名も無き戦士に喝采を
「やばくないか……? 威圧感がとんでもないんだが……レベル25のエリアボスの最終形態ってこんな感じか」
「…………」
グレーターゾンビは火焔を揺らめかせながら、ゆっくりと拳を引く。その動作は、あまりにも緩慢で、無防備だ。
けれどそれは、嵐の前触れのような、拳銃のリロードのような、圧倒的な暴力の前触れのように思われた。
炎を纏う巨人……その視線は、俺たちを見ていない。その事に気づいた瞬間、大声で叫ぶ。
「そこのゾンビ! 逃げろ!!」
「グルァァァ!!」
「ひぃぃ!」
狙いは真後ろのゾンビ。流石に頭をかち割られたのは許せなかったのだろうか、グレーターゾンビの裏拳が空間を深く抉りとった。同時に響く爆砕音。近くの石像が粉々に砕け散った。そこにゾンビの手足が混じっていない事に取り敢えず一安心しつつ、冷静に威力を分析する。
蒼の炎を纏ってドーピングしたグレーターゾンビの火力は、はっきり言って脅威だ。流石の俺も真っ正面から受けたらどうなるかわからない。奴の残りHPは二割。しかし、拳を振るうだけで石像を完全に木っ端微塵にできるあれが、死にかけの様には到底見えない。
グレーターゾンビは拳の感触でゾンビを殴れていないことを悟った様だが、この際それは無視したのか、ゆっくりと俺に向き直りファイティングポーズをとった。
俺の体長は二メートルくらい。対する相手は三メートルだったのが、筋肉が膨張して四メートルはあるんじゃないかと思われる程になっている。
冗談じゃなくそこらの大木よりは太い腕が、僅かに痙攣した。構えた両腕の奥の瞳の、さらに奥に……蒼い炎が灯っているのが見える。
――さあ、勝負だ。かかってこい。
瞳が、そう唸っている。真っ正面からの打ち合いをご所望か? コロシアムの剣闘士さながらの打ち合いをお望みか?
――ならば、それならば。
「あぁ、わかった。真っ正面から受けて立ってやる」
「だ、大丈夫なんですか?」
「分からない。でも、言ったからにはやるしかないさ」
「え、えぇ!?」
「砲台は頼んだ! 最悪足にかじりついてでも時間は稼ぐ」
情けないロードの声をゴングに、盾を構える。サンドバッグで終わる気は……サラサラに無いんでな。
ロードが手を翳し、俺は盾を深く持ち直す。グレーターゾンビは蒼い炎を戦意そのものの様に荒ぶらせた。
「ふぅ……眠れ! 『墓守の歌』!」
「『ディフェンススタンス』、『吸収』……やっぱり掛かったな」
「ォォオオオ!!」
銀の光を当然のようにスウェーして避けたグレーターゾンビが拳を引き締める。漲る上腕には凄まじいまでの破壊力が一点に凝縮され、野生的なフォームとともに俺に向けて放出された。
「おらぁぁっ!」
圧倒的な質量の衝突。例えるなら、トラックがそのまま正面から突っ込んでくるのを生身で止めるような、それ程までの一撃。
だが、俺は後ろには倒れない。例えその拳の炎が、俺の喉元を食いちぎらんと迫ろうと、俺は決して吹き飛ぶわけにはいかない。
後ろには頼れる相棒がいるのだ。俺に最高の時間を味わわせてくれた、日和がちな墓守がいるのだ。ならば、たかがトラックが一つ突っ込んできたぐらいで……この道を譲るわけにはいかない。
全力の拳を、全力の盾で受け止める。衝撃で後ろに大きく吹き飛ぶが、姿勢はブレない。地面に大きく跡を刻みながら、なんとか一撃を防いだ。
「行けっ! ロード!」
「はいっ!眠れ、『墓守の歌』」
「よし……って固ぇ!?」
「あちらも覚悟を決めてるんだと思います。死ぬ覚悟と、それでも戦う覚悟を」
かっこいいセリフを吐いているロードは、若干肩が上がっている。やはり平時ではそう易々と連発出来ないか。
そんなロードの視線の先には、浄化の光を生身に受けて尚、HPを5パーセントほどしか削られていないグレーターゾンビがいた。
銀の光が残した残滓の先で、堂々とその一線を胸で受けた奴の体には、目立った傷は見当たらない。
本当に、真っ正面から受けたのか……。
「流石エリアボスだな……感服の一言だよ」
「……来ます」
「了解……っ」
巨体に似合わぬ俊敏な動きで、左へ、右へとフェイントを織り交ぜた独特の走法を使って、グレーターゾンビは距離を詰めてくる。
拳はだらんと地面を触るように力を抜いており、好戦的な瞳は俺を見つめて離さない。
それを正面から受け止めて、盾を構える。
