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黒の王子様は電脳の狂戦士の夢を見るか?

「……ねっむい……早めに寝たはずなんだが」


 そろそろ夏の熱波も収まって、漸く過ごしやすい秋になったと言うのに、昨日の疲れは睡眠一つでは取れないらしい。授業中に眠らないか心配だ。

 時刻は七時半過ぎ、学校はまだ程遠い。かといって自転車を持ち出すほどではなく、もちろん電車を使うほどでもない。


 この絶妙な距離感に俺の高校は建っているが、今まで遅刻したことはない。欠席なんて勿論有り得ない。

 ……筈だが、前日ゲームをし過ぎて朝起きれませんでした、と遅刻証明書に書くことが無いように気をつけたい。


 しばらく歩くと、疎らに俺の高校の制服を着た生徒が歩いているのがわかる。ちょうど良いくらいの晴れで、遠くに踏み切りの音が聞こえる。

 やばいな、眠い。歩きながら寝たりとかってできるのかな。


 眠気を覚ますために掲示板を開いてもいいが、それに夢中になって事故でも起こしたら目も当てられない。さらに言えばこれ以上VRにのめり込むことは、そうそう看過できる問題でも無いだろう。


「とりあえず進化、転職、装備集めに事後処理とステ振り、スキル振り、ステ確認、外確認……やばいな、暇ができるとマズイ」


 頭を振ってゲームの話を吹き飛ばす。よし、取り敢えず学校へ行こう。



「でさぁ、なんかワールドクエスト? みたいな奴が一つ進んだんだってさ」


「あー、俺も知ってるわ」


 自席で教科書と課題の確認をしていると、教室後ろ側からゲーム好きな男子たちの声が聞こえる。その話題がVRの物でないことを信じつつ、スマホを取り出して公式wikiを覗いてみる。


 なるほど、開いたそのページから、iDで承認して、魔物か人間かで開ける内容が違うのか。魔物の種類、公式掲示板のURL、オススメのスキルとか装備などの説明はない……それどころかエリアの攻略説明が無い……あるのはよくある質問と、リスポーン地点の確認、リスポーン地点で注意するべきこと、プレイヤーに会ったらなどで、いかに俺たちが『生き残る』事に意識を傾けているのかが分かる。


 残酷な事だが、俺らにとっては人間側に必要な『取るべきスキル』とか『注意すべき敵』とかの情報じゃなくて、取り敢えず世渡りをするための術が一番大切なのだ。


 それにしても、wikiですら魔物と人間を区別するとは、VRの運営は何を考えているのだろうか。

 これでは魔物側は人間側についての情報を掲示板などから僅かに手に入れる程度で、人間側も同じようなものだろう。

 これではお互いに対する不信感や怒りを増大させていくだけになってしまう。


 お互いがお互いを知ることが出来ない。

 それどころか会話すら出来ない。

 その状況で、そんな縛りの中で――どうやって伝えればいいんだ?


「……もっと違う――」


「よーっす、シンジ!」


 肩にそっと触れた手のひらに振り返ってみれば、見慣れたニヤケ面が映った。黒い髪、黒い目、少し焼けた健康的な肌、制服の上からでも分かる筋肉質な骨格。そこにプラスして、王子様の三文字が似合いすぎる顔立ち。浮かべている表情は悪童そのものだが、それを差し引いても人を惹き付ける何かがあった。


「いつもよりちょっと早いな、晴人(ハルト)


「どっかのどなたかが人の返信をひたすらに無視し続けたからな。んで、何見てんだ?」


 若干拗ねたように片眉を釣り上げたニヤケ面の男――晴人は、俺のスマホの画面を覗き込む。やましいものはないので素直に画面を見せると、ほうほう、と頷いていた晴人の動きが止まり、ゆっくりこちらを見てきた。

 特に変なものは無かったはずなんだけどな……。


「え、あ……お前魔物?」


「あれ、言ってなかった?」


「いや、全く。VR始めたぐらいしか言ってくんなかったし」


 え、まじかー、と晴人は若干悲しそうな顔をしていた。眦を下げたその表情に、少しだけ女子の色めき立つ声が聞こえた。……こいつは単純な運動性能もさることながら、見た目のステータスがありえないぐらいに高い。一挙手一投足で女子を惚れさせるなぞ造作もないのだ。

 呆れたような俺の目線に、晴人は何か物申そうとして、口を閉じる。


「……まあ、外野の話はいいか。話す意味無いし」


「相変わらず辛辣だな」


「ま、言葉選ばずに言っちまうと、どーでも良いってのが本音だな。……それよりゲームの話しようぜ!」


 黒曜石じみた瞳で()()を一瞥した晴人は、興味なさげにそれらを一蹴して、俺にキラキラとした目を向ける。本当に分かりやすいというか、白黒はっきりしたやつだな。


 俺の一番の友人と言える日賀晴人(こいつ)は、キラキラとした王子様キャラをぶち壊すほどに、廃ゲーマーだ。VRゲーム……特に二人以上で戦うゲームにおいて、病的なまでの快楽を見出している。

