史郎と亜紀⑦
「お、お待たせ……」
先ほどの告白で混乱状態になった頭を冷やすために、時間を置く意味もかねてお風呂に入ることにした俺。
亜紀の浸かった残り湯に色々と思うところはあったが、何とか冷水シャワーを浴び続けることで落ち着きを取り戻すことに成功した。
そうして居間に戻った俺を、ソファーに座った亜紀が未だに顔中真っ赤にしたまま恥ずかしそうに笑って出迎えるのだった。
「あ、あはは……は、早かったね史郎……ちゃ、ちゃんと身体洗ったの?」
「あ、当たり前だろ……あ、亜紀さ……こそきちんと毎回髪の毛も洗ったほうが……」
「え、あ……う、うん……そ、そうだよね……き、汚いと史郎に嫌われちゃうもんね……」
「い、いや……あ、亜紀……のことは……それぐらいじゃ嫌いにならないよ……」
いつも通りやんわりと注意しようとして、だけど妙に亜紀が深刻に受け止めるものだから慌てて首を横に振る。
「そ、そうなんだ……ありがと……け、けどやっぱりもう少し気を付けるね……うん、私もっと気を付ける……」
「そ、そうか……む、無理はするなよ……」
「はぁい…………それで史郎……この後どうする……の?」
「っ!?」
恥ずかしそうに尋ねる亜紀の声が、何故か妙に魅力的に聞こえてドキッとしてしまう。
咄嗟に視線をそらして、時計に目を向けるとまだ寝るには早い時間ではある。
「え、えっと……少しだけ勉強でもするか?」
「えぇ……そ、そっちぃ……?」
「い、いや元々今日は勉強会だし……ほ、他に何がしたいんだ?」
「それは……その……え、えっとぉ……お、おしゃべり……とか?」
改めて亜紀に視線を戻すと、こっちも俺から目を逸らして指と指を絡ませてモジモジとしている。
「そ、そんなの毎日してるし、この後寝る前にも……あ、亜紀は今日泊っていくのか?」
「と、泊っ!? い、いやそ、そうだよね……そ、そのつもりだったけど……し、史郎その……だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫って……な、何がだよ?」
「だ、だからえっと……そ、その……だから……色々と、その……嫌じゃない?」
とても言いづらそうにしている亜紀、しかし本当は何が言いたいのか大体の見当はついていた。
(俺が性的に見てるって知ったから……だろうなぁ……)
何だかんだで俺が思春期を迎えて、そういう知識が身についてからは亜紀のお泊りを出来る限り遠回しに拒絶していた。
それでも亜紀の方から押しかけて来る時などは、うちの両親が居なければ別の部屋で寝て……居るときはベッドと床に分かれて別々に眠っていた。
尤も俺のほうは興奮して眠れないのだけれど、亜紀は今まで全く気にした風もなく安らかに眠りについていた。
「……好きな子が同じ家の中で寝てくれるんだ、嬉しいぐらいだよ」
「あうぅ……そ、そんな何度も好きって言わないでよぉ……もぉ頭変になりそぉ……」
「だって本当に好きだからなぁ……けど亜紀が嫌だっていうなら言わないように……」
「嫌じゃなくて嬉しすぎ……っ!! と、とにかく言いたかったら言ってもいいから……あんま言わないでほしいけど……言ってもいいから……いっぱい言っても良いから……許すから……」
うつむいて何やら唇を尖らせながらぶつぶつ呟く亜紀。
そう言う仕草の一つ一つが新鮮で、今まで以上に可愛いと感じてしまう。
(こんなに長く一緒に居たのに……亜紀のこんな姿初めて見るよ……俺は亜紀のことを全然知らなかったんだなぁ)
もっともっと知りたいと思う、亜紀のことを……好きな女性のことを何から何まで知りたいと心の底から思った。
「……亜紀、隣座っても良いか?」
「えっ!? あ……う、うんっ!! い、いいよっ!! そ、そもそもこれ史郎の家のソファーだしっ!!」
何度も首を縦に振りながら、さっと隅のほうまでずれて隙間を開ける亜紀。
「いやソファーに座りたいんじゃなくて亜紀の隣に座りたいんだけど……」
「だ、だからどうぞっ!! ほ、ほら好きなところ座ってっ!!」
どうも意図が伝わっていないらしいが、こう言われた以上は好きな場所に座らせてもらおう。
俺はひじ掛けに密着している亜紀のすぐ隣に腰を下ろしてやった。
「えぇっ!? し、史郎っ!? く、くっつぎすぎだよぉっ!?」
「だって好きなところに座っていいって……俺が隣に居るのは嫌か?」
「い、い、嫌じゃないけどぉ…………な、なんかすごく恥ずかしい……わ、私臭かったりしないっ!?」
亜紀の言葉とは裏腹に、その身体からはシャンプーと石鹸の良い香りが漂ってきて……俺はうっとりとしてしまいそうになる。
(お、お風呂上がりの女の子の匂いってこんなに心地よかったんだぁ……お、男の俺の匂いはどうなんだっ!?)
