悠久か破滅か。白銀か真紅か。
「相変わらずの通知だな……」
怒涛のシステムの通知に苦笑いしつつ、先程までグレーターゾンビがいた場所を見つめた。当然のようにそこには何も無い。
戦いの後の感傷に浸りつつ、謎の共闘者であった『カルナ』に鑑定を飛ばしてみる。
PN:カルナ
種族:低級不死者 種族Lv13
職業:解体師 職業Lv12
物理に対する耐性あり。状態異常無効。火、光魔法に対する致命的な脆弱性あり。
魔力反応なし。
「やっぱりプレイヤーか……おーい、カルナさん」
「あ、カルナさんって言うんですね。……ライチさんと同郷の方ですか」
しばらく空中を見つめていたカルナは、俺の声に敏感に反応して、こちらを見た。その腐った目には警戒が浮かんでいるように見える。とはいえ、だ。会話ができないとなると非常に不便極まりない。間違いなくゾンビのままでは声帯が腐り落ちてるから、意思疎通は無理そうだ。
取り敢えず敵対の意思がない事を伝えよう。
「えーと、名前を知ってるのは鑑定したからだ。俺はライチ。こう見えても魔物だ。この子はロード。ここの墓守だ。俺は別に敵対するつもりは無い。同じ魔物同士、仲良くしよう……とまでは言うつもりは無いけど、せめていざこざは無しにしたい」
「よ、よろしくお願いします」
「…………」
警戒気味にこちらを見ていたカルナは、俺を見て、そのあとロードを見つめて、両手で構えていたスレッジハンマーを下ろした。取り敢えず戦う気はなさそうだ。
そのあと、またもや空中に目を落とし始めた。……もしかして、ステータス確認してんのか?
「なるほど……他の人からはこう見えてるのか」
側から見れば、ただ空中を見つめている様にしか見えない。なまじ空中を見つめていることが多いゾンビの事だ、プレイヤーに魔物と間違えられてもしょうがないだろう。
しばらく空中を見つめてステータスを操作していたカルナだったが、急にその体が震え始めた。
「うぉ、何だ……?」
「……多分、進化だと思います」
「あぁ、たしかに進化できるレベルだったもんな」
今が低位不死者だから、次は高位不死者ことハイゾンビだろう。とてつもない速さであたりを駆けずり回るハイゾンビ……意思疎通は取れるのか?あいつら一応何か言ってたし、声帯はあるのかなぁ?
そうこうしているうちに、カルナの体が脈動し、肥大化していく。それとともにちぎれかけの体が補強されていく……ん?
「で、でかくない?」
「確かに……そうですね」
若干警戒しつつ、ロードの前に立つ。成長していくカルナの体は明らかにハイゾンビの体格ではない。グレーターゾンビ……には届かないが、十分大柄な体躯へと変貌していく。手に持つスレッジハンマーが縮んだ様にすら見える。
え、ちょっと待ってもしかしてユニーク……。
PN:カルナ
種族:特異変性不死者 種族Lv13
職業:中級解体師 職業Lv12
物理に対する大きな耐性あり。状態異常無効。火、光魔法に対する脆弱性あり。水、風、土、闇魔法に対する耐性あり。
魔力反応なし。
「いやいや、ちょっと待て」
職業はいい。多分順当に変化した先の話だろう。だが、確実に種族の特異変性不死者はユニークだ。俺もユニーク種族だが、クエストの報酬だ。カルナは自分で種族を変化させたのだろうか?
