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英雄眠り、されど紅は地を睨む

「眠れ!『墓守の歌(エピテレート・レイ)』!」


 戦いの号令は、ロードの腕から放たれた光線によってあげられた。絶対の威力を誇るロードの魔法は、一直線にレオニダスに向かい、そしてその手に持つ黄金の盾に阻まれた。


「真っ正面から受け止めるか……」


「どんな相手でも、戦うことに変わりは無いのだし、諦めるべきよ」


「だな……来るぞ」


「ぉぉおおおお!!」


 盾の奥底で、金色の光が煌めいた。光線が途切れた瞬間、レオニダスは大股に一歩踏み込み、俺の盾に全力で突きを放つ。

 血のように赤い炎を纏い、戦場に轟くほどの咆哮を上げて放たれた豪槍は、グレーターゾンビの一撃を彷彿とさせる、圧倒的な暴力に満ちていた。


「『ディフェンススタンス』『硬化』……っぐぅぅ、おっもい……」


 たった一撃受けただけで軽減込みで140近いダメージを受けた。目減りしていくHPに歯噛みする。大きく地面に跡を残すほど、レオニダスの一撃は重々しい。

 しかし、振り抜いた姿勢には確かな隙があった。それを見逃す二人ではない。ロードは左手を掲げ、カルナは力強く地面を踏みしめた。


「ナイスよ! 『ハードクラッシュ』っ!」


「眠れ、『墓守の歌(エピテレート・レイ)』」


「甘いな! 小娘!」


 しかし、ロードの光線はしっかりと金の丸盾に吸い込まれ、カルナの豪快な振り下ろしは戻す槍で弾かれ、がら空きの胴に痛烈な蹴りを叩き込まれた。

 嘘だろ……? DEXの値まで上昇してるのか? 確かにカルナの振り下ろしは単純な軌道を通るが、そこに込められた力は生半可なものでは弾けない。それをロードの魔法を防ぎつつ、崩れた体勢で華麗に弾き、更には反撃まで成功させている。さらに言えば、今はまだ魔法を使っていない。これで火球まで強化されてたら本格的にまずいかもしれない。


「さて、仕切り直しか?」


「はは……やばいな。強すぎじゃね?」


「正面からあのカウンター崩すのは私じゃ無理がありそうね……」


「せめてあの盾をなんとか出来れば……良いんですけれど」


 あの大きな丸盾はうちの最高火力であるロードの魔法ですら受け止めてしまう。さらに言えば俺のダークピラーも二度目は効かないだろうし、そもそも短期間に二度は打てない。間違いなくMPが空になって死ぬ。

 その盾をどうにかしたいが、彼は絶対に盾を離したりはしないだろう。


 物理にはパリィ、魔法には盾、そのくせ自分は魔法を撃ってくる遠近両用の物魔混合スピード型アタッカー? いやいやいや……無茶苦茶すぎんだろ。


「作戦会議はお終いか? ……では、行くぞ!」


「……やるしかないな。二人共、取り敢えず攻撃は受け止めるから、何とか頼んだ」


「何とかって……あやふやね」


「ど、どうすれば……」


 頼りない二人の声に苦笑しながら、こちらに突っ込んでくるレオニダスの一撃を受け止める。途端に槍が力の方向性を変えて盾を弾こうとするが、その手は一度見ている。盾を(よじ)ってその力に抵抗した。


「ほう……」


「二度目は無い」


「益々面白い。全力で相手をしよう……太陽よ!」


「チッ……数が増えてるな」


 面白そうに骨を鳴らしたレオニダスが槍を天に掲げると、五つの火球が宙に現れた。赤々と燃えるそれを五つ背後に従える姿はまさに太陽の化身。

 攻略難易度が高すぎて笑えてくるな。


「『フォートレス』……こっからが勝負か」


「ォォオオオッ!!」


「……そっちがその気なら受けて立つぜ」


 嬉々としてこちらに突撃するレオニダス。盾で受けた一撃は軽い。接近戦に持ち込む気か。続けざまに降り注ぐ太陽をダークアローで消しとばす。MP問題が心配だが、一撃でも盾で受けたら次の攻撃の防御が間に合わない。


「我が連撃、受けてみよ」


「できればお断りしたいね……っ!」


 突き、振り下ろし、薙ぎ払い、一歩詰めての拳、柄での殴打、背後に隠していた火球による不意打ち。どれもこれもが最上級の一撃だ。戦いの中で養った、もっとも合理的な攻勢。

