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死した英雄は、尚も現在に吠え続ける

 熾烈な攻撃を全ていなせば俺の勝ち。一つでも(ほころ)べば俺の負けだ。空を切り裂き、霧を射抜く金槍に合わせて盾を構える。重心は深く、体幹を保て。一撃一撃が、レオニダスの技術の結晶だ。火球との同時攻撃、火球を重ねて一つに見せる、槍の柄で盾を押しのける、体当たり、足払い、目を狙った突き。

 今までのどの戦いとも違う。言うなれば、これはそう――対人戦だ。


「ヌァァァァッ!」


「無駄だッ!」


 今までのどの攻撃よりも早く、鋭い。素人の俺でさえも、気を抜けば見惚れてしまいそうになるほど、無駄が省かれた完璧な突き。盾を持つ手を狙ったそれを、柔らかく盾の側面を使っていなす。


「『盲目』!」


「何ッ!?」


 一時的に視界を奪った。吸収は戦いの最中に打っている。呪いと衰弱のどちらかにしようかと悩んだが、レオニダス相手にステータスを少し下げる程度では、大きなダメージ足り得ないだろう。小さく積み上げていったダークボールやダークアローによってHPは二割ほど削られている。


 どのくらいで盲目が解けるのか分からないが、この好機を逃すわけにはいかない。俺史上最大の魔法を詠唱する。MPもそろそろ心苦しい。だから、おそらくこれがこの戦いで俺が出せる最高ダメージ!


「…………『ダークピラー』っ!」


「グヌゥゥゥ!!」


 視界を失い、困惑するレオニダスの体を、黒い柱が覆い隠す。迸るダメージエフェクト。聞こえるレオニダスの叫びは苦悶に満ちている。HPが二割消し飛び、残り六割。これがMAGにもきちんと振ってるMAGタンクの俺の最高火力だ。


 ――僅かな油断。


 作戦がまかり通った時のほんの小さな綻び。俺は、この戦いの相手が誰なのかを、一瞬忘れていた。幾百もの戦地を渡り歩いたであろう、戦場の英傑。死して尚、骸の将軍の地位を確固たるものにする、真の戦士。


「……ソコカ」


「な……ッ!?」


 膨大なダメージエフェクトの海と、黒い光の濁流の奥底で、何かが煌めいたのを俺は確かに見た。青い火が、間違いなく俺の姿を射抜くのを見た。金の光が弧を描く――


「射抜ケ! 『テルモピュライ』!」


「間に合わな……」


 黄金が、俺の喉元を撃ち抜いた。その衝撃に踏ん張り一つできずに吹っ飛ばされた。呼吸が……出来ない。視界が明暗する。久方ぶりな青い光……視界の隅に映るHPバーは空だ。嘘だろ……? 一撃で500近いHP全部を吹っ飛ばしたのか?


 しかし、全くの防御姿勢なしに、弱点の喉元を最高火力で撃ち抜かれたダメージが二倍ともなれば、これくらいは当たり前なのかもしれない。相手はエリアボス。現実世界ではギリシア中にその名を轟かせ、今も語り継がれる最強の豪傑、レオニダスだ。


 ダークピラーの光が消失した先にいたのは、槍を手に呼び戻すレオニダスの姿。その黒い骨格には、少なからず傷が付いていたが、こちらへゆっくりと進む足取りは確かなものだ。


「認メヨウ、伽藍堂ノ騎士ヨ。貴殿ハ強イ」


「ありがとう。だが、レオニダス」


 充分……時間は稼げた。軽く戦闘開始から三十分以上は経っている。あたりは静かだ。さて、正念場は終わりだ。


「……大事な相手を忘れてないか?」


「何ヲ――」


「『採掘』」


「眠れ!『墓守の歌(エピテレート・レイ)』!」


 真後ろから必殺の一撃がレオニダスの両膝を砕き、真っ正面から銀の光線がその体を射抜く。遅いぞ、全く。心の中で苦笑しつつ、怠い体を起こす。俺の体は回復が早い。すぐにこの怠さも抜ける。


 俺との戦いは前座でしか無かったんだよ、レオニダス。だから、俺との戦いで苦戦してたら、本番でガス欠になるぜ?


「俺は所詮、お前を止めるための盾でしか無かったんだからな。時間切れだよ、レオニダス」


「なーに格好付けてるんだか……」


「遅くなってすみません、ライチさん」


 少し汚れたローブを着たロードが後ろから声を掛けてきた。ひょっこりとカルナも付いてきている。振り返って見た二人の姿は、俺と同じぐらいボロボロだ。感動的な再会だが、戦いはまだ終わっていない。

 カルナの言葉に(あやか)って、鼻にかかるくらい格好をつけた言葉を吐いてみる。


「さて……淑女のお二方。戦う準備は?」


「勿論よ。じゃじゃ馬な私はまだまだ暴れ足りないくらいね」


「ぼ、僕も……まだ戦えます」


「それじゃあ、俺も頑張るか」


 レオニダスの方へ振り返ると、彼はその体を真紅(・・)の炎で包み込んでいた。両目から迸る炎も青から変化し、赤々と滾る血のようになっている。ボロボロの体の至る所から赤い炎を吹き出して、レオニダスはゆっくりと立ち上がった。HPバーは残り三割。ラストスパートってところだ。

 ゆっくりと立ち上がったレオニダスは骨の体を緩慢に動かして――こちらにもう一度金の槍を向けた。


 不死鳥のようなその姿は、古の英雄と形容するに相応しい。レオニダスは先程までのカラカラに乾いたような声ではなく、生きた人間の、猛々しい声で吠えた。


「よくぞ我に土を付けた。……だが、我は(いにしえ)の英雄、果てしない戦の王。死して(なお)さんざめく魂の戦士。……そう易々(やすやす)と、倒れたままでいてくれると思うなよ?」


 すかさず通知が決戦のラッパを打ち鳴らす。


【死した英雄は、魂の奥底で戦いの記憶に触れた】


【傷ついた体に、無限の闘争心が螺旋を描く】


【終わらないと、その記憶は呟いた】


【ならばきっと英傑は、死して尚も戦い続ける】


【エリアボス:骸骨将軍スパルティア『レオニダス』:不滅(アンブロークン)との決戦を開始します】


「さあ! 戦いを始めよう! この首欲しくば来たりて取れ! 骸の将軍、レオニダスはここに在りッ!」


 そして、死した英雄は、尚も現在(いま)に吠え続ける。


『テルモピュライ』

ネームドモンスターである『レオニダス』だけが持つ唯一無二の奥義。

内容は単純かつ強力無比。

自身の槍に『装甲貫通』『防御無視』の効果を付与して投擲するのみである。このため、墓守の鎧の装甲の硬さに救われていたライチは一撃で『精神体』圏内まで持っていかれた。


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