「まず始めに、俺達はシエラが気まぐれで応募した懸賞でVRを当てて、本当に偶然でこのゲームをプレイしたんです」


「ネットの広告に偶々載ってたから、本当に気紛れで応募したんだけど、まさか当たるとは思ってなかったなぁ」


「それからシエラの気紛れに合わせて、二人して魔物を選んでですね……」


 コスタは気まずそうに兜を掻いた。そこから先は言われずとも何となく察することができる。ふわふわと宙に浮かぶシエラが、止まった言葉を継ぎ足した。


「せっかくだから魔物とかやってみよう! ってゲームを始めたんだけど……」


「ズタボロにされたって訳ね」


「全くその通りです。詳しいことは省きますが、俺は武器を無くして、シエラは魔法で連続リスポーン。エリアボスにまで絡まれて……それ以来ちょっと距離を置いてたんです」


 初期装備、初期ステータスで第二ステージからのリスポーン。最悪にもほどがあるが、最早俺達魔物にとっては当たり前の出来事だ。……それを受け入れられるかは人によるが。

 迫り来るゾンビを慌てながら迎撃しつつ、霧の中から飛んでくる魔法で消し飛ばされる二人が容易に幻視できる。俺も一歩間違えれば同じような道を辿っていたかもしれないと思うと、ひどく寒気がする。


「それから暫く経って、VRなんて忘れかけてたんですけど……ネットサーフィンしてたシエラがライチさんの記事を見つけて、久々に起動してみたんですよ」


「結果はこの通り。変わった景色に驚いて驚いて……本当に綺麗になったね、この場所」


 シエラの自然な言葉に、何故だかちょっとだけ誇らしくなった。取り敢えず新しく現れたこの二人の身の上はわかった。自分の行動が魔物プレイヤーの一部に復帰を促せたというのは、何処となく嬉しい。

 墓地に見惚れるシエラと、つられて同じく見惚れているようなコスタに一歩踏み出し、ゆっくりと右手を差し出す。


「改めて自己紹介しよう。ルーン・ライヴズのライチだ。職業は中級呪術騎士をやっている。よろしくな」


「俺は歩く鎧(リビングアーマー)のコスタです。職業は投槍手っていうやつですね。同じくよろしくお願いします」


「私は幽霊(ゴースト)のシエラ。中級闇魔法使いだよ。よろしくお願いするね」


「私はさっき言ったけれど、マッドネスで中級解体士のカルナよ」


 全員自己紹介をし直して握手をする。シエラは体が物理的に透けているので形だけだが、本人はいたって満足そうだ。握手が終わると、当然やることが無くなる。新しくコスタとシエラという二人が墓地に加わったが、正直自己紹介が済めばそれで終わりという感じもある。


 俺達は転職や進化、報酬の受け取りなどが控えているが、彼らがどう動くかまではわからない。彼らがこれからやるのは恐らくレベル上げだろう。魔物の全体的な強化を見込みたいが、流石にパワーレベリングや過度な手助けはゲームをいちじるしくつまらなくする。

 ゲームとは元来楽しむためにあるのだ。彼らが草花を眺めてのんびりしたいというならばそうすればいいし、強くなりたいというなら陰ながら応援したい。結局は彼ら次第なのだ。


 それとなーくそれぞれの作業に戻る言葉を言おうとしたが、それより先にシエラが霊体に笑みを浮かべながら、こう切り出した。


「ライチさん、カルナさん。よければ私達とパーティー組みませんか?」


 目の奥にキラキラと光る星をたたえながら言うシエラの言葉に、思考が読まれたのかとドキッとしたが、純粋に期待を込めたその表情に偽りはなさそうだ。


「ちょ、シエラ?」


「いいじゃんいいじゃん! ここで会ったのもきっと何かの縁だよ」


「ふふ、確かにこれも縁なのかもしれないわね。私は特に反対しないわ」


「……俺も特に断る理由は無いな」


 イベントとかその他の諸事情を抜きにして、普通に断る理由がない。彼女達が共に歩みたいと言ってくるのなら、まあそれもいいかもしれない。正直ここを出たらどうしようかと考えてたしな。イベントを引っ掻き回すという大きな目標があるが、それ以外は特に目標らしい目標もない。『VR』を探し出す、というのも大きな目標の一つだが、このゲームのシナリオ量を鑑みるに一朝一夕では不可能と言わざるを得ないだろう。

