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★史郎と亜紀⑥

「うぅ……後でちゃんとドライヤー手伝ってねぇ」

「わかったから……石鹸もシャンプーも好きに使っていいからな」

「はぁい……」


 未練がましく俺を見つめていた霧島だが、ついに諦めたようにお風呂場へと向かっていった。


(前は髪の毛を洗うのが二日に一度だとか言ってたけど……まさかシャワー浴びるのも怠けてたんじゃないだろうなぁ……)


 困った奴だと思うが、今更指摘したところで変わりはしないだろう。

 俺はため息をつきながら、とにかく今のうちに食事の後片付けをしてしまうことにした。


(まだ寝るまで時間はあるけど……この調子じゃ勉強しないだろうなぁ……)


 これでは何のために家に来たのか全く分からない。

 その癖、どうも泊まっていく気満々のようなのがなおさら理解できない。

 すぐ隣に自分の家も部屋もあるというのに、どうしてなのだろうか。


(母親がうるさいって言ってたけど……まさか何か訳アリなのか……)


 いつもならまた楽な方へと逃げているだけだと思って呆れるか、想い人と一つ屋根の下で寝ることに興奮してることをばれないようにするのに必死でそんなこと考えたこともなかった。

 だけど今は、晩飯を作る時に思ったことが頭にこびりついて離れない。


(うるさく言われるのが嫌だってだけで……仮にも異性である俺の家に泊まろうと思うものなのか?)


 一度疑い出すと、どうしても何もかもに隠している裏の事情があるような気がして仕方がない。

 しかしだからと言って……どう切り出せばいいのかがわからない。


(普通に聞いて……けど多分それじゃあごまかされる……かといって強く問い詰めたら不機嫌になるだろうし……な、泣いちゃったりしたらもっと嫌だし……)


 幼馴染が相手だというのにどうやって一歩踏み出していいかがわからない。

 下手に干渉して今の関係が崩れること、それが俺にとって一番恐ろしいことだからだ。


「史郎ぉ~、お風呂出たよぉ~」

「お、おお……了か……っ!?」

「じゃあ、髪の毛お願いねぇ~」


 ニコニコ笑いながら両手にヘアブラシとドライヤーをもってこっちに近づいてくる霧島。

 その恰好は……バスタオル一枚巻いただけというとんでもない格好だった。


「き、霧島っ!? ふ、服はどうしたのっ!?」

「だってぇ、お風呂上り熱いんだもん……それより髪の毛やってよぉ~」


 霧島は気にした様子もなく俺の前に座ってしまう。

 上から見下ろす形になって、胸の谷間がはっきりと見えてしまい……慌てて目を逸らした。


(ど、どうしてこいつはこんなに無防備なんだよっ!? お、俺がどんな気持ちでいると思って……ま、まさか霧島って俺の想いに気づいてないのかっ!?)


 幾ら性欲を隠し続けてきたとはいえ、俺の好意は伝わっていると思っていた。

 そして思春期を迎えて、その手の知識が身についていることはわかっているはずだ。

 普通に考えればこんな挑発的なことができるはずがない……それこそ俺のことを家族か兄妹程度にしか思ってないか、あるいは襲われてもいいとでも思ってなければだ。


(ど、どっちだっ!? い、いやそれが正解なのかっ!? ああもう、全く分からねぇっ!!)


 ずっと霧島のことは何でもわかっているつもりだったし、前なら何も考えてないだけだと判断して目を逸らしながら髪をとかしていたはずだ。


「史郎ぉ……どうしたのぉ?」

「い、いや……何でもない……」

「本当にぃ? さっきからなんか変だよぉ?」


 そう言ってこちらに顔を向ける霧島はどこか心配そうで俺は……



→①慌てて笑顔を作り落ち着かせてあげるのだった。

 ②反射的に口を動かしてしまった。



 これ以上不安にさせないよう、俺は慌てて笑顔を作って見せた。


「ほ、本当に何でもないよ……うん、大丈夫だから」

「…………そっかぁ、ならいいんだけどねぇ」


 俺の作り笑顔を見た霧島は、少しだけ沈黙した後で……同じように笑顔を返してくれた。

 そんな霧島の笑顔を見ていたら、ようやく感情も収まってきた。


(……やっぱり霧島の笑顔は素敵だ……これを見ているだけで今は満足だよ)