 朝昼晩、ゲームについて考え、遊び、研究するのは呼吸のようなもの。こいつの場合は夢の中でさえ仮想敵を相手に目覚めるまで組手を繰り返している、化け物みたいな男だ。


 その癖、リアルの肉体性能もチートじみている。特に持久力と反射神経が医学的な人間の限界ギリギリをちょっぴりオーバーしていたらしく、高校に上がってからは付き合いたくもない医者達や研究所との絡みが増えた、と晴人は愚痴っていた。

 尋常ならざる肉体に、磨き抜かれたルックス……そしてそれらをぶち壊す圧倒的な戦闘本能(ゲーム欲)


 あまりに尖りすぎなコイツのおかげで、凡人な俺はVRの格ゲー、RPG、シューティングゲー、果てはレースゲーで、『勝負だシンジ!』と決闘を挑まれ、数え切れないほど地面を顔面で掃除する羽目になった。

 先の先を読まれ、撃った弾丸を生身で見切られ、白刃取りを片手で決めては、フレーム単位のコンボを余裕綽々で繋ぎ、一度見た連携や作戦は通用せず、逆に練られて返ってくる。


 正直笑えないくらいのPS人外勢だが、こいつとのゲームは刺激があってかなり楽しい。晴人いわく、そんな事を言ってくれたのはお前が初めてだとか言っていたが、世辞の一つだと受け取っている。


「……マジでお前のゲームへのモチベーションが知りたくなってきた」


「んぁ? なんだよ藪から棒に。モチベーションとか言われても、やる気は自然湧きしてるから分かんねえよ」


「清々しいまでのゲーマーだな。見習いたいけど、見習った瞬間生活と体と頭が終わりそう」


「いやぁ? シンジなら行けると思うけどなぁ……。たまに喰らう変化球とか、俺でも全然避けられんし」


 消える魔球も真っ青だぜ、とニヤニヤと整った顔にチェシャ猫じみた笑みを浮かべる晴人に、無理無理、と首を振りつつ、その先の言葉に触れる。消える魔球も真っ青な変化球……? 


「全然記憶に無いんだが」


「例えば……ほら、ドラックスペース3のアウターフロンティアステージ」


「いつの話?」


「んー……二ヶ月くらい前?」


「あ〜……あれか」


 ドラックスペースシリーズは宇宙船内で繰り広げられる近未来FPSだ。レーザー銃なんてお茶の子さいさい。無重力空間で壁や浮いた建材を踏んで移動。ステージにあるもの全てがトラップであり武器。

