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命巡り帰りて、やがて散りゆく

誤字脱字等がございましたら、是非ともご一報下さい。

「うわー、久し振りに外だ」


「確かに、久しぶりな感じがしますね」


 長い通路を抜けた先は、思わず目を擦るほどの曇天。空には青や赤の魂魄、幽霊が浮かび、地上は数えるのも億劫なほどの不死者、骨、犬、鳥が我が物顔で闊歩かっぽしている

 灰色の大地と並び立つ傾いた墓石。荒廃した墓場が、久しぶりに姿を現した。


 そこらへんを歩くゾンビよりも、今の自分のレベルが高いことに軽く感銘を受けながら、ゾンビ方面に歩き出す。


「てか、この段階で(ようや)く適正くらいか……」


「僕も最低限って感じですね……前みたいな力は出せそうにないですけど、そこまでは必要じゃなさそうです」


 両手を広げたり閉じたりしているロードから、金色のオーラ――『墓守の意思』状態が見られない。あれはクエスト用の特別な状態異常っぽいし、発動してなくても無理はないだろう。というより、あれが常時発動してたらビームを撃ちながら一回転するだけでこのエリアの全MOBを消し飛ばしてしまう。


 その場合の俺の立場は……。ロードに「別に盾なんて要りませんでしたね」なんて言われたら奇声を上げながら自分にダークピラー打つ自信がある。多分、確定で死ぬ。


「取り敢えずグレーターゾンビ探すか……うぉ、久しぶりでびびったわ」


「物凄い走り込みですよね……僕も若干怖いです」


 鬼気迫る様子で俺の前を通り過ぎていったのは、ハイゾンビ。体液が鎧についたりなんてしたら、大事な鎧に対して申し訳ない。流石に攻撃で歪むとかだったら許せるが、つまらない事で汚れたりなんてしたらダメだろう。


 元気よく墓石に躓いてこけるハイゾンビを尻目に、一際体格の良いグレーターゾンビを探す。ここは若干霧が立ち込めているのか分からないが、ある程度の距離になるとMOBが影のように表示される。

 そのため捜索は若干難航していた。


 その暇を縫って、ロードに気になっていることを聞いてみる。


「ロード」


「はい、何ですか?」


「杖、無くても魔法って撃てるのか?」


「大丈夫ですよ。指先からこう……」


「指!? 指からあれを撃てるのか……」


「撃てますよ。心配、ありがとうございます」


 えへへ、とロードは機嫌よく笑った。思わぬカウンターに体を撃ち抜かれつつ、思考を切り替えて周りを見渡す。人影人影人影……ん?


「ロード、聞こえるか?」


「……あ、今聞こえました。戦闘音、ですかね?」


「多分……この場所で戦闘が起きるってのは、一つしかないよな……」


 奴だ。同胞喰らいを繰り返し、エリアボスまで成り上がったであろう、このエリアの頂点……歴戦高位不死者(グレーターゾンビ)

 金属を引き裂くような、叩き割るような轟音を遠くから響かせている。


「行くか……」


「はい。……なんだか急に不安になってきました……」


「はは……堂々としてなよ、当代墓守さん」


「うぅ、お腹が痛くなってきた気が……」


 安い言い訳を吐き始めたロードを連れて、音の方へと進む。しばらく進むと、一際大きい影と……おそらく獲物の影がある。

 俺自身、なかなかリベンジには緊張しているが、こいつがフィールドボスであるメルエスより強い訳がない、と自分に言い聞かせて前に進んだ。


 やあやあ我こそは汝への復讐を成す者、なんて威勢のいい挑発とともに試合開始のゴングを鳴り響かせる……つもりだったが、盾を構え、ロードを連れて進んだ先には、予想外の光景が広がっていた。


「久し振りだな! グレーターゾン……ぁ?え、どちら様ですか?」


「グルルォ……」


「いや、お前は知ってるから」


「ひぃぃ……お、お腹が……」


「落ち着けロード、大丈夫だって」


「……」


 堂々と踏み込んだ戦場は予想通り破砕痕があちこちに散らばる解体現場さながらの荒れようだった。グレーターゾンビは獲物から黒一色の目を離し、隆々とした筋肉を揺らしてこちらを睨みつける。そこまでは全くの予想通りだった。しかし、文字通り予想外の存在が一人……獲物のゾンビだ。


 既にボロボロで事切れているように見えるが、その両手には……スレッジハンマーが握られていた。その胴体には打ち砕かれているが皮鎧のようなものが見える。

 もしかして……プレイヤーか!?