 変に余計なことをしようとして、霧島を怯えさせても仕方がない。

 恐らく霧島だって俺の態度に思うところはあるだろうけど、こうして何も言わず笑顔を浮かべてくれたところを見ると同じ気持ちなのだろう。


(そうだ、せっかく俺たちは理想的な立ち位置に居るんだから……この距離感を守って行かないとなぁ……)


 思春期という微妙な時期なのだ、今下手に刺激してこの関係が崩れることが一番怖い。

 きっと霧島だってそう思っているはずだ。

 俺は自分を納得させると、改めて霧島に笑顔を向けていつも通り接するのだった。


「……じゃ、じゃあ髪の毛乾かしていくぞ」

「よろしくねぇ~、優しく優しくだよ?」

「はいはい、わかってますよ……」



 次話【プロローグ】へ



 *****



「史郎ぉ……どうしたのぉ?」

「い、いや……何でもない……」

「本当にぃ? さっきからなんか変だよぉ?」


 そう言ってこちらに顔を向ける霧島はどこか心配そうで俺は……



 ①慌てて笑顔を作り落ち着かせてあげるのだった。

→②反射的に口を動かしてしまった。



「い、いやちょっと興奮しただ……な、なんでも無いっ!!」

「え……興奮って…………えぇっ!?」


 余計なことを考えていたせいか、ごまかそうとした際にいつもなら隠していた本音がぽろっと零れてしまった。

 慌てて口をふさいだが、既に聞こえてしまっていたようで霧島ははっきりと驚きを顔に表していた。

 そして何度も瞬きした後、そっと自分の身体に視線を移して……顔を真っ赤に火照らせると急に恥じらいを思い出したかのように小さくなり両腕で胸回りを覆ってしまう。


「し、し、史郎……わ、私に……そ、その……えっと……」

「す、すまんっ!! と、とにかくだからその……ふ、服を着てくれっ!!」

「え、あ……う、うんっ!! ご、ごめんねちょっと着替えてくるっ!!」


 そう言ってバタバタと駆け出して行った霧島は、少ししてバスローブ風の寝間着を身に着けて戻ってきた。

 ただいつもとは違って、しっかり着込んでいてはだけていたりはしてなかった。


「…………」

「…………」


 またしても居心地の悪い沈黙が辺りを支配する。


(や、やっちまった……俺の浅ましい部分がバレてしまった……ああ、もう俺の馬鹿……)


 今回は明白に俺のせいでこうなっている……だからなおさら後悔も著しい。

 申し訳なさで顔を伏せながらも、時々霧島へと視線をやると向こうもまた同じように顔を落としたままチラチラとこちらへ視線を投げかけているのが分かった。


(ま、まだ失望はされてないのかな? それとも幼馴染の義理で性的に見てたことも許そうとしてくれてるのかな?)


 どちらにしても、これ以上嫌われないためにも謝っておくべきだろう。

 俺は覚悟を決めると、顔を上げて霧島に向かって謝罪することにした。


「ご、ごめんっ!!」

「ご、ごめんねっ!!」


 しかしそのタイミングで霧島もまた謝罪を口にしていた。


「え、あ、な、何で霧島が?」

「だ、だって……し、史郎はさぁ……そ、その私に……えっと……だから……そう言う目で、見て……るんだよね?」

「……ご、ごめんっ!! ほ、本当にごめんっ!!」


 もうごまかしようもなく、俺は必死で頭を下げる。

 しかしそんな俺に、霧島はむしろ申し訳なさそうに呟くのだった。


「い、いやし、仕方ないよ……わ、私たちだっていつまでも子供じゃないし……む、むしろ私こそ……そ、その色々と無警戒だったって言うか……だ、だから普段から史郎は私にしっかりしろって……ふ、服とか……下着とか脱ぎ散らかすなって……そう言うことだったんだよね?」

「そ、それは……確かにそう言う意味もあったけど……」

「あ、あぅ……ほ、本当にごめんね……わ、私てっきり史郎はそう言うの興味ないかと思ってて……むしろ嵐野君と泊りがけで遊んだりするからそっちの気があるんじゃないかなぁとすら……」