 全プレイヤーが協力すれば半年以内に何かしら進める、程度ではないだろうか。


 俺がこれからについて思案していると、カルナが手っ取り早くパーティーを作ったようで、パーティーへの誘いが通知されていた。さっとYESを選択すると、パーティー名を設定してくださいの文字が。


「パーティー名どうするー?」


「ここは全員が不死者であることを鑑みて『不死隊』はどうかしら?」


「却下、中二臭い上痛いわ」 


「なっ……ちゅ、中二臭い……」


「では、『エンドオブフェニックスクロニクル』とかどうですかね」


「それは流石にダサいよコスタ……」


「え」


「しかも字数制限引っ掛かってるな」


「え……やっぱり英語じゃ駄目なのか……」


 英語の問題じゃないと思うが……カルナは俺の言葉に自らのセンスを疑い始め、コスタはイタリア語で……とまたもや痛いパーティー名を産み出している。


「『百鬼夜行』」


「何か被ってそう……嫌だなあ」


「やっぱり安直だったか……うーん」


「『ヴェステ・ディエムル・アド・エイヴル』とかどうですか?」


「あなたは何処を目指しているの?」


「字数制限……」


「……『デッドウォーカー』」


「あら、いいんじゃない?」


「俺、死体じゃ無いんですけど……」


「私なんて歩いてないけどねー」


 パーティー名がなかなか決まらない。こんなところで躓いている場合ではないのだが、それぞれの理想が微妙に違っており、なかなか議論を決着に導けない。

 混沌とする話し合いに幕を下ろしたのは、シエラの呟きだった。


「『コープスパーティー』とか、どう?」


「俺精神体だぞ?」


「俺は鎧だし」


「いやいや、違うの。死体じゃなくて、協力するって方のコープスだよ」


「あら、ダブルミーニングって事かしら? お洒落で良いじゃない」


 お互い協力して進んでいくパーティーって事か。素直にいいセンスをしていると思う。早々誰かに後ろ指を指されたり、言う度に舌を噛みそうにはならなそうだ。全員に異議がないことを確認してから、カルナはパーティー名を設定した。


【パーティーに加入しました】

【パーティー名『コープスパーティー』】

【パーティーリーダー:ライチ】

【パーティーメンバー:カルナ シエラ コスタ】


「なんかサクッと俺がリーダーになってるがいいのか?」


「誰も文句は言わないと思うわよ? 勿論私もね。私自身リーダーなんて柄でもないし、トップはライチに譲るわ」


「異議なーし!」


「俺も特に何もないですね」


 流されるようにして、初対面のプレイヤーとパーティーを組んでしまったが、元より魔物はパーティーを組むどころか話のできるプレイヤーを探すことすら難しいはずなのだ。せっかく見つけた縁をみすみす捨てるのも勿体無いだろう。

 パーティーが正式に設立されると、シエラは小さく空中で小躍りした。それほど嬉しかったのだろうか?


 それぞれが満足げな顔をしている中、パーティーリーダーとして……ということは特に無いが、それぞれにこれからについての指示をする。


「取り敢えず、パーティーが設立されたわけだが……俺達二人は転職や進化やら、色々と残ったままだ。二人には悪いが、少しの間周りをぶらついたりして時間を潰してもらえるか? なるべく早く用事は済ますが……」


「この場所を回ってるだけでも楽しそうだし、全然大丈夫だよ」


「シエラの言う通りそれほど苦でも何でも無いので、そう急がなくても大丈夫ですよ」


 コスタがそう言うと、待ち構えていたようなシエラに連れられ、二人は広い墓地に歩いていった。

 二人の背中を見つめていると、カルナが声をかけてきた。


「そんなに悪い人達ではなさそうね」 


「そうだな。話の通じない相手だったら最悪戦闘案件だったかもしれない」


 プレイヤーは一枚岩ではない。プレイヤーキラーなんて単語があるくらいだ。同族をおとしめて悦に浸る輩が居ても何ら可笑しくない。そう考えると、やはり北側のエリアボスには長生きして欲しいものだ。

 プレイヤーについて少し考えていると、カルナがゆっくりと目をつぶった。


「私、進化するわね」


「オーケー、俺も転職するわ」


 それを最後に、カルナはなにも言わなくなった。こう言うとなんだか死んだみたいに聞こえてカルナが怒るかもだが、実際のところ本当のことだ。呆れた顔で言葉を吐くカルナを幻視しつつ、俺もゆっくりと転職のために職業欄を開いた。

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