前へ次へ
25/142

進む世界の足音

 朝起きて、朝食を取る。持ち物を確認して、登校開始だ。


「……今日は意外と寒いな」


 冬が近いからかもだが、今日は寒い。手袋とかそろそろ準備が必要かもしれない。しばらくすると、マフラーを巻いて登校している他の生徒が目に入った。やっぱり今日は寒いのか。

 教室に入ると、程よくあっためられた空気に肩の力が抜けた。まだ朝のHRには時間があるし、晴人が来るのはもう少し後だ。それまではぬくぬくと本を読んで過ごそう。


「……でさぁ、昨日の一日だけでエリアボスが二体落ちたってやばくね?」


「くぅ、アプデ後のクラン探し楽しみだわ」


「俺クラン立てる〜」


「マジ? あれ結構金かかるんじゃなかった?」


「え、嘘だろ……? どのくらい」


「百二十五万エヒト。街中にクランホームできるらしいし、妥当だよな」


「……さぁて、俺もいいクランを探そうかな!」


「今日は南の雲竜目指そうぜ!」


 楽しそうな会話が聞こえる。クランかぁ……いいなあ。まあ、今日の夜は月紅だし、できれば人間が絶望するような数のモンスター来ないかなぁ……。

 いや、そもそも人間側ってどのくらい月紅について知ってるんだ? 検証班がいるくらいだ、全く知らないなんて事は無いだろう。……知らないなら絶対に言わないが。


「適当に魔物板に情報流すか……うわ、人間側のイベント板もう五つ目かよ……ギルメン募集とか今のうちにやってんのかな?」


 そのスレは流石に運営がロックしているので様子を見る事は出来ないが、きっと恐ろしく盛り上がっているのだろうと予想できる。対して魔物板は……うん、知ってた。閑散としている。2スレ目行ってないじゃん……部隊長が発表されてない今じゃ、喋る事がないのは分かるけどさ。

 言えたとしても頑張りましょうくらいだな……。


 取り敢えず普通の魔物板に月紅の情報をっと。


【俺らだけ】魔物プレイヤー総合スレ29【ゲーム違くね?】


21名前:てんどんモンスター

イベント近いけど、俺らだけ特にやる事ない件について


22名前:プレイトゥース

クランだとかはもう捨てて、さっさと一回目の進化目指さにゃ相当ひでぇイベントになるぜこれ


23名前:飛び出す板イタチ

そんなプレイトゥースさんは今レベルいくつ?


24名前:プレイトゥース

仲間のウルフと初心者狩って今9


25名前:キッカス

嘘やん!?俺なんてまだ5やで!?


26名前:DOX

私もレベル8です……馬なのでプレイヤーさんに狙われないんですよね


27名前:サイコステーキ

ヤバすぎでしょ……あたしレベル6の蟹なんだけど、周りのレベルが低くても12とかなんだよね。


28名前:キッカス

逆に良く6になれたなぁw

俺MAGとAGIに振りまくって回避ピクシーやってるけど、拡散型ウォーターブレスで余裕の死


29名前:てんどんモンスター

南か……。取り敢えずライチさんに倣って、魔物イベントを盛り上げたいんだがなぁ。レベル上げがむずい


30名前:DOX

わあ! 人間の人が目の前でエルダートレント倒しちゃいました!


31名前:飛び出す板イタチ

やっばいなぁ! 全員ガチガチの最前線やん!


32名前:サイコステーキ

RTAだけなら知ってるわ。プレイヤーで一番レベル高いんしょ?


33名前:キッカス

っレベル18


34名前:プレイトゥース

異次元すぎるだろ……


35名前:フレキシ

レベル上がらんって愚痴ろうと思ったら異次元を見て戦慄


36名前:DOX

あ、フレキシさん! この前はありがとうございました!


37名前:フレキシ

近くに居たからね。助けなきゃ


38名前:上からクトゥルー

うわぉぉぉぉぉ!!!


39名前:プレイトゥース

またやりやがった……流石だぜ


40名前:てんどんモンスター

今度は二人か……カルナって誰だろ?


41名前:DOX

魔物でパーティ組んでるの初めて見ました……いいなぁ


42名前:飛び出す板イタチ

完全に魔物の希望と化したライチさんに胸熱


43名前:上からクトゥルー

噂によるとライチさんRTAさんよりもレベル高い疑惑あるらしいからね。魔物最強あるんじゃない?


44名前:プレイトゥース

同じ土俵に立てそうなのが風神くらいだけど、あいつ正面戦闘向かないって話だし、ライチさん魔物どころか人間含めた最強あるかもだぜ?


45名前:フレキシ

種族がすっごい気になる……


46名前:サイコステーキ

フィールドボスとタイマンでかち合って勝てる種族なんてあるの……?