「あ、亜紀の身体は凄くいい匂いがするよっ!! むしろ俺の方こそ臭かったりしないかっ!?」
「だ、大丈夫だよ……臭いどころかとってもいい匂い……うん、ずっと嗅いでたいぐらい……」
そう言って亜紀は目を閉じると、何度か深呼吸した後でそっと俺の肩に頭を預けてきた。
「あ、亜紀……亜紀もすごいいい匂いで……俺もずっとこうしていたいよ……」
「そっかぁ……うん、わかった……私やっぱり明日から毎日お風呂に入って綺麗にするから……史郎に臭いって言われたくない……ううん、いい匂いって言われたいから……部屋片付けも……頑張る……」
今まで誰に何を言われようと聞く耳を持たなかった亜紀が、俺の為というだけで変わろうとしてくれている。
その健気さが嬉しくて、何より愛おしくて……気が付いたら亜紀の肩に手を伸ばして抱き寄せてしまった。
すると亜紀はピクリと反応したけれど、すぐに力を抜いて俺に寄りかかってくれた。
「ありがとう亜紀……だけど無理はしなくていいからな……俺が一番好きなのは……亜紀の笑顔だから……」
「え、えへへ……そ、そっかぁ……史郎は私の笑顔が好き……なんだぁ……」
「そうだよ……ずっと好きだった……」
「し、知らなかったなぁ……うん、私史郎のこと何でも知ってるつもりだったけど……全然知らなかったかも……こ、こんなに男らしいことできるだなんて……」
「俺も亜紀のこと、何でも知ってるつもりで全然わかってなかったみたいだ……こんなに可愛い反応してくれるなんて……もっと好きになったよ……」
自然とお互いに顔を見合わせて、笑った。
「えへへ……駄目駄目だねぇ私たち……」
「ふふ……そうだな、駄目駄目だったなぁ……」
「うん……けど、史郎はやっぱりすごいねぇ……こうしてちゃんと私に自分の気持ちを教えてくれて……隠してた面を曝け出してくれて……嬉しかった」
「あ、あはは……まあただの勢いと言うか偶然と言うか……そ、そこまで大したことないけど……」
「ううん、そんなことない……私と違って史郎はいつだって……」
そこで亜紀は少しだけ困ったような笑顔になってしまう。
それは夕食時に見せた、俺が違和感を感じた笑顔そのものだった。
「……亜紀はさぁ、俺に何か隠してることあるのか?」
「えっ? ど、どうして……?」
「単純に気になるんだ……好きな子のことは何でも知っておきたいから……」
「あ……ぅ……」
俺の言葉にうつむいてしまう亜紀、やはり何か隠していることがあるのだろう。
とても気になる……だけど目の前でこうして落ち込む亜紀を見ているほうが辛い。
「無理して言わなくてもいいよ……俺は亜紀には心の底から笑っててほしいから……だから……」
「あ、あのね別に史郎に言えないことがあるわけじゃなくてね……ちょっとしたくだらない悩みで……こんなこと話しても迷惑かけるだけって言うか困らせるだけかなぁって……」
「よくわからないけど、俺は亜紀のことなら何でも知っておきたいよ……嫌じゃなければむしろ話してほしい……聞かせてほしい、亜紀の全てを……そしてできるなら力になりたい……大好きな亜紀の……ね」
「も、もう……し、史郎はさぁ……は、恥ずかしいんだからぁ……そ、そんな何度も好き好き言われたら……私抵抗できないよぉ……」
そして亜紀はしばらく沈黙したかと思うと、顔を上げてまっすぐ俺を見つめてきた。
