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始まりの鐘の音色は二つ

 時間は飛んで昼休み。机の上の消しかすを片付けて、晴人の姿を探す。目を凝らして晴人を見つけると、何やら俺の知らない男女複数名と、和やかに談笑していた。


 運動神経やゲーム能力に並んで、奴のコミュニケーション能力は高い。何人か人の集まる空間では、いつの間にか全員が晴人の言葉に相槌を打ったり話題を投げたりする状況になっている。

 あんまりにも人の心に滑り込むのが上手いので、俺は密かに奴を結婚詐欺師適正の持ち主だと睨んでいる。とはいえ、晴人がそこまで主体を持って誰かとコミュニケーションを取ることは、あまり無い。理由はお察しの通りだ。


『これがギャルゲーで、シンジとクリアタイム競ってるならやる気出るんだけどなぁ』


 残念ながら晴人の脳味噌はゲーム漬けなので、そこいらの女子や男子が入る隙は微塵もない。ということで、現状晴人がにこやかに話しているのは、全部猫かぶりである。それが分かっているので、俺は談笑混じりの人混みにそっと近付いて、晴人の視界に入る。

 日賀くん、優しいね、なんて狙ったような女子の言葉をありがとうな、と王子様スマイルで返していた晴人は、俺を見つけた瞬間に滑らかな話術でその場を締めくくり、するりと人の輪から抜け出した。あまりにも鮮やかすぎるその手並みは、脱獄王の三文字が相応しい。 