 その中の幾つかは俺の技量不足で受け止めきれない。だから必死に取捨選択でリスクを瞬時に判断して、急所を外すしか無い。本当に、格好悪い戦い方だ。


「ふははっ、我が連撃を受けきるか」


「はぁ、はぁ……受け切ったさ。死にかけだがな……」


 嵐のような連撃が終わる頃には、HPは二桁になっていた。途中、足りない分をMPから等価交換してようやく生き残れた。MPも今までにない減りだ。回復には時間がかかるだろう。撃てても、ダークアローが二発。

 正真正銘の崖っぷちだ。


「素晴らしい。貴殿ほどの盾を持つ者は戦場を渡り歩いた我ですら数えるほどしか居ない。貴殿の盾は誇って然るべきだ」


「はは、それは嬉しいお言葉だな」


「だが、まだ青い。……言うなれば努力した凡才の盾。次の一撃を受ける余力も残っておるまい」


 レオニダスの言葉は確かだ。異常な程の硬さを誇る墓守の鎧にすら軽く傷が残り、グレーターゾンビ戦から続けて使い込んでいる盾には誤魔化しきれない数の傷があった。おまけに本体は鎧より先にくたばらんとしている。レオニダスは体から炎を滾らせて、槍を構えた。必殺の突きの構え。盾の上から防ごうとも、余剰ダメージで死ねるだろう。


「さらばだ、名もなき盾使いよ」


「まだ、終わってないぜ……」


 向けられた槍に、盾も構えずぼおっと立ち尽くす俺の様子を、降参とでも見てとっていたのか、レオニダスは驚きでその体を止めた。止めた。


 戦場での硬直は、たとえ一瞬であろうと死を招く。その硬直を、見逃さない女がいた。咆哮も何もあげず、レオニダスの死角を取ったカルナが、何時ぞやのように音もなく致命的な一撃(クリティカルヒット)を繰り出す。

 完全に意識から逃れた一撃。反応など間に合うはずもない一撃。しかし、それですら、古の英雄を討ち取るには全くと言っていいほど足らない。


「甘いと言ったのがわからんのか小娘――」


「ええ、私たちは甘いわ」


 大気の流れからか、瞬時にカルナに気づいたレオニダスが振り返り、スレッジハンマーに合わせて槍を振るう。その軌道、速さ、角度は幾度となき鍛錬の果ての果てで生み出された理想のパリィそのもの。しかし、戦場に響いたのは強烈な金属音ではなく、軽い衝突音のみ。


「だから……『骨抜き』にしてあげる」


「貴様っ……!」


 カルナの手にスレッジハンマーは無い。弾かれる瞬間に()()()のだ。回転運動をしながら飛ぶそれを、何とか槍で撃ち落としたレオニダスの体に、大きな影が掛かる。カルナは、投げると同時に走り出していた。目的は一つ――体当たりだ。


「ぬぅぅぅ!」


 おそらく筋力特化のカルナの体当たりは、真っ正面から盾も使わずに受ければタダでは済まない威力を秘めている。かのレオニダスにも、予想できなかった一撃は、確かに彼の体勢を大きく崩した。盾はあらぬ方向に構えられ、カルナの真後ろから銀の光が照る。


 体の大きなカルナの真後ろには、詠唱をするロードの姿。カルナがゆらりと体をレオニダスから離す。巻き添えを回避するためだ。途端に覗くのは銀の光が渦巻くロードの左手。完全なる奇襲。完璧な連携。


 ――しかし、それすらもまだ足りない。足り得ない。英雄を殺すに足り得ない。

 レオニダスは完全に崩れた体勢でも尚、盾を構え直そうとした。その動きは素早い。盾さえ戻してしまえば、致命傷は回避できる。


 しかし、それを許さない者がいた。ああ、そうだ。俺だ。


「後出しは無しだろ、『ダークアロー』!」


 狙うはレオニダスの肩関節。吸い込まれるようにして放たれた漆黒の矢は確かにレオニダスの盾を持つ肩を撃ち抜いた。真後ろからの唐突な一撃に、盾を持つ彼の腕は大きく跳ね上がり、空を向いた。銀の光が放たれる。

 万が一にも巻き添えを食らおうものなら俺は瞬時に墓地の中央に戻されてしまう。重い体に鞭打って、盾を構える。


「『シールドバッシュ』!」


「眠れ!『墓守の歌(エピテレート・レイ)』っ!」


 真後ろを途轍もない衝撃が駆け抜けていく。果てしない浄化の渦に飲まれていくレオニダス。空に映るHPバーが一瞬で消滅した。

 振り返った先には、地に両膝をついている黒い骸。


「終わったか……」


 骸の片腕が崩れ落ちる。生命の滾りを見せつけるような赤い炎はもう出ていない。金の槍と盾が地に落ちる金属音が響いた。古の英雄は、ゆっくりと、再び眠りにつこうとしていた。その側に、ゆっくりと歩みを進める。