戦いはまだまだ、これからだ。
グレーターゾンビの強烈な一撃を受け止める。途端に三割を切った体力に冷や汗をかきながら叫んだ。
「ぐっ!……ロード!」
「はいっ!眠れ、『墓守の歌』」
「嘘だろ!? そんまま突っ込んで来るか!? ……ぐぉぉ!」
「ライチさん!?」
「大丈夫……『ディフェンススタンス』……本当に馬鹿げたタフネスだな」
底無しかよ。かれこれそろそろ最終形態になって四十分ほど経つ。しかし、瀕死のグレーターゾンビはむしろ火力の上がった拳でこちらを撃ち抜こうとしている。
その顔は戦いの興奮につつまれ、充実しているように見える。その興奮につられてか、炎も燃え尽きるどころか全てを焼き焦がすほどに燃え上がっている。
信じられるか? こいつ、残りHP2パーセントなんだぜ? 今じゃロードの一撃を『握り潰し』たり、地面殴って俺の足場崩したり、ふざけた事ばっかりだ。その度に晒す隙を、俺らはたしかに射抜いているが、グレーターゾンビは文字通り魂まで燃え上がらせて攻めに転じる。
次に隙を晒せば間違いなく死が待っている。そんな状況でも、余裕で殴りかかって来る。お陰で俺のHPは満タンとゼロスレスレを大急ぎで反復横跳び中だ。一撃一撃が、ほぼ即死級の破壊力を秘めている。
もし、盾で受け止め損なえば、間違いなく圧倒的に不利になるのは俺たちだ。
絶対的有利のはずなのに、その一枚下には敗北の二文字が透けている。
「あと……ちょっとッ!」
「わかってます! 眠れ、『墓守の歌』!……なっ!」
「飛ん――」
飛んだ先は俺の後ろ……ロード!
「――逃げろッ!」
「ひ、ひぃぃ!」
グレーターゾンビの踏みしめを、なんとか回避したロードだったが、グレーターゾンビは体勢を崩したロードを見逃すほど甘くない。何とかカバーで差し込めるか?
引き伸ばされた時間の中で、俺の脳が決死の演算を開始した瞬間、グレーターゾンビの背後の影が、ゆらりと動く。
覗いた金属光沢は、鈍い。ゆっくりと持ち上げられた大型のスレッジハンマー……。
「ナイスだっ!『カバー』」
「ィエァァァ!!」
「うぇ!? あ、ありがとうございます?」
ナイスタイミング! と思わず笑みを浮かべたくなりそうなほど、ゾンビは完璧なムーブをした。粉々になった石像に紛れて逃げ、ここぞという時にフィニッシャーとして現れる。
まさに完璧な動きだ。強烈な一撃が、グレーターゾンビの肋骨に深く突き刺さり、その体をぐらつかせる。
揺れた一撃では、俺の盾は撃ち抜けない。最後の一撃は、柔らかく俺の盾に吸い込まれていく。その衝撃を地面に受け流すと、グレーターゾンビはついに地に膝をついた。
HPは、もう殆どない。ゾンビの肋骨への重い一撃が、確かな打点となったのだろう。
膝をつき、拳を地面についたグレーターゾンビは、荒く息を吐きながら、こちらを見た。
獅子の目だった。蒼い炎を存分に鬣の様に纏ったその目は、どこか満足げに見える。
思えば長い様で、短い付き合いだった。けれど、命をやりとりしたこの付き合いは、時間じゃ測れないくらいの密な繋がりでもあったんだと思う。戦って、殺されて、戦って、今こうしてこいつの死の枕元に立っている。
俺がVRを始めて、最初の難敵だった。初めてのデスを経験させられた。
それだけの仲ならば、きっと最後の言葉を述べることくらい……そのくらいは許されるだろう。
「……いい勝負だった。ありがとう。君の行く先に、幸あれ」
『ダークピラー』。最後の一撃はしめやかに行われた。苦しまない様に、俺の持つ最高の一撃で。音もなく青い体が黒い闇に消えていく。さらば、仇敵よ。
【コロシアムの名もなき拳闘士は、言葉無く勝者の君たちに万雷の喝采を送った】
【その高潔な魂は、死して尚、変わることなく燃え続けるだろう】
【貴方達こそが、勝者だ】
【エリアボス『歴戦高位不死者:不滅』が『ライチ』様、『カルナ』様によって眠りにつきました】
【以降、エリアボスは消滅します】
【戦闘の終了を確認しました】
【種族レベルが4上昇しました】
【職業レベルが4上昇しました】
【エリアボス討伐報酬として、SP1を入手しました】
【中級盾術のレベルが1上昇しました】
【フォートレスを習得しました】
【中級呪術のレベルが1上昇しました】
【体幹強化のレベルが2上昇しました】
【呪術理解のレベルが1上昇しました】
【見切りのレベルが2上昇しました】