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呪術騎士と仇敵

 隆々とした青白い肉体、血を流す黒い眼光、何より、肥大化した二本の腕が、それを強者たらしめている。闇属性に対する高位の耐性を持ち、なおかつ鑑定の結果は、状態異常に対する耐性を示していた。


「……ガンメタかよ……クソッタレ」


 まるで俺を殺すために生まれてきたようなふざけた性能をしている。さっきの一撃だって、ディフェンススタンスを使っていないとはいえ、俺のHPを三分の二以上減らしていた。


「盾構えた上から受けて一撃で230かぁ……無理ゲー」


 物理半減が入っていなかったら盾構えた上から余裕で一発でHP全損である。その盾もさっきの一撃を受けた代償か、真ん中が凹んでおり、鑑定すると、『騎士の盾(損傷)』となっている。


 盾が無ければ、恐らく確実に二発で沈む。しぶとさを第一に、タンクビルドで、物理半減まで使ってこの有様だ。半減がなかったら構えていてもワンパンで瀕死と考えれば、どれだけイカれたレベル差なのか分かりやすい。

 そうしている間にも、グレーターゾンビはこちらに近づいてくる。忘れたように、システムが警鐘を鳴らした。


【エリアボスとの戦闘開始を確認しました】


「ざっけんな」


 取り敢えず立ち上がり、後ろに下がってみるが、俊敏が低いゾンビとはいえ、恐らくハイゾンビの上位種であるグレーターゾンビのAGIが1を下回っているとは思えない。じわじわと嬲るようにグレーターゾンビはこちらに迫ってくる。


「『魔法耐性低下』」


 紫の霞は、グレーターゾンビに触れると弾けるように消えてしまった。同時に現れる【抵抗(レジスト)】の文字。なけなしのMPを使っての一撃だったが、ダメだったか。


「『混乱』、『毒』、『盲目』……『ブラックカーテン』」


【抵抗】【抵抗】【抵抗】【抵抗】。


「マジかよ……はぁ」


 ハイゾンビ相手にちょっと調子に乗りすぎたかなぁ……。もう下がる気も失せて立ち止まる。残りのMPは300ちょっと。HPは60ちょい。使い切ったら特性で問答無用で即死するが、残りのMPのありったけを込めて、グレーターゾンビに向き直る。


「いつか絶対、ぶっ倒す」


 俺の言葉を挑戦と取ったのかそれともただの囀りだと笑ったのか。ゾンビは天を引き裂くように拳を振り上げた。

 そこに、最期の魔法を打ち込む。レベリングには不向きと封印していた虎の子、その名は――


「MAG270舐めんなよ……『ダークピラー』!」


 詠唱加速がついていても拭い切れない詠唱の長さと、消費MP300という、実質俺からすれば自傷のような条件を持って、闇魔法、ダークピラーが放たれた。


 突如地面から立ち上る極大の闇の柱。グレーターゾンビを覆い隠してもあまりあるその一撃に、華々しくダメージエフェクトが散った。そして、長いような一瞬が過ぎた後……やはり、そこには拳を振り上げたグレーターゾンビが立っていた。


「減らせて一割かぁ……無理ゲー過ぎる」


 頭上のHPバーはまだまだ九割強は残っており、そこに圧倒的な差を感じた。はあ、とため息を吐くのと、ゾンビの剛腕が俺を叩き潰すのは、ほとんど同時だった。




「あんなん絶対無理だろ……いや、ゲーム開始から二時間ちょっとで倒せる相手だったら逆におかしいけどさ」


 リスポーン地点である『荒れ狂う死霊の舞踏場』の中央にポップした俺は、ため息を吐いて肩を落とした。ステータス欄には燦然とマイナス10パーセントという文字が輝いている。デスペナだ。24時まで三十分くらいかぁ……うーん、キリもいいし、今日はここら辺にしようかな。


 そっと、剣士の石像方面を見つめると、元気よく走るハイゾンビたちが見える。その中にグレーターゾンビの姿はない。

 完全なる敗北に、胸をドンと撃ち抜かれたような気分のまま、ログアウトを選択する。


【ログアウトします】


【……お疲れ様でした】



 はぁ……晴人に説明したらビビるだろうな。適正レベル二段飛ばしのフィールドでレベリングしてたらレベル25のグレーターゾンビに殴り殺された、とかやばすぎるよなぁ……とりあえず、ゲーム始めたって言っとくか。


 適当に晴人にラインを送って、ヘッドギア型のハードをしっかりと箱にしまう。そのあと、ベッドの上でだらけると、どうしようもない後悔が湧いてきた。あー、もっと上手くできたかなぁ、というタイプの後悔だ。

 でも、AGI的に回避は無理だし、正面から殴り合う以外の手段は無理そうか? いや、殴り合うのも無理なんだけど。


 俺のプレイは、基本的に『相手を自分のフィールドに引きずり込んで確殺する』って感じだから、『問答無用で全部無効化しながら殴り込んでくる』タイプは天敵にも等しい。

 罠張って嵌めて、わざと抜け出させて、また罠に嵌めて……っていうプレイなのに、罠踏み抜きながらこっち突っ込んでくるとか、無理ゲーだわ。


 ミサイル相手に落とし穴が効く訳ないだろ、と愚痴を吐く。声が木張りの天井に吸い込まれ、さして広くもない部屋の中を反射した。


「明日は……うーん、フィールドを散策するか。出来るだけアイツに会わない方針で。んで、出来れば……」


 フィールドから抜け出すかな。いや、このフィールドはなかなか良い立地で、レベリングにもいいけど、流石にあんなレベルのがいる場所は、勘弁してほしい。俺はリスクは嫌いなんだ。

 さらに言えば、あそこで期待できるのはレベリングくらいで、壊れてしまった装備の代用や、イベント、クエストの類が殆ど無い。


 新しい芽を探す、という面についても、この場所は抜けるのが一番だろう。


「そろそろ寝るか」


 時計の針はもうそろそろ一周するところだ。明日に夢を馳せて、そそくさと布団を被った。

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