第30話 幼馴染とのこれから――
八月。
七月も終え、八月も三日ほど過ぎた。
八月も相変わらず、かなり暑い。
七月以上にエアコンを稼働させていたのだ。
旅行の段取りを決めてからは、二人は毎日のように寿崎和弦の自宅リビングにて、夏休みの課題と向き合っていた。
長テーブル上には、多くの課題が広げられてある。
終わったモノと、これからのモノを分けながら課題を進めていたのだ。
「私の方は後もう少しで終わりそうだけど。和弦の方は?」
隣の席に座っている優木紬は課題と向き合いつつ、横を見ることなく話しかけてきた。
「俺の方もそろそろ終わると思うよ。あと二ページだから」
寿崎和弦も彼女の方を見ることなく、椅子に座ったまま集中し、テーブル上の課題ノートと向き合い、シャープペンを持ちながら返答していた。
「これで終わり! 私の方が少し早かったね」
紬はシャープペンをテーブルの上に置き、隣にいる和弦の方を見てきた。
彼女は勝ち誇った顔をしている。
「私の方が勝ったからさ、何か買ってきてよ」
「えー、俺も本当にあと少しだったのに」
最後の一ページでかなりの差がついてしまったらしい。
和弦は肩を落としてしまった。
一応、今日勉強する前から勝負していたのだ。
負けた方が近くのコンビニか自販機で一つだけ奢るという約束を交わしていたのである。
そして、和弦は負けた。
こればかりはしょうがない。
和弦は諦め、このページが終わったら近くの自販機で買ってくるからと言い、紬に見守られながら再び課題と向き合う事にしたのだ。
「終わったぁ……じゃあ、課題も終わったからさ。何を買ってくればいい?」
和弦は夏休み最後の課題を終わらせ、達成感を覚えながら、そのノートを閉じる。
「んー、何にしよっかなぁ、多分、近くの自販機にココアとか売ってなかった?」
二人は向き合うように話し始めた。
「あー、確か、それあったはず、それでいい?」
和弦は自販機に何があったかを振り返りながら相槌を打っていた。
「うん、それでいいよ。和弦の奢りね。そういう約束だったでしょ」
紬から行ってきてと、笑顔で言われた。
窓の外を見れば暑そうな気しかしないが、そういう別ゲームを課せらているのだ。
「えー、わかったよ。じゃあ、ココアでいいんだよね」
「うん、お願いね」
和弦はリビングを後に、自室に置かれた財布を手に取り、幼馴染から見送られながら玄関から外へ出て行くのだった。
「た、ただいまー……」
和弦が汗をかきながら玄関で靴を脱いでいると、紬が気を利かせリビングの扉を開けてくれていた。
リビングに入ると、さっきまでの外の暑さを忘れられるほどだ。
「はい、買ってきたから、これでいい?」
「うん、それそれ。ありがとね、和弦」
彼女は和弦から缶ジュースを受け取っていた。
「冷たいね」
「そりゃそうさ。夏仕様だからな。それと、俺はメロンソーダにしたから」
和弦はその缶ジュースを見せる。
「え、それあったの?」
「あったよ。多分、つい最近品替えしたんじゃないか?」
「だったら、私もそれが良かったかも」
紬は和弦が手にしているソレを物珍しそうに見つめていた。
「じゃあ、互いに半分こして飲む?」
「いいの?」
「別に俺は気にしないから」
「和弦って優しいね」
紬からそう言われると嫌な感じはしない。
むしろ、幼馴染から頼まれたら嫌とは言えなくなるのだ。
「明日の事だけどね」
二人は隣同士でソファに座っていた。
和弦がジュースを飲んでいる時、紬が話しかけてきたのである。
その彼女の手には手帳のようなモノがあった。
「何時ごろに出る?」
「うーん、早くてもいいんじゃないか? だから、九時頃とか? 確か、地元の電車が十時頃だから、そのくらいでいいんじゃない?」
「そうね……その時間が丁度いいかもね。だから、十時の電車に乗ると、乗り換えとかを考えて午後一時くらいには付く感じね……という事は、昼頃の乗り換えのタイミングで駅弁を購入して電車の中で食べると」
紬はソファに座ったまま、明日の予定を見て頷きながら独り言を話していた。
ボールペンを使って必要事項を、その手帳に書き足していたのだ。
「というか、全部の予定を書いてるのか?」
和弦は手帳を覗いてみる。
一時間おきくらいでスケジュールが書き込まれてあった。
一泊二日だからこそ、時間を無駄にできないのだ。
だとしても気合を入れすぎだと思った。
「そうだよ」
「凄いな。そこまでしてたなんて」
「ちゃんとしてるでしょ」
彼女は自慢げに言う。
その日の夜も一緒に過ごす事にした。
互いの両親も仕事の都合で一週間ほど家を空けることになったからだ。
一緒のベッドで休んで、それから共に朝起きる。
そして今日が旅行当日なのだ。
必要なモノは全部、バッグやキャリーケースに詰めてある。
互いにパジャマ姿だったが、一時間ほどで朝食と身だしなみを済ませ、外出する準備を終えたのだ。
「和弦、もう行くよ」
「わかってる」
紬は玄関先で靴を履いた後、二階の自室にいる和弦を呼び出していた。
しかし、和弦が降りてこなかったのだ。
「もう行くよー」
再び紬が呼び出した後、数秒後に和弦が階段を下りてきたのである。
「ごめん、ちょっと探し物があって」
「何を探してたの?」
「これだよ」
和弦は手にしているスケッチブックを見せた。
表紙の紙がボロボロだが、それは昔、和弦が愛用していたモノだった。
小学生の頃、互いに絵を書きあっていた時に使っていた思い入れのあるスケッチブックだ。
今日の朝、なぜか、そのスケッチブックの事を思い出していたのである。
「どうしたの、それ?」
「以前、紬が絵を書いてほしいって言ってたじゃんか」
「そうだけど」
「だからさ、旅行の際に記念に書こうと思って。それで、さっきまで押し入れを漁って探してたんだよ」
「だからって」
「でも、いいじゃん。やっぱり、もう一度絵を書こうと思って。旅行中は、ちゃんと紬の事を書いてあげるから」
「でも、可愛く書いてよね」
紬は上目遣いで和弦の事を見つめてくる。
「可愛くって……紬は、その……元々可愛いだろ。だから問題はないと思うよ」
「可愛いって……和弦って、そういうこと言うんだね」
「お、俺は言うよ。それくらいさ」
和弦は自分で言って照れていたが、それ以上に紬の頬は真っ赤に染まっていた。
「まあ、それより、早く行かないとね。そろそろ時間なんでしょ」
そう言いながら和弦は靴を履いた。
「えっとさ、紬。これからはもう恋人同士になるんだし。だからさ、手を繋いで駅に行こうよ」
「うん」
顔を紅潮させたままの紬からは、太陽のような笑顔が返って来た。
それから彼女は、和弦が差し出した手を掴んでくれたのだ。
今年の八月は大切な思い出にしようと心に誓い、和弦は彼女となった紬を自宅から連れ出した。
今年の夏の日差しは明るかった。