「取り敢えず鑑定を――」


「ライチさん! 前です!」


「ォォオオオッ!!」


「え……っぐぅお!」


 鑑定を飛ばす一瞬前、そろそろ堪忍袋の尾が切れたとばかりに、グレーターゾンビが殴りかかってきた。咄嗟に盾で受け止める。レベルの上がった体幹強化、初級から中級に昇格した盾術、果てには純粋に強化された盾とVITで受けたダメージは200程度。

 本当なら100より少ないくらいだが、今の俺は絶賛ダメージ二倍セール中だ。HPの半分近くが一瞬で消失する。


「痛っ!! 何このダメージ!?」


「眠れ!『墓守の歌(エピテレート・レイ)』!」


「グオォォ!!」


 ロードの銀の光線がグレーターゾンビの右腕を射止める。瞬間、とてつもない音を響かせ、線香花火のように大量のダメージエフェクトが飛び散った。


【エリアボスとの戦闘を開始します】


「いつもながら遅いんだよ通知!」


「ォォァアアア!!」


「うるせぇ! こうなりゃヤケだ! 『ディフェンススタンス』ッ!……うぉっ!」


 表示されたHPバーは既に一割減っている。流石の火力は健在と言ったところか? 苛立ち混じりの咆哮を上げたグレーターゾンビは、左腕を思いっきりひきしぼり、全力の殴打を繰り出した。


 吸い込まれるように真っ白な盾の中央に吸い込まれた一撃。その衝撃が盾を通じて腕に、肩に、胴に伝わるのを感じる。衝撃で一メートルほど後ろに吹っ飛ばされるが、体勢は全くと言っていいほど崩れていない。甘いぜ、ダメージは確かに目を見張るが、力一辺倒じゃ盾にゃ勝てねぇ!


 と格好つけつつも、HPが心配すぎる。そっと覗いたHPは……目を疑う勢いで回復していた。大体一秒あたり一割以上。4秒と少しでHPが満タンに変わった。生存本能と自動回復:中、あと装備の回復力が全部二倍になってんのか……えげつない回復量過ぎる……。


「眠れ!『墓守の歌(エピテレート・レイ)』……大丈夫ですか?ライチさん」


「大丈夫。(むし)ろテンション上がってきた」


 ロードの光線がグレーターゾンビの胴に正面からぶつかり、またもや一割ほど削れた。なかなか硬いな……どうせ第二形態もあるだろうし、取り敢えず気を引き締め直すか。


「……『カバー』それはさせない……っと」


「ナイスです! 眠れ、『墓守の歌(エピテレート・レイ)』」


「貰ってけ! 『魔法耐性低下』『毒』『混乱』『盲目』『吸収』……よし! 吸収だけかかった」


 火力はロードに任せてデバフを撒き散らす。出来れば魔法の耐性を低下させたかったが、そもそもロードの一撃にはアンデット特攻が入ってそうなので大丈夫だろう。そして、吸収が入ったのが一番嬉しい。吸収は他の状態異常と括りが若干違うのか、メルエスやグレーターゾンビなど、他の状態異常に抵抗している相手にも通りやすい気がする。

 普通にMAGが365あるからかもだが。


「ほら、こっち来いよ! ……ッし。慣れてきたな」


「眠れ、『墓守の歌(エピテレート・レイ)』……流石です!」


「ありがとな。『衰弱』『呪い』……速攻弾かれた」


 ヘイトアップを使ってヘイトをこちらに固定、受け止めた攻撃の隙をロードの光線が射抜く。新しく覚えた呪術を二つとも打ってみたが抵抗された。


 『衰弱』は相手の全ステータスを微量に下げる呪術。『呪い』は相手の最大HPとMPを下げる呪術。どちらも強力だが、多分抵抗されやすい。使えるのは格下かMAGDが低い連中だろうな。このグレーターゾンビは状態異常耐性が多分付いてるから効きが悪そうだ。


 ロードの一撃は確かにHPバーを空にしていき、グレーターゾンビの攻撃は今のところ全て防ぎきっている。目の回るようなダメージも、一秒で二割超え……秒間200を超える怪物的な回復スピードに負けており、一撃で吹き飛ばされない限り恐らくは戦闘を続行できる。


 ダメージが二倍になり、危ない橋を渡ることになったが、1000を超えるHPとMPを一撃で吹き飛ばすような相手で無ければ、無限に耐久できる持続力を手に入れた。なかなか刺激的で面白い。