 猫かぶりな晴人にかこつけて、割と遠慮のないことを思っていると、こちらに寄ってきた晴人がげんなりと口を開いた。


「びゃぁぁー……疲れた。ある程度話しとかないと後々面倒だって割り切ってるんだが、中身の無い会話キッツイぜぇ」


「お疲れ様。一応言っとくけど、そういうのはあんまり口に出さない方がいい」


「ん、大丈夫。声の届く範囲に気配は無いぜ」


「……そうだとしても、癖になっちゃうから気をつけたほうがいい」


「それは確かに。言えてるな」


 すまーん、と口に出す晴人になんとも言えない目を向けつつ二人で食堂へ向かう。さして遠くない食堂へ向かうまでの時間に話すことなど、VRの話に決まっている。


「人間側って攻略進んでる?」


「んー、全く。それどころか街中で爆破繰り返してたアホのせいで今じゃNPCが防具も武器もポーションも売ってくれなくなってな」


「ふーん……」


 初期装備でエリアボスに進むのは愚行。にしてもレベル上げに消費するであろうポーションは質の低いプレイヤー産のもの。

 ギルドでゴミ拾いやお使いのようなクエストをこなしてなんとか信用を取り戻そうとしている最中というのが、今の人間側らしい。


 さすがに攻略最前線は、他の町との流通を得るためにエリアボスの攻略に全力をかけているとのことだ。


「もうそろそろ西のエルダートレントの行動パターンが割れそうだから、西は大丈夫そうだな。森の先はエルフの里で、食料関連のものが手に入るらしいぜ」


「ほうほう……ちなみに他はどこに繋がったんだ?」


「南が神聖国云々に繋がってて、魔法使いとか僧侶系統に必要な感じで、東は王都で人も物も集まってるから、めっちゃ栄えてるんだとか」


「北は?」


「北の沼の先なぁ……それが、まだ分かってないらしいんだわ。NPCの噂によると『禁忌の地』とか言って誰も寄らないってさ」


「多分魔物プレイヤー用の場所か?」


 憶測に過ぎないが、そんな明らかな場所以外に、俺たちが気を休められそうな場所はなさそうだ。

 にしても『禁忌の地』か……やばいイベントが盛りだくさんになってそうだな。素直に魔王とか出てきそうな雰囲気だ。


 食堂に着くと、そこは既に戦場と化しており、熱気の坩堝になっていた。

 出遅れたか、と舌打ちを軽くして、熱を持つ群衆を掻き分けていく。やっとこさ目的の物を手に入れて晴人と空き席に座る頃には、すっかり疲れ切っていた。


 メロンパンを二つ同時に食べている晴人に話しかけようとすると、周りに座っている連中が、一様に同じ話題について会話しているのに気づいた。


「ほんと、お使いクエだるいわぁ」


「マジ湿地はオススメしない。取り敢えずあの沼どうにかしないと」


「南のクラウドドラゴンのHP半分まで削ったんだけど、行動変化でブレス打たれて全滅したわ……」


「よく半分も削れたなぁ……取り敢えずレベル二桁乗せないと」


 殆どVRの話だ。ここまで人気なゲームも珍しいだろう。魔物陣営からしたらクソゲーだが、グラフィック、豊富なサブストーリー、リアルタイムで進むゲーム内NPCイベント、圧倒的な自由度、話によればあちこちに遺跡だのダンジョンだのがあって、ローグライクじみた要素もあるんだとか。


 それらを除いたとしても、あの完成度の世界で釣りをしたり農業をしたり、NPCとかプレイヤー相手に商売してみたりと、遊び方に幅がありすぎて飽きが来ないのだろう。


「人気だなー、VR」


「ゲームのボリュームがやばいんだわ。シンジはどうなってるかさっぱりだけど、スレ見たらとんでもないことばっかりなんだよな。釣りしてたら人魚釣れてイベント始まったり、育てた作物がユニーク武器になったり、闇市で密会してたヤバめな組織の部屋に間違えて入ったり……ぶっちゃけ俺が遊んできたゲームの中だとぶっちぎりでイベントが多いわ。制作陣変態かよってみんな言ってるぜ?」


「うわー、めっっっちゃ楽しそうじゃん。」


「それに加えてあのグラフィックからな。遺跡の中とか苔の質感やら蜘蛛の巣の張り方までこだわってるし。もう現実より綺麗って言われてもしょうがないわ」


「俺のスポーン地点墓場だったからすげえ怖かったけどな」


「ははは、ぜってえゾンビとかクソ怖いだろ。やばいな」


 威勢良く笑う晴人にげんなりとしつつ頷いた。ホラーやっててそこそこ耐性があったからいいものの、初見でゾンビとぐんつほぐれつしたら間違いなく戦意喪失しかねない。

 が、それも裏を返せば、素晴らしいグラフィックの証明でもある。たった二日しかやっていないのに、このゲームには舌を巻いてばかりだ。最後に見上げた果てしない碧空や、メルエスの笑顔など、俺が人生を真っ当に過ごしても見る機会などカケラも無かっただろう。


「おーい、シンジ」


「ん?」


「俺の話聞いてたか?」


「いや、さっぱり」


 げ、と晴人は肩を落とした。しかし、すぐに元のテンションを引き出すと、俺と対戦するとき特有の獰猛な笑顔を浮かべて聞いた。


「サーバーメンテの日時とイベント内容、十二時に発表されたぜ」


「マジかよ。いつ? あと何?」


「がっつくなって」


 ニコニコと笑う晴人は、『いつも通りの笑顔』で言った。メロンパンは既に胃袋に収まってしまったようで、今度はカレーパンを二つ同時に食べている。


「メンテは明後日。二十四時から六時まで。イベント開始はその三日後の二十一時から。内容は――」


 ダンジョン攻略戦、だそうだぜ? そう告げる晴人に、俺はようやく奴の心の内がわかった。これ……絶対人間側と魔物側でイベント内容変わってるよな。

 震える手で公式サイトを開き、iDを入力して、ユーザー用のページを開く。そこにデカデカと張り出されていた文字。イベント内容――


「『ダンジョン防衛戦』……マジかよ。やってくれるなぁ」


(ようや)くイーブンな勝負が出来そうだなぁ」


 笑う晴人に、全力で叫びたい。戦力差を考えろ、と。そして運営にも伝えたい。そこまでして魔物と人間を対立させたいのかよ、と。

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