「あ、あのね……ほ、本当にどうしようもない話だけど……し、史郎はこんなこと聞かされても困惑するだけかもしれないけど……聞いてくれる?」
「うん、何だって聞くよ」
「あ、ありがとう……実はね……私の……お父さんね………………浮気してるみたいなの」
「えっ?」
予想外の言葉に固まる俺に向かって、亜紀は静かに語り続けた。
「け、結構前からみたいで……それで最近全然家に帰ってこないの……」
「そ、そう言えば最近全然見なかったけど……そ、そうなのか?」
「うん……それでお母さんはピリピリしちゃって……ほ、本当に細かいことで私に当たってくるの……ま、まあ私が悪い面もあるんだけどさぁ……けどお風呂入りたかったら自分で洗えとか……一日中、それこそ食事中も勉強しろって言うし……部屋を綺麗にするまで外に出るなとか……ひ、酷いと思わない?」
「ま、まあ確かに……」
(た、確かに行きすぎな気はする……まあ半分は自業自得かもしれないけど……)
「だから私……どうしても家に居ずらくて……お母さんがストレス発散で当たってくるから一緒に居るのが辛くて、それで……」
「……何かあるたびに俺の家に遊びに来たり……泊って行ったりしてたわけか」
「う、うん……ご、ごめんね史郎……史郎だって友達と遊んだり、プライベートな時間欲しいはずなのに朝から晩まで邪魔して……本当にごめんね……」
「い、いや謝らなくていいよ……そんな状態だったらそりゃあ逃げたくもなるって……」
全く知らなかった事実に、俺は衝撃を隠せなかった。
(亜紀がこんな気持ちを抱えて……必死に俺のところに逃げ込んでたのに何も気づかないで……のほほんとゲームしたりして……馬鹿か俺は……)
「で、でも……こうして言葉にしてみてわかったけど、私全く関係ない史郎に当たり前みたいに迷惑かけてたんだなぁって……自分が辛いからって人に迷惑かけていいわけないのに……」
「そ、そんなことないっ!! 俺は亜紀を迷惑だなんて思ったことはないよっ!! むしろ何も気づかないで亜紀の笑顔に見惚れてた自分が情けないよ……ごめん亜紀……本当にごめん」
「だ、だから史郎は悪くないよぉ……私が駄目な子で史郎にもたれかかってただけ……それなのに私良い女のつもりで史郎のこと……」
「それでいいんだっ!! もっと俺を頼ってくれっ!! それで亜紀が笑えるなら……幸せに成れるなら俺はいくらでも力になるからっ!!」
俺は亜紀と正面から向き合うと、力いっぱい抱きしめた。
「史郎……史郎ぉ……ど、どうしてそう優しいのぉ……わ、私……ず、ずっと史郎に迷惑……」
「迷惑じゃないんだっ!! 俺は亜紀の笑顔を見れて幸せに成れたんだっ!! だから……だからこれからも笑顔を見ていたいんだよっ!!」
俺の気持ちをはっきりと告げてやると、亜紀もまた俺の背中にそっと手を回して抱き返してくれた。
「うぅ……し、史郎……好き……大好き……」
「俺も愛してるよ亜紀……」
そうして俺たちは、お互いの存在を確かめ合うかのようにいつまでも抱きしめ合うのだった。
【読者の皆様にお願いがあります】
この作品を読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白かったり続きが読みたいと思った方。
ぜひともブックマークや評価をお願いいたします。
作者は単純なのでとても喜びます。
評価はこのページの下の【☆☆☆☆☆】をチェックすればできます。
よろしくお願いいたします。