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死者のパーティーは終わらない

 ちらっと後ろを振り返ると、絶望的な量の墓守が、大上段に鎌を振りかぶり、甲高い威嚇音を出しながら迫ってきている。バサバサと、翼の音がとてつもなくうるさい。

 取り敢えず逃げて体力を回復させる。単純なAGIの問題で、直ぐにではないが、俺は必ず追いつかれるだろう。現に彼らは少しずつ俺との差を縮めている。HPは寝っ転がってた分、そこそこあるが、あの中に突っ込めば一瞬で死にかねない。


「『ダークボール』……駄目だな、ロードじゃないと無理」


 少なくとも俺には。取り敢えず打ってみたダークボールは、先頭集団を少し減速させたぐらいの効果しか認められない。

 単純な火力の問題ということはなさそうだ……と思いたい。ここに来て火力足りないとか言われたら泣くぞ?


 シールドバッシュで駆け抜けて、墓を避け、時に飛び越え、パルクールじみた動きで丘の周りを走る。たまに飛んでくる鎌を盾で受け止めて、ちらりと丘の上を見てみると、高速で瞬間移動し続け、もはや分身しているメルエスが見える。えげつねぇ……。


「『シールドバッシュ』、軽い! もうちょい力入れて投げてみろ!」


 煽りを入れながら盾で、投げ飛ばされる鎌を防ぐ。ダメージ自体はメルエスの一撃に比べれば残りカスのようなものだが、いかんせん数が多すぎる。さらに言えば、だんだんと縮められていくリードが、かなり精神的にきつい。

 引っ張ってってる内にHPとMPは回復してるけど……そういう問題では――っぶね!


 頭、腰、膝の三点狙いの鎌投げだ。横にローリングして避ける。大分タイムロスな気がするが、構わず走らなければならない。せめて、ロードが圧倒的優勢を築くまでの時間を稼がなければ。丘の上のメルエスはなんと影の中に入ったり、分裂して魔法を乱射したりしているが、対するロードも攻撃の全てを銀の障壁で受け止めて反撃している。


 あと一割、おそらくあと一撃……であってほしい。その残った体力が、とてつもなく遠い。


「うぉ!? まあ……追いついちゃうか」


 走って稼げたのは結局三分程度か。背中に鎌が滑っている。振り返ったら睨めっこできる距離に墓守がいるだろう。その黒いローブの中身がどうなっているのかについて、とても気になるが、ふざけていられる余裕はない。

 はあ、と一息吐いて振り返り、盾を構える。


「『ディフェンススタンス』。さあ来てみろ! 墓荒らしはここだ! ……ッ――」


 黒い嵐が、こちらに突っ込んできた。憤怒か、それとも歓喜からか、甲高い声を上げながら墓守が鎌でこちらを切りつけてくる。途端に体力が目減りを始めて行く。

 手、足、顔、胴体。それらの鎧で守られた部分ではなく、膝の裏や肘、首、手首など、鎧の隙間を重点的に切りつけられる。


 種族が人間だったら間違いなく状態異常『出血』確定だが、シャドウスピリットに血液の概念はない。……切られた分体力はきちんと減るが。


「一気に六割か……まあ、雑魚の群れなんて、四割あれば丁度いいな」


『キシャァァー!!』


 黒い嵐を抜けたあと、残ったHPは大体四割。忘れずに煽りを入れてヘイトを固定する。丘の上のメルエスのHPはまだ目視できるほど削れてはいない。墓守がぐるぐると俺を中心に渦を巻いて取り囲む。絶対に逃がさないつもりのようだ。どれもこれもが鎌を震わせ、怒りを露わにしている。

 背中を預ける墓石も無い丁寧さとは、恐れ入る。


「丘の上のメルエスと、丘の下の俺……どっちが先に落ちるか我慢比べ……ってところか」


 俺がやられれば、こいつらは間違いなく次のターゲットをロードに定めるだろう。そうしたら、いくらロードが強化されていようと、ジリ貧で押し負ける。メルエスはあと一発で沈むだろうが、その一発が掠りもしない。

 マジでここが正念場だ。


 墓守達が渦の中で鎌を煌めかせる。

 ……そう易々と耐久させてはくれなさそうだ。


 前、後ろ、左、右、斜め、果ては上まで。全てが攻撃圏内だ。絶え間なく鎌が突き出され振るわれ、もはや墓守の隙間から丘の上を見る余裕などとうにない。継続的に体力が削られて行く。ドレインなんかを打ってみたりもしてみたが、残念ながら綺麗に弾かれた。鑑定できないが、多分状態異常無効持ちかと思う。


 痛い、どこを防いでもどこかを切られる。しかも、傷の上からだ。重点的に体を狙われている。


「手足が……」


 ミキサーの中にいる気分だ。刃がめちゃくちゃ多いタイプのミキサー。黒い暴風に、絶え間ない笑い声、銀の煌めきがまたもや俺の鎧の隙間を捉える。僅かにだが確かに削れていくHP。本当に僅かだが、絶え間ない一撃が短い間に高く積み重なって、全ての回復効果を打ち消している。


 丘の上の戦いはいよいよ大詰めか、轟くようなうなり声と、それを斬り伏せるかのようなロードの叫び声。空の魂が速さを増して回り続けている。


 上から、下から、銀が襲いくる。


 死神の嵐に巻かれて、死の猛威に体を切り刻まれて……それでも消えない炎が俺の中にある。挫けない意志がある。考えろ、考えろ。


「……」


 HPがもう少しで50を割る。精神体が発動してからでは思考がまとまらない。思い出せ、考えろ、纏めろ、足掻け、時間を作れ。

 どう考えてもこの群れを正攻法で倒すのは無理がある。ロードでさえ、スピードと小回りのせいで墓守の歌を当てられない。俺が攻撃したところで、ダメージが入っている様子さえない。


だからこそ、だ。逃げるだけが攻略な訳がない。何かしら、突破口がある。

 小さい綻びでいい。ほんのちょっとの気づきでいい。可能性の話で十分だ。こんな状況をまともな運営が想定して、真正面から乗り越えさせるか? 


