80:イテバレ-2
「どうかしたんですか? ハリさん」
「ああいや、このお店なんだがな……」
その服屋は小通りに普通に軒を連ねていた。
周囲に他の服屋はなく、商店街に立ち並ぶ普通のお店と言う感じだ。
だが、よく見ると他のお店とはまるで違う点があった。
「あ、よく見たら凄いですね。このお店」
「ああ、こんなお店もあるんだな」
まず売られている品の品質が凄い。
他の衣服のお店がデザインを売る事をメインとしていて、売っている物をそのまま着ても決闘で生かせるかは微妙な物であるのに対して、このお店の服はそのまま決闘に持ち込んでも使えると断言できるような物だった。
具体的に言えば、衣服全体が魔力を纏っており、見た目以上の防御力と相応の補助効果を着用者に与えるであろうことが、俺でも分かるぐらいだった。
また、ノノさん曰く、衣服、生地としても魔力を纏っているのは間違いないが、糸や繊維のレベルでも魔力を込めて、衣服全体で一つの作品として練り上げているのではないかとのこと。
うん、俺が思っている以上にトンデモなかった。
「デザインは……寒冷地帯の民族衣装、と言う感じかな?」
「そうなんですか?」
「ああ、生地の厚みとかから推測する限りは、だけどな」
次に売られている衣服のデザイン傾向が統一されている。
他の多くの店が、とにかく自分の思いつきを形にしたかのように、誰が作ったのかは分かるが、混沌としてもいる作品群と言う中で、このお店で売られている衣服のデザインは、誰が作ったかは分からないが、同一のテーマの下に作られたかのような、統一感があった。
具体的に言えば、長めの袖、厚い生地、鮮やかな染色や可愛らしい刺繍、と言ったものの組み合わせであり、生前の世界の知識に沿って考えるならば寒冷地帯に住む民族が普段使いにしているような衣装、と言うところだろうか。
ちなみに店の奥の方には、お祭りや婚礼で用いそうな豪華な衣装が、微かにだが見えている。
「ふうむ……」
「お店の名前は『イテバレ』と言うそうです」
後、売られている品の9割方が女性向けな商品であるようにも思える。
いや、これは俺の偏見か?
とりあえずサイズ調整をしたものをノノさんが身に付けたら、とても似合いそうな気がする。
「折角だしちょっと入ってみようか」
「そうですね。入ってみましょうか」
さて、訓練の途中であるが、こうして足を止めて見入ってしまうほどの縁があったのだから、ちょっと店内も見て行こう。
品質的に買えるかは怪しいが、手が届かない値段だった時は素直にごめんなさいで、デザインだけ使わせてもらう方針で。
「あれ?」
「ん?」
と言う訳で俺とノノさんは『イテバレ』の中に入り、商品を見ていく。
当然ながら値段はとても高い。
普通に1000ポイントするような衣服も置かれているし、安いものでも100ポイント前後はしている。
やはり一種の高級店と考えるべきだろうか?
衣服は先述の通りだし、壁紙や照明も拘られている感じがとてもする。
「ハリさん、店主の方が見当たりませんね」
「そうだな。時間は……お昼時ってわけでもないし、偶々居ないだけか?」
そんなお店だが、どうしてか店主の姿が見当たらなかった。
まあ、出かけているなら仕方がないし、『煉獄闘技場』のルールと衣服店と言う性質上、お店に張り付いている必要はないのかもしれない。
「ふぅ、疲れたわぁ。毎度毎度、ウチがギリギリ勝てるぐらいの相手を出してくるから、困ったもんや」
「あ……」
「おー……」
と、思っていたら、転移のエフェクトと共に金属光沢のある黒い髪の毛の女性が現れる。
衣装は周囲に飾られている品物によく似たもので、腰には一本の剣が提げられている。
どうやら決闘に参加されていたらしい。
「あ、お客様やん。いらっしゃいませー。ウチ……サミ・タチバのお店『イテバレ』へようこそー。ゆっくりしていってなー」
「あ、これはご丁寧にどうも。俺はハリ・イグサと言います」
「あ、はい。ありがとうございます。私はノノ・フローリィと言います」
「ふふふ、二人ともご丁寧にありがとうなぁ。それと、ウチが決闘に出てて店を開けっ放しにしてたせいで放置してしもて、ごめんなー」
「いえいえ」
「私たちもついさっきこのお店を見つけたばかりですから」
女性……サミさんはそう言うとこちらに向かって少しだけ頭を下げる。
うん、その動作と全身に満ちている魔力だけで分かる。
この人、少なくとも俺とノノさんよりは絶対に強い、オニオンさんより強いかは分からないが、少なくともただものではないと思う。
いや、俺たちより強い人なんて『煉獄闘技場』には腐るほどいると思うのだけど、サミさんについては本当に強いと感じるのだ。
うーん、衣服の作り手として一流なだけじゃなくて、闘士としても強いとは……凄いな。
≪決闘が設定されました≫
「ん?」
≪決闘の開始は27時間後になります≫
「え?」
と、ここで決闘が設定されたと言うアナウンスが流れ、俺とノノさんは慌ててPSSを確認する。
休養権を切り忘れたかと思ったからだ。
が、俺もノノさんも休養権はちゃんと行使されていた。
と言う事はだ。
「はぁ、またかいな。次から次へと設定してきて、ほんにうざったいわぁ」
「「……」」
このアナウンスはサミさんに向けてのものであるらしい。
「お互い大変やねぇ。毎日毎日決闘続きで。ウチは強いし服の素材稼ぎにちょうどいいから問題ないんやけど、もうちょっとゆっくりさせてくれへんと服の製作に支障が……と、お客さんに言う事やなかったな。忘れてーな」
「えーと……」
「あの、サミ様……」
そして、サミさんがどうしてか不思議な事を言った。
俺はその事で少し迷い、ノノさんは少し言いづらそうにしてから口を開いた。
「休養権って知ってますか?」
「ん? なんなん? それ」
どうやらサミさんは休養権を知らないようだった。