9:部屋の外へ-3
≪本日は『
「え、あ、はい」
神殿の中へ入ると、何処からともなくアナウンスが聞こえてくる。
そのアナウンスに対して俺が返事をすると、周囲からは慣れていないんだなと言う感じの視線を向けられるが、俺はその事を深く気にする間もなく流されていき、やがて15番のポータルの前に立っていた。
とりあえずオニオンさんには個室に入っていろと言われたし、神殿のロビーとでも言うべきこの場所は無数の人でごった返していて、とてもではないが誰かと合流できるような場所ではない。
アナウンスの通りに1538番の部屋に入っているべきなのだろう。
なお、オニオンさんとの分断原因となった同じ顔の女性たちは気が付いたら俺の周囲から居なくなっていた。
アレはいったいどういう種族だったのやら……まあいいか。
「これはファンタジーなのかSFなのか……」
俺は15番ポータルとやらに入る。
すると地面が一度光り、次の瞬間には周囲の光景が変わっていた。
どうやら瞬間移動装置の類であるらしい。
一瞬、ファンタジー式なのかSF式なのか、どちらなのかと思ってしまったが……どちらにせよ、『煉獄闘技場』を生み出した神様が関わる理解不能な原理、認識不可能な超技術には変わりないので、知識がない現状では深く考えても仕方がないのだろう。
「えーと、1538番だったな」
俺はポータルの外に出る。
ポータルの外は床が薄緑色で、壁と天井が基本的に白と言う、病院を思わせる雰囲気の通路だ。
壁には数字付きの扉が幾つも並んでいると共に、待合席のような座椅子や、何処かの闘技場での決闘を映しているらしいテレビ、何かしらの情報を伝える掲示板などが並んでいる。
また、俺以外の人影もあった。
とりあえず扉に付いている数字は、見た限りでは、上二桁が15で、下二桁がポータルに近い側から順に01、02と増えていく分かり易い形になっているし、曲がり角はあっても一本道の通路なので、1538番の部屋も簡単に見つかる事だろう。
それと、使用中であるかどうかを示すように赤と緑のランプも付いているようだ。
「そう言えば今更だけど、言葉は普通に通じるし、文字も普通に読めるんだよな。オニオンさんと俺が使っている言語が一緒である可能性なんてほぼあり得ないはずなのに。これも超技術と言えば超技術か」
そうして歩いていて思わず考えてしまったのはこの世界の言語について。
よくよく考えなくても、ここにも超技術が使われている可能性は高い。
なにせ『煉獄闘技場』は様々な世界から死者が集まってくる世界であり、奇跡的に言語が一致する世界よりも、まったく重ならない、あるいは音は同じでも意味が真逆だったりする場合の方が多いはず。
なのにこれまで一切意思疎通に困っていないとなると……ここにもやはり『煉獄闘技場』の神様が関わっていて、意味が通じるようにしているに違いない。
うん、もしも、万が一にも、奇跡的な偶然が重なってしまった結果として、お会いになってしまった時は、可能な限りの平身低頭でいよう。
絶対に機嫌を損ねるような事はしたくない。
「えーと……」
「ん?」
さて、そんなことを考えている間に俺は1538番の扉を視界に収めた。
それは良いのだが、何故か1538番の扉の前には一人の人間っぽい見た目の少女が困り顔で立っていた。
どうしたのだろうか?