今度は逆に俺の方が警戒しながらカルナを見る。俺とほぼ同じ体躯を揺らして、カルナはゆっくりとこちらに振り返った。
「あー……あら、喋れるわね」
「お、おめでとう……」
「ライチさん、と言っていたかしら? 取り敢えず、助太刀に感謝するわ」
「助太刀……まあ、俺の方もあのグレーターゾンビを追ってたからな。あと、俺のことは呼びづらければ呼び捨てでいいぞ」
「そう。じゃあ私もカルナでいいわ。改めて感謝するわ、ライチ。私一人では、到底勝ち得なかったでしょうし、そこの……ロードさんにも感謝しているわ」
「いえいえ、墓守として当然の事です」
ロードは当然といった顔で言った。顔には『今、墓守然としています』と書いてある。胸を張ってなるべく低い声を出している様子はどこか微笑ましい。
相対するカルナは、新しく進化した体の様子を確かめながら、ボソリと呟いた。
「これで、最低限イベントには出られそうね……」
「カルナもイベントに出るのか」
「ええ、勿論。もともと魔物を選んだのは、涼しい顔をしてるプレイヤー達をぶちのめしたかったからだもの。正直言ってゾンビを選んだのは間違いだったと思っていたけれど、正解だったみたいね」
ぶちのめす、の部分に非常に感情がこもっていたのに若干戦慄しつつ、カルナの姿をもう一度よく見てみる。二メートル近い身長、盛り上がった筋肉、先程までつけていた防具は体格の変化についていけず、破損したのが足元に転がっていた。
青白い肌に藍色の血管が良く目立ち、赤い長髪が腰まで生えていた。赤い前髪から覗く眼光は、同じく真紅の輝きを秘めている。
ゾンビって言うよりグールがしっくりきそうな見た目だな。
「俺もイベントに参加するつもりだ。よろしく」
「ええ、よろしくお願いするわ」
握手を求めると、問題なく応じてくれた。先程までハンマーを握っていた腕は中々ゴツゴツしていたが、こちらを見るカルナの顔に威圧的な部分はなかった。手を離すと同時に、ピコン、とシステムが通知を出した。
【『カルナ』様からフレンド申請が届いています】
「あ、フレンドシステム。忘れてた」
「一応、iDからでなくても、申請は行えるらしいわ。メニューからフレンド申請画面を開くと、今まで会話したプレイヤーの欄が出てくるでしょう?」
「あー、そこからか。ありがとう」
取り敢えずフレンド申請を許可しておく。初フレンドだ。ようやくMMOな感じが出てきた。よく見ればパーティー作成など、色々と見つけられた。今まではロードとしか会話していなかったが、これからは魔物プレイヤーの自称旗本として動いていくのだ。これくらいは知っておくべきだろう。
一通りの確認を終えた後、カルナにこれからの事を聞いてみる。
「カルナは、これからどうするんだ?」
「そうね……イベントに向けて力をつけたいところだけれど……」
「力をつけるって言っても、どうすりゃいいって感じだよな。順当にレベル上げって感じが良いのかなぁ」
「……ライチさん、カルナさん」
「ん?」
「何かしら?」
グレーターゾンビを倒した後の空白の予定についてカルナと話していると、神妙な顔をしたロードが、口を開いてきた。その目は不安に揺らめいていたが、覚悟を決めた様にロードは一歩前へ出る。
「お願いが……いえ、墓守として、依頼があります」
「おぉ……?」
「面白いわね」
唇をキュッと結んだロードの言葉に合わせて、クエストの通知が現れた。俺は新たな展開に驚き、カルナはおそらく戦いの匂いを嗅ぎつけてニヤリと笑った。
ここに来て新しい依頼と言えば……この場所の掃討しかないだろう。
適正レベル上限が二十強のフィールドのエリアボス残り三体の撃破。恐らくはこんなところだろうな。二人してクエストの内容を覗く。
【通知:クエストが発生しました】
【クエスト内容:
狂える死者への鎮魂歌
推奨レベル24
報酬:
EXP、100万エヒト、フィールドへのポータル開通、蘇生ポーションのレシピ
クエスト内容:
・エリアボス四体の討伐
高位不死魔導師
骸骨竜
骸骨将軍『レオニダス』
歴戦高位不死者[撃破済み]
受注しますか? YES NO】
「やっぱりこんな感じか」
「面白いわね。私は受けるわ」
「間違いなくレベル足りなくて死にそうだがな」
「ギリギリなのがいいじゃない」
凶暴な表情を浮かべるカルナに、あ、これ晴人と同じ人種だ、ともはや感動に近い絶望を覚えた。その絶望に目眩を覚えながら、俺もYESを押すと、ロードがゆっくりと口を開いた。
クエスト画面の向こう側にいるロードの声が耳に入った……瞬間、クエスト画面の文字が急速に消えていく。まるでデリートボタンを長押ししている様に、音も立てずに溶けていく。
「――もうすぐ月紅が来ます」
「げっこう……?」
「ふふ、いいわね。もっと面白くなってきたわ」
思わず顔を上げた先に見えたロードの顔は、酷く険しい。メルエス戦の前にも似た、辛酸を飲む様な、苦虫を噛み潰したような顔。その柔らかい唇から、忌々しいと訴える顔から、言葉が紡がれる。
「僕一人では、とてもではないですが、ここを守れる気がしません。ですから……お願いします」
ロードはゆっくりと頭を下げた。深々と下げられた頭に合わせて、クエスト内容が改変されていく。
【時限クエストの発生により、クエスト内容を変更します】
【時限クエスト名:月紅導くは狂騒と破滅】
【イベントクエスト:
『墓守の銀、もしくは破滅の紅。あるいは退廃的な死滅及び終焉』
推奨レベル30
報酬:
EXP、100万エヒト、フィールドへのポータル開通、蘇生ポーションのレシピ、絆の輝石、生存権
クエスト内容:
・月紅で凶暴化した魔物から指定エリアを防衛
・墓守のロード・トラヴィスタナの護衛。
クエスト開始まで――残り23時間12分
紅き月が彼岸より来たる。汝らが見るのは白き夜明けか、それとも破滅的な極夜か。抗ってみろ】
「もう……なんだこれ。やるしかないじゃないか……最悪ロードどころかこの場所が消えるって事だろ?」
「そう……ですね」
「良いわね……滾るわ。体の試運転もしたいし、是非とも受けたいところね」
「ここにいる限り拒否権は無さそうだがな」
今から23時間後、つまりイベント前にイベントクエスト開始って本気か……? 適正レベル的に最悪本来のイベント開催できなくなるぞ……?