 カルナもロードも、空気を読んで何も言わない。


 光の無い双眸と、崩れゆく体を晒すレオニダスは、掠れた声で言葉を紡いだ。


「伽藍堂の騎士と……強かなる女共よ……よくぞこのレオニダスを討ち取った。大いに誇れ」


 地に伏した英雄は厳かに言う。微かに、本当に微かに……レオニダスの目の奥底に、小さな炎が灯ったような気がした。そしてレオニダスは、崩れゆく体の奥底から声を出した。威厳に満ちた、覇気のある声だ。


「騎士よ……我を討ち倒せし者共よ……千の道のその先で、空の向こうで、海の果てで語れ。我を討ち倒したと、誇れ。……ああ、見事だ」


 その言葉を最後に、レオニダスの体が崩れた。黒い灰となって地に積もるレオニダスの体。しかし、それでもその頭蓋骨だけは形を保ち、瞳の奥の小さな火も消えることは無かった。


【血潮は枯れ果て、肉を失い、それでも尚立ち尽くした英雄が倒れる】


【古の英雄は、現在の英雄(あなた)たちに最高の賛辞を送った】


【終わりなき戦いの果てに、レオニダスは充足した終わりを迎えた】


【エリアボス:骸骨将軍(スパルティア)『レオニダス』:不滅(アンブロークン)が、『ライチ』様、『カルナ』様によって眠りにつきました】


【以降、エリアボスは消滅します】

【戦闘の終了を確認しました】

【種族レベルが3上昇しました】

【職業レベルが5上昇しました】

【中級闇魔法のレベルが2上昇しました】

【シャドウエンチャントを習得しました】

【ダークフォローを習得しました】

【中級盾術のレベルが1上昇しました】

【ハードパリィを習得しました】

【耐久強化のレベルが1上昇しました】

【魔力強化のレベルが1上昇しました】

【見切りのレベルが2上昇しました】

【見切りのレベルが最大まで上昇したため、スキルが「心眼」に変化します】

【体幹強化のレベルが1上昇しました】

【持久のレベルが1上昇しました】

【中級呪術のレベルが1上昇しました】

【物理耐性弱化を習得しました】

【呪術理解のレベルが2上昇しました】

三重捕捉(トリプルロック)を習得しました】

四重捕捉(クワトロロック)を習得しました】


「怒涛の通知だな」


「グレーターゾンビの時もそうだったけれど、途轍もない上がり方よね」


「そんだけ命削ってるからな。こっちは」


 スキルを確認とか、早速進化出来そうだとか、そういうことはもう少し後にしてほしい。戦闘後特有のダルさで地面に座り込む。途端にロードが心配そうな目をするが、大丈夫だと返した。これはHPとMPの問題もあるが、大きく集中力を失ったせいというのもある。


 出来ればもうログアウトしたいレベルなんだが、そうもいくまい。これからだ。これからが本番なのだ。ようやく下地が整った。

 ――戦争の始まりだ。


「カルナ……後何分だ?」


「そうね……嘘でしょ?」


「もうそろそろ……いえ、()()()()()


 ダルさのひどい俺に代わってクエスト画面を開いたカルナは絶句した。ロードは静かに空を見上げる。分厚い雲の隙間から覗いた月は、ゾッとするような赤色だった。血で染まったような、いや、血そのものの様なグロテスクさを秘めた紅の月が、空の星を我が物顔でねじ伏せていた。


「あと……4分35秒」


「は……ま、マジかよ……」


 カルナの宣告は、否応が無しに俺を絶望させた。カップラーメンがふやける時間で戦いが始まるのか。地獄がすぐそこまで迫っているのか。ひたすらに苦笑いが浮かんだが。それを浮かべている時間すら惜しい。無理やり体を起こして策を練る。残り4分でステータスを振り、スキルを取り、作戦を決めて、この場を解放、オルゲス一行に作戦の概要を説明、その後散開。


「ギリギリだ……だが、やるしか無い」


 破滅が迫っている。赤い月の笑い声が聞こえる。この場所の、ロードの、俺たちの全てを賭けた戦いがゆらりと幕を上げようとしていた。

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