「か、勘弁してくれっ!! お、俺は普通に霧……お、女の子が好きだからっ!!」


 とんでもない誤解をされていそうで、慌てて否定する俺。


「そ、そうなんだ……そうだよね……そっかぁ……知らなかったよぉ……私、知らなかった……」

「ああ……そうだ……そうなんだよ……ごめん……どうしても言いづらくて……」

「あ、あはは……た、確かにそんなこと言いずらいよねぇ……うん、言いづらいに決まってる……え、えっと……い、いつから?」

「そ、それを聞くのか……け、軽蔑しないか?」

「……しないよ、だって史郎のことだもん」


 霧島ははっきりとそう言ってくれて、俺は少しだけ救われた気持ちになった。


(こうなったら……正直に応えないとそのほうが失礼だよな……)


 だから俺もはっきりと霧島と向き合って、今まで隠していたことを吐き出すことにした。


「中学校の……いや、意識したのは小学生高学年ぐらいからだな……」

「えぇっ!? そ、そんなに早くからぁっ!?」

「だ、だってお前の部屋下着とか転がってるし……好きな女のそんなもんみたら誰だって興奮するだろ……」


 やけくそ気味に好きだとも告げてやると、霧島はさらに体中真っ赤に染めて近くにあったソファーに顔をうずめてしまう。


「す、好きって……し、史郎の馬鹿ぁっ!! そう言うのはもっと格好いいタイミングで言ってよぉっ!!」

「い、いやだけど……そ、それぐらいわかってたろっ!?」

「わ、わかってはいたけどさぁ……も、もっとこう兄妹的なものだとか思ってたし……ああもう、心の整理がつかないよぉっ!!」

「……じゃ、じゃあ霧島は俺のこと……や、やっぱりその兄妹的な目でしか見てなかったってことか?」


 恐怖か緊張か、或いは期待かもしれないがバクバクと高鳴る胸を抑えながら俺は尋ねていた。

 せっかくのタイミングだ、この流れなら聞けそうだと思ったのだ。

 すると霧島はソファーのひじ掛けから、目から上だけはみ出させると俺を見上げながら呟いた。


「……わかんない」

「ど、どういう意味だ?」

「私も史郎のことは昔から好きだったよ……だ、だけど私史郎相手にドキドキしないし……え、エッチなことだって考えたこともないもん」

「……つまり、俺は恋愛の……対象外だったってことか?」


 がくりと全身から力が抜け落ちていく。

 生まれて初めて目の前が真っ暗になるという感覚が襲ってきて、俺は崩れ落ちそうになってしまう。


「そ、そうじゃないのっ!! す、好きだけどそう言う目で見たことなくて……け、けど今すっごくドキドキしてるっ!! こ、こんな形だけど史郎に告白されたら凄い嬉しいって思っちゃったのっ!!」

「っ!?」


 しかし霧島の続けた言葉を聞いた途端、すぐに力が戻ってくる。


「そ、それって……」

「だ、だから混乱してるって言ってるのぉっ!! し、史郎がえ、エッチな目で見てるって聞いてもい、嫌じゃ……無かったし……」

「えっ!? い、嫌じゃなかったって……そ、それってっ!!」

「あ、あうっ!! だ、駄目だからねっ!! ま、まだ今は駄目だからねっ!! きゅ、急すぎて心の準備できてないもんっ!!」

「い、今じゃなければいいのっ!!」


 まさかの返事に気力が湧き上がってくる……同時に性欲も湧き上がりそうになってくる。

 尤も思春期まっさかりの男子なのだ、こればかりは仕方がないだろう。


「そ、そんなの知らないっ!! もう史郎の馬鹿っ!! エッチっ!! スケベっ!!」

「うぅ……す、すみません……け、けど霧島があんなに……」

「も、もぉ……す、好きなら……あ、亜紀って呼んでよ……昔みたいに……ね?」

「あ、ああ……わかったよ……あ、亜紀……さん……」

「さんはいらないのぉっ!! 亜紀って呼べなきゃ付き合ってあげないんだからぁっ!!」


 がばっと身体を起こして俺に膨れて見せる亜紀、だけどその表情はどうしようもないぐらい緩んでいた。

 そんな今まで見たことのない新しい一面を見れて、俺もまた嬉しくなって顔が緩んでしまうのだった。


「よ、呼べば……付き合ってくれるのっ!? あ、亜紀……さん」

「も、もう言ってる傍からぁ……し、史郎のヘタレぇっ!!」

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