 例えば管制塔のあるステージだと、管制塔で宇宙船を切り離して実質勝利したり、相手を誘導して宇宙空間に吹っ飛ばしたり、ただ撃つだけではないゲームだ。


 もちろん晴人はえげつないスピードとともに罠や思惑を全部踏み抜いて走って来るのだが。

 建材に爆発物取り付けて踏ませて爆発させようと思ったら、不安定な体勢から回転する建材へのハンドガンの射撃で雷管をピンポイントで撃ち抜かれた事があったり。

 激しい銃撃戦中に背中から撃たれて死んだと思ったら、俺が撃った弾丸の薬莢にレーザー銃を反射させて殺してきたり。

コイツ本当に人間やめてるな、とその時は感嘆したものだ。


 そんな晴人を一回だけ綺麗に宇宙空間に吹っ飛ばした事があった。

 その時は確か……。


「あれだっけ、俺だけ宇宙服着て逃げて、船ごと太陽にダイブさせたんだっけ?」


「それだよそれ。空っぽの管制塔でサブモニターからこっちに手振ってくるお前の顔が忘れられない」


「偶々壊れかけの宇宙服があったからやってみた」


「丁寧にあちこちにデコイ置いて罠置いて俺を誘導しといてよく言うぜ……」


 わざと管制塔の前だけにリソースを割いて罠を置きまくったら、本能で動いている晴人はいい笑顔を浮かべながら全部回避して管制塔に突っ込んできたからな。

 それは手を振るだろう。その試合の後、興奮冷めやらない彼に十連敗させられたのは言うまでもない。


「まあまあ、それはさておき……」


 満面の笑みからギアを落として、いつも通りのニヤケ面をした晴人は、神妙に話を切り出す。


「取り敢えずフレンド申請くらいはさしてくれや。俺のPNは『黒剣士』だ。iDは後で送っておくぜ」


 黒剣士ってなかなか掲示板で有名になってたやつじゃないか? いや、こいつぐらいの技量があれば当たり前に名前が乗るか。晴人はそういうレベルの人間だ。

 iDは晴人と同じく後で送るとして、名乗られたならば俺もしっかり名乗り返さなければなるまい。……流石に小声でだがな。


「俺のPNは『ライチ』だ。俺も後でiDは送っておこう」


「……やっぱりか」


「あれ、驚かないんだな」


 百点満点中六十点くらいのちょっとしたドヤ顔で言い放ったが、意外にも晴人は驚いていない。いや、多少は驚いているが、それは予め予想していたかのような驚き方だ。


「お前が魔物ってわかった瞬間、あー、あいつシンジじゃね? ってのが、あー、シンジだわ、に変わったわ」


「え……? なにその狩人の本能みたいなシステム。一人だけ漫画の世界行かないでくれよ」


「本能っつうか予感っつうか……なんだろ。単純に、俺の頭の中でそういうことをやりそうな奴の第一候補がシンジってだけだからな。まあ、また話戻すと……どうだ? 『魔物の希望』さん?」


 どう、とはまあそういうことだろう。だが、聞き捨てならない単語がさらーっと述べられた。

 ま、魔物の希望……?


「その恥ずかしい二つ名もしかして俺か?」


「もちのろんだ。ちなみに俺はそっくりそのまま『黒剣士』……十字架が付いて『†黒剣士†』だったら完璧だったな」


「多分それは悪口だと思う。にしても、『希望』って……」


「お気に召さなかったか? やっぱりもっとバリッとキメたい感じだったのか? 『結末に座する無明の王ラスティ・ソフ・アインオウル』とかどうだ?」


「キツすぎるだろ。掲示板でその名前出されるだけでマップ跨いで精神攻撃飛ばせるぞ。……単純にぬるぬるゲームをしつつ、イベントは良い感じに参加できればなーと思ってたらいつの間にか大事になってたからさ……」


 素直にスキルとプレイスタイル、そしてシャドウスピリットと呪術騎士という二つのシナジーが恐ろしいほど高かっただけだというのに、いつのまにか攻略第一線っぽく二つ名をつけられるとは。


「ちなみにシンジ、レベルは?」


「二桁、としか……昨日は確認せずに寝た」


「はい、おめでとう。魔物プレイヤー最高峰、全プレイヤーで見ても第一線だわ」


「げ、マジかよ……多分俺レベル15か6行ってるぞ」


「確認されてる中で一番高いRTAさんが18だ。必死こいて迷宮とか遺跡走り回った俺でもまだ12だしな」


 おぉう……でも流石にメルエスクラスの相手を倒せばそのくらい上がっているだろう。にしても、思ったよりトップのレベルが低い。俺より何日か前に始めているのだから、30は超えてるんじゃないかと予想していたが。


「お前の考えてることはわかるぞ。だがな、俺らの初期町から各エリアボスまでにいるモンスターの中で、一番高いやつでも8なんだよ」


「……俺レベル15近くがアベレージだったな」


「おー、倒せりゃ天国だな。……検証班によると、同レベル帯ならまだしも、格下を狩るとエゲツないぐらい経験値が減るみたいだわ。逆に格上は凄いらしいがな」


「そんなに倍率掛かるのか」


「このゲーム、経験値システムがとにかく作り込まれてるからさ、MMOで言う『キャンプ』とか『寄生』みたいなことすると地獄みたいな倍率になるんだよな」


まだ詳しいところは分かってないけど、戦闘経験値の倍率だと0.01倍とかって聞いてるぜ、と続く晴人の言葉に、梅干しを食ったような顔になってしまう。ひ、百分の一か……。


「そんな顔になるよなぁ……戦闘一つとっても、モンスター単体の経験値は一割とかそこらで、戦闘で『何をしたか』、『どう戦ったか』の分の経験値が高いんだよ。だからラストアタックだけ取るようなことをすると、モンスター単体の経験値だけしか貰えない上、さっきの倍率が掛かって、最悪経験値無しとかもあるんだぜ?」


「……逆に言えば、格上相手に死に物狂いで戦ったり、同レベル帯でも一戦一戦工夫して、コンビネーション練習とか、縛りとかして戦えば、かなり経験値がうまい、と」


「そういうことー。シンジは流石に理解が早いな」


 成る程、そういう状況では仕方があるまい。他にも色々と聞いてみたかったが、その前に予鈴が鳴って担任が入ってくる。HRの時間か。

 名残惜しいが、昼と放課後までゲームの話はお預けだな。


「話はまた後でな」


「おっけーい」


 なにやら周りから多くの視線が投げかけられているのを感じるが、コイツとの付き合いで、そういったものはもう慣れてしまった。ゲーム買いに二人で遊びに行ったら、駅でカメラ向けられたりするからな。

 まあ、それはさておき……授業はしっかり受けないとな。

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