史郎と亜紀④
「うぅ……し、史郎もうそろそろゲームでも……」
「あのねぇ、いくら俺でも期末テスト前日にゲームはやらないよ……少ししか……」
「じゃ、じゃあその少しを今やろうよ……ねぇ、一緒にやりたいのぉ……」
ジャージ姿の霧島がおねだりする様にこちらを潤んだ目で見つめてくる。
居間の机で一緒に勉強を始めてから数分も経っていないというのに……本当に努力が苦手な奴だ。
「俺たちも来年からは中三なんだぞ……進路も関わってくるんだからそろそろ本腰を入れて勉強しないと……」
「だ、大丈夫だよ……きっと何とでもなるよ……だから遊ぼうよぉ……」
向かい合って勉強していたのに、わざわざ隣へ椅子ごと移動してきてこちらの肩を揺さぶってくる霧島。
(本当にこいつは……俺がどんな気持ちでいるかわかってるのか?)
今日俺の家には両親がいない、結婚記念日だかで泊りがけの旅行に出かけたのだ。
つまり邪魔の入らない環境で霧島と……異性と二人きりで過ごしているという事実に俺はソワソワしっぱなしだ。
(霧島のおばさんもさぁ……こんな状態で娘を無防備に送り出さないでくれよ……)
信用されているのかどうかはわからないが、とにかく期末テスト前ですら勉強しない娘に呆れて俺に頭を下げてきたのがおばさんだった。
また霧島自身も母親の目が届かない場所で羽を伸ばそうとしていたようで、意気揚々とやってきたのだ。
それどころかむしろ泊っていくぐらいの気持ちでいるらしく、荷物もそこそこ持ち込んでいた……それでもその中に勉強道具は一切なかった。
「史郎ぉ……こんなことより、いつものゲームで遊ぼうよぉ……ねぇったらぁ、私と一緒に遊ぼうよぉ……」
「俺だって遊びたいけど……けどこんな調子じゃまともな高校に入れなくなるぞ?」
「大丈夫だよぉ、だって何だかんだで普通に中学校ではやってこれたもん……きっと高校もこの調子で行けるよぉ……」
「その前に受験があるでしょ? それに失敗したらそもそも入学すらできないんだよ?」
俺がいくら言っても霧島は本当にやる気がない様子で、ぐで~っと俺の身体に寄りかかってくる。
ほんのりと女性特有の良い香りと……洗ってない髪の毛の臭いが入り混じった不思議な体臭が漂ってくる。
(またお風呂怠けてんのかよ……もっと髪の毛もちゃんと手入れしろよ……せっかくの美貌が台無しだぞ……)
本当に霧島は色々と気を抜きすぎている……尤もこの辺りのことは余り指摘したいとは思わない。
もし普通に身の回りやファッションを気にかければそれだけで霧島は誰が見ても美少女だと分かるようになるだろう。
そうなればゲームオタクで見た目もパッとしない俺などは、きっと隣にいるのも辛くなってしまう。
何より……こんなだらしない状態の霧島でも俺には十分すぎるほど魅力的なのだ。
(むしろこうだからこそ変な男が寄り付かなくて……俺なんかとずっと一緒に居てくれてるのかもなぁ……)
「でも高校なんて幾らでもあるんだから入れるところを選べば問題ないよぉ……」
「いやでも……あんまりレベルが低いところだと入った後に……それこそ将来物凄く苦労することになるよ?」
「うーん、その辺はぁ……史郎が何とかしてくれるでしょ?」
「っ!?」
どうしようもなく甘ったれた言葉に、本来は叱るべきなのだろうけど……情けないことに俺は嬉しさを感じてしまう。
まるで俺とずっと一緒にいることが当たり前みたいな発言で、それはきっと霧島が俺を必要としてくれているということだからだ。
「違うのぉ? も、もしかして史郎も私を見捨ててどっか行っちゃう気なのっ!?」
「い、いやそんなことないっ!! お、俺は霧島とずっと一緒にいるよっ!!」
「でしょぉ……なら大丈夫だよぉ、史郎が居てくれればきっと何とでもなるよぉ……だから今は一緒に遊ぼうよぉ」
そう言って霧島は立ち上がると、笑顔で俺の手を取って引っ張って行こうとする。
愛おしい人に笑顔で見つめられてしまえば、俺はもうそれだけで抵抗できなくなってしまう。
霧島に引かれるままに……その手と手が触れ合う彼女の素肌の感触に酔いしれながら俺は導かれるまま立ち上がり自分の部屋へと向かっていくのだった。
「また負けちゃったぁ……史郎は本当にゲーム上手いねぇ」
「そ、そうかな……ふふ、まあそれなりに練習してるからね……それよりそろそろ勉強を……」
「えへへ、史郎は凄いよ……もっと上手いところみたいなぁ……ねぇもう一回やろうよぉ……」
「うぅ……じゃ、じゃあもう一回だけね……本当にこれが最後だよ?」
「はいはいわかったわかったってばぁ……もぉしつこいなぁ……史郎は本当に困ったさんなんだからぁ……」
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