「そこの子。どうかしたのか?」
この子を放置して1538番の扉の向こう側に入る事は……一応出来なくはないが、それは良心が咎める。
なので、周囲を見て他にその子へ話しかけようとしている人物が居ない事、もっと話しかけるのに適した見た目の人物が居ない事を確認……と言うか、いつの間にか、この場には俺と少女の二人だけになっていた。
仕方がないので、少女の方が俺よりも頭二つ分ほど背が低い事を考慮して軽くしゃがみ、更には腕を限界まで伸ばしても届かないような距離を保った状態で話しかける事にする。
「あ……」
少女が俺の方を向く。
少女は銀色の髪に紫色の瞳で、百人が見て九十人くらいは可愛いと評すだろう顔をしている。
目に見える範囲には、俺が人間にはないと思うようなパーツはなし。
たぶん、種族人間でいいと思う。
で、服装は俺とほぼ同じように思えるが、身に着けている人物の差からか数段上質な物にも見える。
「えと、その……」
そんな少女は俺の声掛けに気づき、こちらを向き、困り顔の内容の方向性を微妙に変えたように思える。
それと、自分よりも明らかに大きい男性に声を掛けられたからか、警戒の色も出しているように思える。
俺が少女でもそう言う反応をするのは分かるので、俺はその事に対して困惑の色を出したりはしないが。
後、近づいたりもしない。
事案発生は勘弁である。
「俺はそこの1538番の部屋に入るように言われているんだが、君はどこの部屋に入るように言われた? あるいは誰かを待っている?」
「えっ!?」
俺の言葉に何故か少女が驚いたような表情をする。
はて、どうしたのだろうか?
「……。あの、私も1538番の部屋に入るように言われたんです。でも、どうやっても部屋の扉が開かなくて、それでどうすればいいかと悩んでいたんです」
「ん?」
この少女も1538番の部屋に用事?
偶々、部屋が重なったとかだろうか?
いや、これだけの部屋数と、あれほどの超技術を持っているのにブッキングはあり得ないし、扉の部屋が開かないと言うのもおかしいだろう。
そうなると、この少女が嘘を吐いているか、何か別の要因があると言う事か?
「えーと、俺がそっちに行ってもいいか?」
「その、どうぞです」
少女が部屋の前から離れ、俺が代わりに扉に近づく。
扉には確かに1538番の刻印がある。
扉には手をかける場所があって、スライド式のドアのようだ。
なので、俺は扉を開けようとしたが……。
「確かに開かないな」
「はい、そうなんです」
ビクともしない。
どうやら、少女が嘘を吐いているわけではないらしい。
また、部屋の中に誰かが入っていて使用中と言うのも考えなくてもいい。
これまでの道中で確認した限り、使用中の部屋では赤いランプが灯っていて、この部屋には赤いランプは灯っていないからだ。
「こういう時の連絡はどこにすればいいんだろうな? ロビーに受付なんてなかったし」
「本当にどうしましょうか……私はこんな凄いものを見たことがないので、どうすればいいのかまるで分からないです」
こうなると何かしらの不具合と考えるのが自然だろうか?
これほどの都市で、こんな不具合が起きると言うのも考えづらい気はするけれど。
「とりあえずもう少し待とうか。そうすれば俺をここまで連れて来たオニオンさんと言う人が……ん?」
「あれ?」
気が付けば少女が俺の方に近づいてきていた。
いや、正確には扉横の座席に座ろうとして、こっちに寄ってきていただけだ。
ただそれだけだったのだが……これまでビクともしなかった部屋の扉が音もなく、触れる事もなく、自動で開いていた。
「……。その、開きましたね」
「……。そうだな。開いたな。俺は部屋の中で待つようにと言われていたんだが。君は?」
「私も部屋の中で待つように言われています」
……。
部屋の中は暗く、何があるのかは全く見えない。
しかし、そんなに広いようにも見えない。
これは……傍目には、どう足掻いても事案発生である。
だが、他に道はない。
と言うか、『煉獄闘技場』を運営している神様から、何処からともなく『はよ入れ』的な念を送られている気配があると言うか、なんか妙な圧が背中の辺りに感じる。
「入るしかないか」
「そう……ですね」
どうしようもない。
俺はそんなことを思いつつ、先に部屋の中に入り、続けて少女が部屋の中に入る。
そして部屋の扉が閉じられ、部屋の中の照明が灯された。
はい、ヒロインの登場です。