確実に街一つ消えるくらいの絶望感はある。
それにクエスト報酬が『生存権』ってなんだよ。失敗したら生存が許されなくなるってことか……?
「恐らく、街の方は大丈夫だと思います。あっちの魔物はレベルが低いですし、ここみたいに狭くないので、エリアボスが動くことはない筈です……」
「成る程……プレイヤーからしたら、ちょっと強めの魔物が出てくる美味しいイベント。俺らからすると本気でここを防衛しなきゃいけないイベントって事か」
「そうなりますね」
「相変わらず魔物は理不尽ね……でも、本来は魔物は魔物に襲われないから、さっぱり無関係って事よね」
「そうです。つまり、今回の月紅で一番被害を被るのは、この墓地なんです」
話を整理すると、一定周期で魔物が凶暴化する『月紅』が来る。人間側からすれば美味しいイベント。一般魔物からすれば、仲間がなんか興奮してるなぁ、程度。俺らはエリアボス三体相手に指定ポイントとロード防衛のクソゲー開始……。
間違いなくレベルをドーピングできるが、それはしっかりと魔物を捌けた場合だ。恐らく数の暴力で押しつぶされかねない。
「防衛イベント前に防衛イベントやるって本気か……?」
「泣き言を言っても来るものは来るんでしょう? さっさと行動を考えるべきよ」
「カルナ、お前は多分楽しみたいだけだろ……」
「失礼ね。三割はここを守ろうという熱い想いよ」
「七割はどこへ……でも、守ってくれるというのは素直に嬉しいです」
「ふふん。私に任せなさい。この鉄槌は神さえ砕くのよ」
ロードの言葉に気を良くしたカルナは、それで、と俺の方に向き直った。あぁ、分かっているさ。やるしか無いんだろう?
イベントまで体持つかなぁ? と正直不安しかないが、戦意が無いという事ではない。
むしろ、文字通り予行演習としてやってやろうという気持ちの方が強い。
ならば、後はその気持ちを言葉に込めて撃ち出すだけだ。
「ライチさん……もう一度、僕を助けてくれますか?」
「……ああ、勿論。最初にも言ったが、俺は騎士っぽいことをしてるからな。ロードを助けるならお安い御用ってところだ」
「ライチさん……」
「ふぅん、中々男らしいじゃない」
「ちょっとカッコつけ過ぎか?」
「ふふっ、格好をつけてる自覚はあるのね」
こちらを覗き込む金色の眼に最高級の自信を乗せて言い放つと、カルナはスレッジハンマーを担ぎながら笑った。
褒められているのか面白がられているのか、真偽ははっきりしないが、一人増えた仲間は、早くも俺たちに溶け込んでいる。
カルナの言葉に肩を竦めながら見上げた空には、分厚い雲の向こう側であろうと、夜の闇を切り裂かんとする銀の月が浮かんでいた。
特異変性不死者への進化条件:
1.ステータスのそれぞれ一つに極振りしている。
2.20回以上リスポーンを経験している。
3. 自分のレベルの2倍以上のレベルのMOBと戦い、勝利している。
ユニークな中では進化条件は上から数えるくらい緩い方。もちろんそれだけあって、リターンも少ない。
極振りしたステータスによって進化後のステータスの伸びと進化ルートが変わる。
例:
STR極振り『マッドネス』
VIT極振り『フォートレス』
AGI極振り『リミットレス』
DEX極振り『ハントレス』
等。