 空気を揺らし、大地を轟かせる剛腕を――以前、いかに努力しようと超えられぬほどの一撃を、俺の盾はビクともしない。凹みすらしない。体の芯は大木のようにブレない。


「最高だ……」


 自分の成長を実感した瞬間。あるいは、自分の『作戦』が上手く型にはまり、パターン化した瞬間。それが、俺がゲームをやっていて限りなく興奮する瞬間だ。まったくもってたまらない。

 戦闘開始から三十分程しただろうか。相変わらず俺のHPは危ない反復横跳びを幾度となくこなし、未だ700近いMPは全くの無傷である。

 ロードの光線は問題なくグレーターゾンビのHPを削り、未だMPの底を見せない。


 対するグレーターゾンビはHPの七割を失い、化け物じみたタフネスも底をつきかけていた。身体中のいたるところが張り裂け、砕け、赤黒い腐った血を吐き出していた。黒い目から黒い涙を吹き出し、自慢の大木のような二本の腕は傷まみれであった。


 ここに来て漸く心に余裕が生まれた。攻撃をしっかりと受けつつ、周囲を確認する。恐らくそろそろ第二形態……この場合は最終形態だ。それと共に周りのゾンビがどう反応するか。もしかしたら何かあるかもしれない。


「あ、そういえば」


 あの武器持ったゾンビ何してん……ん!?


「おい、馬鹿何してんだ!?」


「え、え?」


「イェァァァァア!!」


「グルォ!?」


 いつのまにか、先程まで石像にもたれ掛かっていたゾンビは消え失せており、視界を戻した先……グレーターゾンビの真後ろに、どうやったのか無傷のゾンビが曇天を背に跳躍しており、両腕はスレッジハンマーを大上段に振りかぶっている。振りかぶっている、ということは次に予想される行動は実にシンプルだ。


 全筋力を持って、振り下ろすのみ。


 重力、遠心力、筋力、質量。それら全てを破壊力に変換した必殺の鉄槌が、無防備なグレーターゾンビの頭蓋骨を襲う。とてつもなくグロテスクな音を響かせて、グレーターゾンビのHPが一割持っていかれ、モザイク必須な映像が繰り広げられた。あたりに散らばるのは、デフォルメされたピンク色の塊。気持ち悪い。


「む、むごい……」


「凄い一撃……ですね」


 それでもHPの一割を削れるかどうかというのは、おそらくゾンビのレベルが足りなかったのだろう。でなければあのクリティカルなかち割りは、二割は持っていけただろう。


 グレーターゾンビの頭をかち割ったゾンビは、満足げにスレッジハンマーを肩に担いだ。……おい、まだ終わってないぞ。


「おい、そこのゾンビ! 離れろ!」


「逃げてください!まだ終わってません!」


 その言葉にゾンビが首を傾げた瞬間、その足元に倒れ臥すグレーターゾンビの体に()が灯った。


【不死身の戦士の汚れた魂……その奥底で、炎が滾る】


【死した体の奥底で、終わらぬ火が彼を包み込んだ】


【それは、きっと……命の灯火だ】


【エリアボス『歴戦高位不死者(グレーターゾンビ)』:不滅(アンブロークン)との決戦を開始します】


 ゆらりと、頭骨を砕かれた死体が起き上がる。その巨体は最早死体そのもので、けれどそれはまだ立ち上がる。

 生きていた頃の、戦士であった頃の記憶がそれを包み込み、その記憶は蒼い炎となって巨体を包み込んだ。


 恐ろしいほどの炎が渦巻いている。システムが全力で体の震えを再現した。


 ゆらりと揺らめくのは、一つの巨大な『火』。青く煌めく魂そのものを纏って、グレーターゾンビは両腕をしっかりと構えた。そこには本能ではない――理性が伺える。


 砕けたはずの頭蓋骨の割れ目から、その闘争心を象徴とするようにゴゥ、と炎が漏れた。それは最早死体ではない。


 蒼い炎魂を纏った巨人の戦士そのものだった。

豆知識:呪術『吸収』は状態異常ではなく、システム上はダメージを与えて回復する、という攻撃魔法判定です。状態異常無効の相手でも魔法なのでMAGD依存でかかることがあります。

逆に、攻撃魔法であるが故に、状態異常は通るのに吸収だけ通らない。魔法反射で吸収だけカウンターされる、なんてことが起きたりします。

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