この悪霊どもは、俺のわざとらしい墓荒らしの挑発に乗った。こいつらには、墓守の性質がまだ残っている訳だ。墓守が嫌うのは墓荒らし、とロードは……ロード、は――


「――あぁ、そうか」


 『僕たち墓守の間では、墓石に死者の魂が宿る、という話が伝わっているんです。墓石が丁寧に整えられていれば、死者の魂は穏やかで、反対に汚れていれば死者の魂も汚れてしまう、と』


「それだ」


 シールドバッシュで、僅かに綻んだ竜巻の壁に突っ込む。途端に突き出される武器の数々が、鎧を突き破って体の奥底を蹂躙するが、無理やり盾を押し込んで外に逃げ出す。

 側から見れば特に意味のない行為だ。どうせすぐに追いつかれて包囲されるだけだからな。ともすれば無意味どころか悪影響しかないような気もする。だが、俺の中にはたしかに可能性があった。


 そんな可能性を――黒い墓石を、ロードの仕草を真似て叩く。カーン、とやけに透き通った鉄のような音と感触。途端に後ろの墓守が騒がしくなり、こちらに突っ込んでくる……が、その中の一匹が急に足を止めて白く輝きだした。


「っしゃ! 一応言っとくけど、雑に叩いてすまん!」


 こちらを囲もうとまたもや渦状になる墓守の中の一人が静かに光に包まれて元の姿を取り戻し、その白いローブを垂らさせながら深く礼をした。そしてどこからともなく大鎌を取り出すと、音もなく渦を縦に切り裂いた。

 千切れるように飛ぶ元墓守達に墓守は無言で鎌を向け、ふわりと飛び立っていった。


 混乱に乗じて近くの墓をぶっ叩くと、見覚えのある輝きと共に墓守がその呪いから解き放たれ、俺に一礼しては元墓守達を追い払っている。

 空を見れば幾ばくかの白いローブが黒いローブに揉まれながら、毅然とした光を放っていた。


「墓石を叩くのはなんか気まずいけど、これが作法なら仕方ない、かっ!」


 モグラ叩きでもしている気分だ。近くの墓から叩いて直せ。空に白い影が増えていく。いいな、こういう展開は俺好みだ。

 頭の中を一旦空っぽにして、さっさと周りの墓をぶん殴っていく。途中、墓を殴った時に剥がれるようにして出てきたドロップアイテムを見つけた。『堕落の欠片』……? 鑑定してもレア度空白なんだが……鑑定君無能か?


『堕落の欠片』レア度:――

『堕落』の欠片。黒きその輝きは、かけら程でも英傑を殺しうる艶を秘めている。


 なんか物騒だからアイテムボックスにはしまいたくなかったが、どうせゴミしか入ってないから置いておこう。

 しばらく墓を殴る作業をしていると、白い墓が目立ち始め、空では順調に歴代墓守達が同僚を切り捨てている。今更だが、死んだ墓守の墓を殴ると、死体が白く輝き、次の瞬間には何事もなかったかのようにこちらに一礼してはさらに飛び立っていく。強かだなぁ。


 ちらり、とロードの方へと視線を投げると、やはりといったところかメルエスは存命だった。たしかに見えるほどHPは削られつつも、その圧倒的な素早さと多彩な攻め手で、なかなかロードは決定打を与えられていない。……そもそも対等に渡り合ってる事自体凄いというか強すぎるが、もう一足といったところか。


「やべえな……」


 赤や黒、紫の魔法の束を、銀光一閃に切り捨てて、ロードは確かにそこに立っていた。傷と、血と、汗と、意思で体を隙間なく覆い尽くして、立っていた。


 緑の魂が渦巻き、逆巻く空に、黒の死神と、歴代の墓守が激しく火花を散らしている。中央の丘ではひとりの墓守と、墓守の母だった怪物が、地を裂き海を砕くような決戦を繰り広げている。空で、墓守の白の魔法と死神の黒いナイフのような羽が交差した。あちらこちらで鎌のきらめきが踊っている。

 死者の眠る場所のその下の、墓守の眠る場所の真ん中で、神々の最終戦争(ティタノマキア)さながらの光景が踊っていた。


「……墓場で殺し合いとはまた、縁起が悪いな」


 形だけの言葉を述べて、他人の盾を構えた。メルエスの残りHPは5か6パーセントほど。空からたまに飛ぶ墓守の魔法を面倒そうに鎌で散らしている。

 ニヤリ、と自分でもわかるほど不定形な体に深い笑い顔を浮かべて、歯の浮くほどにカッコつけた台詞を吐いてみる。


「それじゃあ俺も、踊らせてくれよ」


 死者のパーティーは、終わらない。

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