「……多分かち合えるけど火力不足で普通に死ぬ」


 第1形態メルエスなら吹っ飛ばしに注意して、ドレイン、血染めの一閃、ディフェンススタンス、シールドバッシュでの回避、後は使わなかった禁忌魔法とかランパートを使えば粘れはすると思う。

 ……が、第二形態あたりから魔法の火力と取り巻きの出現で一気に無理ゲーになるし、最終形態みたいに分裂されたら、対応手段の無い俺は静かにキルされるだろう。取り敢えず下にスクロールして……よし、書き込みだけしておこう。


 珍しく盛り上がっている様子の魔物板に笑みをこぼしながら、月紅についての情報を載せた。


62名前:ライチ

何から説明したものか分かりませんが、NPCとの会話でゲリライベント? なるものの情報を掴みました。発生日時は今日の夜。イベント名は【月紅導くは狂騒と破滅】

月が赤く染まり、全ての魔物が凶暴化して、近くの町に群れを組んで襲い掛かります。

群れに混じって人間を狩るのか、理性を失った同胞を狩るのか、選択はお任せします。


「よし、後は文字通りみんなに任せよう」


 俺は俺でやることがあるからな。スマホをポケットにしまって、先程から閉じていた本を開く。さて――


「うぉぉぉ! シンジィ!」


「なんだ、俺は本が読めない呪いにかかってるのか」


「何を言ってるのかさっぱりわからんが、やりやがったなっ」


 教室の扉が荒々しく開く……事はなく普通に扉を開けた晴人は、満面の笑みをたたえたままこっちに近づいてきた。手元の本はまたもや閉じられる定めとなった。


「晴人、取り敢えずエリアボス討伐おめでとう」


「おう、あのメンバー集めたのはあっぱーらちゃさんだけどな。あの人人脈広いんだ。声も格好いいしな」


「いいなぁ、パーティプレイ。俺は二人……いや、三人で倒したわ」


 戦ったのは俺ら二人だが、最後の一撃を決める足がかりを生み出したのは、間違いなくカルナの奇襲だ。あの一撃には、戦闘時間全てを賭けた分の効果が乗っていた。

 俺の言葉に晴人はふふん、と鼻を鳴らして気分を良くしたようだが、そのすぐあとに『少人数で倒した方が凄くね?』という発想に至ったのか微妙な顔をした。


「イベント近いってのに、西開けられちゃ魔物プレイヤーは商売上がったりだ。勝てる見込みがプレイヤーの成長不足ぐらいなものだってのに」


「くくく、俺はもうイベントに向けての動きをしているのさ! 取り敢えず入るクランも決まったしな」


「え、早くね?」


「最前線からすれば良いクランに入ってその恩恵を得る事は最優先事項だ。そのためなら朝6時起きも重くない」


 もうすでに攻略最前線のメンバーはイベントでクラン上位と個人上位を目指して動き始めているようだ。くそぅ、これは本格的にまずい戦いになりそうだな。イベント開始は今日から三日後の21時……。しかしその前に月紅による防衛イベントが待ち構えている。

 ……前門に虎、後門に時間、虎の後ろにもう一頭虎がいる。


「ちなみにギルドの名前は?」


「ふふふ……回り続ける世界の中心、終わらぬ夜の綺羅星――『ポラリス』だ」


「歳差運動で北極星は数万年後には別の星になってるだろうがな」


「こまけえ事ぁはいいんだよ!」


「他にはどんなギルドがあった?」


「うーん……思いつく限りだと、『フルメタルクラウン』とか、『VERTEX』……『fire』と『らんぶる』ぐらいかな」


「多い……」


 公式サイトによると、初期のクランメンバー上限は二十人。上限を上げるには金が必要で、最上級のクランは60人まで入ることが出来るらしい。晴人が挙げたのは恐らく全プレイヤーの中で最高レベルの者だけが集まった要注意集団ブラックリスト。

 名の売れた奴等ばかりが集まっているはずだ。


「三時間耐久できるか……?」


「さあな。……あ、そういやシンジ、レベル幾つ? RTAさんにお前のレベルの話したら聞いてこいって煩くてな」


「19……だけど多分、これから20ちょい位になる。イベントの時は25、6近いんじゃないか?」


「……は? 増えすぎじゃね? 俺のレベル15だぞ……?」


「あと俺、多分大隊長だな」


「嘘だろ……? いや、逆に面白くなってきたな」


 正直数字だけ見ればやばすぎるの一言だが、数で押し切られたらどうなるかさっぱりわからない。今回一番重要なのはコアとやらを守り抜くことだ。俺自身がいくら強かろうが、処理能力が低いと数の暴力に押し負けて防衛失敗となる。

 月紅や、クラン結成による効率の良いレベリングにより、取り敢えず最上位はレベル20程度まで上り詰めるだろう。


「どうなるか楽しみだな」


「全くだぜ。やべぇ、今から家帰ってレベリングしてぇ!」


「もうすぐ考査だぞ。赤点とったらどーすんだ」


 体が疼いて仕方ないといった様子の晴人にツッコミを入れると同時に予鈴が鳴った。さてさて、集中だ。


「また昼なー」


「おう」

前へ次へ目次